九月二日、未の刻。
大友宗麟の本城である臼杵城の広間では早朝から評定を開いていた。大友家当主たる大友宗麟が上座に座し、その右脇には側近である吉弘鑑理が侍り、先代以来の重臣たちから年功序列に応じて順に座している。
彼らの顔色は一様に暗かった。
なにせ大友家滅亡の危機だからである。
たった一度の敗戦が齎した被害は悲しくも甚大だった。
「既に秋月氏は龍造寺家に寝返り、他の国人衆も同様に離反致した次第。畏れながら申し上げますると、筑後の防衛は諦める他ござりますまい」
宿老の一人、吉岡長増が先ずは喫緊の問題である筑後について苦虫を噛み潰したように説いた。
普段なら即座に噛み付く吉弘鑑理すらも暗に肯定を意味する沈黙を保つ。『豊州三老』という大友家中でも特別に権力を持つ二人の意見に、他の重臣たちも消極的ながら賛成の意を表した。
だが、大友宗麟はこめかみに青筋を浮かべる。
「そんなことは理解しておる。儂はその打開策を聞いておるのだ。誰ぞおらんのか、龍造寺隆信を追い散らす策を考え付いた者は!」
宿老に名を連ねる臼杵鑑速が小さく頭を振った。
「殿、我らは北に毛利家、西に龍造寺家、南に島津家という三大名に囲まれておりまする。我らの全力を持って龍造寺家討伐を推し進めることあれば、成る程、筑後だけでなく肥前まで支配下に治める事ができるやもしれませぬ」
「そうじゃ。龍造寺隆信如き若僧など一蹴にしてくれようぞ!」
「しかし!」
得意気に賛同する大友宗麟に出鼻を挫くように続ける。
「その隙をあの強かな島津家が見過ごすとは到底思えませぬ。日向より即時北進、空き巣となった豊後を切り取るは必定で御座りまする。鬼島津を筆頭とした無類の猛者共が臼杵城を落としましょうな。そうなれば大友家の再興はありえませぬ。故に吉岡殿と吉弘殿は、忸怩たる想いで筑後国奪還を諦めるしかないと殿に進言致した次第でありましょう」
宿老たる臼杵鑑速の鋭い口調に、大友宗麟は反論できなかった。何しろ正論である。全盛期の大友家ならいざ知らず、肥前東部と筑後国を喪失した上に筑前国すらも危うい今、龍造寺家と島津家を同時に相手取るなど絶対に不可能であった。
先の決戦に敗れていなければ。
いや、戸次道雪と角隅石宗が健在ならば。
そんな合理的な判断を下してしまいそうになる直前、大友家当主は悲惨な未来を振り払うかのように顔を真っ赤に染めてから大声を張り上げた。
「この儂が島津の如き田舎大名に劣っていると申すか!!」
府内館の外にまで響き渡りそうな絶叫。
それは九州探題に任ぜられた者の誇りによる物。
大友宗麟は天文二十三年(1554年)八月に肥後守護職に就任した。その三年後には豊前国、筑後国の守護職に就き、最終的には九州五カ国の守護となる。同年には『九州探題』にすら任じられた。九州最大の権勢を誇ったのだ。
肥前西部を治める龍造寺氏、周防から以東を支配する毛利氏、南に発展著しい島津氏がいたが、九州の約七割を支配する最大最強の大大名としてその武名は畿内まで轟いていた。
大友宗麟が領国の版図を拡大して絶対的な権勢を誇ることができたのは、ひとえに人に恵まれたからである。彼の周囲には、ただ優秀なだけでなく信義に篤く、誠実で勇猛な武将が揃っていた。
戸次道雪、臼杵鑑速、高橋紹運だけでなく、他にも田原宗亀、田北紹鉄、田原紹忍、志賀道輝など群を抜く知略と武力に秀れた猛者たちが宗麟を支えたのである。
一方、中国や朝鮮との貿易で巨利を収めている博多の豪商・島井宗室や、祖父の代から石見銀山の開発や中国・朝鮮をはじめ南洋諸国との貿易を行なっている神屋宗湛たちとの交遊も忘れず、宗麟自身も朝鮮や対明貿易で大きな利益をあげた。
更には多種多様な美術品を求めて能や蹴鞠、犬追物や鷹狩りを行い、茶や茶道具を楽しんだ。また豊後一宮・柞原神社を援助し、臨済禅に親しみ、武将であると同時に経済に明るい知識人、文化人でもあった。
「儂の家臣ならば両家を同時に相手取るぐらい言わんか!!」
しかし、斜陽の影は次第に大きくなる。
そもそもな話、大友宗麟に反感を抱く家臣は多かった。
戦国時代の常ながら、宗麟も順調に家督を継いだ訳ではない。大友家には宗麟と異母兄弟である塩市丸が存在していた故に、どちらを家督とするかで家臣が分裂して抗争を繰り返していた。
決着が着いたのは天文十九年(1550年)、宗麟側の家臣が決起したのだ。結果として実の父である大友義鑑と塩市丸、その母親まで襲われることに。
大友義鑑は重傷を負って二日後に亡くなり、異母と塩市丸はその場で殺害された。これが俗に呼ばれる『二階崩れ』と呼ばれる事件である。
これだけならば良かったと言えよう。
だが、大友宗麟は同じ年に肥後の国人である菊池義武を捕らえ、その妻を側室とした。菊池義武は大友義鑑の弟で菊池家の養子になっていた事から義理の叔母を側室にしたという事であり、当然ながら誰からも非難された。
そして淫蕩無頼な生活は苛烈を極めていく。
ある時は家臣の妻を奪い、娶り、反乱を起こされても尚、今日に至るまで女癖の悪さは終ぞ治らなかった。
「宗麟様、落ち着いてくだされ」
「黙れ、長増!」
「いいえ、黙りませぬ。如何に勇猛果敢な我らと言えども、龍造寺家と島津家を同時に相手取るのは不可能で御座りまする!」
「戯け!」
路傍の石を眺めるような瞳を浮かべ、大友宗麟は吐き捨てた。
「初めから不可能などと決めつけるでないわ!」
「ならば宗麟様、一先ず島津家と和解するというのは如何に御座りましょうか。その間に龍造寺隆信を打ちのめし、万難を排した後に島津家を相手取れば宜しいと思いまするが」
「同じ事よ。此処で島津と和解するなど、儂が奴らよりも劣っていると喧伝するような物。有り得ぬわ。そのような策を口にするなど恥を知れ、長増!」
鎌倉の頃より連綿と続く名家であろうとも、九州探題である大友宗麟より優れているなど許されていい道理を遥かに超えている。
島津家から和解を求めるなら話は別だが、まるで攻め込まないで下さいと言わんばかりに頭を下げるなど、宗麟にとって到底許容できるものではなかった。
「ならば折衷案と致しましょう。豊後国と日向国との国境を完全に固める他ありますまい。島津家との戦は長期戦に持ち込む事で耐え凌ぎ、高橋紹運殿や臼杵鑑速殿を筑後に派遣。先ずは龍造寺の勢力を弱めるというのは如何で御座りまするか」
無理難題を押し付ける主君に萎縮した家臣たちに成り替わり、吉岡長増は実現可能かどうかさて置いて、大友宗麟の意向に従った見事な妥協案を提示してみせた。
大友家当主は眉根を寄せたまま吟味する。
誰も彼もが島津家に恐れ慄いてる事に不満を抱きつつも、多少冷静さを取り戻した大友宗麟はゆっくりと口を開いた。
「誰を日向との国境に置く?」
「本来ならば戸次道雪殿に守備して頂きたい所で御座りまするが……」
「亡き者を当てにしても仕方あるまい」
「討死されたという証言はありませぬぞ、殿」
臼杵鑑速の言葉に、大友宗麟は嘆息した。
「島津に囚われたのであろう。ならば同じ事よ。既に首を刎ねられておるわ。無論、例え無事に帰ってきても敗戦の責任を負わせねばなるまいて」
「しかし、戸次道雪殿は家中一の弓取りで御座りまするぞ」
「莫迦な事を申すな、鑑速。大友家随一の弓取りが敗れることなどあり得まい。もしそうであるなら儂が島津に劣っているという事に他ならぬではないか!」
「仰る通りです。しかしーー」
「くどい!」
取り付く島もなく、大友宗麟は口早に言う。
「道雪は死んだ。良いな!」
御意と頭を下げる家臣一同。
満足気に頷く宗麟に対し、吉弘鑑理が尋ねる。
「国境に派遣するは誰に致しましょうか?」
「紹運は筑前から動かせん。ならば鑑速じゃ。此奴なら島津家など一蹴してくれようぞ!」
「某、でありまするか?」
「そうじゃ。田舎武者の一兵たりとも豊後の土を踏ませるでないぞ!」
「御意」
思わぬ人事と発言に評定の場が凍り付いた。
戸次道雪は討死した。
高橋紹運は筑前から動かさない。
臼杵鑑速は日向との国境を固める。
ならば誰が筑後を攻めるというのか。
龍造寺隆信率いる10000の兵士を食い破り、尚且つそのまま筑後を奪還した上で、その後も肥前の熊から護り続けられる武将など大友家中で他にいるというのか。
勝てるなら良いのだ。
だが、負ければ御家の取り潰しもあり得る。
大友宗麟に仕える家臣一同が俯いたまま、大友宗麟の発表する人事に耳を傾けようとした直前だった。
「も、申し上げます!」
泣き叫ぶような声が鼓膜を揺らした。
宗麟の小姓が評定の間に駆け込む。
息を荒げて、肩で呼吸を繰り返している。
全力で走ったからか。しかし顔面は蒼白だった。
誰もが嫌な予感を覚えた。
評定を遮るなど打ち首にされて当然である。その危険を犯してまで即座に報告しなければならない事案など、大友家の興亡に関与する事柄である事は明白であった。
「島津に動きあり!」
「何!?」
腰を浮かした宗麟を嘲笑するように報告は続く。
「島津家久隊が懸城を落とし、島津忠棟隊が高森城を陥落せしめたとのこと。総勢8000の島津兵が豊後の国境に集結しつつあり!!」
誰もが思った。
早い、早すぎると。
決戦を終えてから僅か十日。
如何に勝ち戦と言えど、島津家にも相応の出血を強いた筈である。にも拘らず、島津家の当主たる島津義久は間髪を容れずに8000の軍勢を動かした。
どのような妖術を使えば可能となるのか。
いや、そんな事は問題の埒外である。
いずれにしても精強な島津兵8000が今にも豊後へ攻め入ろうというのだ。直ぐにでも何がしかの対応を取らなければ瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。
「阿蘇家は何をしておるか!」
「決戦後でも肥後北部を死守すると申しておったであろうに!」
「ーーもしや、寝返りか!」
「阿蘇惟将殿ならいざ知らず、甲斐宗運殿は気骨のある御仁よ。島津家に寝返りなど有り得ぬ。今士元に裏をかかれたと推察するべきよな」
他の重臣たちが慌てふためく中、一早く正気を取り戻した臼杵鑑速は冷静に状況を把握していた。
落城したのは懸城と高森城だけである。
阿蘇惟将の居城たる隈本城と甲斐宗運の守護する御船城は陥落していない。
未だに籠城しているのか、それとも島津家の視野に最初から入っていないのか。どちらにせよ島津家の目的は決戦の勝利に勢い付いたまま一気呵成に豊後国内に攻め入ろうというものだ。
確かに脅威である。
だが、自領ならば勝手知ったる地。
疲弊した島津隊を各個撃破するなど造作もない。
不敗を誇った名将と言えど戸次道雪とて間違いを犯す。惨敗してしまうこともあるだろう。だが逆もまた然りである。
今度は臼杵鑑速が島津の今士元に泥を付けてやろうと鼻息を荒くした。
ーー瞬間だった。
「何をしておるか、貴様ら!」
大友宗麟の怒号が飛んだ。
「紹運を臼杵城に喚び戻せ。豊後に侵攻してくる島津に備えよ。急げ、事は一刻を争うのじゃ!」
「な、何を申されまするか。紹運殿は立花山城にて筑前国を守護しておられるのですぞ。龍造寺家を追い返し、筑前の国人衆に睨みを効かせている紹運殿がいなくなればーー」
「そんな事は百も承知ぞ!」
主君の右脇に侍る吉弘鑑理に対し、大友宗麟は唾を吐きかけるように怒鳴り散らした。
「立花山城が抜かれれば筑前は失う。が、豊後と比べれば瑣末ごとよ。先ずは島津家の侵攻を食い止めねばならん!」
「それは我らが行いまする!」
「いや、紹運に任せる。島津率いる田舎武者が此処まで血に飢えた獣とは思わなんだ。奴らは犬畜生と変わらん。主人たる儂の力を完膚無きまでに教え込ませなければな!」
力強い言葉と裏腹に、宗麟の顔は青白い。
島津の鬼たちに豊後国を蹂躙され、悲壮な死を遂げるかもしれないという最悪の未来を垣間見てしまったからだろうか。
恐怖と焦燥、加えて憤怒が入り混じった声音の必死さに、誰もが反論出来ずにいた。三宿老さえ筑前放棄も致し方無しと考えた直後、今度は戸惑いがちな報告が評定の間に飛び込んできた。
「も、申し上げます」
先程と異なる小姓が首を垂れながら言った。
「毛利家から使者がご到着なされました」
予想外の展開である。
臼杵鑑速も目を見開いた。
此処で毛利家とは万事休すか。
豊前国に聳え立つ門司城を足掛かりに北からも攻め込まれたら流石に抑えきれない。三ヶ国にも及ぶ大友領は、三大名によって切り取られてしまうこと必定であった。
だがーー。
そんな予想を打ち消すように、飄々とした声音が大友家臣団の耳を揺さぶった。
「お初にお目にかかります」
現れたのは禿頭の僧侶であった。
服装から察するに臨済宗の僧であろうか。
毛利家の遣わした外交僧だとすると、臼杵鑑速が思い付く名前など一つしかなかった。
「……安国寺、恵瓊」
「名高き臼杵殿に名前を覚えてもらえているなど恐悦至極に存じ奉りまする。さよう、拙僧は安国寺恵瓊と申す者。我が主君から預かったお言葉を大友宗麟殿にお伝えする為に馳せ参じた次第に御座りまする」
謀神と畏れられる毛利元就。
滅亡の危機に瀕している大友家に何用か。
「毛利元就殿からとな?」
「御意に御座りまする。高城川での敗戦、我が主君も大層憂いておられまする。九州探題であらせられる宗麟殿のお力になりたいと、随分と苦慮しておりました」
「これは異な事を仰る。島津家との決戦に際し、櫛崎城に兵を動かし、我らの行動をとりわけ制限しておった元就殿のお言葉とは思えんな」
「宗麟殿は誤解しておられるようですな。櫛崎城に兵士を集めたのは、伊予国で蠢動しておりました河野家の動きに反応したまで。その証拠に我ら毛利勢は門司城に攻め入っておりませぬ」
「ほう。そのような詭弁が通じると?」
「詭弁かどうかは宗麟殿の受け取り方次第に御座りますれば、誤解を解くのは拙僧の役目にありませぬよ。全ては結果で御座りまするぞ、宗麟殿」
「坊主風情が、儂に説法するか」
「何はともあれ。宗麟殿は島津家の躍動に飲み込まれんとしておられる。我らが主君はその打開策を提示するのみに御座りまする」
「……貴様、この大友宗麟を愚弄するか!」
「さにあらず。愚弄するつもりなど毛頭ござりませぬ。拙僧は心より大友家の繁栄を願うておりまする故に」
大友宗麟と安国寺恵瓊の舌戦。
評定の間に流れる剣呑とした空気。
射殺さんとばかりに睨む大友宗麟に対して、安国寺恵瓊は薄ら笑いを浮かべたままである。
一触即発の雰囲気が漂う中、口火を切ったのは大友宗麟だった。
「ふん。坊主の説法など聞き流すに限る」
「これは汗顔の至り」
「して、元就殿は何と申されておるか」
大友宗麟の内心でどのような葛藤があったのか。
それは終ぞ本人にしか分かり得ぬ事だが、苦渋の決断であることは握り締められた拳から滲み出る血を見れば明らかであった。
当然ながら安国寺恵瓊も気付いていた。
一瞬だけ冷笑を浮かべた後、端的に言い放った。
「反島津連合の締結」
空気が、止まった。
「既に龍造寺隆信殿には話を通しておりまする。宗麟殿が反島津連合に賛同致すならば縁戚となった島津家を敵に回すのも吝かではない、と」
これは仏の導きか、それとも地獄に通ずる罠か。
さしもの臼杵鑑速とて判断できなかった。
だが、一つだけ理解できる。
大友宗麟がどのような選択をするのか、謀神の異名を持つ毛利元就は読み切っているに違いない。
「何を悩まれる、宗麟殿」
「恵瓊、貴様ーー」
「当然、反島津連合に毛利家も含まれまするぞ」
それは脅しでしかなかった。
参加しなければ島津家諸共、大友家も潰すと。
選択の余地などなかった。
結局、大友宗麟は首を縦に振った。
その時に安国寺恵瓊の浮かべた嘲笑は、大友家中からしてみれば妖怪の類にしか見えなかった。
本日の要点。
1・道雪死亡(カッコカリ)。
2・暗黒JK初登場。毛利暗躍開始。
3・反島津連合締結間近のお知らせ。