プロ雀士、日常の記録   作:Lounge

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7.去るあなた、残るわたしたち

「今晩、ちょっと付き合ってくんない?」

 試合終了直後に藤田が誘ってきた。手でぐい呑みを作り、飲むジェスチャー。

「かまいませんよ。二人ですか?」

「いや、照も誘ってある。じゃ、9時にロビーで」

 それだけ言うと、藤田はひらひら手を振ってどこかへ行ってしまった。なにか大事な話があるのかもしれないな。ゆみはなんとなくそんな予感がした。

 

 

 

 なるたけ手早く帰り支度を済ませたが、ゆみがロビーに着いたときにはすでに9時を少しまわっていた。

「すいません、お待たせしました」

「私も今来たとこ。つーか照がまだ来てない」

 まさかまた道に迷ってないだろうな。藤田は冗談めかして笑うが、あながち間違っていなさそうなのが困る。ゆみはため息をひとつついて、携帯を取り出しメッセージアプリを開いた。

『今どこだ』

 メッセージを送るなり既読がつく。おや、と思ってしばらく待つが返事はこない。

「ごめん、迷った」

 突然頭上から声が降ってきて、驚いたゆみは反射的に顔を上げ__なにかに勢いよく頭をぶつけた。

「いひゃい」

「覗き込んでくるからだろ…」

 あごを押さえ、涙目で抗議してくる照。そんな当たりそうなところにいるほうが悪いと思うのだが。

「お、照も来たか。じゃ行きますかね」

 照に気づいた藤田が声をかけてきた。

「すみません、遅れました」

「いいっていいって。べつに混む店に行くわけじゃないしね」

 

 

 

 連れられてやってきた店は隠れ家然とした佇まいの静かな店だった。日本酒が似合いそうである。

「おー。いらっしゃい」

「おひさ。今日座敷空いてる?」

「空いてる。なに、なんかお祝い?」

「そんな感じ」

 店主らしき人と藤田が話している。幸い席は空いているようだ。

「ゆみ、今日なんかのお祝いって話だったっけ?」

 照が声をひそめる。

「いや?聞いてないな。席でなにか発表する気なんじゃないか」

 ゆみは自分の予感が的中していそうだなと思いつつ、言葉を濁した。

 

 

 

「なにか食う?」

「おまかせします。ゆみは?」

「じゃあわたしもおまかせで」

「オッケー。おーい、注文お願ーい!」

 藤田が呼ぶと、すぐにさっきの人がやってきた。

「カツ丼ひとつと、二人にはなんかおすすめのアテ出してやって。今日はあっちの酒でいくし」

「はい、じゃあ作ってきますね。熱燗?」

「いや、いい」

 慣れたように注文していく。

「よくいらっしゃるんですか?」

「うん、友達の店でね。いい酒とうまいカツ丼が売りだ」

「そうなんですね」

「あんまり量飲めるタイプじゃないから、しっかりしたメシとうまい酒が欲しいわけさ。おっ、来た」

「はい、カツ丼と焼き油揚げ、卵かけ御飯です。酒はこっちで良かったよね?」

「うん。あ、ちょっと大事な話あるからドア閉めてもらっていい?」

「いいよ。追加あったらまた呼んでください」

「ありがとねー」

 

 

 

 店主がドアを閉めて去ると、藤田は少し真剣な顔をした。

「実は…今シーズン限りで引退しようと思ってるんだわ」

「そうですか。お疲れさまでした」

「まだまだできそうだと思うんですけど…お疲れさまでした」

「うん、ありがとう…ってオイ!もうちょっとリアクションないの?」

 冷静な反応を示すゆみたちに藤田はご不満のようだ。

「なるほど。じゃあリテイクいきましょう。よーい、アクション」

「実は…今シーズン限りで引退しようと思ってるんだわ」

「「ええーーーーーーーー!!!!!!!!!」」

「そ、そんなにびっくりしなくても…」

「なんでですかぁ!?まだまだできるでしょぉ!?」

「やめないでくださいよーーーー」

「いや、でももう決めたこと…アホらし。あんたら棒読みひどすぎ」

「すいません。あまり感情的になれないもので」

あまりにひどい演技に藤田は笑いだしてしまった。

 

 

 

「でも、なんでまた急に引退を考えたんですか?」

ようやく笑いが収まった藤田にゆみが尋ねると、

「まあ、歳だしね。そろそろ世代交代の時期じゃないかと思ってさ」

返ってきた答えはいかにもなものだった。

「定年まで10年切ってるし、シニアに移るにしてもどこかでチームを離れて違う視点で麻雀を見たいと思ったんだよね。私が抜けることで、佐久もチームの若返りを図れるし」

そこで藤田はにやりと笑い、

「近い将来、あんたらもそういう悩みを抱えてプロ生活をするようになるよ。賭けてもいい。そろそろ中堅からベテランになってくる歳だ。特に照。あんたはこう、先輩らしさがどっか足りないから。もうちょっとテキパキ動けるようにしなさい」

「はい」

「ゆみは…今のままで大丈夫だと思うから。あんたは指導者に向いてると思う、あとは自発性ね。悩んでそうな後輩がいたら声かけて、メシおごって話聞いてあげなさい」

「はい」

「よーし、じゃあ説教臭い話はここまでにして、飲もうか!今日は特別な酒用意したから」

そう言って藤田が持ち上げた日本酒のボトルには、ワインのそれにそっくりなラベルが貼られていた。

「…フランス語?」

「ル サケ エロティック…すごい名前ですね」

「長野のワイナリーが冬の間だけ作ってる日本酒なんだと。結構繊細な味がする」

「へぇー。そうなんですか」

「サヨナラだけが人生だ、ですね」

「まだサヨナラしないけどね。じゃあ、佐久のこれからを担う二人の前途と私の今後の充実を祈って。乾杯」

「「乾杯」」




かなり更新間隔空きましたが今後も予定は未定です。出して欲しいキャラとかありましたら感想欄に書いといていただけたら検討します。

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