艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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やってくれるよフレンダさん。


第三十三話 死にもの狂いの鬼ごっこⅤ

「身内同士の競争ほど醜いものはないよね。こと兵器開発においてはさ」

 

フレンダさんは僕を膝の上に座らせ、頭をなでながらそうつぶやいた。

 

「フレンダさん?」

「あぁごめん、こっちの話」

 

苦笑しながらそう答え、机の上に出したノートパソコンに何かを打ち込み、再び僕の頭をやさしくなでながら小さく漏らす。

 

「……自分の兵器を使ってほしい科学者が多すぎるんだよ。だから他人の優れた兵器を貶めて使い物にならなくする。いやなところなんだよ、私の業界は」

 

ため息交じりの声。

 

モニターの中では一機のヘリが、敵機ひしめく無人島へと向かっていた。

僕はフレンダさんの膝の上で、何を言っているんだこの人はと胸のうちで思ったけど言わなかった。

 

 

 

 

数十分前。

 

フレンダさんは洞窟の中に避難している増援艦隊へ連絡を取った。

 

しばらくの間ネルソン提督に代わって、指揮を執るのはフレンダさんであること。

 

それから今まで起きたことと、これから起こす作戦内容を他の海軍関係者に口外してはいけない事。

 

ついでにフレンダさんと僕のことについても詳しく教える気はないこと。

 

最後に、絶対にそこから助け出すのでまぁ頑張ってほしいとのこと。

 

一方的に無線をつないで、伝える事を伝えるとまた一方的に切ったフレンダさんは、隣に立っていた僕のほうを向くと、

 

「ちょっといいかな? 膝の上に座ってよ」

 

と何の気なしに言ってきた。

 

展開が早すぎる。脈絡がつかめない。

 

わけもわからないままとりあえず最初は断った。

 

恥ずかしかったし、どうしてそんなところに座らなきゃいけないのかわからなかったからだけど、何度か頼まれてしまったので結局僕はフレンダさんと一緒に執務椅子に座っている。

 

すっぽりと腕にはまるように落ち着くと、ますます今の状況に納得がいかなくなる。

 

でも降ろしてくれそうにない。

左手でがっちりホールドされている。なんで。

 

まぁ、ずっと立っているのもしんどいからそれよりはいいんだけどさ。

 

もうしょうがないから別のことを考えるようにした。

 

フレンダさんはどうやら、僕とフレンダさんのことを増援艦隊のみんなには知られたくないそうだ。

そうじゃなきゃ〝私たちの事を聞くな〟なんて命令はしないと思う。

 

それにどういうわけか、これからする作戦を他の人に言うなと念を押した。

なんでそんなことをするのかはわからない。

 

ネルソン提督の力が海軍の偉い人に知られるとマズイ、というのはなんとなくわかる。

あんな力ははっきり言って反則だ。

 

きっとみんながみんな、うらやましいと思うにきまっている。

ネルソン提督は長い間戦ってきたのに、海軍の人たちどころかフレンダさんでも知らないような力なんだ。隠したいのは僕でもわかる。

 

でもこれからする事まで秘密にするなんて、いったい何をしようとしているんだろうこの人は。

 

そこまで考えたとき、フレンダさんはポケットから端末を取り出して、どこかに電話を掛けた。

 

「あ、ゴーヤ? 出撃だよ。私のノートパソコンをヘリから持ってきてもらえる? うん、ありがと。あぁそれと、アレ使ってみるよ。斉藤さんと一緒に戦場へレッツゴー」

 

 

 

 

で、今に至る。

 

運転手だった斉藤さんと、潜水艦娘のゴーヤさんはついさっきヘリで出撃した。

 

「フレンダさん、質問してもいいですか?」

「なんでも聞いてよ」

 

ご機嫌な表情で僕の頭をなで続けるフレンダさんは、カタカタとパソコンを操作しつつそう言う。

 

「斉藤さんって、普通の人間ですよね? あんなに敵がいっぱいいるところに送り出して大丈夫なんですか?」

「彼はああ見えて結構強いからね。この国の正規軍パイロットなんて比べ物にならないところで訓練されてきた人だから」

 

何だすごい人なのか。

いや納得していいのかわからないけれど。

 

それにゴーヤさんだ。

なぜ潜水艦の人を? どうやって空を攻撃するの?

 

質問したいことはまだまだあったけど、モニターの中に動きがあった。

 

フレンダさんは無線機を手に取って、左手でパソコンをカタカタと操作しながら増援艦隊のみんなへ指示を出した。

 

「これより島へ上陸します」

『え?』

 

返答は赤城さんだった。

 

「敵機の攻撃が比較的弱くなりました。このまま引くのを待ってもよいですが、次は敵艦隊とセットで相手をする可能性もあるのです。そうなると厄介なので、ここで叩きます」

『で、ですがいくらなんでも八百機は……』

「大丈夫です。お姉ちゃんに誓って」

『お姉ちゃん……?』

 

上ずった声を出しながらも、赤城さんたちは次々に洞窟から猛スピードで飛び出してくる。

 

最後から二番目に赤城さんがいる。背中には気を失った夕立さんが。

 

最後尾を五十鈴さんが、最前首を阿武隈さんが勤めていた。

 

「そのままの速度で回避運動を取りつつ、適当に対空攻撃を加えて敵を散らしてください」

『了解です』

 

五十鈴さんと阿武隈さんの持つ装備から砲火が瞬き、加賀さんが弓を放った。

 

へぇ……あれが飛行機になるんだ……感動してる場合じゃないけどすごくかっこいい……。

 

「三十秒で上陸地点に到達します。上陸後、二十秒以内に近くの木陰へ退避してください」

『木陰ですね、わかりました』

 

大和さんからの返答。

艦隊はのらりくらりとした動きで敵機の爆弾をうまくかわしつつ、無事浜辺に到着。

 

海から駆け上がってすぐに走り出し、近くの木陰へと転がり込んだ。

 

浜辺にいくらかの爆弾が落ちて、いくつかは爆発したけれど、大半が砂煙を巻き上げながら地中に埋もれていくのが見えた。

 

「あれがネルソン提督の狙っていたことですか?」

「そうだよ。で私がしたいことはこれなんだ」

 

パソコンをすごい速度でタイピングしたフレンダさんは、無線機とは別の通信端末を手に取って、スイッチを入れた。

 

「こちらフレンダ。聞こえる?」

『聞こえてるでち』

「目標地点到達まで十秒だよ。準備できてる?」

『あたりまえ』

「よっし。んじゃあ、ダイブどうぞ」

 

さら、と音が出そうなほど簡単に言ったフレンダさん。

 

ゴーヤさんを乗せたヘリは海面からめちゃくちゃ高いところを飛んでいる。

 

にもかかわらず、何のためらいもなくゴーヤさんはヘリのドアを開け放ち、銀色の巨大な筒を担いでぴょんと飛び降りた。

 

「えええええ!? ちょ、フレンダさん!? ゴーヤさんが飛んだよ!!」

「そうだよ? ヘリからはアレ使えないし」

「いや、え、だって、いくら下が海でも高すぎたら危険ってテレビで見た……」

「あぁ大丈夫だいじょうぶ。あの程度じゃゴーヤは大丈夫」

 

へらへらと笑うフレンダさん。その笑顔を浮かべたまま、増援艦隊のみんなにつながっている無線機を取って、早口で、

 

「みんな耳をふさいでください。そんで口開けて」

 

言われたとおりにする艦隊のみんな。

赤城さんは大急ぎで自分の服を破り、夕立さんの耳に突っ込んだ。

 

「さて――――磁器電磁砲(ひこうきほいほい)、ファイア」

 

空の途中でゴーヤさんの撃ち放った何かは、信じられない閃光と爆音をまき散らしながら、無人島上空を突き抜けた。

 

 

 

 

「もう一度言っておくけど、これ絶対にほかの海軍関係者には漏らさないでね」

『『『り、了解です……』』』

 

艦隊のみんなが声をそろえてそう返答する。びみょうに震えている。

 

何が起きたのか説明すると、おっきな光がびゅーんって通って、島の上の飛行機をごそーって引き連れて海の中に入っていった。ように見えた。

 

「フレンダさん?」

「詳しい解説は研究所へ行ったときにしてあげるよ。簡単に言うと、マイナスの電気ってわかる?」

「電子のことですか?」

「そうそう。それを対象にたくさん投げつけて、あとは陽子……あー……まぁ、引っ付くようにうまくやってあんな感じで海に引き込むんだよ」

 

なるほどわかりません。

 

でも島の上にいたはずの八百の敵機は、もう数えられるほどしか残っていなかった。

 

「よし、増援艦隊諸君に告ぐ。あと10分でそちらに回収用のヘリが到着するから、それまでに残党を叩き落してください」

『わ、わかりました』

『了解です……』

 

みんなまだ現実が呑み込めていない。

僕もそうだけど、いったい何が起きててどうなっているのか実感がわいてこない。

 

とりあえず、みんな助かったってこと……だよね?

 

僕の出る幕なかったよ。

 

『あんな兵器があるのなら、最初から使えばよかっただろうに』

 

モニターを見ていた女神さんが、振り返りつつフレンダさんのほうを見た。

フレンダさんは肩をすくめながら、

 

「一つしか持ってきてなかったし、まだ試験段階だからね。あと、あれは金属原子に反応して電子を飛ばすから、艦娘が木の陰にいなかったら一緒に引っ付いて海の底までドライブなんだよ」

『なるほどな。兵器としては使いどころが難しいのか』

「何かの役に立つかもと思って持ってきといて正解だった」

 

言いながらパソコンの電源を落とし、僕を抱っこして床に降ろしてからゆっくりと立ち上がる。

 

そのまましゃがみこんで目線が合わさると、なんとも例え難いにっこりとしたほほ笑みを浮かべながらフレンダさんは言った。

 

「もう敵の脅威はないと思う。飛行隊を飛ばした機動部隊があったとしても、手の届く距離じゃない。ここからは君がモニターを見ていておくれ」

「え、僕一人でですか!?」

「そうだよ。あぁいや、女神もいる。だから大丈夫」

「フレンダさんはどこに……?」

「お姉ちゃんを寝室へ。しばらくは起きそうにないし、このままここで寝かせておくわけにもいかないしね」

 

言い終わると僕をひょいと持ち上げて執務椅子に座らせ、ネルソン提督をそっと抱き上げると、とてもルンルンした調子でフレンダさんは立ち去って行った。

 

薄暗く静かな執務室には、僕と女神さんだけが残っている。

 

「……なんだか、疲れました」

『昔はもうちょっとお淑やかだったんだがな。と言っても六十年ほど前の話だが』

「ネルソン提督は大丈夫なんですか?」

『ん? あぁそれは心配ないぞ。わたしたちの職場――――あの白い空間で、存在の力が回復するのを待っているよ。しばらくしたら起きる』

「いえ、そうではなく」

 

フレンダさんはネルソン提督を連れて寝室に向かった。

そう、寝室に。

僕の心配するようなことではないのかもしれないけれど、それでも平然としていられるような状況じゃないような気が……。

 

まぁでも、フレンダさんの功績が大きいしご褒美ってことでもいいのかな?

一緒に寝るだけだよね。そうだよねきっと。たぶん。おそらく。

 

 

数分後。

 

砂浜に着陸した斉藤さんのヘリに、いまだ驚きと喜びがない交ぜになった増援艦隊の艦娘さんたちが無事に乗り込んだのを、僕はしっかりと確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃海では。

 

「は? これ泳いで帰るでち?」

 

 




「死にもの狂いの鬼ごっこ編」終

次回は夕立のお話。

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