艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第七話 私の転生Ⅳ

――――――――○――――――――

 

おかしな世界が広がっていた。

 

前も後ろも下も上も、全てが真っ白の世界。ただ一つ自分の体があるだけで、他には影も形もない。

 

「…………死ん……だのか?」

 

喉を突いて出てきたのは、思いの外ハッキリと、そして凜とした声だった。

 

自分の体に目を落とす。

そこにあるのは、47年間連れ添ったあの体ではなく、豊満な胸とくびれた腰、長く美しい白髪を流した、そして右手のない女性の体だった。

 

三日という短い間だったが、不思議と馴染むものがある。

 

だがおかしな事に、生前の軍服を身につけていた。

 

胸元には勲章がついている。

立派な行いで貰った自慢の勲章で、紛れもなくこれは私の勲章、私の軍服だ。

 

なぜこんな所に?

 

『やぁ』

 

どこからともなく声が聞こえた。

振り返るが誰もいない。

キョロキョロと辺りを見回すが、自分の服がすれる音以外何も聞こえず、気配も感じない。

 

『ちがうちがう、頭の中に直接話しかけてるんだ。よくあることさ』

「何を言っているんだ」

『言葉は通じてるはずだよ。そのままの意味さ』

 

そう言われると確かに、この響いてくる声は明らかにイギリス語ではない。

 

にもかかわらず、何を言っているのか意味は通じている。

一体どうなっているんだ。

 

「……私は死んだのか」

『いや、死んでなんかないよ。かなり危なかったけどね』

 

謎の言葉はそう継げた。少し声音が高い。女性の声に聞こえる。

 

「ここはどこなんだ」

『君の生きていた世界と、君がこれから生きる世界の間だよ』

「はぁ?」

『そんな間抜けな顔しないでよ。せっかくの美貌が台無しだよ』

 

あまりにも突拍子のないことを言われ、理解が追いつかない。世界……の間?

 

『突然のことで何を言ってるか分からないかな』

「これでわかる人間は世界が取れるだろう」

『ははは、そんな大仰なことでもないよ。君が体験したことは、こことは別の世界ではよくあることなんだ』

「ろくに体も動かせず、砲弾で蜂の巣にされることがかね」

『いやいや、そっちではなく』

 

まったく会話の趣旨がつかめない。

 

『君の身に起きたのは〝転生〟っていうんだ』

「転生? 生まれ変わると言うことか」

『生まれ変わりとか、トリップとか、言い方は厳密に言うと違うんだけどね。まぁ、とりあえず転生だと思ってくれていい』

「それで? それがどうした」

『君が戦っていた……あぁ、生前の方ね。男の時代。あの世界とは似て非なる世界に、とある事情で来てもらう必要があった』

「なぜ私に」

『わたしの気まぐれ』

 

思わず笑いが吹き出した。面白い奴だが、なんなんだこいつは。

 

「大事なことのように思うが、気まぐれで決めて良かったのかね」

『ふふふ……って言うのは冗談でね。ぱっと見、君が適任だと思っただけだよ。探せば他にもいるんだろうけど、君に決めたんだ。これはわたしの裁量だよ』

「そうか、何となく分かった。選ぶのがめんどくさかったんだな」

『そんな言い方はあんまりだなぁ。まぁそうだけど』

「…………それで、私を転生させてどうしようというのだ」

 

間が開いた。空気が引き締まる感じがした。ここからは真面目な話だろうか。

 

『戦いを終わらせて欲しい』

「戦い? 戦争をしているのか?」

『そうだよ。わたしの居る世界では海の戦いが絶えない。どっちかが滅びれば終わるんだろうけど、どっちつかずで終わりそうにないんだ』

「人間と人間の争いなのだろう? ならいずれ――――」

『違う。片方は人間、片方はバケモノだ』

 

バケモノ。

 

その言葉を聞いてなにか背筋に冷たいものがあった。

私は、知らず知らずにそのバケモノを見た気がしてならない。

 

『君がここに来る少し前に、君が見ていたものだよ。黒い転々。近くで見たらきっと言葉を失うよ』

「そうか……あの砲撃は、人間のものではなかったのか」

『深海棲艦って言うんだ。まぁこの辺については、君がこっちの世界で目が覚めてから勉強してよ。わたしから教える必要は無い』

「そうかい」

 

何となく話が見えてきた。

 

「それで、私はどっちの陣営につけばいい」

『もちろん人間側だよ。それに、ただで頑張って欲しいとは言わない』

「なんだね。なにか報償でももらえるのか」

『不死では無いけど不老になれるよ。私も君の頭の中に住ませてもらうことになるけどね』

「不老……」

 

年を取らない。

一度は、そんな夢物語を考えたこともあったかもしれない。

 

ただ、

 

「知らない世界で不老になっても、仕方なくないか? それに不死じゃない。戦場に出るなら不死の方が良くないか?」

『君の生きた世界、君の生きた時代とはだいぶ技術が進んでるからね。直接戦場に出なくても指揮が執れるんだよ』

 

なんだと。

それはすごいな……。

 

指揮官が戦場に出ないというのは兵士の士気に関わる気がするが、それでも興味深いことを聞いた。

一体どうやるのやら。

 

『わたしの能力も好きに使えるよ。存分に役立てて使って欲しい』

「能力? 何か特別な技術が使えるようになるのか」

『技術というか……その辺も、こっちの世界のことを知ってからの方が理解しやすいかな』

「わかった。それで、私はこれからどうすればいい」

『君の体は、実はわたしのちょっとした手違いで早くに世界へ出してしまったんだ』

 

岩の上での生活……というか遭難のことを言っているのだろう。

 

『申し訳ないとは思ってるんだけど、深海棲艦からの襲撃を受けて、わりと危ない状態なんだ』

「おいおい。転生しょっぱなから死にかけじゃないか」

『でも死んではないから安心して。しばらく療養と回復に努める必要があるけど、時間はたっぷりあるから』

「体が欠損していたりは?」

『前の世界で失ったものまでは直せないんだ。ごめんね』

「まぁそうだろうなとは思った」

 

岩の上にいたときから、右目と右腕はなかった。

まぁいい。不便だがその方がしっくりする。

 

『こっちの世界に来てからの体の様子は、危なかったけど彼女たちのおかげで大事ないから』

「彼女たち? 誰のことかね」

『君がこれから何年もお世話になる娘達だよ。起きたらすぐ近くにいるだろうから、挨拶してね』

「わかった」

 

言葉が通じるかは知らんがな。

 

『何か他に聞きたいことはない?』

「私の頭の中に住むと言うことは、君は何か、悪魔的なものなのかね」

『うーん……ちょっと違うけど、その良い奴バージョンって感じかな。君の味方だし』

「そうか。危害を加えられるとかではないのだな」

『しないよ。お世話になるのはわたしの方だしね』

「次はいつ話せる」

『そんな、恋人みたいなこと聞かれても……ほら、わたし達女同士だし』

「いつ話せる」

『いつでもどうぞ。わたしと話したいなぁって思ったら、いつでも話せるよ』

「そうか」

『でも君が一人の時の方が良いかもね。君、わたしと話すときずっと声を出してるから危ない人に思われちゃう』

「なんと、全く気付かなかったな……」

 

目が覚めたら、気を付けるとしよう。

 

『そろそろいいかな。目が覚めると思う』

「そうだな。楽しみだ」

『年甲斐もなくわくわくしてるね』

「英国紳士は老いすらも楽しむが、老いが無くとも生を楽しむ。自分の知らない世界となったらなおさらだ」

『あ、そうそう。それなんだけどね』

「どうした」

『君の生きた時代はちゃんと歴史として残ってるよ』

「つまり……?」

『君が死んでから以降の世界が、君の居た世界と酷似しているから、興味があったら調べてみると良いよ』

 

私が死んだあとの、世界。

私が死んだあとの、イギリス。それを見られるのか。

 

あ、いやでも、国が無くなってたりとかしたら嫌だな……征服されちゃ

ってたりとか。

 

「私の国は……イギリスは、あの後も元気にやっていたか?」

『そりゃもう。まぁこっちの世界ではたぶん、イギリスに行くのは難しいけどね』

「そうか。いや、ちゃんと祖国があるのなら、それだけで満足だ」

 

私は責務を果たせた。あの世界に、あの時代に、あの体にもう悔いはないな。

 

『それじゃ、またしばらく後に』

「あぁ。――――あ、待ってくれ!」

『何、どうしたのさ』

「そういえば、自己紹介がまだだったろう」

『あ、そっか、そうだよね。いや、でも、わたしは君のことを調べ尽くしてるから、盲点だったよ』

「ホレーショ・ネルソンだ。よろしくな」

『よろしく。わたしの名前は正式にはないんだけどね。ある世界では〝応急修理女神〟って呼ばれてた』

 

女神と呼んでくれていい、と彼女は言った後、私の意識は白い世界を後にした。

 

 

 

 

――――――――○――――――――

 

 

意識が覚醒される。

鼻の奥に、何か強いアルコールの香りを感じ取った。

 

「ッ……ん……ここ、は……?」

 

体を起こそうとする。

しかし、両肩を誰かが優しく押さえ、やんわりとそれを阻止してきた。

 

「まだ起きちゃダメデース。安静にしていてくだサーイ」

 

そのまま仰向けに寝かされる。

 

自分の体は柔らかなベットの上にあり、薄手のシャツとショーツを身につけていた。

 

焦点を声の主へと合わせる。

徐々にハッキリと見えてきたその顔は、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「誰だ……いや、ちがう、それより、なぜ君はイギリス語が?」

 

そう。少女の言葉は聞き取れる。

紛れもなく私の母国語だった。

 

ここがあの岩場と同じ世界、同じ状況であるならば、私はイギリス語以外の言葉を聞くはずだ。

 

もしかして場所が違うのか……?

 

「英国で生まれた、帰国子女の金剛デース。生まれたのに帰国子女っておかしいじゃんって突っ込みはナンセンスネー」

「イギリス生まれだと? じゃあ、ここはイギリスなのか?」

「違うデース。やっぱりあなた、そうだったんですネー」

 

うんうんと首を縦に振って言う少女の顔は、満足げだった。

 

「潜水艦の子達から、『英語を話す綺麗なお姉さんだ』って聞いて、たぶんアメリカ人かイギリス人だと予想してマシタ」

「イギリスだ。ここはじゃあ、どこなのだ」

「日本デース」

 

にほん? 聞き覚えは、たぶん、ないな。

聞かない名だ。

 

「どの辺にあるのだ」

「イギリスを世界の中心としたら、この辺は極東、東の端っこネー」

 

極東……。インドよりもさらに東に行ったところか。

なるほど言葉が違うわけだ。

 

「何にせよ、危ないところを助けて貰ったようだな。感謝しても仕切れないだろう」

「イイってことデース。困ったときは、お互い様。これが日本の心ネー」

「そうか……良い国だな」

 

自分の体を見る。

 

シャツの下は、丁寧に包帯が巻かれていた。

かなりの量が巻かれていたが血は完全に止まっていた。

これほど高度な治療ということは相当なお金も掛かっているだろう。

 

身元不明の、それも戦場で倒れ伏した瀕死の人間にここまでしてくれるとは、感謝の念が絶えないな。

 

「本当に、ありがとう」

「お礼なら、提督にしてくだサーイ。彼、付きっ切りで貴女の看病をしてましたデース」

「提督……そうか。ここは海軍なのか」

 

船をまとめる司令官自らが怪我人の看病とは、暇なのか温情深いのか分からなくなるな。

だが、これは、良い機会かもしれない。倍にして恩が返せる。

 

「私も、一時期は船の指揮を執っていた。おごり高ぶるつもりはないが、海戦の自信はある。どうか私に、指揮の手伝いをさせて欲しい」

 

言うと少女はやや驚き、

 

「貴女は……ちょっと不思議なひとデース。誰もいない岩の上に全裸で遭難してたり、死にかけてたのにちゃんと回復したり、あげく艦隊の指揮まで執ったことがあるなんて…………何者なんデスか?」

 

訝しげな表情になった。

 

首を傾げながら聞いているので可愛らしいが、その目は、捕らえた捕虜を尋問するときの調査官のそれだった。

 

こちらの正体が全くつかめず、あまりに怪しすぎる。ので、少しでも情報を聞き出したい、そんなところか。

 

とはいえ全てを教えてもたぶん信じてはくれないだろう。

 

別の世界から来たなどと言っても、危ない人に見られるか、悪魔付きだとか思われるかもしれない。

 

あのバケモノと同種だなどと思われてもやっかいだ。

たしか深海棲艦、と女神は言っていたか。

 

「私は…………私の名前は、ホレーショ・ネルソンだ。昔イギリスの海軍将校を勤めていた」

「ホレーショ……〝ネルソン〟? それは確かですカー?」

「ん? そうだが」

 

少女は顎に手を当てて考え出した。やがて、

 

「〝ロドニー〟と言う単語に、聞き覚えはありますかー?」

「ロドニー……いや、そんな名前は聞いたこと無いな。人なのか」

「いえいえ、知らないならいいんデース」

 

何かわからないが丸く収まったらしい。

 

その後、暖かいスープと柔らかいパン、紅茶とクッキーを用意してくれたので、遠慮せず頂いた。

特に紅茶は美味しかった。

 

食べた皿を片付けてもらい、痛み止めなるクスリを飲み、一息ついたとき眠気に誘われた。

 

本当はすぐに、その〝提督〟と呼ばれる人物に感謝の辞を伝えたかったのだが、

 

「一週間は運動厳禁ネー。痛みがないからって傷が治った訳じゃないから、ちゃんと安静にしてくださいネー」

「歩くのもダメなのか」

「とりあえず明日になるまではダメデース」

 

だそうだ。

まぁ眠いし、今日はこのまま寝させて貰おう。

 

軍の内部のはずなのに、ずいぶんと緩い気もするがこんなものなのだろうか。

いや、時代も国も違うのだ。こんなものなのかもしれない。

 

「なにか、退屈しのぎに欲しいものとかありますカー? 明日以降なら、座って読書ぐらいならオッケーだと思いマース」

「そうだな……この国の言語が学びたいな。あの岩で私を救ってくれた二人の少女に、この国の言葉で礼が言いたい」

「わかったデース。日本語の本とか、辞典とか持ってきて上げるネー」

「あ、あと、歴史を綴ったものとかあるか? この国のものと、世界中のことが載っているものの二つがあるとなお嬉しい」

「もちろんありマース。歴史の教科書を持ってきて上げるネー。…………あ、イギリス表記の方が良いですカー?」

「その方が助かるな。勉強の合間に読みたいし」

「わかったデース。見つけてきマース」

「ありがとう。本当に」

 

少女は、「となると日本史の方は私の手書きになりそうデース」と言いながら去っていった。そこまでしてくれるとは、本当に恩が返せるのか心配になってきた。

 

 

 

 

翌日早朝、静かな部屋を見渡すと、近くのテーブルに何冊かの本が置かれていた。

そのうちの一つはイギリス語表記、タイトルは「世界史」だった。

 

何気なく手に取り、十九世紀初頭の歴史の項目を見る。

 

そこには、〝イギリス史上最大の英雄、ホレーショ・ネルソン〟と書かれていた。

 

私は激しく赤面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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