艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第八話 私の転生Ⅴ

 

胸に広がる、例えようのない嬉しさをとりあえずは落ち着ける。

 

ゆっくりと本を閉じてからテーブルの上に置き、辺りを見回した。

 

座ったままの姿勢は鈍痛が走る。

さっと辺りを観察すると、昨日はわからなかったことがわかってきた。

 

まずここは非常に清潔だ。船の中ではない。

 

木造の室内。落ち着いた色合いの調度品。

客間で手当をして頂いている、と考えるのが自然だろう。ベットもシーツもさわり心地が柔らかく、気持ちいい。

 

長く座っているのは予想以上に体に障る。私は横になり、シーツにくるまった。

 

「どうしたのだろうな」

 

思いは、ここへ来るよりも前、あの岩場での自分の気持ちへと向いていた。

 

理不尽な死に対する抵抗心と恐怖心。

その結果、幼子のように涙を流してしまった自分。

生前に軍人をしていた男だと言っても、信じられないような弱々しい態度だった。

 

しかし不思議と恥ずかしくはなかった。

 

涙の止め方も、あの胸が締め付けられる様な悲しみも、間違いなく自分のものだったからだ。

感情のコントロールが出来なかった、そう説明付けると、少しはわかるかもしれない。

 

だが説明の根拠には何一つなっていない。

なぜあの程度のことで感極まったのか。

そもそも、なぜ死に対する恐怖で涙を流してしまったのか。

 

思い当たってわかるようなことではなかったので、女神に聞いてみようと考えた。

もう一度辺りを見回し、人の気配がないことを確認して呼んでみる。

 

「女神。話がしたい」

『どうしたんだい』

「なぜ私は、あの程度のことで泣いてしまったのだ」

 

言ってから、しまったと思った。

他人に相談するには、自分の心中を洗いざらい吐露する必要がある。

そう考えた瞬間、耐え難い羞恥心に襲われた。

 

「あ、いややっぱ……」

『ううん、全部説明する必要は無いよ。わたしは君の一部も同然。君の考えてる事や悩んでいる事くらいわかるよ。つらいだろうし、言わなくて良い』

「…………そうか。恩に着る」

『それで、どんな答えが欲しいの?』

「答え、なのか」

 

確かにそうだ。

私は慰めて欲しいのだろうか。しかしなんだかそれは違う気がする。

 

「なぜ、あのように、感情が抑えきれなかったのか。それに理由があるのなら、知りたい」

『考えられる理由としては、君が女だからだよ』

 

私が女だから? 要領を得ないな。

 

この体のことを言っているのだとしたら、おかしい。

こちらに来てからまだ一週間も経っていない。私が女だというのは、少々違う気がする。

 

生前は47年間も男として生きてきたのだ、女のつもりだった覚えはない。

 

「どういう意味なんだ」

『心身一体。体の変化は心の変化ってね』

「言いたいことはわかるが、一週間も経っていないのだぞ? ましてあの岩場で言うなら三日だ。三日で、心まで変化してしまうものなのか」

『する』

 

簡潔に、女神は言い放った。

 

『何か勘違いしているみたいだから、あらかじめ言っておくよ』

「……?」

『自分の体に起きた変化って言うのは、自分が思った以上に内面にも響いてくる。腕を失えば、失った体に最適の心理状態が働いて、適用しようとするはずだ』

「それはまぁ、あったかもしれないな」

 

右腕を切断したときも、不思議と後悔はなかった。

 

落ち込むことはあったかもしれない。

失ったことで心を痛めた時期もあった。

 

だがそれをいつまでも引きずってはいなかったはずだ。

 

軍人にとって命とも言える腕を失い、冷静に、このまま退役かな、と考えただけだった。

 

結局身は引かず、隻眼隻腕の指揮官としてお呼ばれしていたが。

 

『おなじことさ』

「体が女になったら、例え僅かな間だったとしても、感情まで女になると言うのか」

『そうだろうね。特にこの世界では、体の変化は如実に心に表れる。生き物の防衛本能かもしれないね』

「そうか。そうなのか」

『女性は、感情が高ぶると涙が抑えられない。泣きたくなくとも、悲しいときには涙が出る。そういうものだよ』

 

女神はそう付け足して、別れを告げた。

 

納得は、まだ出来ていない。

 

だが自分の身に起きていることなのだ。おいおいわかってくるだろう。

 

女の体になったから、女の感情を持つ。

前世から残されたのは、感情ではなく技術だけ。

 

そう整理をすると、別に気にする必要は無いのかもしれないな。

ことある事にビービーと泣くつもりはないが、泣きたいのをガマンする必要も無いのかもしれない。

 

安心した。胸のつかえが一つ落ち着いた感じがする。

 

 

コンコン、とドアがノックされた。

 

「どうぞ」

「オジャマシマース!」

 

昨日の少女が朝食を運んできてくれたようだった。

名は、確か金剛と言ったか。

挨拶を交わすと、心配そうな顔をして覗き込んできた。

 

「具合の程はどうデスカー?」

「鈍く全身が痛い。長くは座っていられないな」

 

シーツの中から苦笑いを浮かべて返しておく。

起きられなくはないが、この様子では歩く事はできないだろう。

 

「朝食はどうするデース」

「食べたい。そこのテーブルにおいといてくれると助かる」

 

手の届くところに置いてもらい、私はゆっくりと起き上がった。痛みで少し顔を歪ませてしまう。

 

「無理して食べることはないデース」

「ケガは食わねば治らんからな」

「軍人らしい考えだけど、何事も適度が大切デース」

「そうだな、肝に銘じておく」

 

直食はパンと野菜のスープ。それとチーズだった。

 

「一人で食べられますカ?」

「大丈夫だ」

 

そう答えると金剛は安心したように頷き、それから申し訳なさそうに一礼し、部屋から去っていった。

 

彼女も軍人なのだろうか。

忙しいことに代わりはないだろう。

もしかすると、彼女も指揮官なのかもしれない。

 

朝食は美味しかった。

ややスープが濃いめだったが、体が塩分を欲していたのでありがたい。

 

水差しからコップへ水を注ぎ、昨日飲んだ痛み止めと同じものを飲んでいると、再びドアがノックされた。

 

 

 

 

入ってきた男は、まだ若かった。

青二才、と言う言葉が本当によく似合う若者だった。

 

着ている服は一目で、制服なのだと理解出来た。

数は少ないが左胸にバッチがついている。

 

勲章だ。この若さで、この青臭さで、しかし努力をしっかりと積んでいるのが伺える。

 

男は若かったが、恐らくここでもっとも偉い人間だ。

どことなく雰囲気がそうであった。

 

白くすらりとした制服に身を包んだ彼は、一つ礼をすると、やや強ばった声と表情で話しかけてきた。

 

「具合はどうだね」

「……少し痛みますが、クスリを飲んだのでもう大丈夫でしょう」

 

流暢なイギリス語だった。

私の言葉を聞いて安心したのか、彼はイスを引っ張ってきて、ほっとした表情をしながらそこに座った。

 

「イギリス語が話せるのですね」

「昔勉強していたからな。思わぬところで役に立って嬉しいものだ」

「私の治療もして下さったと聞きました。ありがとうございます」

「怪我人の手当をするのは当たり前だ」

 

感謝の意を伝えると、意外な言葉が返ってきた。

 

私の常識とややずれている気がする。立場が上の人間が、わざわざ怪我人の手当をしてくれるとは……。

 

この施設での私の扱いは未だ不明だが、少なくとも賓客でないのは男の態度から伺える。

 

敬われるわけでもなく、警戒こそされども、手当をされるような存在。ここでの私の立場なのだが、いまいち振る舞い方がわからないな。

 

とりあえず自己紹介だ。

 

「私の名前は、ホレーショ・ネルソンです。あなたは?」

「ここの総まとめ役だ。提督、司令官、指揮官。好きなように呼んでくれ」

「指揮官は一人だけなのですか」

「そうだ」

 

どうやら金剛は指揮官ではないらしい。では一体何者なのだろうな。

 

こちらの疑念には男は気付かず、しばらく私を見つめたまま、何も言わなかった。

その表情は、若干に不安の色を見せていた。

なにが不安なのかは予想がつく。

 

「私の正体を、計りかねているのですね?」

「そうだ。君は……何者なのだ」

 

隠していてどうにかなるものではない。むしろこの先の生活を考えると、この男に、洗いざらい伝える必要があった。

 

私は何があったのか、どのような経緯でここに来たのか、私は何者なのかを、隠さず全て男に語った。転生者であることも含めて。

 

 

「そうか…………」

 

全てを話し終えると、彼は狐につままれた様な顔をして、そうしていくつか質問をしてきた。

 

私がこの世界について何を知っているか、と言った類の質問だったが、ほとんど何も知らない私は、素直にそう伝えた。

 

彼は一つ頷くと、この世界の様々なことについて丁寧に教えてくれた。

 

私の死後、二百年間の間にずいぶんと人類は成長したようであった。

詳しいことは自分で勉強するつもりだが、聞くだけによればその内容はすさまじく感じた。

 

スイッチ一つで国が滅ぶ。

ボタン一つで人が消し飛ぶ。

 

そんな兵器を人類は生み出す事に成功していた。

そしてそれを持ってしてもなお、今、海の支配権は人間では無く深海棲艦が握っているということも。

 

驚かざるを得なかった。

 

この時代の人間がそのような恐ろしい兵器をもってしても勝てなかった相手に、しかしこの数年で奇跡のような存在が現れたという。

 

それが金剛であり、岩場で私を救ってくれたあの少女達…………艦娘であった。

彼女たちは唯一深海棲艦に対抗できる手段であり戦力である。

 

そしてこの目の前の若い男は、そんな彼女たちを束ねて指揮し、深海棲艦から人間の海域を取り戻す。

 

話を聞いた私の頭は、ただただ、好奇心と探求心に染められていた。

 

私の知らない戦場。

私の知らない戦い方。

私の知らない兵器。

私の知らない海の戦い。

 

恩を返す事を差し引いても、ただこの好奇心だけで、充分に私はこの世界で生きていく理由が見つかった。

 

目的のために努力する。

目の前の若者は、きっと人類の勝利のために努力するのだろう。

ならば私はそれに手を貸す。

救って貰ったこの体と技術は、この男の、この艦隊の勝利のために使って見せよう。

 

そう決心した私は、彼の指揮を手伝わせて欲しい旨を伝えた。

 

私が歴史上の人物であることに彼は疑いを隠さなかったが、それが本当かどうかは、私の体が回復しきったときに確かめさせて貰うと言った。腕の見せ所である。

 

それまでに、この国の言語と歴史、それから、この時代の海の戦い方を徹底的に学習してみせる。

 

 

――○――

 

 

一ヶ月後。

 

私の体は完治した。包帯が取れ、右手と右目は相変わらずだが、もう自由に歩き回ることが出来る。

 

言語はまだ習得途中だが、歴史と海戦についての知識はあらかたそろった。

イギリス語での指揮になるが、幸い指揮官と金剛は言葉がわかる。

私の指揮は指揮官と金剛を通して、日本語へと翻訳されるだろう。

 

この一ヶ月間は様々なことがあった。

 

岩場で私を救ってくれた二人の少女は、はっちゃんとゴーヤ、と言うらしい。

正式名称は伊8と伊58。

 

彼女たちには、片言の日本語で礼を言った。あの岩場で砲撃されていたとき、ピンクの髪の子は一人で奮戦していたらしい。それも海の中から。

 

「こんな勇敢な兵士は見たことがない」

 

と伝えると、

 

「戦闘はただの訓練でち」

 

などと言ってクルージングに出かけていった。彼女は本物かもしれない。

 

あの時くれた甘い球は、鉄砲飴と言うらしい。以来、私のお気に入りなので指揮官がちょくちょく買ってきてくれた。

 

嬉しそうに食べる私を見て、彼は頬を赤く染めていたな。

可愛いものだが、彼に愛を迫られても私は困る。

まだ私の中身には男の部分が残っているのだろう。

全力でお断りさせて頂く。

 

この体についても様々なことがわかってきた。

まず、身長がやや高い。ここの指揮官ほど高いわけではないが、彼曰く「日本人女性の平均は軽く超している」そうだ。

 

体中の採寸を計ったときに言われたのだが、その採寸は私の制服のために計ったようだ。

 

右目には包帯を巻いたまま、出来上がった制服に腕を通したときの、言いようのない幸福感をいまだに覚えている。

鏡に映った私を見たときも、私と提督を含め、その場にいる者全てが息をのんでいた。

 

白銀の髪を腰まで伸ばし、豊満な胸と整った顔立ち。

安産型とは言い難い細い腰が、しかし真っ白な制服によく似合っていた。

 

私の長身にズボンは映える。

 

生前の軍服もあれはあれで気に入っていたが、今のこの私の姿にはこちらの方がお似合いだろう。

 

右の袖に腕が通ることはないのだが、正装はこれにマントをつけて目立たなくするそうだ。

それも着けて貰った。

 

右目の包帯を取って眼帯をはめる。

金糸の刺繍が入った真っ黒なマントを羽織る。

 

なぜかサーベルを渡されたので左手に持って仁王立ちになると、この制服をデザインした少女は満足げに頷いた。

 

制服の他には、指揮官の執務室のある建物に、自室も頂いた。

好きに使っていいらしい。

 

仕事も与えられた。

 

指揮官補佐、参謀。

それが私の役職となった。

 

光栄なことだ。正式にこの国の海軍へ入るにはまだ手続きを踏む必要があるらしいが、先ず間違いなくこれで仲間入りらしい。

 

推薦の手紙一つで人を海軍へと入れられるあの若者は、あれでいて結構な役職だったようだな。青二才などと言ってはいけまい。

 

一ヶ月間の勉強の成果は、満足のいくものだと思う。

 

兵器の特徴も、艦娘という存在も、深海棲艦の存在も、一冊のノートにまとめ上げることが出来た。

 

自己解釈や思ったことを素直に綴ったノートだ。これからも発見があれば付け足していこう。

 

体が完治した。

もう動ける。

知識もある。

私の頭脳を使うときが、そして私の真価が試されるときが来た。

 

大規模な反攻作戦を今日から開始すると聞いている。

海域奪還率50パーセント。これが目標だ。

 

艦娘を動かすための資材、練度、兵装、どれをとっても、私の立てた作戦には申し分ない。

 

十二分に力を発揮できるだろう。

後は作戦中の指示に全てが掛かっている。

この時代には無線という便利な道具があり、それが全てを可能にするのだ。

 

無線はすごい。まるで魔法だ。どこにいても鉄砲飴を取り寄せられるのだ。技術の革命とも言えるなこれは。

 

 

 

 

司令室には二人の人間が座っている。私と指揮官だ。

 

目の前には大きな海図と、私が用意した色つきの駒。そして無線機。

 

『ハロハロー! こちら旗艦、金剛デース! 聞こえますカー?』

「聞こえるぞ」

 

指揮官が返事をする。やりとりは全て英語だ。

 

「作戦内容は頭に入れているな」

『ばっちりデース! ぬかりはたぶんありまセーン!』

 

たぶんでは困る。

 

私は口に含んでいる鉄砲飴を頬へと寄せ、しゃべれるようにしてから無線のスイッチを入れた。

 

「こちらネルソン。金剛、聞こえるか」

『お、ネルソン参謀も一緒なんデスネー! わたし達の良いところ、目を離しちゃノーなんだからネー!』

「あぁ。頑張ってくれ」

 

無線が一旦切れる。艦娘達は鎮守付近海の海へ集結していた。

数は、金剛以下十二名。戦艦、重巡洋艦、正規空母、そして潜水艦を含む構成だ。

 

始め潜水艦が艦隊に含まれているのを見て、指揮官は首をかしげていた。

理解出来ていないようだったので、私の考える潜水艦の有用性とその使い方を説明すると「そんな事に潜水艦を使う奴は初めて見た」と感心してくれていた。

 

戦場は、相手のド肝をぬいた者が勝利を手にする。

これは大体どんなところでも変わらんだろう。

 

指揮官が無線を入れた。全艦対象にしている。小さく息を吸い、

 

「それではこれより作戦を開始する。第一、第二連合艦隊、抜錨。出撃せよ」

 

落ち着いた指揮官の声の元、私の初の指揮作戦は静かに幕を――――

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!』

 

開けなかった。すさまじい音量の雄叫びが無線の向こうから響いてくる。

びっくりして鉄砲飴を口から取り落としてしまった。

 

 

作戦開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鉄砲飴、おいしいですよね。なかなか売ってないんですけど。

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