※これは4月1日に投稿したものです。
「で……お前さんが、慎二が召喚したというサーヴァントなのじゃな?」
「はい、ライダーです!」
「むぅ……」
僕がライダーを召喚してから数分後。
家のリビングで僕と桜が見守る中、ジジイとライダーは何度も同じ問答を繰り返していた。
何でも、ジジイは僕がサーヴァントを召喚したのがどうしても信じられないらしい。
……奴に同意するのは癪だけど、僕も未だに実感が湧かない。
なんでサーヴァントを、ライダーを召喚できたのか僕自身さっぱりわからないからだ。
サーヴァントライダー、碇シンジ。
唯でさえシワだらけの顔をさらにシワくちゃにして考え込むジジイを前にして、ニコニコと人当たりの良い笑顔を顔に浮かべている僕のサーヴァントであるらしい奴の姿を見て、僕は先ほどの出来事を思い出す。
召喚した直後の事だ。
ライダーを召喚して、そのライダーが僕の名前を口にした次の瞬間、僕の目の前は一面薄いオレンジ色に染まった。
僕とライダーを囲むようにオレンジ色の壁が現れたのだと気づいたのは、事が終わってからだった。
突然の事態に、尻もちをついたまま混乱する僕の目線に合わせるように膝立ちになるライダー。
反射的に後ずさろうとした僕の肩を、逃がさないと言わんばかりに掴んだライダーはそのまま顔を至近距離まで近づけて話しかけてきた。
『ねぇマスター』
『な、なんで、お前、僕の名前、なんで―――』
『間桐臓硯が改心したら、許せる?』
『……は?』
そのあまりにも突拍子の無く、そして意味不明な問いに僕は思わず素に戻って反応してしまった。
多分間抜けな面を晒して固まっていただろう僕に向かって、ライダーはさらに語り掛ける。
『もしも間桐臓硯が改心して正義のために生きようとしたら……君は彼を許せるかな?』
なんで召喚できたんだ。お前はなんなんだ。なんで僕を知ってるんだ。なんでジジイの事を知ってるんだ。
頭の中は相変わらず疑問だらけでぐちゃぐちゃだ。
口を開けばきっと先ほどと同じように、形を成していない問いのような何かが飛び出るもんだと思っていたが、違った。
『許せない』
今思い出せば、それはほとんど即答だった。
混乱した頭でライダーの問いの内容を正しく認識した次の瞬間には、そう口走っていた。
あの邪悪の化身みたいなジジイが正義に目覚める?
ドラゴンボールみたいに、改心して仲間になるってことか?
……ふざけるな!!
桜にあんな仕打ちをしておいて今更正義に目覚めるだって!?
そんなのダメだ!許せない!!許さない!!!
たとえ桜が許したとしても、僕は絶対に許さない!!!
奴は、奴は……!
『奴は、殺されるべきだ!!!』
『わかった、あとは任せて』
僕の答えを聞いたライダーは真剣な表情でそう言うと、静かに立ち上がって手を翳す。
すると周りを取り囲んでいたオレンジ色の壁が消え、ジジイと桜が雪崩れ込むように僕の部屋に入って来たのだった。
粗方思い出し終わった僕は、改めてニコニコしたままジジイの質問に答え続けるライダーを見る。
一応、落ち着いて考えれば先ほどの出来事については、ある程度理解できる。
ライダーの真名は碇シンジ。
見た目と声、あと僕が名前を呼んだときに否定しなかったことからもわかるし、さっきジジイに聞かれて普通に名乗ってたことから、多分それは間違いではないだろう。
だとすれば、先ほどのオレンジ色の壁の正体も自ずと掴めてくる。
何故A.T.フィールドを人間であったはずの碇シンジが使えるかわからないが、割りとよくスーパーシンジ系の二次創作で巧みに操っているのを見るので、それについての違和感はそんなに無い。
A.T.フィールドを張った理由もわかる。
それは先ほどの会話を聞かれたくなかったのと、僕に問うための時間稼ぎがしたかったからだろう。
現に、大体聞かれたことにはほとんど正直に答えてるっぽいライダーだが、そこだけは「マスターが襲われていると勘違いした」と説明をしていた。
この通り考えればわかることもあるのだが、わからないところが致命的すぎる。
なんで僕や僕の周りの環境について詳しいのかわからないし、なんであんな問いを投げかけてきたのかもさっぱりだ。
というか、そもそも僕の知ってる碇シンジとライダーの性格が違い過ぎる。
なんだよ「わかった、後は任せて」って。
頼もし過ぎるわ! シンジは絶対そんなこと言わない!!
A.T.フィールドの事もあるし、もしかしなくてもこいつ二次創作出身なのか?
「……のぉ、そもそも何故魔力の無い慎二がお主を召喚できたのじゃ?」
と、勝手に心の中で考察を繰り広げていたところで、ジジイが僕自身気になっていた事についてライダーに質問したので意識をそちらに傾ける。
「あぁ、それはもちろん条件が揃ったから、ですね」
「慎二がふざけて行った召喚の儀で、サーヴァントを召喚するための条件が揃ったというのか?」
ジジイ、ちょっとイラついてるな。
まぁ、ジジイは確か召喚魔術が特に得意だったはずだし……「調子に乗って召喚の儀やってみたらできました!」なんて言われたらイラつきもするか。
ざまぁ。
「サーヴァントを召喚するにあたって必要なのは、召喚式、詠唱、令呪、触媒、魔力ですよね?」
「まぁ、大体は合っておるの……触媒については絶対必要というわけでも無いが」
「まず、召喚式と詠唱についてはマスターがふざけて行ったとはいえ、問題無いレベルでした」
僕の事情を知ってるが故に、僕がふざけて召喚を行ったという設定を大事にしてくれているらしいライダー。
敵であるジジイに一部誤魔化しているとはいえ、自身についての情報をほとんど開示したものだから敵か味方か判断に迷ってたけど……
……味方として見てもいいのか?
いや、まだ断定するには早計か。
「令呪に関しても、その……偽臣の書? というものがあったので問題ないでしょう」
多分偽臣の書についても知ってるだろうに、かなり完成度の高い知らないふりを披露するライダー。
こいつの演技力はなんなんだ?
シンジにあるまじきハイスペックっぷりで頭が痛くなってくる。
絶対二次創作出身だろ、こいつ。
……いや、一応両親はエリートだったはずだから血筋的におかしくない……のか?
ダメだ、わけわからん。
「触媒についてはこれですね、これが僕の触媒でした」
そう言ってライダーは何処からともなく『新世紀エヴァンゲリオン』のビデオを取り出すと、ジジイの目の前に置いた。
どうやら、僕の部屋から出る時に持ってきたらしい。
「そして問題の魔力ですが、これは全て僕が負担しています」
は?
「……召喚に必要な魔力を、呼び出される側のサーヴァントが負担した、じゃと?」
「はい、魔力を生み出す宝具を保有してるので可能です。まぁ、触媒無しだと召喚される英霊の選択肢が多すぎるので難しいですが、今回はこの触媒で大分絞られたのでこちら側から反応することができました」
んな触媒で召喚されるのはお前ぐらいだろうよ!
……いや待て。
あの時召喚式に倒れ込んだ物はエヴァに限らず色々あったはずだ。
だとしたら、他のキャラが召喚される可能性があったというのか……?
ヤバい、ちょっとテンション上がって来た。
「……ほう? 魔力を生み出す宝具とな?」
「それで現界するための魔力も補ってますし、全力で戦闘する際もマスターに全く負担をかけませんよ」
「それはそれは、なんとも都合のいい宝具じゃなぁ」
あ、ジジイ嬉しそう。
テンション下がった。
でも、確かに都合がいい。
つまり魔力が無い僕がマスターのままでも、ライダーは全力を発揮できるということなのだから。
……こいつの全力がどれほどの物かは知らないけど。
「ライダーよ、お主は何を求めてこの戦争に参加したのじゃ?」
「んー、変な言い方になってしまいますが、僕は聖杯戦争を求めてやってきました」
「どういうことかの?」
「だって面白そうじゃないですか、古今東西の英雄が集う戦争なんて! こりゃ参加しないわけにはいきませんよ」
「ほう……つまり、聖杯は要らないと?」
「僕は必要ないですね、もちろん参加した以上全てを賭して勝利を目指しますけど」
「……それは、なんとも」
都合がいい、と口にするのをなんとか押しとどまったらしいジジイだったが、その顔は気持ち悪い笑みで歪んでいた。
「あ、そうだ! マスターの願いはなんですか?」
別に願いが何だからといって戦いをやめるわけでは無いんですが、気になるので一応ね! と言ってこちらに顔を向けるライダー。
僕の願いはジジイを殺すこと、それもライダーは知っているはずだが、しらばっくれるというなら僕もそれに合わせることにする。
僕はいつもジジイに言っていた願いを堂々と口にした。
「僕はこの聖杯戦争で証明するのさ! 魔術師共に、この僕の力をね!!」
僕が普段ジジイの前で演技している『魔術の才能が無くてもそれを諦めきれないガキ』らしい願いを口にすると、ライダーは少し困った顔をした。
「そうですか……いえ、マスターの願いがいけないというわけではないんですが、マスターも聖杯を使う予定が無いとなると……」
どうしましょうかね聖杯、と困った様子で腕を組むライダーを見て、下手なことを言い出されては困るといった様子のジジイが少し焦った様子で口を挟む。
「実は、わしに叶えたい願いがあってのぅ……」
「あぁ、お爺さんが使うんですね! よかった! もう少しで適当な願いを考えるところでしたよ!!」
そう言って手を叩きながら先ほどにも増してニコニコしているライダーに、僕はジジイと二人で顔を引きつらせる。
適当な願いって……お前なぁ。
「で、どんな願いなんです? 莫大な富? 死者蘇生? 若返りとか?」
そう言って目をキラキラさせてジジイに詰め寄るライダーに、僕は呆れ果ててため息を吐く。
お前、願いは何でもいいとか言って置きながら興味津々じゃないか!
「若返りにちと近いかもしれんがのう……不老不死じゃよ」
「不老不死! いいですねぇ人類の夢です!!」
願いを言わなきゃ収まらないと判断したらしいジジイはライダーに願いを告げ、それを聞いたライダーは手を叩いてそれを肯定した。
不老不死なんてものになられたら、もう手が付けられなくなる!
ジジイにだけは聖杯を使わせちゃダメだ。
だってのにこのライダーは……信じようをした僕が間違いだったのか!?
「それで! それで! お爺さんの真の目的とは!?」
「……真の、目的?」
いきなり変な事を言い始めたライダーに、ジジイは質問の意味が理解できずに目を丸くする。
もちろん僕も意味がわからないので、我慢できずにライダーに問い返す。
「なんだよ真の目的って! お爺様の目的は不老不死! 今言ってただろうが!!」
「……あれ、そうなんですか? いや、てっきり何かを成すために不老不死になりたいんだと思ったもんで」
……僕はそれを聞いて、少しの疑問を抱いた。
確かに、と納得してしまったからだ。
僕の知っている不老不死を目指した存在、または不老不死の存在も何か別の目的のためにそれを目指す、もしくは成っていたのだから。
ドラゴンボールがいい例だ。
ベジータは永遠の闘争を求め、フリーザは永久の君臨を求めた。
多くの例に置いて、不老不死とは手段だった。
もちろん唯単に死にたくないから、という理由で求めたという例もあるがそれは少数派だ。
だからこそ僕は疑問を抱いた。
家族すら食い物にして長い時を生き永らえる、うちのクソジジイ。
そんなジジイも、もしかして僕の知らない願いを持っているのではないか? と。
「……お爺様、目的があるんですか?」
ここで初めて、僕の隣に座っていた桜が口を開く。
どうやら僕と同じ疑問を抱き、ジジイにそれを問うのを我慢できなかったようだ。
「……」
しかし、ジジイはそれに答えない。
というか、僕には桜の言葉はジジイには届いていないように見えた。
何故ならジジイはライダーの問いを聞いて茫然としてから、微動だにしていないからだ。
辺りにジジイを中心とした沈黙が落ちる。
ジジイに視線が集まったまま数十秒が経ち、そしてライダーの表情が気になりかけたところで、ようやくジジイは口を開いた。
「……そう、じゃ……わしには目的があった」
「やはりですか! で? 一体どんな目的なんです!?」
ジジイの言葉に衝撃を受ける僕等を置いて、ライダーはまた笑顔でジジイに詰めよる。
そこで僕は気が付いた。
ライダーの表情が先ほどの輝かんばかりの笑顔から、寒気を感じる張り付いたような笑みに変化していることに。
しかし、どう見ても普通の状態ではないジジイはそれに気づいた様子も無く話を続ける。
「……それが、思い出せんのじゃ……わしの目的が……」
「え!? それは大変ですねぇ……どうやらお爺さんは随分と長い時を生きていらっしゃったご様子、故に記憶が摩耗するのも仕方のない事なのでしょう」
そう言ってジジイから顔を離し、難しい顔をして腕を組むライダー。
ライダーの演技は完璧だった。
先ほどまでのジジイに対する対応は全く敵意を感じさせず、とてもスムーズに話を進めていた。
僕もその演技に飲まれ、ライダーに怒鳴った時なんか完全に素で反応してしまっていた。
だからこそ落差を感じてしまう。
今のライダーからは、先ほどまでのが全て演技だと確信できるほどに、ジジイに対する敵意を感じ取ることができた。
「んー! しかし気になりますねぇ、いったいお爺さんの目的なんだったのでしょう?」
ライダーはきっと、この話題に持ち込むために演技していたのだ。
敵意を隠さないのも、もはや勝ちも同然だからなのだろう。
何故、この話題でジジイがここまで茫然自失となるのかは「まだ」わからない。
しかし、次の瞬間には理解できるのだろうと、僕は静かにそのとどめの一撃がジジイに振り下ろされえる瞬間を見守る。
「根源への到達でしょうか?」
「世界征服でしょうか?」
「それとも―――」
その止めの一撃の衝撃が……
「―――この世の悪の、根絶でしょうか?」
僕と桜にも及ぶとは考えもせずに。
・・・
その後、ライダーの言葉に全員が固まって動かない中、ライダーにねこだましを繰り出され誰よりも早く再起動した僕は、言われるがままに桜を自室に押し込めてから屋敷を出た。
そして、しばらくは人に道を尋ねながら歩みを進めるライダーの後ろを黙って歩く僕だったが、人通りが少なくなってきたところでタイミングを見計らい話しかけた。
「……なぁ、ライダー」
「どうしたのマスター」
「なんで、僕に道を聞かないんだ?」
「心の整理が必要かと思って」
こっちを見ずに歩きながら告げられたライダーの言葉に、僕は再び押し黙った。
先ほど、ライダーの手によってジジイへ振り下ろされた言葉の刃は、すぐ横で聞いていた僕と桜にも少なくないダメージを与えた。
何故、あの問いによってジジイが固まって動かなくなったのか?
その答えに行きつくのはあまりにも容易で、そして僕等にとってはあまりにも残酷だった。
「……さっきのあれ、本当なのか?」
「うん」
思わず口に出した曖昧な問いに、ライダーは相変わらずこちらを見ないままで答える。
その簡潔な返答で、僕は自分の考えが正しい事を悟った。
間桐臓硯の真の目的……いや、本来の目的はこの世に存在する全ての悪の根絶だった。
その不可能に限りなく近い偉業を果たすための時間を得るために、臓硯は不老不死を求めていたのだが、その場凌ぎの延命を行って長い時を生きた結果、記憶が摩耗し本来の目的を忘れ不老不死になることこそが自分の目的であると思い込んでいた。
これが、ジジイとライダーの会話から僕と桜が導き出した間桐臓硯の真実だった。
そしてそれが正しいと肯定された今、奴のやってきたことを知っている僕はやり切れない気持ちに襲われた。
今までの悪行は全部、ただの思い込みで行われてたっていうのか?
桜への拷問も、家族や関係のない一般人にやってきたことも全部?
……なんだよ、それ。
「一応、延命のため体を虫に置き換えた結果、心と体の違いに苦しんで記憶の摩耗がさらに加速したって理由もあるけど……」
「そんなの知るかッ!!!」
僕の考えを補足するようにライダーが記憶の摩耗の要因について説明するが、今の僕にはふざけた言い訳のようにしか聞こえなかった。
いつの間にか立ち止まって僕の方に向き直っていたライダーに、僕は掴みかかると至近距離まで顔を近づけて怒鳴りつけた。
「おいライダー!! 早くあのジジイを殺せ、殺してくれ!! じゃないと頭がどうにかなっちまいそうなんだよ!!!」
僕がジジイに直接何かされたわけじゃない。
しかし、ジジイに食い物にされた人の真実を知って部屋で茫然としているであろう桜の気持ちを考えると叫ばずにはいられなかった。
ライダーは自分より背が高い相手に迫られ、怒鳴られているというのにその真剣な表情を崩すことは無く、真っ直ぐに僕を見つめたまま口を開く。
「落ち着けとは言わないから取りあえず話を聞いてよマスター、僕はそのジジイを倒すためにここに来たんだから」
「……ここ?」
「うん、正確にはここにいるキャスターと同盟を結ぶために、だけどね」
そう言ってライダーが指示したのは長い石の階段とその先に佇む山門。
僕はここでようやく自分が柳桐寺の前にいることに気づいた。
「ここに……キャスターが……」
「ほら、ぼさっとしてないで行くよマスター! いくら時間稼ぎをしたとはいえ臓硯が何を仕出かすかはわからないままなんだからさ」
「わ、わかった」
僕は再び、先ほどのように先へ進んでいくライダーの後ろについていく。
が、今さらっとライダーが言っていたことを思い返し、階段を上りながらではあるがすぐに問いただす。
「っておい、さっきの問答って時間稼ぎのためだったのか?」
「そうだよ? さっきも言った通りなんか仕出かされたら困るし、監視されてもやりにくいからね」
だからちょっと行動不能になって貰ったんだ、と語るライダーに僕は後ろを歩きながら顔を引きつらせる。
時間稼ぎのために止めを刺すってなんかおかしくないか?
効果抜群なのはジジイの様子からしてわかるけど、納得がいかない。
そんな気持ちを込めて前を歩くライダーを睨みながら歩いていた僕だったが、その足は石段の中腹辺りで止まることとなった。
理由は簡単、ライダーがいきなり上ることをやめたからだ。
黙って上方を見つめるライダーの視線を追ってみても、その先にあるのは先ほど見えた山門のみ。
どうしたんだと問いかけようとしたところで、僕よりも一瞬早くライダーが口を開いた。
「……すみません、キャスターと同盟を結びたいので通ってもいいですか?」
「―――ほう、女狐の言った通りか」
ライダーの問いに答えるように返って来た声に、僕は弾かれた様に視線を上に戻す。
すると、先ほどまで誰も居なかったはずの山門の前には紺色の着物を着こなし、腰には見た事が無いほどに長い刀を差した侍が、まるで最初からそこに居たかのように佇んでいた。
「気配を探った様子も無ければ、鎌をかけたわけでもない……どうやら、本当に私がここにいるのを知っていたとみた」
「キャスターから聞いたんですね……しかし、随分と情報が早い」
「いやなに、数瞬前に女狐めが随分と慌てた様子で告げて来よってな……すぐそこまで来ているサーヴァントが、こちらの内情を知り尽くしている可能性がある、とな」
「まぁ聞かれてますよね、当然」
随分と饒舌に会話をするライダーと侍。
僕は二人の会話の内容から、なんとなく現状を理解し始めていた。
先ほどまでの僕達の会話はキャスターに聞かれていた。
目の前の侍はキャスターの仲間で、僕等が階段を上り始めた辺りで連絡を受けこちらを待ち構えていたが、その全てをライダーは予測、もしくは知っていたのだ。
これが多分、今の状況だと思う……女狐=キャスターで間違いなかったらだけどな!!
「……して、ここを通りたいのであったな? であればお主の力を示すがいい」
「あー、やっぱりそうなりますか」
「まぁな、女狐とて自衛すらできぬ荷物を抱え込むつもりなど無いだろうよ」
「そりゃそうだ……というわけでマスター、ちょっと下がってね」
突如として張り詰めだした空気に、頭をかきながら何処か困ったように僕にそう告げるライダー。
僕はそれに素直に従って一歩下がった。
一応、状況把握した時点でこうなることは予想できていた。
侍が山門の前から退く素振りは微塵も見せなかったのもあるが、そうホイホイと自身の根城に怪しい奴を招き入れたりはしないだろうからだ。
で、ここでライダーが負けたりキャスターの目に適わなかったりすれば、一巻の終わりなわけだが、それに関してはあまり心配していない。
まぁ、ここまで予想しておいて戦うことを想定していなかった、なんて事はバカなことはライダーに限って無いだろう。
一応、僕はもうそれなりにライダーの事を信頼しているのだ。
先の会話でライダーが本気でジジイを倒すために行動してくれているとわかった以上、いつまでも自分のサーヴァントを疑ってるわけにもいかないしな。
「――構えぬのか?」
「……構えが無い系サーヴァントなので気にしないでください」
刀を腰から引き抜き長い刀身を空気に晒しているのにも関わらず、何処か自然体を思わせる構えをしている侍よりも自然体な棒立ちを披露するライダー。
不思議そうな表情をして疑問を投げかけた侍だったが、ライダーの返答に小さく笑みを浮かべ「そうか」と呟く様に言った直後、その姿は掻き消えた。
ガキィン!!!
侍の姿が掻き消えたと僕が認識した一瞬後に、何かがぶつかり合ったような大きな音が辺りに響いた。
そして僕はそこで、ライダーが侍の刀をA.T.フィールドで受け止めているのにやっと気づいた。
「……早っ」
「――驚いた、まさかこうも完璧に防がれるとは」
ライダーが自身の斜め前に小さく展開したA.T.フィールドは、位置からして首を狙って行われたであろう攻撃を見事に防いでいた。
「お主――私の動きを完全に知覚していたな?」
「……」
「視線は動いていなかった、しかしなんとなく見られていると感じ――そして、防がれたことでそれを確信した」
「……えぇ、まぁ思考速度には自信があるので」
「そして極めつけはこの壁、不思議なものだ……向こうが透けて見えるほど薄いというのに、これは斬れんと確信できるほどに硬いときた」
「硬さには、自信がありますからね」
「うむ、誇るのに相応しい代物だろうよ――」
そう言うと侍は口を閉じ、刀を鞘に戻した。
そして虚空を見上げると朗らかに笑いながら、見ているであろうキャスターに向けて口を開いた。
「女狐よ、見ての通り私では手に負えん相手だ、せいぜい頑張るがいい」
そう言うと侍は再び視線をこちらに戻し、笑ったまま体をずらし道を開けた。
「通るがいい、ライダーとそのマスターよ」
「い、いいのか?」
思わず問いかけてしまった僕の言葉に、侍は何でもないように答えた。
「良いも何も、私ではそこのライダーに敵わぬからな……それしかあるまいよ」
「まぁ、相性の問題でしょうけどね」
「並のサーヴァントでは到底破れぬであろう防御を持ちながら、ぬかしおるわ」
そう言いながら早く行けと促す侍に従って僕とライダーはその横を通り、石段を上る。
そして一番上に辿り着き、山門を通ろうとしたところで後ろから声がかかった。
「――もし女狐との同盟が成立したならば、いつでも構わん……また、その壁に挑戦させては貰えぬか」
その問いに、ライダーは振り返らずに応対する。
「いいですけど、なんでですか?」
「なに、単純なこと……どうしても斬りたくなってしまった故にな」
「……生意気言うようですみませんが、燕より大変かもしれませんよ」
「……それは、なんとも――」
――斬りがいがある。
その言葉を背に受けながら、僕とライダーは柳桐寺へと足を進めた。
・・・
「―――ようこそ、私の工房へ」
無表情の住職に案内されてやってきたのは、薄暗い部屋。
そしてそこで待ち構えていたのは、フードを深くかぶり顔を隠した女性だった。
「そこのサーヴァントが知っているでしょうし、自己紹介はする必要は無いわね」
「あんたが、キャスター……」
「えぇ、その通りよ」
僕はその返答に顔を顰める。
それは先ほどの言葉が、僕に大きなプレッシャーをかけているに他ならなかった。
「そこのマスターは魔術師の工房に足を踏み入れるという意味が、良くわかっているようだけど……」
そう言って僕を見てからライダーの方へと顔を向けるキャスター。
そこには先ほどの変わらず自然体のままのライダーがいた。
「まぁ僕は魔術で攻撃されようが何されようが、あんまり意味ないですからね」
「……宝具が本体だから、とでも言うつもり?」
「や、まぁ実際そんな感じなんですけどね」
と、いまいちハッキリとしない返事をして笑うライダー。
そんなライダーのおちゃらけた雰囲気は、次の瞬間には鳴りを潜めてしまった。
「すみませんが、ちょっと時間が押してるので本題に入ってもいいですか?」
「えぇ、いいわよ? 同盟の事ね」
僕が見たことのないライダーの様子に驚く中、キャスターは微塵も動揺することなく対応する。
「まず問わせてほしいのだけど、何故私と同盟が組みたいのかしら?」
「あなたにしか解決できない物事を抱えているからです」
「……そこの坊やが言っていた、「ジジイ」の抹殺ね」
「そうです」
僕の叫びを当然のことながら聞いていたらしいキャスターは、正確にこちらの要求を言い当てた。
……人通りがほとんど無いとはいえ、あんなところで物騒な事を叫んだのだからそりゃ聞かれてるよなぁ。
気持ちが抑えられなかったとはいえ、反省しなきゃな。
「あなたにはできないのかしら、攻撃手段が無いとか?」
「いえ、自分でもちょっとどうかと思うくらいの戦力はあるんですが、いかんせん攻撃が大雑把で……しかも物理なので、かなり難しいですね」
僕はそれを聞いて、まぁそうだろうなと一人で納得する。
ライダーの宝具は開示されていないため、憶測でしかわからないが十中八九エヴァ初号機だろう。
ならばA.T.フィールドについても、攻撃が物理で大雑把なのも理解ができるというものだ。
「そ、そう……ところで「ジジイ」というのは間桐の当主の事で間違い無い?」
「えぇ、合ってます」
「当主は老人、ということは調べがついているのだけど、その詳細についてはわかっていないの。説明して貰えるかしら?」
……キャスターが、ジジイの事を知らない?
てっきり知っているものだと思っていたのだが……
「……あのねぇ坊や、どう見ても聖杯戦争に向けて強化された結界を突破しての情報収集なんて、よほどの事が無い限りしないわよ」
どうやら考えていたことが顔に出ていたらしく、呆れた様子のキャスターに論されてしまった。
急いで表情を取り繕うが、もう遅いか……
「あはは……うちのマスターは事情があって、ちょっと魔術に疎い部分があるので……」
「別にいいわ、気にしてないから」
言うなライダー!
僕だって桜を助けるためにできる限り魔術の勉強はしたんだぞ!!
……実践ができない分、どうしても遅れがでるのは認めるけどな!!
「え、えーと、間桐の当主のことでしたね。彼は簡単に言えば体を虫に置き換え、そして多くの人を食い物にして300年の時を生きてきた妖怪です」
「体を虫にですって?」
「はい、今ある体は虫の集合体でその本体は、本体はえーと……マスターの妹さんの心臓に寄生、しているんです」
「……なるほど、大体はわかったわ」
僕の方をチラチラと見ながら、そしてとても言いにくそうにしながら説明をしたライダーの後に、キャスターが何かを言っていたがあまり聞き取れなかった。
もちろん、ライダーの言葉に衝撃を受けていたからだ。
またも溢れ出してくる強い感情に叫び出しそうになるが、それを何とかするための交渉の真っ最中だ。
今にも先ほどのようにライダーに掴みかかり、今言ったことの真偽を問いただそうとする体を必死に抑え、我慢する。
しかし、理性さえもが激情を訴えるこの状態ではそれも長く続かず、気づけば僕は床に頭を擦り付け叫んでいた。
「お願いだキャスター!! 僕にできる事だったら何でもする!!! だからジジイを殺してくれ!! 妹を、桜を助けてくれ!!! 頼む!!!!」
僕は今日まで自分の事を、基本どんな時でも物事を冷静に見ることができ、人並みにはプライドのある人間だと思っていた。
だからこそ、激情に身を任せ会ったばかりの人物に土下座をする自分に心の何処かで驚いたが、それさえも自分では何もできない悔しさとジジイに対する怒りによって一瞬で塗り潰された。
僕は涙を流しながら、恥ずかしげも無く交渉相手であるキャスターに大声を張り上げて懇願した。
「――顔を上げなさい」
「……」
叫び終わった後もひたすらに床に額を擦り付け続けていた僕だったが、何処か先ほどとは違う声色のキャスターの言葉に、僕はゆっくりと顔を上げる。
すると深く被っていたフードを取り払い、その素顔を表したキャスターのこちらを見下ろすとても冷たい視線と目が合った。
「いいこと坊や、魔術師に対して泣き落としなんてものは何の意味も成さないわ」
「魔術は等価交換で成り立つように、魔術師同士の取引も等価交換で成り立つのよ」
「魔術師が動くのは動くに相応しい対価を示された時だけ、私だって例外じゃ無い」
「だから、私を動かしたかったらそれに値する対価を用意しなさい!」
「……そして、ちゃんと対価を用意できたのなら、その時は私も坊やの望みを叶えるわ」
キャスターは、僕の目を真っ直ぐ見つめたまま氷のように冷たくも、何処か温かさを感じるような目でそう告げた。
そして僕は言われたことを理解すると同時に顔を伏せた。
キャスターにジジイを倒して貰うための対価を模索するためだったのだが、それは叶わなかった。
「君は最高のマスターだよ慎二!」
突然おかしなことを言い出したライダーに、呆気にとられたからだ。
視界の端でキャスターも目を丸くして驚いているのが見える。
変な事を言ったライダーは僕の横に膝立ちになると、肩を叩きながら次のように捲し立てた。
「いやぁ本当にすごいよ!」
「『対価があれば動く』……この言葉をどうすれば自然に引き出せるか、結構悩んだってのにこうもあっさり成し遂げるなんて!」
「本当に、本当に最高のサポートだよマスター!!」
そんな風に好き勝手言いのけたライダーは茫然とする僕をほっといて立ち上がると、いつの間にか立ち直り静かにこちらを見つめるキャスターと向かい合った。
「―――で、そこまで言うんだもの、私が納得する対価は用意してあるのよね?」
「はい、『この聖杯戦争に関与する全てのサーヴァントについての詳細な情報』を渡すことで、同盟を組み尚且つマスターの願いを叶えてもらうつもりでした」
「それなら確かに……待ちなさい、『でした』ってなによ?」
ライダーの示した対価に納得しかけたキャスターは、ライダーのおかしな物言いに疑問を抱いたらしく、言葉を切って問いかける。
それに対してライダーは、優しさ感じる笑みを浮かべながら口を開いた。
「いやぁ、一応念のために切り札とも言える対価を用意したんですよ」
「ホントは最後までそれは使わずに交渉を終わらせるつもりでしたが、やめました」
「今回の交渉で僕達が差し出す対価は、『サーヴァント情報』とその切り札とさせていただきます」
見たことないくらいニコニコしながらそう言ったライダーに、キャスターは何が何だかわからないといった訝しげな表情のまま対応する。
「……私は情報だけで充分だと思うのだけど、一応その切り札については気になることだし、聞かせてもらっていいかしら」
「はい!」
その言葉を聞いたライダーは嬉しそうな雰囲気を纏ったまま、切り札について簡潔に説明した。
「僕がキャスターさんに差し出す対価、切り札とはズバリ! 『無限の魔力』です!!」
「「……は?」」
僕とキャスターの、思わず出てしまった間抜けな声が重なった。
・・・
後から説明を聞けば、それは簡単な話だった。
ライダー曰く全盛期のヘラクレス並に魔力を食う宝具、エヴァ初号機の全力を支えることが出きる魔力生産宝具を常にフル稼働させれば、大きな余剰魔力が生まれる。
それをキャスターにパスを繋いでもらって供給し続けるというのが、ライダーの言う「無限の魔力」の内容だった。
生産宝具をフル稼働させるのにデメリットも特に無い様だから問題無いし、キャスターの特性上……というかサーヴァントにとって魔力はいくらあっても困らない物なので、確かにそれは「切り札」足りえるものだった。
そして、それを受け取ったキャスターの行動は実に迅速だった。
この聖杯戦争は勝ったも同然だと喜ぶキャスターは、少し準備した後に僕とライダーを連れて転移し間桐家を急襲。
桜の自室に乗り込んだキャスターは、驚いて固まる桜を魔術で気絶させライダーに部屋を隔離させた。
A.T.フィールドに覆われ、誰も入ることのできなくなった部屋の中でキャスターは改めて桜に魔術を行使すると数秒後、皮膚を突き破ってワラワラと蟲が溢れ出してくる。
桜に魔術を使いながら片手間で蟲達を残滅していたキャスターは、しばらくその作業を続け他の蟲よりも一回り大きな蟲が出てきたところで素早くライダーに視線を滑らせた。
それを受けたライダーは囲うように張り巡らせていたA.T.フィールドの一部を操ってその蟲を覆い一瞬で捕獲し、その蟲に向かって「何か、言い残すことはあるか?」と告げた。
その一連の流れをずっと近くで眺めていた僕は、そこでこの蟲こそが臓硯の本体なのだと気づいた。
ゆっくりと近づく僕に相対するように、臓硯はこちらに向き直るとその体で話しているのかはわからないが、僕の耳に「すまなかった」という擦れた声を届かせた。
「死ね」
ほとんど反射で言い放ったその言葉に答えるように、ライダーがA.T.フィールドを取り払い他の蟲と同じようにキャスターが臓硯を焼き払った。
こうして、僕の戦いはライダーを召喚してから半日も経たずに終わりを迎えたのだった。
「……クソジジイ、僕に謝っても意味ないだろうが」
未だに冷めぬ憎悪を口から逃がしながら、キャスターに治療を施され気持ち良さそうに寝ている桜の頭を撫でる。
クソジジイを葬った直後は実感が湧かなかったが、こうして静かに寝息を立てる桜を見ていると段々全てが終わったのだと実感することができてきた。
長かったけど、あっという間だった。
そんな感想を思い浮かべていると、静かに扉が開き何者かが桜の部屋に入って来る。
振り返って確認すると、入って来たのはライダーだった。
「……キャスターはどうしたんだ?」
「蟲蔵を焼き尽くすついでに色々物色してる、使えそうなものが沢山あるとかなんとか、とっても楽しそうだったよ」
「そうか」
確かに地下には蟲以外にも、ジジイが集めた触媒やら何やらが置いてあったはずだ。
持ち主は当然もういないし僕が使うとも思えない。
同盟を組んだキャスターが有効に活用するのがベストだろうから、持ってかれても問題は無いだろう。
ライダーは僕のすぐ側までやってくると、桜の寝顔を覗くように見ると心底安堵したかのように優しい笑みを浮かべた。
「桜ちゃん、助かってよかったね」
「あぁ、こんなにガリガリになっちまったけど……本当に、よかった」
蟲が出て行った分痩せ細ってしまったが命に別状は無く、もうひどい目に合うことは無いであろう桜を撫でながら、僕はライダーの言葉に答える。
ライダーとキャスターには感謝してもしきれない。
桜を助けることに全力を注いでくれたライダーには、特にだ。
感謝の気持ちは尽きないが、だからこそ少し気になることがあった。
「なぁライダー、なんでお前は僕達のことにここまで協力してくれたんだ?」
「そりゃあ、それが召喚された理由だからだよ」
「……どういうことだ?」
ライダーはジジイに聖杯戦争自体が目的だ、と言っていたがそこも嘘だったのか。
てっきり本当だと思っていた。
「僕が召喚に応じたのは、君の「妹のを助けたい」って願いに共感したからなんだ」
「っ、つまり」
「うん、君達を助けるために僕はやってきたんだよ!」
ポーズを決めながらそう言ってのけたライダーは、クサさとかは微塵も感じられずとっても格好良く、頼もしく見えた。
「……ありがとうな、ライダー」
「ま、まぁ……僕も妹が大切だって気持ちは良くわかるからね」
真っ直ぐお礼を言われるのは予想外だったらしく、照れながら言い訳のように話すライダー。
しかし、ライダー……碇シンジに妹なんていたっけか?
「あぁ、確かに実の妹はいないけど、妹分はたくさん居たんだよ。レイと、トウジの妹のサクラちゃんでしょ? あとアスカもなんやかんやで子供っぽいとこあったし」
表情から僕の疑問を読み取ったらしいライダーに説明され、なるほどと納得する。
原作と全然違う性格のライダーなら、さぞ素晴らしいお兄ちゃんをやっていたのだろうと考えていると、その思考を中断するようにライダーから声を掛けられる。
「……ちょっといいかなマスター」
「どうした?」
「今後について、ちょっと真面目な話」
僕はその言葉を聞いて、桜の頭を撫でるのをやめライダーの方に向き直る。
視界に入ったライダーは、先ほどとは打って変わって真剣な表情をしていた。
「僕は今後、生き残ることを念頭において行動する」
「生き残ること……?」
「うん、消えるわけにはいかないからね」
その言葉の真意を汲み取れず、僕は首を傾げる。
ライダーは僕達を助けるためにやってきたと言い、そして僕等を脅かすジジイは死に桜が救われた今でも消えるわけにはいかないという。
真剣な表情からして、「まだ帰りたくない」だとかなんとかそんな理由で無いことを察した僕は、背筋が寒くなった。
「残念だけど、マスターが考えてる通りだよ」
「……まだ、安全じゃ無いってことか」
ライダーは語る。
僕等は決して、魔術の世界から逃れられないのだと。
聖杯戦争から生還する。
その事実は魔術の世界に置いてかなりの価値があり、それだけでその存在の名は魔術師達の間に広く知れ渡ってしまうらしい。
英霊から伝えられた知識を得ようとする者、殺して名を上げようとする者などからその身を狙われことになり、平凡な魔術師程度は圧倒できる力が無ければとてもじゃないが平穏には暮らせないのだそうだ。
情報操作をして参加した事実を誤魔化そうにも、間桐は聖杯制作に関わった御三家の一つなので、不参加はありえないということから難しいのだとか。
その事を説明し終えたライダーは、絶望に顔を歪めているであろう僕の目を真っ直ぐ見て力強く告げる。
「だからこそ僕は生き残らなきゃいけないんだ、マスターと桜ちゃんを守るためにね」
……僕は、本当にいいサーヴァントを召喚した。
ライダーの言葉を聞いて、僕は心からそう思った。
お前は僕の事を最高のマスターだと言ったが、お前こそ最高のサーヴァントだ。
長年苦しめられてきた桜だって救えたんだ、一緒に生き残るくらい楽勝だ!
希望を取り戻し、僕はその気持ちをそのまんま言葉にしようとしたが、それは叶わなかった。
「でもマスター、君はもう戦わなくていいんだ」
「……は?」
ライダーの言葉に、呆気に取られたからだった。
戦う覚悟を決めたところでそれと正反対の言われた僕は、盛大に動揺した。
「ど、どういうことだよ?」
「キャスターに偽臣の書と令呪を渡せば、僕のマスターは彼女になる。もちろん戦いが終わった後にマスター権を戻して貰えるように頼むけどね」
「お前はそれでいいのかよ!?」
「むしろそれが一番だと思ってるよ。君を危険から遠ざけられるし、やっぱり魔力があるマスターの方が何かと都合がいいし」
「ぐっ……」
「魔術師なら誇りだのなんだの言って参加するんだろうけど、君はそういうの無いだろ?」
「……」
「まぁ、すぐに令呪を渡せとは言わないよ。令呪の持ち主である桜ちゃんは眠ってるし、君の意思を無視して無理やり決めるのは嫌だからね……もう夜も遅いから、一晩ゆっくり考えるといいよ」
言いたいことを言い終えたらしいライダーはその言葉を最後に、くるりと僕に背を向け扉に向かって歩き出す。
思わずその背中に声を掛けそうになったところで、ライダーは立ち止まり顔だけをこちらに向け僕の目を見て告げる。
「念のため言って置くけど、もはや君にとってこの聖杯戦争は無意味な戦いだ。参加してもしなくても辿り着く結果はおそらく同じ、命を賭ける価値なんて微塵も無く、もし命を落としたのなら笑い話にすらならないだろう」
「……」
「どうか、後悔するような選択はしないでね」
そう言い残して、再びライダーは歩き出した。
僕は少しの間俯いて黙っていたが、ライダーがドアノブに手を掛けた辺りでその背中に声を掛けた。
どうしても聞きたいことがあったからだ。
「……なあ、ライダー」
「どうしたの?」
ドアノブに手を掛けたまま振り返り、僕の目を真っ直ぐ見つめるライダー。
「お前が、あの交渉で切り札を切った理由ってなんなんだ?」
そんなライダーは、僕の問いを聞くと驚いたように目を見開いた後にバツが悪そうな表情をして目を逸らした。
「あー……今、言わなきゃダメかな?」
「ダメだ」
適当な事を言って誤魔化すのも許さない、と視線で訴えるとライダーはしばらく唸ったのちに観念したように、視線を逸らしながら告げた。
「……嬉しかったから」
「嬉しかった?」
「うん、キャスターがマスターの事をちゃんと魔術師扱いしてくれたのが嬉しかったんだ」
「……!」
「僕は召喚された時の願いから、君が妹を助けるために努力してきたのを知ってたけど、キャスターはそれを知らないはずなのに察して、君を一人前の魔術師として扱ってくれた……それが、マスターの努力を知っている身としては、とっても嬉しかったんだよ」
「……」
「あはは……何様だお前って自分で言ってて思ったよ、うん」
そう言って照れ臭そうに苦笑いをするライダーを見て、僕は決心がついた。
一晩の猶予なんていらない、僕はここで答えを出す。
「ライダー」
「……なんだい、マスター」
僕の言いたいことを察したのか、露骨に顔を顰めながら答えるライダーに僕はハッキリと告げる。
「僕は、マスターとして戦う」
「……流れから察してたよ、だから言いたくなかったんだ!」
吐き捨てるようにそう言ったライダーは僕にずんずん近づくと、両肩を掴んで至近距離で僕の目を見て訴えるように説得を試みる。
「いいかいマスター! 魔術師でもない君がこの戦いに参加する意味は―――」
「僕が魔術師扱いされて嬉しかったんだろ?」
「ぐっ、そ、それとこれとは別、揚げ足を取らないでよ! だいたい魔力の無い君がマスターをしたって何も―――」
「じゃあキャスターなら何をしてくれるんだ?」
「え……そ、そりゃ僕にバフかけたりだとか、なんとか……」
「宝具が本体なお前じゃ意味ないだろ?」
「あ、いや、でも他にも色々問題が……」
「『全力で戦闘しても問題ないほどの魔力を作り出せる宝具』を持ってるんじゃなかったのか?」
「うっ、うぅ……でも、マスターやってると危険だし……」
「じゃあマスターやめると仮定して、何処に居れば安全なんだ?」
「え? あ、えーと……」
「この家は危険だよな? なんたって御三家の一つの間桐家なんだから、当然マスターは居るものとして扱われるだろう」
「あ……」
「キャスターに匿って貰うか? それもダメだ、キャスターはあそこから拠点を移すつもりは無いようだし、あそこにいたんじゃマスターじゃ無くとも戦闘に巻き込まれることがあるかもしれない」
「……」
「じゃあ、聖杯戦争のルールに従って監督者に保護を求めに行くか?」
「それはダメだッ!」
「っ!? ま、まぁ何処に行ったって同じだろうさ、「間桐」だからって狙われるだろうからな」
「……、……参加する意味のない戦いだよ」
「この時点で参加するしないも無い気がするが……まぁいいよ、意味ならあるさ」
「……どんな」
「お前という、生涯の相棒の命がかかった戦いだ、意味が無いとは言わせないぞ」
「……、…、………でも」
ここまで言ってもライダーは僕の参加を認めようとしなかった。
コイツは悔いのない選択を、とか言って置きながら最初から参加を認めるつもりは無かったのだ。
「……何処かに、隠れ続けてれば……きっと安全な場所は必ず……」
しかもコイツはこの期に及んでこんなことを宣っている。
頭が悪くないコイツなら僕よりも先に、下手に側から離れる方が危険だってわかってる筈なのに、なんでコイツはここまで僕を戦いから遠ざけようとするんだ?
「なぁ、結局お前は何が言いたいんだ?」
俯くライダーの肩を掴み、静かに問いかける。
ライダーは黙って何も言わなくなってしまったが、根気よく答えを待ち続けていると数十秒後、小さく何かを呟いた。
「……君は、僕と違って戦いは絶対じゃないんだ……選択肢が、あるんだ……」
「……」
「……君は、逃げてもいいんだよ……」
それが、お粗末な理由を沢山作って僕を戦いから遠ざけようとした、中学生の身で全人類の命を背負って戦った英雄の本音だった。
僕はその言葉をしっかりと受け止め、深く考え直して、もう一度選択肢を振り返ろうとして―――
―――やめた。
「ハッ、あほらしい」
「……えっ」
え? 今の僕の言葉を切り捨てるって嘘でしょ? みたいな表情をして僕の顔を見つめるライダー。
僕はそれを見て、もう一度鼻で笑ってやった。
「僕には選択肢があるぅ? 悪いけど僕はそんな選択肢見当たらないね」
「な、なんで」
「他の奴に任せて隠れてました! なんて桜に言えるわけないだろ?」
「そんな理由で!?」
「そんな理由だって? おいおいわからないなんて言わせないぞ、妹にカッコつけたい兄の気持ちが!」
「そ、そりゃわかるけど」
「わかるんじゃないか」
「わかるけど! もうちょっとしっかりした、シリアスな理由は!?」
「ねぇよんなもん! それにお前だって同じじゃないのか?」
「……同じ?」
「僕と同じような理由で、自分で選択肢を切り捨てた事、あるんじゃないのか」
ハッとした表情になったライダーを見て、僕はニヤリと笑みを浮かべた。
「ほらあるんじゃないか……二度と『僕には選択肢が無い』なんてカッコつけたセリフ言うなよ。似合わないにもほどがある」
「……ははははは、君ホントに間桐慎二?」
「お前にだけは言われたく無いね!」
「「はははははははははははははは!!!」」
そんな風に僕等はお互い肩を叩きながら笑い続けた。
人が寝てる横で何やってるんだと起きた桜に怒られるまで。
窓から差し込む月明かりは、そんな僕等を静かに照らしていた。
シリアスなんて今日限り。
笑って戦い、笑って生き残り、笑って余生を楽しんだ。
そんな笑いだらけな僕等の出発点、運命の夜。
記憶が摩耗する予定なんて無いけれど、例えそうなっても絶対に忘れない、そんな光景だった―――
―――――Fate/Sinji night――――――
「あ、ところでお前って『この世界の事が創作物として存在する世界の碇シンジ』であってるか?」
「さすがにわかっちゃうか」
「さっきまでは可能性の一つだったけど、さっきので確信した感じ」
「なるほどー」
そんなこんなでこっちが本編になりました。
許してネ♡
くそぅ、対魔力さえあれば……
以下、4月1日正午追記
まぁ、嘘だけどな!
去年以上に騙される人少なくてちょっと寂しいけど、騙す気そんなになかったからしょうがないね!
あ、信じてしまったとてもピュアな人はどうか、その心を大切に生きて行ってください。
そしてすんませんした。
本編の続きはちゃんと執筆中です!
忙しくなるのでそこまで早く投稿はできないと思いますが、一応4月5月に投稿したいとは思ってるので、楽しみに待ってくれたら嬉しいです!
ではッ!
……しっかし勢いで書いた駄作とはいえ、本編のどれよりも文字数多いとかこれもうわかんねぇな?