旧友と久々の再会だが……
紅のコート、それにオールバックの男はゆっくりと歩んでいくと破損したロストドライバーとメモリを拾い上げた。その表情は笑っているとも憂いているとも捉えられる表情で複雑に映る。
「あれれぇい?スカした顔して何しに来たんですかー?そういう表情、一番嫌いなんですけどっ!」
「同感だ。俺は友達に手を出した奴を許しはしないからな。雄之介、コイツをどうにかする」
「待てよッ!俺も何もしないで見るだけには行かない!」
『相棒、お前の身体じゃ……』
「なんでもくれてやるッ!ドライグ、禁手化させてくれ!」
紅のオーラにハートは包まれ、心臓を髣髴とさせる姿へと変貌する。怪人態となったことでグレモリー眷属は驚くが、ハートはそれを意に介さずにエターナルに挑む。変身する前、旧くからの友に笑いかけて。雄之介はただただ震えていることしかできなかった。
自分が尊敬する男から受け継いだ物は失われ、ハートがロストドライバーとメモリを地に置いて徒手空拳による戦闘に掛かると雄之介はそれを拾い上げる。
壊れている。
ロストドライバー。
ジョーカーメモリ。
壊れている。
おやっさんから受け継いだ大切なものが。
護衛すると言う任務であった対象のグレモリー眷属が赤龍帝の空元気で上げた声をきっかけに立ち上がり、朱乃は慕っていた青年が落ち込んでいるのを悲しげに見るが、それに気づけないほど雄之介が負った傷は大きかった。
時は停まっている。
動き出すきっかけを持てず、マキシマムドライブによって、エターナルメモリの力によって用を為さず、停止したアイテム。
ごめんなさい、おやっさん。
僕はおやっさんの期待に沿う男じゃなかった。
おやっさんから受け継いだ
僕がもう少しきっちりしていれば、僕がもう少し強かったら破壊されなかっただろうに。
僕のせいだ、僕が弱かったからこうなったんだ。
抱く後悔の思い、そんな雄之介の元に戦場を気にも留めずに歩んでくる者がいる。
「超兵四号、こんなところにいたのか。“
その者はふらりと現れた、襟を立ててドラキュラ伯爵のメジャーなイメージである襟を立てたマント姿の人物。
「どれ、再び調整と行こうか。
憎い相手だ。
ハートやヴェルメリオ、愛しのあの子に痛みを与えていた相手だ。
いつか、必ず、この報いを受けさせてやるのだと研究所時代に何度誓ったことだろう。
ハートやヴェルメリオ、それに他の被験者の少年少女と励ましあって過ごした毎日。
ロストドライバーとジョーカーメモリを奪い取られ、聞き捨てならない単語を聞いたのに身体が動かない。
仇敵――死神博士を前に身体は竦み、雄之介はぶらりんと手首をつままれて宙に浮いていた。
そのとき、ジョーカーと同じカラーリングのトライドロンが突っ込んできて死神博士を轢き殺さんとする。死神博士はそれを回避するが、四号の手を離すことはない。
『アン!やめたまえ!トライドロンに戻るんだ!』
「ユーくんの手を、ユーくんの手を離せッ!」
「これはこれは。なんだ、こいつの……いや、これは面白くなってきた。貴様、因子持ちではないか!」
「えっ……?」
トライドロンのハンドルを握り、突っ込んできたのは他でもないアンだった。
アンはジョーさんの制止を振り切り、トライドロンを出て魔剣創造で螺旋状の剣を作り出すと鬼気迫る表情で死神博士に向ける。しかし、死神博士が顔をほころばせて嗤うものだから、その表情が少し緩んだ。
そして、螺旋状の剣――いや、槍だった。それも、騎馬兵が持っていそうな。
「いやはや、これはちょうどいい。オルフェノク実験は成功していたようだ。先ほどの四号に対する様子から、四号に恋慕しているのか?ならばちょうどいい、子を為せ。データを取ろう」
「いや、いやァッ!ユーくん!ユーくんッ!」
アンの脳裏に蘇る記憶がある。
しかし、その記憶を思い出したくないと思う自分がいるので、封じつつ愛しの青年の名前を呼ぶ。普段ならば丸腰の相手に対し、翻弄することが出来るだろう。自慢のスピードと、女性ゆえの力不足を補えるほどの技量で。
だが今、それが出来ない。
灰色の槍を振り回し、死神博士に隙を作って手首を掴まれて無表情の魂の抜け殻のような青年を取り戻そうとして我武者羅に攻撃するけれど、穂先が掠らない。
そして、ホースオルフェノクという単語はアンに最悪の記憶の目覚めを呼び起こそうとしている。
過酷な実験、死に瀕するか瀕さないかといったギリギリの地点までの人体実験を行うもので伝承にあったとされる「超えた存在」を改造人間の計画の中に死神博士は組み込み、アンにもそれを課していた。
電極をつながれるのは勿論のこと、死神博士お手製の怪物と戦わされて泣きながら狭い闘技場を走るが、狭いがゆえに怪物は容赦しない。
最期に見たのは、猛り、盛り、襲い掛かる灰色の一角馬の顔―――。
※
声が聞こえた。
―――ユーくんッ!ユーくんッ!
泣いている女の子の声、その手にある槍はなんだろう?
―――大人しくしろ、その槍を下ろせ。それとも、貴様は創造主に逆らうのか?灰から生まれた貴様に生を与えたのは他でもない私だというのに。
笑い、怒るマントの男。
自分とどんな関係なんだろう?
―――聞きたくない!聞きたくない!ユーくん!起きて!起きてよぉ!戦わなくていい、勇敢じゃなくていいから!そんな顔しないでよぉ……
女の子は泣いている。
僕には関係のないことだ。
―――アン!雄之介!助けに来たぞ!クソッ、私に身体があれば……!
何処からか聞こえてくる機械音、うるさいなぁ。
静かに眠らせてくれよ、この殻の中はとっても心地良いんだ。
―――ジョーさんっ!ユーくんが!ユーくんが!
うるさいなぁ、ぼくはもうねむたいんだ。
ほうっておいてくれ。
―――ホースオルフェノク、それに四号、いや『 』。少しそのガラクタを黙らせよう、暫く待て。この騒乱に乗じて逃げる。その後はどこか適当な場所で実験の続きだ、ハートロイミュードでは出来ない実験を貴様らに行おう。交配だ、泣いて喜べ。
はーとろいみゅーど?
こうはい?
―――お願い、起きて!ユーくん!
おねがいだから、おねえちゃん。
だまっててよ、ぼくはかんけいないんだ。
ぼくはもうねる、このねどこのなかでならいいゆめがみれそうなきがするんだ。
ずっと、おなじことのつづきでつまらなかったし、つかれてたの。
そろそろねないとぼくのからだがもたないよ。
記憶が消される。
『雄之介の夢はなんだい?』
『お、おじさん、ぼくのゆめはね……』
親愛の伯父との会話。
『ほうら、雄之介。父さんが買ってきた外国のお土産だ、綺麗だろう?』
『よかったわね、雄之介。大切にするのよ?』
『うんっ!ありがとう、とうさん!かあさん!』
ペンダントを貰った日。
『おれたちはともだちだ、かならずいきてそとにでる!そして、美味いモンを食うんだ!そうだろ、アギト!』
『ああ、立派なコックになってみんなに食べさせるんだ!おいしいものをいっぱい!』
ノイズが掛かっているが、白衣の少年達との記憶。
『雄之介、手入れをしておいたぞ』
『雄之介、手合わせをしてくれないか?』
『ユーにいさま、買い物に行きません?』
『ユーくん、悪い夢でも見たの?』
大きな背中、父親代わりの恩人。
強くて、いつか超えて見せると誓った少年。
愛嬌があり、綺麗な黒髪の少女。
な、 少女。
『雄之介』
『雄之介』
『雄之介』
『雄之介』
『ユーくん』
『ユー』
『ユーにいさま』
『帽子の似合う男になれ、雄之介』
白いソフト帽を被せてくれた男。
それらの思い出に対し、真っ暗な空間の中で鈍い輝きをもたらしながら、ペンダントをした黒髪の小さな少年は膝を抱えてぼやく。
「どうせ、ぼくにはむりなんだ。ぼくにはできない、できないんだ。ぼくはみんなとちがう、ぼくはみんなよりよわくてだめなんだ。なにもできないし、よくわらわれる。ぼくがまちがってなくても……。だから、ぼくなんてなくなってしまうのがいいんだ。ぼくなんて、ぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんてぼくなんて、いなくなればいい」
『ヒ、ヒィ……ッ!バケモノ……』
はじめてジョーカーに変身した日、その日に投げられた心ない言葉。
それが少年を蝕んでいた。
妖しく光る、首の光は紅く包み込んだ―――。
死神博士の登場、アンの正体、なにが雄之介を駆り立てているのか。
そんな今回