艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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本編の展開が弱いのにネルソン提督の事についても書きたい。ならば本編をすすめながら書いたらいいんじゃない。(無謀)

しかしやってみなければ成長はしないので何事も挑戦。



第四話 私の転生Ⅰ

 

 

夕方。

 

太陽が半分ほど沈んだ頃、扶桑さんと時雨お姉さんが帰ってきた。

 

どこに行っていたのかと聞くと「偵察だよ」と言っていた。

遠出していたらしい。

 

二人ともやや疲れた表情で執務室へ行き、二言三言ネルソン提督と話をしてから部屋をあとにした。

 

時雨お姉さんが聞いてくる。

 

「そろそろ夕飯時だけど……何が食べたい?」

「選べるんですか」

 

俺は扶桑さんの顔を見る。儚げな笑みからは、

 

「何でもというわけにはいきませんが、大体のものは作れますよ」

 

と返ってきた。お言葉に甘えて、今一番食べたいものを言う。

 

「ハンバーグが食べたいです」

「もちろん作れますよ。材料もあります。すぐに用意しますね」

 

そう言うと小走りに扶桑さんは厨房へ向かっていった。

 

時雨お姉さんは俺をだっこすると、

 

「今日は何かしていたのかい」

「ネルソン提督とお話をしました。あと、深海棲艦と艦娘の事について少しだけ勉強しました」

「そっか。じゃあ、ボク達が今日何をしていたか話すのもいいかもしれないね」

 

ボク達、というのは扶桑さんと時雨お姉さんの事だろう。

今日何をしていたのか。それは気になった。

 

俺を抱えたまま食堂へと向かう。

もうなんだかだっこされることに抵抗を覚えなくなってきた。

 

ネルソン提督の「君はもう十五歳ではない」という言葉を思い出す。

心身一体。体の変化は心の変化。確かによく聞く言葉だが、こんなにも顕著なものなのか……。

 

食堂に着く。床に降ろされたのでイスをテーブルにセットするのを手伝う。全部で四つ。ということは、

 

「時雨お姉さん」

「なんだい」

「今日はネルソン提督も一緒に食べるの?」

「今日は、と言うか夕食は毎日一緒だよ。ネルソン提督がそうしようって言ったんだ」

 

なるほどあの人らしいことだ。

俺はイスに座る。隣に時雨お姉さんが来た。

 

厨房からは、鼻歌交じりに調理をしている扶桑さんと、誰かが話をしているのが聞こえた。

 

気になったので遠目で覗くと、ネルソン提督がフライパンを器用にふるってハンバーグをひっくり返していた。二つ同時にだ。すごい。

 

「提督は料理が好きなんだ」

 

時雨お姉さんも見ていたらしい。

 

「よくああやって扶桑さんといっしょに作ってるんですか?」

「忙しいとき以外はそうだね。今はたぶんそんなに忙しくないんじゃないかな」

 

昼間聞いたときには、この鎮守府から五人の艦娘が出撃しているそうだったが、ほったらかしても大丈夫なのだろうか。

心配だったが、たぶん何の問題もないような気がする。何となくだが。

 

程なくして、時雨お姉さんは立ち上がり、トレイを四つ用意した。

俺も手伝おうと長いジャージをまくり上げたが「座ってて」と言われたのでおとなしくしておく。

言うことはちゃんと聞かないと。

 

時雨お姉さんが両手で二つ、ネルソンさんと扶桑さんが一つずつ持ってテーブルまでやってきた。

扶桑さんの皿には、山になった白ごはんとハンバーグが存在感を放っている。

 

四人全員がそろうと、ネルソン提督以外は両手を合わせ、彼女は左手だけで合掌の形を作っていた。

 

こうしてみると腕が一本しかないのはやや痛々しいが、本人は全く気にしていないようだ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

俺も箸を持ち、ハンバーグに突き立てる。

芳醇で濃厚な香りと、あふれ出す肉汁が食欲をそそる。

 

今日は勉強したからお腹が減っているというのもあるかな。

 

「いやあ、相変わらず扶桑の作る飯は旨い」

 

ネルソン提督が嬉しそうに食べていた。

器用にハンバーグを白ごはんの上にのせて食べている。

 

扶桑さんも、添え野菜のニンジンを口に運んで飲み込んでから口を開いた。

 

「それは良かったです。でも提督もご一緒に作ったのですよ。良い焼き加減です」

「かれこれ三十年は美味しい料理作りを目指してたからな。これからも目指す。どうせ不老だし」

 

言いながら美味しそうにニンジンをほおばっていた。

 

俺の隣に座っている時雨お姉さんも、もぐもぐとニンジンを噛んでいた。

三人同時にニンジンを食べているので俺もつられてニンジンを食べてみる。甘みのある、いいニンジンだ。うまい。

 

「そういえば、ボク達が今日何をしていたか聞きたいんだったね」

 

唐突に時雨お姉さんは言った。答える。

 

「はい。偵察って言ってましたっけ……?」

「うん。正確には強行偵察。本土の大艦隊が近いうちに動くらしいから、その航路上の確認だよ」

「大変でしたけどねぇ」

 

扶桑さんが困ったように微笑んでいた。ネルソン提督が続ける。

 

「航路上に運悪く敵の艦隊が集結していてな。すぐさま引き返すようにしたんだが」

「あいつら、ずいぶんとしつこく追いかけてきたんだ」

 

時雨お姉さんが不満げに口をとがらせた。

 

ケガはしていないらしい。

 

たった二人で強行偵察。それが危険なのかどうかは分からないが、ネルソン提督も苦笑いしているからもしかすると危険だったのかも。

 

そんな事を考えていると、ネルソン提督は驚くべき事を口にした。

 

「どうせ航路を確認しても意味がないのにな」

 

チャンスかもしれない。今朝から気になっていることを、このタイミングで聞いてみる。

 

「ネルソン提督、聞きたいことがあります」

「ん? なんだい」

「提督のノートの最後のページにあった〝航行の歪み〟って、何のことですか」

 

ネルソン提督はしばらく答えず、箸を動かしていた。ハンバーグの最後の一切れを飲み込むと、ゆっくりと俺を見て口を開いた。

 

「それを話すなら、私がこの世界で目覚めたところから話さないといけない」

 

左目から陽気な光が消えている。

真面目な時のネルソン提督だ。

 

俺は理由の分からない緊張感を覚え、箸を止めた。

扶桑さんも時雨お姉さんも、箸を止めてネルソン提督を見ている。二人も気になるのだろうか。

 

「…………少し長くなるかもしれん。食べ終わって、お茶でも飲みながらにしよう」

 

 そう言ったネルソン提督の表情に、おどけた様子は感じられなかった。

 

 

 ○

 

 

全員が食べ終え、扶桑さんが人数分の紅茶を用意してくれた。

お茶請けにビスケットもある。

 

「それじゃあ、話そうか。私がこの世界に来たばかりのことは、二人にもまだ話してなかったね」

 

二人……時雨お姉さんと扶桑さんのことか。

 

ネルソン提督と二人がどれ程長く行動を共にしているのかは分からないが、二年や三年といった感じではなかった。

十年単位でいると思ったが、流石にネルソン提督がこの世界に来てからずっと一緒というわけではないらしい。

 

「ボクも知りたかったんだ。何で提督は片手と片目しかないんだろうって」

 

デリケートなところをストレートに時雨お姉さんは聞いた。遠慮がないな。

 

苦笑いしながらネルソン提督は答える。

 

「この腕と目は、この世界に来た瞬間からもう無かったよ。たぶん私の前世の特徴からそのままだったんだろう」

 

ネルソン提督の左目が、遠い過去を見るようなものになった。

 

 

 ――――――○――――――

 

 

波の音がする。

 

波が当たり、弾け、退いていく音だ。

 

磯の香りが強い。

 

何十年とかぎ続けた香りだ。

ここに硝煙の臭いが入ると、瞬く間に戦場の香りだな。

 

…………戦場? まて。私はさっきまで何をしていた。

 

思い出せ、思い出せ!

 

「――――ッ!」

 

勢いよく起き上がる。周りを見渡す。

 

太陽の強い光が目に入り、一瞬視界が真っ白になる。左手で影を作り、辺りを見回す。

 

「…………どこだ、ここ」

 

 三百六十度、全てが海だった。

自分の体は岩礁に乗っかっている。

そこそこ広いもので、わりと平らであった。

 

自分が先程まで何をしていたのか、鮮明に思い出せた。

 

ナポレオンの海洋進出を阻み、イギリスの存亡を賭けた戦いを繰り広げていたはずだ。

戦いには勝利した。銃で撃たれ、甲板に伏して、痛む胸を押さえながら勝利の知らせを聞き、私は……。

 

胸を押さえる。

そこに痛みはなく、代わりに柔らかな感触が返ってきた。

 

「なんだ……これは」

 

胸が、ある。

 

豊満で形の良い胸が、ある。

 

衣服を纏っていない。

何も着ていないが故に太陽の光が容赦なく肌を照りつける。

その照らされた肌は白かった。

 

「…………」

 

言葉を失った。

 

自分の体とは思えない。

ただ、失った右手と右目の視界はそのままであった。

 

左手で右手の肩口を撫でる。やはり右手はなかった。左目を覆い隠すと、自分の視界は奪われ、完全に真っ暗な闇となる。

 

「はぁ……」

 

溜息が漏れた。

うなだれる。

そうすると自分の髪の毛が目の前に垂れてきた。

 

真っ白で、長く、美しい髪の毛だった。

 

「…………」

 

何が起きているのかわからない。

分からないが、もう少し、このまま全裸で岩の上に座っておこう。

 

なんせまだ生きているのだ。

死んでいない。

あれは栄誉の死であったが、こうして体を動かせているのだから、もう少しはのんびりしていよう。

 

命があって悲しむことはないだろう。

 

「それにしても、裸で座るとケツが痛い」

 

凜とした声で発せられた自分の言葉は、おおよそこの声音にふさわしいものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここよりしばらくは、転生したてホヤホヤネルソン提督の話になります。
彼、いや彼女は転生後も海から縁が切れるどころか、海に囲まれての誕生となりました。

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