白い蜘蛛の姫が優しげな歌を歌っている。その腕の中には、彼女を病から救い、心の底から愛している騎士の子供が抱かれていた。勿論、母親は彼女--白蜘蛛姫である。
紅い蜘蛛の姫は、自分の少し膨れたお腹を優しくさすっていた。彼女もまた、あの騎士に救われたのだ。黒い悪霊が彼女を狙って、住処に侵入してきたとき、あの騎士は異形である自分を全力で守ってくれた。そればかりが、妹の命まで救ってくれたのだ。彼女たち姉妹が、かの騎士を愛するまでに、そう時間は掛からなかった。最初に子を宿したのは、白い蜘蛛の姫。
次に宿したのは紅い蜘蛛の姫であった。…まぁ、その後で、あの騎士が見慣れぬ聖女を連れてきたときは、どうしてやろうかと思ったが…あの騎士の笑顔を見たらどうでも良くなってしまった。だからこそ…だからこそ、あの騎士が火を継ぐと言った時は、全力で止めたかった。
それでも止まらないのならば、自分たちも一緒に行くといった彼女達を押しとどめ、騎士は友の太陽の戦士と行ってしまった。
--クラーグさん--どうかしたのですか?--
--なんでもないわ--レアもそろそろ休みなさい--貴女だって身重なんだから--
--はい--けど--子供のお洋服作ってあげないと--
--急がなくても大丈夫よ--ほら貸しなさい--私も作るから--
これはまた…豪華な食事だな。と思いつつ、目の前に広がる光景にプレイヤーは呆れたような、驚いたような微妙な表情を浮かべる
朝だというのに、目の前には豪華としかいえない料理が並んでいた。そして、これまた食堂--と呼んで良いのだろうか--の作りも豪華な物だ。
色々な意味で眼がちかちかする光景に、気をつけながら隣の小柄なルイズをジッと見つめる。
「なによ?…え、これ全部食べるのかって?そんな訳ないでしょ。第一、朝からステーキ食べたり、鳥の丸焼きを頼むのはごく一部の生徒だけよ。」
本当にどうやって食べるのかしら…とルイズ自身も疑問に思っているようで、少し安心する。…色々と小さな彼女がステーキを丸かじりしているのを想像すると、少し引いてしまう。
「凄いでしょ。魔法学院では、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ。」
…それでも限度があるだろうに。とため息を付きつつ、椅子を引いてルイズを座らせると、プレイヤーは目の前のご馳走を眺めていた。
こんなご馳走を見たのは、アノール・ロンドでの宴会以来だろうか。あの時は酔っ払って、深淵歩きの友とガチンコして、暗月の神に説教された事があった。
そんな光景を、聖女と王の刃は笑ってみていたし、太陽の戦士は竜狩りの友と呑み比べをしていた。もっとも、最終的には2人して鷹の眼の親父殿に飲み潰されたが。
しかし、先ほどからチラチラと周りの生徒達が、自分の方を見ている気がするが、無理もない。ルイズの後ろに佇む彼はどうみても、主君を護る騎士そのものだ。
だが、いくら騎士とて腹は減る。それはプレイヤーとて同じことだ。しかし、自分はどこで食べれば良いのだろうか。先ほどこれは貴族の~とルイズは言ってたので、手を出してはまずいのだろうか。
「え、あんたの食事?……あ。」
2人の間に、微妙な沈黙が流れる。物凄く嫌な予感がすると、百戦錬磨のプレイヤーの勘がそう注げている。…使い所を間違っているが、大丈夫だ問題ない。
ジーっとルイズを見つめる視線が、小ロンド色のジトっとした物になり、ドロッとした深淵色に変化する頃には、ルイズが小さく、忘れてたと呟いた。
忘れてた=ご飯なし。方程式が完成する頃には、プレイヤーはガックリと膝から崩れ落ちた。
「そ、そんなに落ち込まないでよ!!第一、昨日はあんたへの説明とかで忙しかったんだから、仕方がないじゃない!!」
それを言われては、何もいえない。確かに、昨日は色々と教えてくれた手前、文句が言えなかった。
だが、そんな事は頭で分かって居ても、腹の虫は納得しないようだ。ぐるるる~と抗議の声を上げてくる。
目の前の食事を食べれれば、問題ないのだろうが…あいにく、朝っぱらからこんなヘビィな食事は遠慮したい。
2人の間に微妙な雰囲気が流れていると、黒髪のメイド--シエスタ--が焼きたてのパンを運んできた。
「あ、ルイズ様。おはようございます。…あれ?どうかしましたか?」
「おはようシエスタ。ちょっと、こいつの食事を忘れて…。」
「こいつ?…あぁ、騎士様のご飯ですか。…って、忘れてたって…。」
「な、なによ!!あんたまでそんな眼で見なくても良いじゃないの!!」
「う~ん、けど困りましたね。騎士様だってご飯食べないと、お腹減るでしょうし…。」
無視するんじゃないわよ!!とルイズが騒いでいるが、シエスタはキッパリと無視している。一応は平民と貴族の間柄なのだが…彼女達にとっては、関係ないようだ。
少しの間考えていたシエスタだが名案が浮かんだようで、手をポンと叩く。
「それなら、調理場で食べるのはどうでしょう?」
「調理場で?…迷惑じゃないの?ほら、朝も結構忙しいみたいだし。」
「大丈夫ですよ。大体、作り終わってますし、私達もまだなので一緒に食べましょう。騎士様もそれで良いですか?」
「プレイヤーは良いって。…あ、こいつの名前、プレイヤーって言うのよ。」
「はい、プレイヤー様ですね。あれ、恥ずかしがってどうしたんです?」
「え?……気恥ずかしいから、様は要らない、って言ってるわよ。ふふ、あんたでも恥ずかしがるんだ。」
プレイヤー様と呼ばれて、頬をポリポリとかいて気恥ずかしそうにしている彼を見て、ルイズはクスリと笑みをこぼした。
最初はキョトンとしていたシエスタも、笑顔を浮かべて、では様じゃなくて、さんと呼びますねと言いながら、プレイヤーを調理場に案内する事にした。
「えっと、調理場には外を回っていきましょう。そっちの方が近いですから。」
パンを配り終わったシエスタに付いて調理場に向かう事にしたプレイヤーだが、裏の方で何か物音が聞こえてきた。
前を歩くシエスタの方を叩いて、音のする方を指差して、何の音だ?と問いかける。
「え?…あぁ、あの音ですか?今日はワインの入荷の日なので、荷降しをしてるんだと思います。」
なるほどと思いつつ、角を曲がると確かに、数人の男達が馬車から大きな樽を降ろしているところだった。
その中の1人にシエスタが声をかけて、呼んでいる。
「マルトーさん!!少し良いですか?」
「おう、シエスタじゃねぇか。どうしたよ?…ん、こっちの兄ちゃんは?」
「はい、昨日、ルイズ様が召喚した騎士のプレイヤーさんです。食事をしたいそうなので、私達と一緒に食べてもらっても良いですか?」
「おぉ、あんたが噂の騎士様かい。今朝、シエスタの洗濯を手伝ってくれたそうじゃねぇか。よし、待ってな、ワインを降ろしたら直ぐに用意するからよ。」
「り、料理長。口では簡単に言っても、結構…重いんですけどね、これ…!!」
「あぁ、馬鹿。力抜くな、落ちる落ちる!!」
バンバンとプレイヤーの背中を叩きながら、マルトーは豪快な笑顔を浮かべていた。しかし、ワインを運ぶのは結構大変そうだ。若いコック達がぜーぜー言いながら運んでいる。
ふむ…と徐にプレイヤーは馬車に近づいて、ワインの樽をヒョイと軽々持ち上げた。この位ならば、1人で運べる重さだ。
3人がかりで運んでいた樽を、1人で持ち上げるのを見てマルトーを初めとするコック達は、口をアングリとあけて驚いてしまっている。
「プ、プレイヤーさん、力持ちなんですね。1人で持てる重さじゃないんですけど…。」
「…?」
「あ、マルトーさん。何処に運べは良いのかって。」
「お、おう。こっちの倉庫だ。…いやぁ、プレイヤーって言ったか。すげぇ力だな。」
そうでもないんだが…と首をかしげつつ、ワインの樽を倉庫に運び込むと、次のも、また次のもとサッサと運んでいくのには、驚くしかない。
結局、コック達が1つ運ぶ間に、プレイヤーは2つ3つと運んでいき、馬車の中は空になってしまった。
「兄ちゃんのお陰で助かったよ。よし、腕によりをかけて、飯を用意してやるよ!!」
力こぶを作るマルトーに頭を下げながら、プレイヤーは自分を指差して、次にマルトーを指差して任せろと言うように、胸を叩いて見せた。
「?…そりゃ、どういう意味だ?」
「ふふ、困ったときはお互い様、って言う事ですよね、プレイヤーさん。」
首を傾げるマルトーに、プレイヤーが言いたい事を翻訳してシエスタが伝えてくれた様だ。
正解と言う様にコクコク頷く彼の背中を、マルトーは良い奴じゃねぇか!!と笑いながら、バンバンと叩く。
その後、調理場に用意された山盛りの食事をぺロリと平らげるプレイヤーに、また驚くシエスタ達なのであった。
「がははは!!力持ちは、その位食べないとな!!良い食べっぷりだぜ!!」
「お鍋一杯分食べるなんて、プレイヤーさんよっぽどお腹すいてたんですか?」
それぞれの食事が終わり合流すると、2人は授業が行われる教室に向かうことにした。
「すごく大満足って顔してるわね。」
そうか?とプレイヤーは少し膨れたお腹をさすっていた。
細身の彼だが、食べる時はかなりの量を食べるし、食べない時はまったく食べないのだ。便利のような不便のような…。
しかし、授業と言っても何処で受けるんだ?と問いかけると、彼女は窓から見える塔を指差してそこで受けるのだと答えてくれた。
「あっちに塔が見えるでしょ。あそこの教室で、授業を受けるのよ。一応は使い魔も一緒なんだけど…。
うん、あんたなら大丈夫でしょう。ただし、変な事はしないようにね。」
変な事ってなんだ、変なことってと思いつつ、彼は頷いておくことにした。確かに、プレイヤーは色々なものに興味を示す。以前に宝箱を見つけて、触ってみたらミミックだったことがある。
それ以降、宝箱を見つけたら問答無用でぶっ叩くことにしているのだ。…ひょろ長い足でのキックは、想像以上に痛かったのである。
「プレイヤー、その…ご飯のことだけど、今度からちゃんとシエスタに言っておくからね。」
そう言うと、ルイズはスタスタと先に歩いていってしまった。後ろで、キョトンとしていたプレイヤーだが、さっきの事を気にしているのだと思い、口元に笑みを浮かべる。
なんだ、ルイズは優しいな、そして、ありがとう。と伝えると、彼女は耳まで真っ赤に染めて、こちらを振り返った。
「ふ、ふん。使い魔思いのご主人様でよかったわね!!」
学院の教室は半円形になっている
一番低い中心部に教壇と黒板が存在し、それから徐々に階段状に高くなっていき、最後列からは教室全体を見通せた。
所謂、大学の講義室の様な形であろうか。プレイヤーはなんとなく竜の学院のことを思い出してみた。
教室内では、朝食を終えた生徒達が席に付き、近くの同級生と会話に華を咲かせていた。
しかし、教室にルイズとプレイヤーの2人が入ってくると、一斉に視線が集まる。
その視線に、居心地の悪い空気を感じるが、ルイズが気にしてない以上、プレイヤーがどうこうする訳にも行かない。
彼の持っている盾、鎧、剣にまで視線が注がれている。特に盾には、かなりの視線が集まっていた。本来、アストラの上級騎士が持つこの盾は美しい紋章が施されている。
プレイヤーのお気に入りの盾でもあり、魔法防御に関してはとても優秀な性能を誇る。召喚するレイス達の多くも愛用していた。
その分、敵に回すと厄介極まりない盾でもある。
ルイズはルイズで、視線などお構い無しに最後列まで歩いていくと、適当な席に座る。
途中で男子生徒に囲まれていたキュルケが小さく手を振ってきたので、プレイヤーは軽く会釈を返す。どうやら、フレイムは足元で眠っているらしい
椅子を引いて彼女を座らせた後に、自分はどうするか…と少し悩んだが、壁に背を預けて立っていることにした。
大丈夫か?と問いかければ、何時ものことだから…と少し悲しそうに返された。
「大丈夫よ、何時ものことだし。…ありがとね。」
だが、注目の的--悪い意味で--であるプレイヤーだが、こうして自分を気遣ってくれているのだ。そんな彼を恨むのはお門違い。
それに彼が居るお陰で、少しだけ彼女の心が楽になっている。
5分ほど立つと教室の扉が開き、中年でローブ姿の女性が入ってきた。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみです。」
シュヴルーズと名乗った教師が教室内を見渡し、それぞれの生徒達の使い魔達--小型程度だが--観察し頷いていく。
そして最後に最後列のルイズを見て、少し驚いたような表情を浮かべる。
「…中には変わった使い魔を召喚された方も居るようですが、無事に終わってよかったですわ。」
「はん、どうせルイズのは、自分の家から連れて来た騎士だろ!!」
「もう少しマトモな鎧を着せてやれよ!!」
その言葉で、堰を切ったかのように教室内は笑いに包まれたのを、さて、どうしたものか…とプレイヤーは他人事のように眺めている。
別段、ボロボロの鎧と言われ様が、仕方がない。現にボロボロなのだ。第一、彼にとっては子供過ぎる彼らの言葉など、痛くも痒くもない。
ただ、ルイズがうつむいているのだけは、少し困った。心根が優しい彼女は、傷つくだろう。
「静かにしなさい。これより、授業を始めます。」
シュヴルーズが杖を軽く振るうと、騒いでいた生徒達の口を大き目の粘土が塞いでしまう。静かになるのを確認すると、シュヴルーズは咳払いをして、授業を始める。
「さて…既に知っている方も居ると思いますが、私は赤土のシュヴルーズです。これより一年間、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。
それでは、初めに復習も兼ねて、魔法の四大系統を答えてもらいましょう。そうですね…では、ミス・ヴァリエール。答えてください。」
「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです。」
実技はからっきしでも、ルイズは座学では優秀な成績を残している。このくらいの問題は、よどみなくスラスラと答えれるのだ。
彼女の回答に満足してシュヴルーズは大きく頷くと、説明を再開する。
「そのとおりです、ミス・ヴァリエール。今では失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることをご存知だと思います。」
味津々と言った様子で、プレイヤーは熱心に授業を聞いていた。外見以上の年月を生きている彼だが、それでも学ぶ事は楽しいのだ。
まぁ、魔法--彼にとっては魔術--はからっきしの門外漢であり、使えるのは初歩の魔術や、異端の魔女から教わった物程度だ。
ロードランで学んだ呪術は魔術とは違うらしいが、詳しくは分からない。
なにより、彼の知っている魔術は、ソウルを形にして放出するもの、炎を操る物。後はウーラシールの幻を操る物等だ。
奇跡の方では、衝撃波や雷を操っているが、それとは違うのだろう。
「今から、土系統魔法の基本である「錬金」の魔法を覚えてもらいます。一年生の時に既に覚えている人もいらっしゃるかもしれませんが、基本は重要です。
もう一度おさらいを致しましょう。では、良く見ていてください。」
懐から取り出した石に杖を振り、シュヴルーズが呪文をかけると、石が光り出した。
そうすると、石が黄金色に輝くものに変化したではないか。
「ゴ、ゴ、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!?」
「いえ、真鍮ですミス・ツェルプストー。ゴールドを錬金するには、スクウェアクラスの実力が必要です。残念ながら私は唯のトライアングルですので。」
石を別な物に変える錬金を見て、プレイヤーは少しうらやましそうにしていた。
これがボーレタリアやロードランにあれば、純粋系統の石や、原盤も簡単に手に入ったのではないだろうか。何度欠片をくっ付けて塊に、塊をくっ付けて原盤にしたいと思ったことか。
ただでさえ手に入りにくい原盤なんて特にだ。落とすと噂される小ロンドの鎧姿のダークレイス相手に何回挑んだだろうか。
底の方はジメジメしててヌメヌメしてたので、極力行きたくなかった。しかも、ダークレイス達の剣技も鋭く、苦戦ばかりだった。
しかし、トライアングル・スクウェアとは何だろうか?と首をかしげながら、ルイズの肩を叩いて問いかけてみた。
「プレイヤー、どうしたの?え、トライアングルって何?その事も知らないのね…。えっと、メイジのランクみたいなものよ。系統の数で決まるの。学生の大半は一系統使えるドット、ニ系統のライン、極稀に三系統のトライアングル。さらにその上がスクウェア。魔法衛士隊の隊長クラスがスクウェアクラスね。」
最後列で小声で話している2人とは関係なく、授業は滞りなく進んでいった。
「それでは実際に錬金をしてもらいましょう。では…ミス・ヴァリエール。こちらへいらっしゃって下さい。」
シュヴルーズの一言で教室内が凍結した。その空気に、再びプレイヤーは首を傾げる。…先ほどから、首を傾げるばかりでいい加減、痛くなってきたかもしれない。
「先生!危険です!!危ないです、凄く危ないんです!!」
「危険?何を言っているのですか?ミス・ヴァリエールは座学で優秀な成績を収めています。実技も問題はないでしょう。」
「先生はルイズを教えるのは、初めてですよね?問題があるから止めているんです!!」
「確かに、教えるのは初めてですが。大丈夫です、彼女が努力家と言うことは聞いております。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってみなさい。
失敗を恐れていては前に進めませんよ。それに失敗する事で、得る物もあるのですから。」
キュルケや他の生徒の説得虚しく、シュヴルーズはルイズを指名する。
「やります!やらせて下さい!!」
「ルイズ…お願い止めて。」
しかし、周りの生徒達の制止を振り切って、ルイズは教壇に向かっていく。
それを見た生徒達は机の下や影に隠れて、様子を窺い始めた。中には教室から全力で退避する物までいる始末だ。
その行動に訝しげながらも、知的好奇心が勝ったプレイヤーは、今か今かとルイズの魔法を楽しみにしている。
「プレイヤー、悪い事は言わないわ。隠れたほうが良いわよ。」
「?」
「いや、見たいって言うのは分かるけどね。はぁぁ、ルイズじゃなければ、隠れるなんてしないんだけど。」
首を振るキュルケに、何度目か分からないが首を傾げるプレイヤーだが、ゾワリと背中に悪寒が走る。
今まで幾度となく死線を潜り抜けてきた勘が、危険だと告げている。その原因は、ルイズの持っている杖から発せられている。
直感的に、膨大な魔力--彼にはソウルが--が感じ取っていた。
このままではまずい。プレイヤーは机に飛び乗り、ジャンプすると教壇前に躍り出た。
教壇の前でルイズは、心を落ち着かせていた。
(大丈夫。私にはできる。)
バクバクとなる心臓が高鳴る。緊張の為か唇が乾く。大丈夫、座学では何度も復習してきた項目だ。
杖を振るうと、石に光が収束する。それは今まで何度も見た光景。それは…見慣れた光。彼女の魔法が失敗する時の光。
(あぁ…またなのね。)
絶望が心を埋め尽くす。身体が、爆風に備えて身を固めさせる。悲しいかな、身を護るようにするのは素早く慣れたものだ。
爆音が響き渡り、机や椅子が盛大に吹き飛んだ。
「げほ!!だからヴァリエールなんかにやらせるなって言ったんだよ!!」
「頼むからヴァリエールを退学にしてくれ!」
「おおおお俺のラッキーがっ! ラッキーがヘビに食われちまったぁ!」
阿鼻叫喚の地獄。爆発の煙が教室を埋め尽くすし、爆発の影響で使い魔達が暴れだしてしまった。
食べた食べられたの騒ぎの中、一匹の使い魔が窓ガラスを突き破り外に逃げて行く。
「…え?」
誰かが声を漏らす。爆発の中心部、教壇があった場所に佇む人影。
窓から差し込む淡い日の光が照らすのは、巨大な岩の様な盾を構え、腕の中に少女を庇う騎士。
それはまさに物語の姫君を守る騎士の様だ。あまりに幻想的な光景に声を無くす生徒達。
「ぷれい…やー?助けてくれた…の?」
ふう…と冷や汗を拭きながら、プレイヤーは腕の中にいるルイズの無事を確かめる。
少し埃で顔が汚れてしまったが、何処も怪我はしてないようだ。岩のような大盾--ハベルの盾--を取り出して庇ったのが良かった。
腕の中で惚けているルイズを開放したプレイヤーの左腕に痛みが走る。なんだ?と見ると、少し手甲が焼けたようだ。下の皮膚も焼けたのだろうか。
だが、それはおかしい。黒鉄の手甲は炎には滅法強いし、ハベルの盾は、ハベル自身の魔力の加護を受けた鉄壁の盾だ。
それを貫通する魔法なんて、よほどの物だ。…もしかすると、ルイズはすごいのか?と考えるが…周りは物凄いことになっている。
教壇は粉々だし、シュヴルーズなんかは眼を回して倒れていた。
「…ちょっと失敗しちゃったかな。」
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「ふざけんな!!何時だって成功率ゼロじゃないかよ!」
ルイズの魔法で気絶していたシュヴルーズも目を覚ましたが、授業は中止になってしまった。その後、ルイズは魔法無しでの教室内の片づけを命じられていた。
まぁ、魔法が使えないので、どっちでも同じだ。
授業が中止となり、早めの昼食と言う事で食堂に向かう生徒達だが、出て行く大半の生徒達がルイズを睨む。
プレイヤーが壊れた机や椅子を片付け、ルイズが埃等を箒で片付けていた。
「私はね…魔法が使えないの…何時も失敗ばかりで。だからゼロのルイズなんて呼ばれてるのよ…。」
ポツリポツリと話し出すルイズの声を聞きながら、プレイヤーは黙々と机を片付けていた。
「母様やお姉さま達はみんな優秀なメイジなのに、私だけゼロなのよ…。」
箒を動かす手が止まる。それにあわせて、彼も片付けの手を止めた。
「勉強はみんなよりしてる…実技以外なら誰にも負けない自信はあるの…」
気がつくとルイズの眼には大粒の涙がたまっていた。溜まりに溜まったものが噴出していたのだろう。
「けど…どうしても魔法が使えないの…簡単なコモン・マジックでさえ失敗するの…何度とやっても…全部失敗。」
床に落ちる涙。1つ2つとその数は増えていく。
「…こんなんじゃ、立派な貴族なんてなれないわよ…。どうして、私ばっかり…。」
今にも泣きそう…いや、泣いているのだろうか。ルイズは俯き、黙ってしまった。
そんな彼女にプレイヤーは近づくと、ポンと頭に手を乗せて優しく撫で始めた。
彼女が顔を上げると、彼の眼には温かな火の様に優しい光が漂っていた。そのまま、プレイヤーはしゃがんで目線を合わせ、彼女の両手を握る。
そして、彼女の頭に直接語りかけ始める。
かつて、ある国の王子が居た。王子は最初は、弱く戦うのも満足に出来なかった。しかし、それでも彼はめげずに前に進んだ。
きっと何度も何度も、心が折れそうになっただろう。それでも、彼は前に突き進んだ。その姿を見て、自分は勇気をもらった。
心が折れなければ、何度でも立ち上がる。何度でも挑戦することが出来る。
生まれてから一度も、失敗した事が無い者など居ない。君は、失敗を知っている。だからこそ、君は努力するんだろう。
君は成功した時の喜びと達成感を知っている。だからこそ、君は更なる高みを目指す。君は、蔑ろにされる悲しさを知っている。だからこそ、君は優しい。
君は弱者であるが故に、力の意味を知っている。強者は、それを知らずに力を振るうが、君はその意味を知っている。だからこそ、君は優しく気高いのだ。
ありのままで居て欲しい、自分を偽らないで欲しい。…最大の愛情表現の様な言葉は、ルイズの心に優しくしみこんでいく。
プレイヤーだって、何度も心が折れそうになった。最初に塔の騎士を見たとき、腐れ谷に光景に、マンイーターの2体目が出現したときには、本当に絶望した。4人の筈の公王の5人目が出てきたときは、ふざけんな!!と全力で叫んだ。
それでも、亡者にならずに戦い続けれたのは、錆び付いても罅が入っても、決して折れぬ事のない心があったからだ。
第一、ルイズは魔法に成功しているじゃないか。
「成功…?あ、あんたを召喚…した?」
それだけじゃない。とプレイヤーは手甲を取り、先ほどの火傷を見せる。
「ちょ、あんたそれって、私を庇ったから!?い、痛くないの!?…え、大丈夫だから、話を聞け?」
ルイズの魔法は、黒鉄の手甲は火に強い筈なのに、それを貫通して火傷を負わせた。そして、魔法を防ぐことの出来るハベルの盾すらも貫通したのだ。
それはつまり、彼女の魔法は、特別なのではないか。それがプレイヤーの考えだ。
そう言われて、ルイズはハッとして、考え込む。
確かに、他の生徒が失敗しても、爆発なんて起こらない。それなのに、何故自分は爆発が起きるのだ?
…もしかすると、自分は…
「魔法が成功してる…?爆発が、私の魔法…って言う事…?」
プレイヤーは、きっとそうだと頷き、これから一緒に練習して、使いこなそうとガッツポーズをとる。
そんな彼を見て、また泣き出しそうになるが、ルイズは慌てて手を離すと、後ろを向きグシグシと涙を拭う。
…何時までも泣いているのは、恰好が悪い。
「ふん、なによ。ご、ご主人様に説教なんて、使い魔の癖に生意気よ!!」
そこには、何時もの強気なルイズが戻ってきていた。あぁ、それでこそ彼女らしい。
彼の言うとおりだ。心が折れたら、そこでおしまいだ。何度でも何度でも挑戦すれば、きっとこの魔法を使いこなせることが出来る。
真に強いということは、心が強いと言うこと。プレイヤーは、きっとそう言いたかったのだろう。
「プレイヤー。あんたが言い出したんだから、私の魔法にとことん付き合ってもらうわよ!!」
「!!」
当然だ!!と言わんばかりに、胸を叩く彼を見てルイズは笑みを浮かべる。
実に可憐で…希望に満ちた笑顔であった。
プレイヤーは、レア様と某ICOの如く手を繋いで、ロードランを連れ回しました。
某深淵歩きとは強敵とかいて友と呼ぶ間柄です。彼らについては、前書きで少しずつ書こうかと。