「今、なんて?」
あのあと、私は一方通行を見つけてから少し後をつけてから声をかけ、喫茶店に連れてきたんだよ。
おかげで尾行する刑事の気持ちを味わえたんだよ。あんぱんと牛乳があれば完璧だったんだけどね。
追いかけた理由は『妹達』について相談するためなんだよ。
もともと私が今日一方通行に会いに行った理由。それは軍用クローンである『妹達』の存在をオリジナルである御坂美琴が知らないことによって、調整をある程度終えた「『妹達』を外に出すことができない、という問題について相談するため。
別に、答えが聞きたかったわけじゃないんだよ。
関係者の一方通行には知っておいてもらわなくちゃいけない話だから。そして一人で考えるのはきつい問題だったから聞きにきたというのが大きい。
でも、私の質問に対する答えは予想外のものだったんだよ。
「だっからよォ。普通に外に出してやればイインじゃねェのか?」
「いや、でも、外に出した「『妹達』が御坂美琴に会ってしまったときにどういう反応をされるのかわからないから、どうすればいいのかな? っていう話なんだけど」
「どォもこォもねェだろ。そんなことを心配すンのは、ガキを外で行かせたら不審者が出るんじゃねェか、ってことを心配すンのと同じだろォが」
御坂美琴を不審者に例えるとは。
「ちょっと外に行かせるだけで危ねェっなンて言ったら、解決策は家に軟禁するしかねェ。アイツラの場合はオマエもそンな事望ンじゃァいねェだろォ?」
「極論だね」
「事実だろォが。それに御坂美琴がどう動くかわからねェ以上、会わせねェためにはあの病院の部屋一つしか自由がねェことになる。御坂美琴だって病院くらいは使うだろうしなァ」
「そう、だね」
「どうせいつかはバレるンだ。それなら早ェ方がいいんじゃァねェか?」
一方通行の言うことには一理あるんだよ。
確かにあのまま病院の中にいても、見つかるのは時間の問題。
『妹達』の脳波ネットワーク、『ミサカネットワーク』は彼女たちがクローンで同じような脳波を持つ者だから成り立っているネットワーク。それなら、オリジナルである御坂美琴も細胞が同じなんだからミサカネットワークに接続できる可能性は十分あるんだよ。そうなったら、存在を感知される可能性は極めて高いもんね。
それに今の『妹達』が御坂美琴に拒絶されて落ち込んだら、私たちが友達として支えてあげられる。
仮に御坂美琴に『妹達』の存在を拒んだとしても、それが彼女たちを殺す理由にはならない。
御坂美琴には悪いけど命がある人間である以上見殺しにする理由にはならないんだよ。
私の気持ちには整理はついた。最終的に外に出るかどうかを決めるのは『妹達』本人だから意味なんてない、って人には思われるかもしれないけどね。
「ありがとう。一方通行」
「あァ」
私はカエルのお医者さんの病院に急いで向かったんだよ。
まあ、『妹達』の外出を許可するのかどうかを決めるのはカエルのお医者さんだけど、意見の一つとして聞いてもらえるとは思うからね。私と一方通行の中では『妹達』を外に出すなら早くした方がいいって意見に落ち着いたわけだし、意見を言うのも早い方がいいだろうってこともあるんだよ。
まあ、結果としてカエルのお医者さんもほぼ同意見と言うことに落ち着いたんだよ。
カエルのお医者さん自身の意見としてもそうだけど、『妹達』本人が外に出たいと言っていたのが決め手になったらしいんだよ。
その直後、私はカエルのお医者さんにあいさつをして外に出た。
私としては『妹達』のみんなと会って直接話したかったんだけど、病院に入る前にちょっと困ったことが発生していたから、すぐに出てこざるをえなかったんだよ。
その困ったことに考える前に、一度禁書目録の置かれている状況を整理するんだよ。いくら完全記憶能力があると言っても、一度情報を整理することは大切なことだからね。今日魔術師と戦ったのもあるし、一度対魔術サイドに頭を切り替える必要もあるだろうしね。
まず、禁書目録は一年に一度記憶を消去しなければならない。これは禁書目録に施された『首輪』の魔術のせいなんだよ。『首輪』の魔術はその名の通り禁書目録をイギリス清教と言う組織に対して刃向うことができないようにするために、『一年ごとに記憶を消さないと死ぬ術式』と『禁書目録の身体を遠隔制御をするための術式』の二つと考えていいかも。
ステイル=マグヌスや神裂火織といった『必要悪の教会』に所属する魔術師のほとんどは『首輪』の魔術の存在を知らされていない。そして、『禁書目録は頭の中にある十万三千冊の魔導書の知識によりもともとの脳が圧迫されており、そこに完全記憶能力によって見た物事全てを記憶し続けることにより、一年で脳がパンクしてしまう』というウソの情報を吹き込まれている。記憶消去を行うのは8月となっているんだよ。
だから、きっちり八月に禁書目録の記憶を消すため、『必要悪の教会』の魔術師たちは交代で私を監視しているんだよ。
禁書目録をはじめから拘束せずにある程度自由に動かしている理由について。その理由を簡潔に言えば、ステイル達仲のいい魔術師は禁書目録が自分の記憶を消す時につらそうな顔をすることに耐えられず、それなら記憶を消す前に楽しい記憶をできる限り残さないようにして、記憶を忘れることの苦痛を軽減するためだったね。
つまり、私が今の記憶を残すためには、八月までに記憶消去の原因である『首輪』の魔術を解除しなくちゃいけないんだよ。
さて、急にこんなことを考えさせたの原因は私の後方にいるんんだよ。
とりあえずバイトのお金で買っていた、折り畳みの鏡を使って前髪を整えるふりをしてさりげなく後方確認をする。
……ある程度予想はしていたけど、やっぱりこのバレバレの尾行はステイルだね。やっぱりあの真っ赤な髪はすごく目立つ。魔術を使えば一般人にはばれないような尾行もできるんだろうけど、禁書目録相手に魔術を使って身を隠すのは逆効果だからこれが一番の方法のはずなんだよ。
禁書目録の監視要員が変わった、それもステイル=マグヌスともなると下手な動きはできない。
なぜなら、ステイルは禁書目録が危険な目に会うのを全力で防ごうとするはずだから。ステイルからすれば禁書目録は自分の魔法名を賭けるほど相手だからね。
でも、記憶を消す時のことを考えるとそろそろ攻撃を行ってくる可能性は高いんだよ。『歩く教会』を貫通しない程度の、それでいて禁書目録にある程度恐怖を与え、記憶を消してもいいとさえ思える程度の攻撃が飛んでくる可能性もありうる。
まあ、寝泊まりは常盤台の女子寮でいいはずなんだよ。なにせ超能力者二人が所属する名門だから、セキュリティはこの上なくいいはずだし、そこを攻めるとなると科学と魔術の戦争が起こるかもしれない。そんなリスクはイギリス清教としてもステイルとしても負いたくないだろうしね。……ステイルなら後先考えずに攻撃してくる可能性もあるかも?
このままだと、一方通行や軍覇や操祈みたいに魔術師を相手にしても負ける可能性が低い人達ならともかく、利徳たちスキルアウトとはしばらく会いに行くことはできそうにない。
利徳たちなら聖人の神裂火織はともかくステイルなら頑張れば勝てる可能性は十分にある。とはいえ、それは魔術の知識があればの話だし、仮に勝ったとしても大きな傷を負うことになるのは必至だろう。『魔女狩りの王』なんて出されたら負けが確定してしまうのもつらい。もし巻き込んでしまった時のことを考えるととても会いに行くことはできないんだよ。
最悪の場合、ステイルなら『歩く教会』の防御力に任せたごり押しでどうにかなるから、今この場で倒すのもいいんだけど、できる限り危険は避けたい。なにより、ステイルは味方になってくれる可能性があるから、ここで本格的に敵対するのも避けたいんだよ。
そういったことをふまえて私がすべきこと。少しでも自分の身の安全を確保しつつ、それでいて『首輪』の魔術の破壊して今の記憶を守るために必要なことを考える。
「……賭けだね」
考え付いた方法は、ギャンブルのようなものだった。安全な方法とは言えないし、この方法をとらない方が生き残れる確率は上がるかもしれない。
でも、今後の学園都市生活を考えればやってみる価値はある。
集めてきたものを使うことになってしまうけど、どちらにせよ使うつもりだったものだし、使うのが遅いか早いかの違いになるだけなんだよ。
それに、妹達にはある意味で賭けともいえることをさせておいて、最終的な決め手ではないとはいえ意見を出した私が逃げるなんてあまりにひどいことだもんね。
そのためにはステイルをいったん振り切って常盤台の女子寮に逃げる必要がある。
幸い、私には学園都市を7か月間走って一度のバスも使わず歩いてきた足があるからね。全力で走れば魔術のせいで運動能力が落ちているステイルを引き離すことはできるはずなんだよ。