学校が終わると、少年はソウキチの元に訪れた。
少年にとっての習慣になりつつある、ソウキチとの修業。
母親の兄は世界中を旅している冒険家で少年も会ったことがある。
はじめて会ったときに貰った名刺に書いてある肩書きが印象的だったのは記憶に新しく、笑顔の眩しい男だった。
「おやっさん、きょうもきたよ!……ってあれ?」
今日は珍しくソウキチがいないようだ。
回復してから少年の住む場所に山から下りてきて貯金を切り崩して生活しているソウキチ、宿としている場所が子供が作ったような秘密基地であるのに堂々としていて清潔感があるのは子供心に吃驚する。
テーブルの上には書置きがあり、『坊主へ 少し山を降りる』とある。
おおかたのニュアンスはしばらくソウキチと一緒に過ごしているので分かるようになったが、文面でのソウキチは素っ気無い。
外面に出さず、内面に留める。
常にクール、抱く思いは熱く。
そんなソウキチは少年にとって憧れの人物であり、最近になって肌で感じられることがあるとしたら母親の笑顔や想いを寄せる少女の笑顔。
「今やっていることに意味を感じられないなら、それでいい。お前が今やっていることの意味にいつか気づくことが出来ればいいからな」
それは基礎的なトレーニングをしているとき、つい漏れた弱音に対してソウキチがよく言った言葉だ。
すっかり怪我も治り、あとは療養が必要なくらいとのことでいつでも出発できるように用意は出来ているらしい。それでも出る素振りを見せないのは嬉しい半分、いつか急にソウキチがいなくなってしまうのではないかという恐怖もあった。
※※※
「例の“石”の所在地は何処だ?」
「どうやら、紛失してしまったようだな。誰かが持ち出したとしか思われんが……。何か知っているか?」
厳かな雰囲気のその場所で。
求められていたのは“石”と呼ばれた物質。
その石に秘められた力を使い、古代ではかの種族に対抗する為に戦士を作り出していたとか。
その力はすさまじく、所有者に対して“石”が意思を示すように力を与えるという。
彼らの会話の中で“石”が重要視されていたのは彼らの目的を達成するのに必要だからだ。
彼らが探しているのは“石”を奪った者と“石”の在り処。
奪った者には制裁を、“石”を発見すれば適合者を探す為に研究を再開できる。
「全ては我が悲願の為に」
会話の中で責任者らしき男は口端を吊り上げた。
※※※
「……もしもし」
『おう、お前か』
クワガタムシ型の携帯電話、スタッグフォンでソウキチが通話しているのはソウキチの協力者である『男』の声。
なんでも
ソウキチ自身も自分の力についてよく分かっておらず、興味も沸かなかった。
自分の力として使え、手足の延長戦として使っている。
人は自分の手足がある理由について考えるだろうか?そんな細かいことを考えていては生きていけない。
つまるところ、ソウキチが気にしない理由もそれと同じである。
「ああ。また調整してもらおうと思ってな」
『だと思ったよ。それ以外にわざわざかけてくる奴でもなかったな、お前』
「……切るぞ、アザゼル」
『ちょ、待て!?』
電話の相手は堕天使総督のアザゼル。
ソウキチには『だてんし』だとか『あくま』だとか分からないが、『スカル』のメモリとそれに対応する『ロストドライバー』を調整できる人物。
外装こそ玩具でしかないが、その力は超人へと変える外に絶大である。
なにもわからないソウキチだが、それでもわかることはある。
『スカル』のメモリが、ロストドライバーがタダモノではない代物だということを。
「……」
『ったくよぉ、コミュニケーションをしろよ、コミュニケーションをよ。前回に比べて偉く間が空いちまったな、どうしたんだ?』
「ああ、ボコられた」
『ボコられたぁ!?』
電話の向こうのアザゼルは驚いている。
普段は『スカル』が持つ身体能力を強化というシンプルな能力でありながら、それでも異能を持つ相手や人外に対して立ち回ることができる実力者だ。
そんな男がボコられたのだ。
「ああ」
『それでどうしたんだよ!?今何処だ!?』
「太陽みてぇな玉吊り下げた親切な坊主に助けられてな、その坊主に手当てしてもらった」
『太陽みてェな玉ァ……?』
「どうかしたか?」
太陽のような玉と聞いて心当たりがあるんだろうか、若干、アザゼルの声が上擦った。
『いや、なんでもない。次はいつだ?』
「次は―――に頼む」
『わかったよ』
そういうとソウキチは電話を切り、スタッグフォンをジャケットの上着になおした。
毎日飽きずにやってくる少年、南雄之介はなかなかタフな男だ。
もしも、自分に何かあったときは“受け継がせるに相応しい者”と思うに十分な素質がある。
「戻ってやるか」
これからも絶やさず
『やぁ、久しぶりだね?元気してた?髑髏の超人“スカル”』
★☆★
†
SKULL
†
「せい、あああッ!」
『なんだ、生きていたのか。けど相変わらずだね、君の動きってさ』
髑髏の超人『スカル』は白いマフラーをはらりと吹かせ、異形の怪人に拳を打ち込む。
必殺技とする拳『ライダーパンチ』も蹴り『ライダーキック』も、放つほどの体力はない。
アザゼルが名付けた拳と蹴りの名――ではなく、メモリから流れ込んできた名前。
「……」
『だんまりを決め込んでいるのかい?つれないねぇ』
怪人は嗤う。
超人が放つ攻撃を全て受け止めながらも、怪人には効果がないように見える。
否、そもそも威力は普段の二分の一以下だろう。たとえ、そうであっても常人のそれ以上の力を発揮できてはいる。
それでは意味がないのだ、怪人に効いていないのならば。
怪人の蹴りは大地を割る。
怪人の拳は天を割る。
怪人の異能は空気を切り裂く。
『こんなのじゃないだろう?わざわざ待ってあげたって言うのに。超人スカル、髑髏怪人。ヒーロースカル!』
「少しは減らず口を―――閉じろッッ!」
渾身のライダーパンチ、怪人の異能における発火現象を天性の勘で避けて回れるのは怪人とのこれまでの戦いによる経験が頼りだ。
一度でも受ければ重傷を負ってしまうというのも経験則から予想できる。
繰り出した重い拳撃を放つ際、銀色の炎を拳が纏って急所を狙う。
わずかに怪人の重心を崩したように―――見えなかった。
『なんだ、なかなかやるじゃないか。最初からそう来てくれないとさぁ、やり甲斐がないんだよ。そんなヘッポコで立ち向かってきたのには敬意を表するよ』
「若干ニュアンスで分かるのがより腹立たしいな。早く倒れろよ、いい加減に……!」
必殺の蹴り『ライダーキック』を『ライダーパンチ』の直後に放つべく、両足に力を込める。
『ライダーキック』に必要なのは重みを乗せるためのパワーとそれを発揮する為の跳躍と高度が必要となる。
アザゼルによると神器の中で所有者が代々移り変わるものもあるらしく、ソウキチに流れ込んだ『スカル』の力も同様のものではないかと言うことだ。
銀色の炎を両足が纏い、高い跳躍と共に蹴りを入れようと力を込めるが怪人が外見からは見えないものの笑ったように見えた。
「おやっさーん?どこー?」
「――坊主!しまっ……た!?」
集中力が途切れ、ライダーキックが不発に終わる。
怪人は姿を消し、少年――雄之介の元に向かう。
書置きをしていたとはいえ、心配して探しに来たのだろう。出会った日から本当にお節介な子供だ。
いつしか敵に騙まし討ちにされる危険が出てくるだろう。
けど、そんな人を疑わずにいる心が大切なときもある。
「坊主!その場から――逃げろ、雄之介!」
「えっ、おやっさん……?」
『スカルの弱点、発見だ』
初めて呼んだ、愛弟子というべき少年の名前。
今までは妙な感情を別れるときに残さないために名前で呼ぶことはしなかった。
夕暮れ時の森の中で一人で家に帰らずにわざわざ自分を探しにやってきたのは後で説教物だが、それがまた利点だ。
『――潰しちゃおうか』
ライダーキックの為のエネルギーは要らない。
もし、雄之介が避けられないのならば代わりに盾となろう。
「う、うぉぉぉぉぉぉ!」
《SKULL!Maximamdrive!》
今こそ、放て
これぞ真骨頂。
我、
弱者の前に現れて。
その身を切り札とせん―――!
「ライダァァァァァァァァパァァァァンチ!」
四肢に銀色の炎のエネルギーを纏い、怪人と雄之介の間に割り込んだスカルは――ソウキチは両拳を勢いで叩き込む。
渾身の一撃、しかし弱っているソウキチの今の体調では本調子は出ない。
それでも不意打ちとしては上等なようで一矢報いることが出来た。
だが雄之介の視界に映るのは紅い世界――。
「おやっ……さん……?」
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