ぐだぐだ続いて3年目、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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「熊倉さんすみません、ミーティングが長引きました」
「大丈夫だよ、こっちも少し資料の出力に手間取ったからちょうどよかった」
「そうですか…ではさっそく本題に入りたいのですが」
「トレードの件だね」
「椎名が順調に育ってきているということで、チームの方針を変える時期に来たかなと」
「前に言っていた、攻撃重視から守備中心にシフトチェンジする話だね」
「ええ。どうしても攻撃重視だと調子に左右される面がありますし、隙が生まれて失速するケースが目立ちます」
「全体の調子となると采配ひとつでは限界があるからねえ…」
「運の巡り合わせは采配ではどうにもできませんので」
「それを踏まえてのトレード案なんだけども、方針転換に主眼を置いているから痛みを伴うトレードになる」
「…聞いてみないことにはなんとも」
「プランは二つある。いずれも獲得するのは佐久の花田だけど、放出する選手によってプランを分けた」
「花田ですか!方針に合いますし居てくれるとありがたい存在ですが」
「まあまずは聞きな。プランA、小走を出して1対1トレード」
「…プランBは?」
「こっちも厳しいけど…大星を出して向こうから夢乃をもらう1対2トレード。コピー持ちだから有用なカウンターになり得る」
「…佐久が受けますかね?」
「受けてもらうさ。山瀬も狸だけどこっちがエース級出すなら乗らない手はないだろう」
「小走は出せません。情報を握っていますから放出するわけにはいかない」
「じゃあプランBに?」
「しかし…大星はスランプ気味とはいえエース級ですよ?それに…」
「赤土監督。指揮官が私情を挟むと往々にして敗北の引き金を引くんだよ」
「わかっています!ですが…」
「先にも言った通り、このトレードの目的はシフトチェンジであって目先の補強じゃない。大星は調子の波が激しいし、前に出る麻雀をするから、守備中心のシフトだとどうしても使いどころが狭まってしまう。それならばいっそ最大限にあの子を活かせるチームに出すのも手だろう?」
「…わかりました。ではプランBで進めてください」
「じゃ、交渉を始めます。返事が来たら連絡を入れるよ」
「はい、それでは」
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「宮永さん、渋谷さんがFAするそうですけどなにか相談とかされました?」
なじみの記者に聞かれ、照は軽く顔をしかめた。
「なにも聞いてない。これ聞かれるの3回目くらいなんだけど」
「ハハ…すみません、やっぱりあのチームの中心が宮永さんだったからみんなそう考えるんですよ」
「みんなを取りまとめてたのは菫だよ。私はメンバーを選んだだけ」
そうなんですねー、軽く流した記者はたぶん真面目に話を聞いていない。
「宮永さんはFA考えてないんですか?もう権利持ってますよね」
「全く。出ていく理由がないし」
これは本当のことだ。佐久は地元のチームだし、そんなに弱いわけでもないし、チームで孤立しているわけでもない。
「でも、恵比寿みたいな名門チームでプレーしたいとか、ないんですか?」
今日はずいぶんとしつこいな。私に佐久から出ていってほしいのだろうか。記者の話は照をいらつかせる一方だ。
「興味ない。じゃ、事務所に呼ばれてるから」
呼び出された用件は、兼任コーチをやってくれというものだった。
「そろそろ年齢的にも進路選択の時期が近いからさ、指導者経験も積んどいたほうがいいと思うんだよね」
加治木にも要請してるから、二人でよろしくね。山瀬監督はいつもこんなふうに淡々と大事な話をする。
「チームの将来を担うのは選手だけじゃないしさ」
「それは私か加治木が監督のあとを継げということですか」
「いや?別にそう決めてるわけじゃない、つーかあたしが決められるもんでもない。あたしがいつまでこの椅子に座るかも分からんし、藤田とかも暇してるからね。ただあんたと加治木を佐久の幹部候補と見てるのは確かだ。出てくつもりないんでしょ?」
「ええ、移籍は考えてませんが」
「だったらいいじゃん。シニア行くにせよアマの指導するにせよ、経験は生きるもんだから」
「…そうですね」
用事を終えて部屋を出ようとしたとき、監督はおもむろに尋ねた。
「あ、そうだ。宮永はさ、今の友人と白糸台の後輩ならどっちが大事?」
照はしばらく逡巡して、答えた。
「後輩ですかね」
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「歴史的トレード成る 恵比寿、エース大星を放出(11/24)」
M1ジ・恵比寿エンジェルバズーカが23日、同ナ・佐久フェレッターズとの選手トレードが合意に達したと発表した。恵比寿からは大星淡選手(31)、佐久からは花田煌選手(32)と夢乃マホ選手(29)がそれぞれ移籍する。
チームとしての闘牌スタイルを転換したい恵比寿と攻撃の核を欲していた佐久の思惑が一致したとみられており、またこのトレードで近年低迷している大星選手が高校時代共闘した宮永照選手(33)とチームメイトとなることで復活を期す狙いもあるとみられる。
[両チーム来期予想布陣(※印は新加入)]
恵比寿:椎名→花田※→竹井→渋谷※→小走
佐久:宮永照→宮永咲→東横→大星※→天江
(スポーツ報知)
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私のせいだ。新聞を見て照は昨日の自分を殴りたくなった。
言葉で表現しがたい感情が駆けめぐり、やり場が見当たらない。
部屋の中をおろおろと歩き回り、やがて照は携帯を取り出した。
「はい、加治木です」
「私のせいだ」
「何が?」
「私のせい…」
「落ち着け照、何があった」
「煌が…」
「トレードか?」
「そう」
「監督になにか聞かれたんだろ」
「なんでわかるの」
「私も聞かれたからだよ」
大星と夢乃、対戦するならどっちが嫌かだとさ。言われて、さっき見た記事がフラッシュバックする。トレード内容、1対2。
「…それで?」
「どっちが嫌かって大星に決まってるだろう。そう答えた」
照は息をのんだ。
「新聞見てびっくりしたよ。昨日聞かれたのはこういうことだったかって」
「そんな…選手の意見ひとつで…」
「ただの選手じゃない、兼任コーチになったんだよ私たちは」
遮るようにゆみに言われ、幹部候補という言葉が脳裏をよぎる。
「いち選手がチーム編成に携わることはほとんどない、でもコーチなら話は違ってくる。GM制をとってない佐久ならなおさらだ」
「じゃあ昨日のはやっぱり…」
「あくまで憶測に過ぎない。確かめに行こうか?」
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「そりゃ考えすぎだ。トレードなんて昨日の今日で成立するようなもんじゃないよ」
照とゆみの疑念はあっさり解消されてしまった。
「あんたらはコーチでもあるから喋るけど、あのトレードは恵比寿が持ちかけてきたんだ。どーしても花田が欲しいと」
長期戦で一番大事なことってなにかわかる?監督は二人に問う。
「勝ち続けることでしょうか」
照の答えに監督はそれが理想だけどと苦笑した。
「負けないことだよ。勝つことと負けないことはイコールじゃない。半分トップで半分ラスより全部2位のほうが総合点は高くなる」
「調子極端の大砲より調子一定のアベレージですか」
「まあそんなところ。花田は負けない打ち方ができるから、団体戦や長期戦で役に立つ」
「ではなぜトレードに出したのですか?」
ゆみが尋ねる。同じ疑問を照も抱いた。
「花田はうちでは真価を発揮できないんだよ。他のメンバーが卓の流れそのものを掴んで動かせるのばっかりだから、流れの中で立ち回る花田はどうしてもチームで見れば弱点になってしまう。それにうちには宮永咲がいるからね。大星が来てくれるんならあの子を花田の枠で使うことだってできる」
そうだろうな、と照は思う。咲は勝つことより負けないことを優先する傾向にある。地力も高いので今はダメ押し役を担っているが、劣勢にまわったとき最善策をとれる点では煌に勝るとも劣らない。
「夢乃はなぜ放出することに?」
「向こうのご指名。チョンボ癖がなおらなくてうちでは戦力にならなかったけど、向こうは何とかする勝算があるんだろう」
まあ熊倉さんと赤土だからねえ、独り言のように言って監督は話を切り上げた。
「二人がさっき挨拶しにきたよ。会っていってあげたら」
「ええ、そうします」
「コーチお二方の意見、何かあれば今聞くけど」
ゆみが答える。
「東横の投入はもう少し早くてもいいと思います。次峰はよその穴ですから押しきれるでしょう」
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ロッカールームでは、ちょうど煌が荷物整理をしているところだった。
「あ、加治木さん!マホならホールで挨拶回りしてますよ」
「ありがとう、煌も元気でな」
「こちらこそ、お世話になりました」
ゆみが出ていくと、煌は照に向き直り、
「宮永さんは何しにいらっしゃったんですか?」
「…外で話そっか」
いつもと違って取り合わなかった照に、しかし煌は何も言わずついてきた。
まだ11月なのに、あるいはもう11月だからなのか、外はひどく冷え込んでいた。
「寒いね」
「…」
「恵比寿か。当分会えなくなるね」
「…」
「…なんか言ってよ…返事してよ」
「わからないんですよ…なにを話せばいいのか」
煌はポツリと呟いて、空を見上げた。
「あんまりすばらくない天気ですね」
「そうだね」
「別にトレード自体に思うことはあんまりないんですよ?新しいことに挑戦できるチャンスですから」
「…そう」
「でも、でもですね…いまのメンバーとお別れしなきゃいけないのは…」
言葉が続かなくなってくしゃりと顔を歪めた煌を、照は抱きしめることしかできなかった。
「高校までと違って…ずっと一緒で…だからっ…」
「そうだね…うん…」
寂しいのは見送る側も同じなのだ。照の視界も滲む。
「交流戦で会えるから。そしたらまたご飯食べよう」
「…約束ですよ?」
「うん、指切りね」
日常描写なさすぎてそろそろタイトル詐欺ですね…
移籍条項の設定とか細かく決めてなかったことに気づいたので後日舞台設定の章に追記しておきます。