プロ雀士、日常の記録   作:Lounge

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渋谷尭深・名古屋セントラルドラゴンズ所属プロ
32才、独身。
宮永照率いる白糸台高校の最強チーム・チーム虎姫の中堅として2年生時に名をあげた。
その後立教大に進学し名古屋に入団するも、1年目の最終戦に先鋒として出場した際に八百長事件に巻き込まれる。
その後M2リーグに転落し低迷する名古屋で先鋒または中堅としてチームを支え続けている。


6.渋谷尭深(名古屋)

 名古屋・渋谷、FA権取得 移籍濃厚か

 

 プロ麻雀M2・名古屋セントラルドラゴンズの渋谷尭深(32)が21日、規定出場日数に達したためFA(フリーエージェント)権を取得した。

 名古屋は2011年以来M2リーグ暮らしが続き、今季も昇格は絶望的な状況となっており、渋谷は出場機会を求めてFA権を行使しM1リーグのチームに移籍するとみられている。

 報道陣に対し渋谷は「まだなにも決めていません」と話すにとどめ、進路に関する具体的な言及を避けた。

 

【FA(フリーエージェント権)とは】

 チーム間の戦力均衡と選手の権利を両立するため、プロ麻雀では一定の出場日数をクリアした選手にのみ選手自らの意思による自由な移籍を認めている。

 この移籍権をフリーエージェント権といい、選手が行使するとただちに所属チームの支配下から外れる。

 

(日刊スポーツ)

 

 

 

「で、実際どうするのタカミー?名古屋出るの?」

「どうもこうも…本当に決めてないんだって」

「でもさー、あんま言っちゃマズいかと思ってたんだけど…タカミーの扱いひどすぎるでしょ名古屋。あたしは出たほうがいいと思うなー」

 電話から流れてくる無邪気な非難に思わず苦笑してしまう。

「仕方ないよ、私はチーム低迷の戦犯だからね」

 自嘲的に返すと、なにそれぇ?と電話の声が険をはらんだ。

「タカミー本気でそう思ってる?それともまさかチームにそれ言われてる?」

「…」

 答えに詰まる。まさかなのだ、実は。

 けれど事実をありのまま話してしまえば、淡のことだろう、直接殴り込みをかけにいくであろうことは想像に難くない。

 そうして自分のせいで多方面に迷惑をかけるのは勘弁だった。

「とにかく!タカミーは自分のこと過小評価しすぎ!もしウチ来てくれたら助かるし待遇もはずめるってハルエも言ってたから!」

「淡…それタンパリングになるよ」

「タンバリン?」

「事前交渉。私まだFA宣言してないからね、条件とかの話するのはご法度なの」

「あっ…ごめん」

「個人同士の電話くらいではとやかく言われないだろうけどね」

「うーん…とりあえずさ、タカミーはもっとタカミーを評価してくれるとこに行くべきだよ!」

「うん、ありがと。考えてみるね」

 

 おやすみ。電話を切って、私は深くため息をついた。

 

 

 プロ12年目、もはやチーム愛など微塵もない。ファンに愛されないチームで、ひたすら罵倒に耐えてきた。

 プロの世界に足を踏み入れたとき、未来は明るいと思っていた。一時ほどの輝きはないにせよ、当時は安定した強さを誇っていたチームで、さらに切磋琢磨していけると期待で体が浮きそうだった。

 しかし、現実はあまりにも無惨だった。いつの間にか実力が虚飾に刷り変わっていたチームは禁忌を犯し、巻き込まれる形で私のプロ人生は1年目にして暗闇のどん底に叩き込まれた。

 あのときM2に落ちた恵比寿は膿を出しきって今ふたたび表舞台で華々しく戦っている。ひるがえって名古屋はあれ以来泥沼に沈んだままだ。

 忌まわしき最終戦に先鋒として出ていたことで、私にも疑いの目が向いた。崩壊したチームに、改革者は現れなかった。

 誰一人として現実を見ようとしない。お前が悪い、あいつが悪い、監督が悪い、フロントが悪い、恵比寿が悪い…自分は悪くない!聞こえてくるのは呪詛ばかり。はっきり言ってもう限界だった。

 それでも出ていくのをためらうのは…出ていくことにもまた大きなリスクがあるから。

 FA宣言した時点で、私はどこにも属さない一人の雀士になる。名古屋は宣言残留を認めていないから、もしどのチームとも話がまとまらなければ私は仕事をなくしてしまう。

 結局のところ不安なのだ。現状を変えたいけれど、踏み出すのが怖い。

 

 

 

 日本シリーズの解説は、現役のプロ雀士を各リーグから一人ずつ迎えて行われる。M2からも現役解説が呼ばれているのは、おそらく小鍛治さんの所属するつくばがずっとM2暮らしだったからだろう。けれど、去年つくばはM1に昇格した。そこでM2枠の穴埋めとして私に話が回ってきて、私は初めて日本シリーズの解説を務めることになった。

 

 

「名古屋セントラルドラゴンズの渋谷です。今日はよろしくお願いします」

 あいさつして軽く頭を下げる。奥に座る大沼さんが、よろしく、と返してくれた。

 放送開始まで少し時間がある。お茶でも飲もうと魔法瓶を取り出すと、気をきかせたスタッフが良ければ使ってくださいと湯飲みを出してくれた。

「皆さんもお茶いかがですか?お茶うけも用意してますけど」

「良いの?じゃ、いただこうかな」

「…頂こう」

「ほな、うちも」

 今日の解説陣は大沼さんのほかに小鍛治さんと泉ちゃんである。オールスター戦を組む各リーグから一人ずつといった格好だ。

「そういえば渋谷さんFA持ちやんな?出るん?」

 泉ちゃんに問われ、返事に困る。

「まだ、なんにも考えられなくて」

「うーん、そんなもんなんですかー」

「チームを変わるって本当に大きなことだから。そうおいそれと決められるものでもないよ」

 泉ちゃんの独り言ともとれるつぶやきに、小鍛治さんが反応した。

「小鍛治さんも移籍経験おありですよね、やっぱり勝手が違うんですか?」

「私は渋谷さんと違ってM2移籍権でつくばに行ったからちょっと事情は違うけど、それでも今までの常識が通じなくなるし、一からやりなおしって形になるからね。でも、それが苦にならないほど移籍したい理由が大きければ…出て良かったと思えるんじゃないかな」

「放送開始5分前でーす」

 スタッフの声が飛んで、移籍話はお開きになった。

 

 

 

 試合は恵比寿が序盤から場を圧倒し、そのまま勝利をおさめた。あまり解説のしがいがない試合だった。

 

「お疲れさまでした」

「お疲れさま。頑張ってね」

 小鍛治さんは意味深な一言を残し、私の肩をポンと一度叩いてブースを出ていった。

「お疲れさまでした!」

「お疲れ。また今度ごはん行こうね」

「はいっ!」

 

 泉ちゃんを見送り、さあ私も出ようかなと席を立ったとき、

「渋谷さん」

「はい」

 大沼さんに呼び止められた。

「…迷っていると感じたときは、それぞれの選択肢の長所短所を並べてみると良い。全部出し尽くしたとき、答えはおのずと決まっている」

「…はい」

「…決まった答えは動かさない方がいい。新たな迷いが生じる」

「はい。ありがとうございます」

「ジジイの戯れ言だ、参考になるといいが…じゃ、お疲れさま」

「お疲れさまでした」

 大丈夫、うまくいく。去り際、大沼さんもまた意味深な一言を残して行った。

 

 

 

 家に帰って、アドバイス通りに考え直して。私はひとつの結論を出した。

「もしもし?明日、事務所に伺いたいのですけども」

 

 

 

 名古屋・渋谷、涙のFA宣言「もう限界」退団へ

 

 FA権を取得していたM2・名古屋セントラルドラゴンズの渋谷尭深(32)が27日、FA権の行使を表明した。チームは宣言残留を認めておらず、事実上退団が決定した形となる。

 渋谷は宣言の理由を「チームを離れるため」とし、「ひたすら耐えてやってきましたが、もう限界です。今より待遇が悪かろうと、新しい環境でプレーがしたい」と涙を流した。

 恵比寿など複数のチームが興味を示しており、争奪戦になると見られている。

 

(日刊スポーツ)




リクエストにお応えするのが大幅に遅れてすみませんでした。
少しでしたが大沼プロに喋ってもらいました。

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