朝。
目覚ましが鳴るのでブッ叩いてからもう一度ベッドで意識を落とす。
五分後に再度鳴った目覚ましを黙らせようとする一歩手前で、むくりと私は体を起こす。
「ふぁぁぁぁ……眠い」
目覚ましを止め、ベッドから降り、パジャマを脱いで一息つく。
別に下着姿でラボを歩いても問題はないけれど、急な来客とか急なお姉ちゃんとかあったらそれこそ切腹ものなのでちゃんといつもの服に着替える。
クローゼットから引っ張り出したジーパンを穿き、同じく引っ張り出した真っ白なTシャツを着る。その上からシワ一つ無い白衣をバサッと羽織る。
ゴーヤがアイロンがけしてくれているので助かる。三日周期で洗濯とアイロンが施された白衣がまわるこのシステムは、やはりゴーヤなしではうまくいくまい。
というか私は
家事が出来ない。何一つ出来ない。
洗濯も掃除も料理も皿洗いもなーんにも出来ない。
思えばお姉ちゃんとの生活では全部お姉ちゃんがしてくれていた気がする。料理は超一流に美味しかったし、片手しかないはずなのに洗濯も皿洗いも掃除も妖怪並みに器用に済ませた。
私が手伝おうとすると「仕事が増えるからアニメでも見ててくれ」と言われる始末。
まぁアニメは好きだし、と言うか大好きだし、家事の代わりに私はいろいろ勉強してたから、特に迷惑をかけてたわけじゃない。たぶんきっと。
ラボでの生活も似たようなものだ。勉強してた内容を今度は使っているだけで、家事全般は全てゴーヤがやってくれてる。
ゴーヤはすごい。強いし、出来るし、かわいいしでもう何でここにいるのか分からなくなってきた。対する私は哀れだな。
なんかむなしくなってきたので、あとお腹が減って鳴っているのでとりあえず部屋から出る。向かうのは食堂。
朝食はちゃんと部屋から出て、食堂で食べることがルールになっている。
食べるのは私とゴーヤだけなんだけど、なんでもこうした方が生活習慣的に良いらしい。詳しくはゴーヤの考えなので私にはよく分からない。
食堂では、既に配膳がすまされてイスにはゴーヤが座っていた。
「ごめんゴーヤ。待った?」
「待ったよぉ。また五分延長したでしょ」
「そんなカラオケみたいに言わなくても」
「さっさと座って食べるでち」
「あい」
今日の朝食はアサリの味噌汁と鯖の味噌煮、白ごはんとキュウリの塩もみ。
デザートはプリン。デザートだけ洋風だな、よくあるよくある。
「「いただきます」」
しばらく無言で胃袋の中に食材を放り込む。空腹なんだ仕方ない。
味は、まぁおいしいな。おいしいからこんなにしっかり食べられるんだ。
でもお姉ちゃんの料理と比べちゃいけない。ごめんねゴーヤ。
「今日は何するでち?」
ひと段落着いたらゴーヤが口を開いた。
「ちょっと設計図を完成させたい。基本理論値はもう出てるから午前中に描けると思う」
「じゃあ午後からはお休みにする?」
「それもいいね。今日はゆっくりゲームでもしようか。エスコンの続きがしたい」
朝食を全て食べ終わり、食器を片付けたあと、
「じゃあ研究室に行ってるよ」
「お皿洗い終わったら手伝いに行くでち」
「うん」
私は研究室に向かってゆっくり歩いた。
食後の激しい運動はゲロる。前に一度やってしまった。太鼓の達人は朝食後にやるモンじゃない。
○
そこそこ広めの研究室。
清潔な白を基調としながら、部屋の壁や隅の方は電子機材やアナログな設計道具が散在している。片付けなんて滅多にしないけど、たまにゴーヤが整理してくれてるのでこれでもまだマシな方だ。
研究室の隅の方から、新品の模造紙を引っ張り出す。あと鉛筆と定規を用意した。
部屋の中央の大きな作業台に模造紙を広げる。作業台の端の方にノートパソコンを置いてから起動する。
部屋の隅の方にはでっかいコンソールやモニターもある。それらも全てスイッチを入れる。
ノートパソコン内の理論値や仮設計図から模造紙に描き出し、所々部屋のコンソールから計算と修整を加えていく。
しばらく作業をしていると、研究室にゴーヤが入ってきた。
「どんな感じでち?」
「それは何を設計してるのかって質問かい?」
「そうそう。で、その設計の進み具合とか」
「上々だね。思ったよりスムーズに行くし、形にするのは難しくないだろう」
「へぇ」
言いながらも紙面に書き込む。今のところ順調である。
ん? いやちょっとまて。主翼の位置がもうちょっと前か。
いや、まてまてそれより――――
「…………推進力を維持するにはこの形がやはりいいな……ぅーん……あ、でもこっちの尾翼が………ぁ、あれも…………」
「こりゃ集中してるでち」
そうしてだいぶ時間が経って、気がつくとゴーヤはきえていた。
時計を見てみる。針が正午を指してた。
いやちょっと夢中になりすぎたかな。いなくなったのも気付かないなんて、まぁいつものことではあるけれど。
机に広げられた模造紙には、びっしりと文字や図形が描いてある。完成した。満足のいく設計図だ。
一つ頷いたら、お腹がきゅうきゅう鳴り出した。
お腹空いた。お昼ごはん食べよう。
○
食堂の方に向かう。
昼は自室でも研究室でも中庭でも、つまりどこで食べても良いのだが、ごはんができるのはこの食堂の厨房なのでとりあえずそこを訪ねてみた。
「いいにおいがするな……卵と、ソーセージか」
「当たりでち。今日のお昼はサンドイッチね。どこで食べる?」
「設計図は完成したし、今日は中庭で食べよう。天気が良い」
「ちょうど出来たでち! 持っていくから、中庭で待ってて」
「わかった」
中庭に到着。
木の下のベンチに座って待つ。
木漏れ日が気持ちいい。ほんと、天気の良い日は外で食べるのも悪くない。
ここ最近はあの設計図を書くためにパソコンとにらめっこばかりだったしな。
実際に紙に書くのはスムーズだった。あとは素材を要請して、試作してみる行程だな。
理論的にはうまくいく。設計図もおそらく完璧だ。あとは、使いこなせる者を絞り込むだけ。
まぁなんとかなる。
そんな事をあごに手を当てながら考えていると、バスケットに入ったサンドイッチをぶら下げて、ゴーヤが出入り口からやってきた。
同じベンチの隣に座る。ゴーヤの膝の上でバスケットは開けられて、中からボリュームのあるサンドイッチが飛び出した。
「でかいな」
「おいしいよ」
「いただきます」
「はいどうぞぉ」
両手で持たなければこぼれ落ちてしまいそうなそれを、口いっぱいにかぶりつく。
ふわりとしたパンの食感と少し甘めの炒り卵。スパイシーでクリスピーなソーセージとベーコンがマヨネーズによってまとめられる。
口の中が幸せ。もうほんと、素晴らしい天気だし素晴らしいごはんだし最高だよ。
「ほいひい」
「でしょう。まだあるからおかわりしても良いよ」
「たべふ」
「飲み込んでからね」
ゴックンしてから手元のサンドイッチを再びほおばる。
あっという間に食べ尽くし、もう一つもらい、それも食べ尽くす頃にはだいぶお腹がふくれてきた。
ゴーヤも食べ終えたみたいで、バスケットの中身もカラッポだった。
「ごはんも食べたし、エスコンしようか」
「あ、ゴーヤはちょっと哨戒してくるでち。試作型の魚雷も試射してみたいし」
「水素魚雷のこと?」
「そうそう」
「んじゃあ使った感想教えてね。小型化する代わりに威力が落ちたから、装薬に水素を配合して作ったんだけど、余り安定しないかもしれないから」
「自爆しなきゃそれでいいでち」
「その心配はない。当たった敵の確認が取れなくなる可能性があるんだよ」
「なんでそんな威力にしたでち」
ゴーヤは厨房の方へバスケットを戻すため、私は娯楽室でゲームをするためそれぞれ移動した。
○
ここ数日は時間さえあればエスコンをしている。
いやぁたのしい。
私も40年以上前は虫みたいなのをビュンビュン飛ばしていたけれど、やっぱあんなモン航空機とは言えないね。
今思えば何で私あんなもの飛ばして喜んでたんだろ。艦娘に失礼だわ。あんなかっこわるいので戦争するとか。
それに比べてこの、洗練されたボディとカッコイイ兵装。動きからしてもう時代の流れというか進化を感じる。
あと無線。無線はやっぱり無いとダメだ。これがあるのと無いのとではかっこよさが大きく違う。
この若干ノイズの入る感じがたまらなくカッコイイ。むっつり無言で連携の〝れ〟の字もない深海棲艦なんてもう最悪だよ。二度とあんな陣営就くものか。
それからこのミサイル。当たったときの爽快感がすごい。敵にフレアまかれたらちょっと心がしぼむけど、その時はドッグファイトからの機銃掃射だね。これもまた当たると気持ちいい。やっぱ当ててナンボだな。
そういえば空対空ミサイルってどうやって作るんだろうか。研究者として是非とも研究開発してみたい。
いつか装備として開発できたらいいけどなぁ。
今のあれが上手く形に出来たら、それと扱える子が見つかったら、本気で研究して制作してみよっと。
○
五時間後。
哨戒から帰ってきたゴーヤはやや疲れた顔をしていたけど、ケガは一つもしていなかった。
先にシャワーを浴びてきたのか、セッケンの良い香りが鼻をくすぐる。服装はスクール水着ではなく大きめのTシャツにハーフパンツ。
ゆったりとした部屋着姿だ。
「ずいぶん遅かったじゃん。敵が来てた?」
「ううん。防衛線を越えてまでは来てないよ。今日も平和」
「じゃあなぜこんなに遅くまで?」
「水素魚雷の試射に夢中だったでち。思わずたくさんやっちゃったよぉ」
「どうだった」
「撃った感触はまずまずでち。ちょっと狙いが付けにくいから、炸薬を減らしてくれると推進が安定するでち」
「威力は?」
「申し分ないでち。確かに一体だけを狙って撃つのは過剰火力でもったいないけど、群がったところに扇状射撃したら恐ろしく効果的でち」
「なるほどよかった。扇状射撃はどれくらいの数が相手だった?」
「五十はいたかなぁ。長射程雷撃だったから二本くらいはずしちゃったけど、射出した十本で五十体が消えたから、かなり効率は良いと思うよ」
要するに八本当てて五十体沈めたのか。恐ろしい潜水艦だな。もはや潜水艦かどうかも疑わしくなる。
まぁ、それだけ私の開発した水素魚雷はしっかりした出来になっているらしい。これなら試製として提出しても問題ないかもしれないな。
強すぎて問題とか厨二炸裂も良いとこだけど。
○
その後は夕ご飯を一緒に食べ、なぜかゴーヤと共にお風呂に入り、今は自室に向かって移動している。
「今日は良い日だった。明日も午後は休みに…………いや、ちょっと装備研究を進めてみるか」
「またしばらく研究室に籠もるでち?」
「進み具合によるよ。良い感じだったら籠もるかも」
「朝食だけは出て来てね」
「わかってるわかってる」
着いた。パスを通してドアを開ける。
部屋に入り、振り返ってゴーヤの顔を見る。
「今日のサンドイッチは最高だった。お姉ちゃんが作ったのと同じくらい美味しかった」
「どんだけネルソン提督が好きなのでち」
「え、べ、別に好きなわけじゃないし! ただその、美味しかったって言ってるだけだし!」
「わかったよぉわかってるよぉ。いつかその〝お姉ちゃんの作った料理〟よりおいしいと言わせてやるからね」
「ふふふ、それはどうかな?」
「このシスコン」
「待て待てなんだそれは! ちがうってば!! ちがうからな!!!」
なんて奴だこの子ったらもう。
くふふふ、と意地悪げな笑みを浮かべるゴーヤだったけど、すぐに疑問の色を表情に出した。
なんだろう何か聞きたいのかな。
「そうだそうだ、フレンダちゃん」
「どうした?」
「今日の午前中に設計してたの、あれ何を作ろうとしているの?」
「試作F‐22戦闘機だよ。愛称はラプターちゃん」
フレンダの名前の由来は「friend」の読みからきています。
願わくはずっと友達としてネルソン提督のそばにいられるように、という今は亡き指揮官の思いがこもっているのですが、本人の気持ちは友達どころかそれ以上ですね。
そんな娘も作者は好きですが。
でもこの名前どこかで聞いたことあるなぁと思って検索したところ、やっぱり知ってるあの子の名前でした。ぴったり同じ。
武器に関わるところはそっくりだけど、それ以外はかすってもいない関連性です。フレンダ自身があの子の転生とか全くそんな感じではありません(笑)