プロ雀士、日常の記録   作:Lounge

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6.彼女の帰還

白築家では、できるだけ家族揃って夕食をとるようにしている。夫婦共働きの家庭ではあるものの、フリーライターである耕介は勤務時間の自由がきくし、オフシーズンであればはやりも夜が空くので冬は家族で食卓を囲める機会が多い。

 

 

 

 冬も終わりに近づかんとしているとある日、はやりは夕食にいよいよ今シーズン最後になりそうな鍋を選んだ。食卓にコンロを置き、その日あったことを語らいながら鍋の具をつつく。冬ならではの家族団欒の図である。

 

「そういえばさ」

 耕介が切り出したのは、鍋の具があらかた出払ってはやりが〆のきしめんを投入しようとしたタイミングであった。

「慕、今度日本に帰ってくるって」

「えっ、慕おばさん帰ってくるの!?」

 真智が嬉しそうに驚きの声をあげる。

「ああ、なんでもドイツでの決着はつけたからとかなんとか…はやり?どうした?」

「…それ、本当?」

「慕がそう言ってたから本当だと思うけど」

「こっちでもプロ続けるって言ってた?」

「いや、そこまでは聞いてない」

「…わかった。とりあえず先に食べちゃおう」

 はやりはさっさと夕食を済ませるべく、きしめんを鍋に入れ卵を割った。

 

 

 

「まずいな…なんで今帰ってきちゃうかなあ…」

 はやりは焦っている。慕の帰還は、友人としては待ち望んでいたことでとても嬉しい。が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 白築慕、本気を出したグランドマスター小鍛治健夜に土をつけた数少ない雀士の一人。人々は彼女を“Smile Monarch“─微笑みの君主と呼ぶ。その実力は小鍛治、三尋木に比肩すると言われたが、プロ2年目に母親を追ってドイツに渡り日本のプロ麻雀界から姿を消した。ドイツで三度ニーマンを下しているので、現在世界ランクトップのはずだ。

 

 そんな彼女がこのタイミングで帰ってくる。プロチームの争奪戦は必至だろう。万一、大宮の対戦相手に彼女が加入しようものなら最悪リーグ連覇の計画が消し飛ぶ。

 

 

 

 あくる日の晩、はやりは行きつけのバーに咏、晴絵、健夜の3人を呼んだ。

 

「急に呼びつけてごめんね。大事な話があるんだ」

「メンバーからしてプロ関係の話っぽいですけど…なにかあったんですか?」

 怪訝そうに問う晴絵に、はやりは

「うん。実は、慕ちゃんが帰ってくるらしいんだよね」

 単刀直入に本題を切り出した。

「!」

「プロチームに帰ってくるかはまだわからないって。でも、もしプロに帰ってきたら…」

「来シーズンは荒れそう、だねぃ」

「すでに40の大台乗ってても、白築さんなら恵比寿も取りにいくので…シーズンより先に争奪戦でひと悶着ありそうですよね」

「慕ちゃんがドイツから帰ってくるなんて話、こーこちゃんが聞いたら黙ってなさそう…」

「多分明日にはニュースになるから、慕に近い人には先に知らせておこうと思って」

「ふんふん…ところではやりん、さっきから歯切れ悪いしゃべり方だけどなんか隠してんな?」

「…」

「もしかして、白築さんの帰還があまり嬉しくないとか?」

 はやりはひとつため息をついて、

「咏ちゃんはすごいね…なんでもお見通しだ」

「はやりさん…」

「慕ちゃんが帰ってくるのは、家族として、友人として、プロ雀士としてはすっごく嬉しいんだけど…プロ麻雀チームの監督としては結構面倒なんだよね…。さっきも話題にあがったけど慕ちゃんは今でも絶対に欲しいレベルの戦力だから、まず争奪戦に参加しなけりゃいけないし、取ったら取ったで今既に組み上がったローテを組み直さなきゃいけないし、取れなかったら慕ちゃんに対抗する方法も考えなきゃいけない」

「はやりさん、白築さんに大宮のあの格好させる気なんですか…」

「慕ちゃんなら大丈夫、かわいいから☆とにかく、タイミングが悪くて…だから手放しでは喜べないんだよね」

「その気持ちはわかりますね…白築さんが大宮とか大阪行ったらローテ組み直し必至ですし」

「でしょ?もう少し早く帰ってきてくれれば…」

「はやりちゃんも赤土さんも、チームの監督の立場で慕ちゃんを駒として見てるからそういう引っかかりがあるんじゃないのかな?そもそも慕ちゃんはプロ復帰を明言してないんでしょ?だったら、監督として考えるのは後回しにして、今は慕ちゃんの友だちとして考えたらどうかな」

 

 健夜の言葉がはやりの悩みをすとん、と落ち着かせた、気がした。

 

「そう…だよね…うん、今はチームのこと考えるのやめよう。ありがと健夜ちゃん☆」

「べ、別にそんな大それたこと言ったわけじゃないから…。慕ちゃんはいつ帰ってくるの?」

「予定では来週末。しばらくうちにいるつもりらしいから、時間あれば対局できるかも」

「お、それは楽しみだねぃ」

「じゃあ、はやりさんの悩みも解決したところで、飲みましょう!」

「慕ちゃんの帰還を祝して?」

「それは今度に回そうよ。慕ちゃん帰ってきたらまた集まるんでしょ?」

「価値あるオフシーズンに乾杯しようぜ」

「じゃあ、価値あるオフシーズンに!」

『乾杯!』

 




そういえば新刊のカバー裏に現代版シノハユがあったとか…都合がつかなくてまだ買いに行けてないんでここでの設定は独自設定のままです。

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