艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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本編「小さな体に小さなコンパス」が終わります。


第二十二話 小さな体に小さなコンパスⅥ

長門の目に映る機体は全部で九機。白いのが五機、黒いのが四機。

その中でも、最前列を行く2つの黒機に注目していた。

 

「まずはあれだな」

 

風を物ともしない敵の機動力には驚いたが、しかしそれ故に動きを読むことは簡単だった。

目に付けている二機はとりあえず、他の集団からやや離れた位置にある。

まずは奴らだ。一撃を加えて、このまま過ぎ去ろうものならたたき落とすぞという意志を向けてやる。

 

耳を振るわせる重低音が雨に紛れながら近づいたとき、

 

「――――第一砲塔、三式弾一斉射」

 

落ち着いた、場合によっては冷徹とも取れる号令と同時に轟音が轟いた。

宙を舞う雨を衝撃波ではじき飛ばし、海面すらもびりびりと振るわせる。

 

放たれた2つの三式弾は、二機のうち一機を弾子に捕らえ、腹から火を噴かせて叩き堕とした。

 

もう一機は取り逃がした。急激に高度を下げる。他の機体がそれに続き、まるで援護するかのように身を翻してからこちらに向かってきた。

 

ヘイト管理は成功している。これで残機全てをこちらに注目させられた。

 

高度を落とした飛行編隊はそのままこちらへ直進。海面から僅か三十メートルほどの超低空で迫ってくる。

 

「ナメているのか? 対空機銃展開。弾幕を張れ。奴らの頭をあげさせるな」

 

艤装を操る妖精に指示を出す。

艤装に取り付けられている対空機銃が、ガガガガガガガガガガガ――――と激しく金の薬莢を海にばらまいては、徹甲弾を連続でまき散らす。

 

二番砲塔の狙いを定める。弾幕で頭上を固定してから、敵中央列に向けて放ってやる。

 

「撃て」

 

発射炎が横殴りの雨を一瞬で焦がし、水平に放たれた三式弾は空中で爆散。無数の小さな焼夷弾頭となり、敵編隊中央に襲いかかる。

 

だが。

 

「…………なるほどな」

 

前列を行っていた三機の黒い機体は三式弾の餌食となり、跡形もなく空中で塵になった。

しかし後ろについている白い機体は、その、ふざけた笑いを浮かべる赤い口をいっそう大きく見せつけて、左右へ扇状に急速展開をして見せた。

 

対空機銃がそれを追う。一定間隔で射出される曳光弾がその弾道を指し示すが、旋回速度が敵の速力に追いつかない。

追いかけっこをしているかのように、高度三十メートル付近で機銃の弾道と白い敵機が入り乱れる。

 

「くッ……速い」

 

少し焦りが出た。

三分で片を付けると言った。守ることが出来れば、すぐさま鎮守府へと向かい、残りの飛んでいった奴らも墜としに行かなければならない。

だがもし三分以上掛かったら。時間が経てば立つほど、鎮守府の、蜻蛉大将とネルソン提督が危険にさらされる。

 

白い機体は対空機銃の弾幕を物ともせず、海面すれすれに高度を下げたかと思いきや、何かを海の中へと落としていった。

 

――――航空魚雷!!

 

なるほど確かに艦上攻撃機(艦攻)だな。陸地など攻撃する気は毛頭無かったのか。

 

続けざまに残りの四機も、僅かな時間差と角度を付けて放ってくる。

おそろしいほど正確だった。

 

タービンを目いっぱい動かし、右へ大きく旋回しながらその場に円を書くように退避する。

 

二本の魚雷がシュウゥゥゥゥゥと音を立てて左側を通り過ぎた。

気を抜かず、今度は体を左に倒す。舵が壊れそうなほど急旋回をし、左にカーブをするよう回避する。

 

三本の魚雷は右足の真横を、ほんの親指の先程の距離で通り過ぎ、明後日の方向へ泳いでいった。

 

こちらの速度は緩めず、かなり速い巡航速度を保ったまま、之字運動で敵の飛行体を分散させる。

 

しかし、強い。

 

機銃掃射は的確に避け、狙う魚雷は寸分違わずこちらを捕らえている。

しかも陸奥が、一発食らった程度であのダメージを負うのだぞ。

この海域、この戦闘で敵の使っている魚雷は、今までの物とは比べものにならない破壊力だ。

航空魚雷だって例外ではないだろう。当たっていいものではない。一発たりとも。

 

強い。強すぎる。

 

「…………だがそれでこそ、だ。やっと張り合いが出て来たな」

 

曳光弾は依然と敵の機体を捕らえられない。イタチの追いかけっこからいっこうに効果が進まない。

直後、敵を追う弾道が消え去った。

対空機銃の音が一斉にやむ。弾が切れた。次発装填完了まで一分かかる。

 

弾幕がやんだその隙を逃すほど、敵はぬるい集団ではなかった。

 

五機が一斉に高度を上げる。長門の目にはその腹に、またしても航空魚雷が抱かれているのが確認できた。

一体どこからどのタイミングで付けたのかはわからない。だが確かに、一度撃ったはずの敵は再び魚雷を再装填している。

 

深海棲艦だからか。なんでもありか。

でも言ってしまえばこちらも似たような物だ。よくわからない、でも使い方は熟知しているバカでかい大砲を振り回して、これまたよくわからない原理で海面を走り、よくわからない防護膜で深海棲艦の攻撃から生身の体を守っている。

 

どっちが化け物だ。どっちもか。

 

だが敵が人間を追い詰めようとしているなら、私は、艦娘は、戦わないといけないのだ。

それが使命だ。課された唯一の義務なのだ。

 

三式弾は全砲塔に再装填済み。次に奴らが高度を落としたとき、もう航空魚雷は撃たせない。

 

敵の耳障りな音が近づいてくる。音が段階的に高くなる。

高度を急激に下げ始め、海面すれすれまで落ちてくると、猛スピードでこちらにめがけて突っ込んできた。

 

「あまり艦娘をナメて貰っては困る。何がお前達をやる気にさせたのかは知らないが、今更本気で戦争を仕掛けて何か変わると思うな」

 

一番砲塔、敵最前列中央。

二番砲塔、敵上部左寄り。

三番砲塔、敵下部右寄り。

 

「全砲門、一斉射――――てーッッ!!!」

 

爆炎と砲声が黒い海面に反射し、光と音が辺りに轟き、衝撃波は海面を容赦なく穿った。

 

一斉に放たれた八発もの三式弾は、包囲するように白い機体へ飛来する。

 

空中に花火が舞う。オレンジ色に輝く何千発もの焼夷弾子が、たった五機で作られた飛行編隊を軽々と飲み込んだ。

直後に黒煙が辺りを包み込む。同時に何かが爆発する音。熱風と衝撃波がここまで届き、長門は顔を庇いながらその光景を凝視していた。

 

「…………やったか」

 

手応えはある。あれほどの黒煙と衝撃波が上ったということは、敵の航空魚雷を巻き込んで爆発したということだ。

全滅か。ありったけの、今撃てる最高峰の対空攻撃を持ってして。

 

だが。

 

立ち上る黒煙の合間から、二機の機体が飛び出した。

 

白い悪魔は血ぬれのように真っ赤な口を打ち開き、狂気を浮かべて叫ぶかのように低い音をまき散らす。

 

「な、に――――」

 

距離が縮まる。敵は頭がいい。こちらの機銃は弾切れで、主砲も再装填が必要で、さらには先程避けられたことから今度はギリギリの距離で魚雷を放ちにやってきた。

 

なすすべがない。対空機銃装填完了までまだあと三十秒ある。

三十秒後には、先程自分が上げた炎と同じ光景を見ることになる。今度は、自分の体で。

 

「…………あぁ」

 

死を覚悟した。赤く裂ける口から笑い声が聞こえ、腹に抱えたドス黒い魚雷が放たれる。

その瞬間。

ふざけた笑いを浮かべた顔が、盛大に真横へ吹き飛んだ。

 

『さー逝っちゃって☆ 連装砲ちゃん、射的ゲームだよッ!!!』

 

インカムから愉快な声が聞こえてくる。

直後、目の前で対空砲弾が爆発した。

 

「なん――――くッ!」

 

細かい鉄の破片が体中を襲うが、それは先程横に吹き飛ばされた白い機体も同じだった。

ことさら、そいつは無事では済まなかった。もろに鉄の破片を浴び、胴体から火を噴き出して。遠く離れた海面に吸い込まれていった。

 

『――――第一射、ヒット。第二射、ターゲットエイム』

 

先程とは違い落ち着いた、しかし違和感の固まりを印象づける声が、無線越しに呟かれた。

 

『…………ファイア』

 

横に吹き飛ばされなかったもう一機も、同じ方向へ派手にぶっ飛ぶ。一瞬、対空機銃の曳航弾道が見えた気がした。

 

『――――第二射、ターゲットヒット。一時沈黙を確認。とどめをお願いします』

 

無線の先程からのその声音に、ふたりの少女の顔が思い出される。

 

「島風と、雪風……なのか?」

『せーかいだよ! 連装砲ちゃん、思う存分撃っちゃって!!』

「ちょ、ま――――」

 

またしても目の前で対空砲弾が爆散。鉄の破片が艤装に当たり、一番砲塔に穴が開く。

敵機は穴が開くどころでは済まされず、鉄の雨をありったけ浴びて海中へと没していた。

 

「島風ェェッ!!」

『オウッ!』

『だから言ったじゃないですか! 長門さんごと撃つなんてメチャクチャです!』

 

雪風の屈託の無いいつもの声に、長門は安堵と同時に薄ら寒いものを感じていた。

 

 

 

 

モニターを見ながら私は、長門の戦闘が終わりを告げたことを確認しつつ、時雨と夕立の方に注視した。

 

だが頭では先程の光景がまだ余韻を引いている。

 

駆逐隊と軽、重巡隊が合流した後に、駆逐隊の退避指示を矢矧に一任して、雪風と島風を組ませた上で長門の援護へまわるよう指示を出した。

 

圧倒的快速の島風と、群を抜く幸運の持ち主である雪風は、最短距離を最高スピードで縫い合わせ、長門のもとへ間に合わせることが出来た。

 

結果は見事に九機撃墜。長門は頑張ってくれたし、島風と雪風も、ギリギリだったが間に合った。

 

「しかし……すごいですね」

「あれが幸福艦雪風の本領じゃよ」

 

雪風の持つ、五十鈴の機銃はあんな使い方も出来るのかと、開いた口がふさがらない。

バックパックからスコープを取り付けたかと思うと、膝立ちになり、対空機銃をぴたりと構えて距離二千メートル(・・・・・・・・)から狙撃を始めてしまった。

 

しかも見事に当てている。

無線越しに聞こえた雪風の声は、まるで人が変わったかのように、本気を出しているのがよくわかる声音だった。

 

何にせよ良い方向に傾いた。だが。

 

…………まだ、終わらない。残る敵九機の集団は、もう時雨の目には捕らえられているらしい。

 

「時雨」

『うん、見えてる。間違いなく九機いるよ』

「奴らは強い。特に白い奴は桁違いだ。十分に警戒してぶっ叩け」

『提督らしいアドバイスだね』

「もはや二隻では艦隊行動もなにもないからな。戦略と言うよりは君たち自身の腕に掛かっている」

『それ頼りにされてるっぽい?』

「あぁ。頼りにしている」

『ありがとー!』

 

モニターの中で夕立が手を振っていた。どこに向かって振っているのかと思ったら、鎮守府の方角に向いている。

 

『………………ん?』

 

すると時雨が突然首を傾げながら、

 

『提督、見て』

「…………」

 

モニターを見るよう促してきた。言われるまでもなく、すでにその異変には気付いていた。

蜻蛉大将も例外でない。

 

「帰っておるのか」

「かもしれません。撤退、ですね。なぜ今更?」

『どうするの提督』

『追い打ちするっぽい?』

「いや…………そうだな、放っておけ。深海棲艦の艦載機を追撃しても、あまり意味はないだろう」

 

沸いて出てくるも同然だからな、今までは。

硫黄島から来ていることはもう明らかだ。別に追跡する必要もない。

 

全艦通信にして無線機に呼びかける。

 

「全艦に告げる。敵航空隊は現在撤退中。繰り返す、現在撤退中」

 

モニターからは、敵の姿はもう見えなかった。完全に逃げ去った。

 

「――――この戦いは我々の勝利だ。各自、周囲を十分に警戒し、帰投せよ」

 

 

敵が退いた理由には、おおよその見当がつく。

 

狙いはこちらの戦力を削ぐことと、もうひとつあった。

偵察だ。人間側がどれ程の戦力を硫黄島に注ぐつもりか、あらかじめ知りたかったのだろう。

 

十分に情報が集まったので、別に無理をして鎮守府まで爆撃しなくても良い。敵はそう判断した。

もし鎮守府まで来ていたら時雨と夕立の足止めを使い、島風と雪風を向かわせるつもりだった。

 

どのみち迎撃は可能。敵もこちらのそういった状況を悟り、進む意味が真になくなったと判断した。そう考えるのが妥当だ。

 

とりあえず危機は去った。まだ硫黄島を奪還するという根本的な問題が残っているが、私の島を拠点に横須賀の艦娘を出撃させる。この線で行けばいいだろう。

 

できれば私の艦隊を使いたいのだが、輸送任務が終わるまでは関与させることは不可能だな。

 

 

三時間後。

嵐は見る間に去っていき、夏の終わりの空にふさわしい、抜けるような青空がもどってきた。

 

嵐の有無すらも深海棲艦と関わりがありそうだったが、それを調べるのは私の仕事ではない。

 

「…………提督」

「どうした時雨」

 

一仕事を終えた私は、書類手続きや事後処理、これからの作戦概要などを蜻蛉大将へ丸投げし、時雨を連れて横須賀の港町まで赴いた。オシャレなテラスがある、あまり人通りのない静かなカフェにいる。

 

結果的には都市への空爆を防いだのだ。また私の戦果が見えないところでプラスされる。

終始、大将はあそこに座っていただけだしな。事後処理くらい働いてくれてもいいだろう。

 

今はこの良い天気の下で、時雨とのんびりキャラメルマキアートを堪能したい。

 

と思ったのだが。

 

「提督は、硫黄島が取られたから、空爆が東京に来るって思ったの?」

「痛いところを突いてくるなぁ」

「おしえてよ。ボクは…………てっきり来ると思ったんだ。ううん。ボクだけじゃないと思う。みんな」

「私もそのみんなに入る。来ると思った。まぁ結果的には無事で済んだわけだったが、一歩間違えれば大変なことになっていたかもな。反省だ」

「提督でも、勘違いすることがあるの?」

「私は別に神様じゃない。人並みに間違えるし、ドジも踏む。だが踏んだままにしないからこそ成長があるというわけだ」

「…………やっぱり、提督はすごいよ」

「私よりすごい人間は山ほどいる。時雨が知らないだけだ」

「この日本にいるの?」

「一人は確実に。可愛く、天才で、何でもつくり出す。少し生活能力に欠けるのが欠点だがな」

「へぇ~」

 

キャラメルマキアートのほのかな苦みとふんだんな甘さを楽しみながら、今日のこの数時間は、きっとこんな反省会では済まされない重要な戦闘だったと、私は心に深く刻んだ。

 

島に帰ったら一度書面にあげて見直そう。ちゃんと研究する必要がある。

 

それに硫黄島の件も。輸送艦隊に何があったかも気になる。やることは一杯だ。

――――そう言えば連絡してみようか。そろそろ通じるかもしれない。

 

「時雨、扶桑達に連絡を取ってみるか」

「そうしよう。緊急打電が入ったんでしょう?」

「折り返したが繋がらなかった。何かあったかもしれないが、鎮守府そのものの危機だったら別の知らせが届くからな」

「じゃああの少年と扶桑は大丈夫なんだね」

「輸送艦隊はわからんがな」

「…………たぶん何があっても生き残りそうな気がする」

「理由を聞いても?」

「それは内緒」

 

にこっ、と時雨は笑い、彼女の分のアイスティーが運ばれてきたので受け取った。頼んでおいたチーズケーキも、二人分受け取った。

 

私はキャラメルマキアートを一口飲んでから、携帯端末を取り出して、衛星通信を経由した無線電話を鎮守府に向かって発信する。

 

 

 

 

電話には少年が出た。

何があって、どうなって、少年が何のためにこの世界に召喚されたのか。

私と時雨は端末越しに、世界の始まりを聞いていた。

 

 

 

 


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