艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第二十話 小さな体に小さなコンパスⅣ

作戦に関わる艦娘へのブリーフィングが終わった。

 

概要は簡単だ。三段階の迎撃態勢を敷き、かつ東京の町を隠し通す。

最も遠い位置に駆逐艦。その少し手前に軽巡洋艦と重巡洋艦。最後の砦に戦艦が来る。

 

駆逐艦は八隻。

睦月型から睦月、如月、弥生、卯月。

陽炎型から陽炎、不知火、雪風。

最後に島風。

 

探照灯を用いる第一防空網は、限られた時間でなるべく沖合へ出て行く必要がある。

沿岸地域からの距離を稼ぐ。それは本作戦の要といっても過言ではない。

快速の足を持つ駆逐艦にしか出来ない仕事だ。

 

今現在動ける艦、そして練度の問題をクリアしたのは、この横須賀鎮守府に所属していた睦月型と各提督が引き連れてきた秘書艦である。どちらも登用した。

 

秘書艦編成だが比較的速力の出せる陽炎型と島風がいる。

睦月型は横須賀所属なだけあって、頻繁に出撃しているからか経験値そのものは非常に高い。

速力のハンデをここで補って欲しい。

 

軽巡洋艦、重巡洋艦はそれぞれ四隻。

長良型から長良、五十鈴、阿武隈。

阿賀野型から矢矧。

 

高雄型から摩耶、鳥海。

利根型から利根、筑摩。

 

見知った顔ぶれもいる。懐かしいが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

選定の理由は単純に対空値への高さと練度、あとは姉妹の連携が上手いことだ。

 

第二防空網は激戦になる。爆撃がモロに降ってくる場所であり、それゆえ連携を駆使してお互いをカバーしつつ迎撃する必要がある。

全てを押さえなければいけないわけではないが、なるべく第一、第二防空網で敵勢力を削りたい。

 

そして第三防空網。

 

戦艦三隻。

長門、陸奥、大和による掃討戦になる。

防げなかった敵航空勢力を完全にここで叩けるか。出来なければこちらは火の海になる。

文字通り砦だ。何としてでも防ぎたい。

 

余剰戦力として、時雨を初めとした秘書艦何隻かによる臨時編成の最終防空網もある。沿岸部分に配置する。

だが彼女等が対空砲を撃つときは、横須賀と東京がやられるときだ。デッドラインと呼ぶのがふさわしい。

なるべくそんな事態にはさせたくない。

 

 

司令室。

 

巨大なコンソールやモニター、無線機が立ち並ぶこの場所で、私と蜻蛉大将はモニターの前に座っていた。

 

土佐中将は現在、別室にて沿岸地域に配置する防空戦力の調整を行っている。

彼もいっぱしの指揮官だ。上手く戦力をまとめ上げ、最悪の場合に備えてくれる。そう信じて任せるしかない。

 

「間に合うかのう」

「ギリギリですね」

 

モニターの中では駆逐艦が全速力で航行している。

最大戦速。本気で走る駆逐艦は、横殴りの雨をものともしていなかった。

 

この調子でいけば沿岸部からの想定距離をギリギリ稼げるだろう。

睦月型の四人が頑張ってくれている。そのおかげで思ったより距離を取れていた。

 

暴れる髪を如月が困り顔で押さえたとき、睦月から無線が入った。

 

『こちら睦月です! 現在沖合から四十キロ地点に到達。敵の反応はまだありません、このまま進みますか?』

「進んでくれ。反応が一キロ以内に出た地点で停止し、探照灯起動、敵に向かって対空弾をばらまいてくれ」

『りょうかーい!!』

 

元気よく睦月が返事をし、私はそこで無線の回路を切り替えた。

 

「五十鈴、現在の地点は」

『沖合三十キロよ。もうあと五キロで配置に着くわ』

「気を抜くな。いつでも回避運動がとれるようにしておくんだ」

『あら、私を誰だと思っているの? 逃げる前に撃ち落とすわよ』

「その意気だ」

 

別の回線から無線が入った。

 

『こちら摩耶だ。現在二十五キロ地点。聞こえてっか?』

「聞こえている。もうあと五キロ進んだら停止してくれ」

『おうよ。で、敵の正確な数は絞り込めたのか?』

「先程大和から報告があった。現在敵は南南東、百二十五キロ地点を北上中。数は百三機だそうだ」

『相変わらずウソみたいな索敵能力だなぁ……付き合いなげぇーから信じられるけどよ』

「確かに冗談じみているな」

『ま、百機程度じゃこの摩耶様はどうにもならねぇって!』

「油断はするんじゃないぞ」

『わかってら!!』

 

無線はそこで切った。

 

先刻あった大和からの報告は、予定配置の二十キロ地点に到達したことと、敵の詳細な数や距離だった。

 

「にしても、なぜ大和はあんなに索敵能力が優れているのですか? 普通ならせいぜい七十キロから百キロほどが感知の限界だと聞きましたが」

 

たまらず気になったので蜻蛉大将に質問する。返ってきた答えは、

 

「訓練すれば出来るようになる、と言っていた」

 

苦笑いを浮かべている。呆れたような、しかし誇らしげな顔だった。

 

「訓練、ですか」

「大和はその性質上、あまり前戦へ出すわけにはいかん。後方海域で退避させていると〝暇なので索敵することにします〟とか言い出した」

「動き回ったと言うことですか?」

「最初はワシもそう思ったんじゃが、違った。目視で五十キロ先の敵を感じ取り始めたんじゃ」

「…………」

 

それはもはや目視とは言わない。

 

「暇つぶしの索敵でそこまで精度を上げられるとは…………目からウロコです」

「じゃな。しかも今では、何も装備していない状態で百キロ付近は見えるそうじゃ。だから電探を持たせれば、対空なら三百キロ先でも感じ取るし、水上なら二百キロ離れた敵でも正確に測定できる。その限界値は未だに本人でもわからんそうじゃ。上がり続けておるとな」

「恐ろしい戦艦ですね」

「頼もしい戦艦じゃよ」

 

その気になれば二百キロ手前から硫黄島の情勢も掴めるということか。こんな艦娘がいたとは、今まで情報がなかったことを不思議に思う。知らなかった。

奪還作戦では大いに働いてもらうことになりそうだ。

 

鉄砲飴を取り出して口に含む。

 

照明を絞った司令室は、モニターの明かりだけがぼうっと室内を照らしている。

こうすることでよく見えるからだ。モニター上に見落としもなく、的確に指揮が執れる。

 

だがしかし何というか、この暗さは手元で作業をする分には不便だな。

鉄砲飴を取り出しにくい。

 

懐へとしまい、机の上の時計に目をやる。

時間だ。

 

「無線封鎖をかけます」

「うむ」

 

これは敵を騙す作戦である。つまり情報が漏れれば全て終わり。

 

防空網が沿岸にないことを隠し通すために、わざわざ都市の電気を落としてまで隠蔽した。東京および神奈川の町は一部の主要施設を覗いて現在停電中、明かりを完全に奪っている。

 

海軍の特別指令で政府が動いた結果なのだが、ここまでして、もしこの作戦が失敗したらただでは済まないことになる。

 

例え都市の爆撃被害が軽かったとしてもだ。それほどに都市を停電させることは経済機構にもリスクを負わせる。

 

…………しかし他に方法は無かっただろうな。沿岸で防空戦をしても意味がないし、隠すなら明かりは消す必要がある。

この天候だからこそ、探照灯であっても欺くことが可能なのだ。使えるものは天気でも使う。用いる手段は最善を尽くす。

 

「全艦に通達。無線封鎖を実行する。これより以後は暗号文を用いた打電のみを使用する」

『大和、了解です』

『摩耶、あぁそれと軽巡の連中も了解だとよ』

『睦月の艦隊、了解です!』

 

実行。

 

同時にモニターを見る。

 

風雨で映像がやや揺れているが、相変わらず鮮明な航空画像で三つの防空網を映し出してくれている。

これだけハッキリ映るのだから偵察に使っても良さそうだが、なぜか艦娘がいるところまでしか飛ばせないのだ。

 

六十年以上前、私を救ってくれたあの指揮官が導入した制度だが、あの頃使用していた無人航空機とは違うテクノロジーが使われている。

艦娘の装備と同じ技術、すなわち妖精が絡んでいる。

 

世の中には私の理解出来ないものが山ほどあるな。

いや理解出来ないことの方が多いのかもしれん。

 

――――トゥーツツー、トートーツツ、トーツー――――

 

「来たようじゃな」

「睦月からの打電です。〝ワレ、テッキハッケンセリ〟…………始まりましたね」

 

モニターの中で、駆逐艦娘たちが探照灯を一斉に起動した。

 

 

――――○――――

 

 

濃い水のにおいと、鼻孔をツンと叩く潮の香りが、激しく混ざり合っている。

大雨と強風が容赦なく体にぶつかってくるが、しかし睦月は少しもそんな事は気にかけていなかった。

 

風が激しく吹いているのになぜか海面が荒れていない。戦闘を意味する海域では、今まで何度も見てきた現象だ。

不気味ではあるが走りやすいので、願ったり叶ったりだろう。

 

隣を行く如月に向かって、満面の笑みを投げながら話しかける。

 

「いししッ! なんだか楽しいね如月ちゃん!」

「どうしたの急に? 頭ぶつけた?」

「ひどい! ぶつける場所なんてどこにもないよ!?」

「急に変な笑い方するからぁ……でも、楽しいって気持ちはわかるわねぇ」

「でしょでしょ! なんだか、テンションがこうふわぁーって!」

「それ抜けちゃってるから引き締めた方がいいわねぇ…………来たわ」

 

言われ、対空電探に反応が出たことに気付く。

無線封鎖された直後だった。急いで打電を打ち、探照灯を起動する。

 

バシャッ! と小気味良い音と共に光の道が上空に走る。

 

横殴りの雨が光線に反射し、通常の夜間に灯したときよりもハッキリと空間を照らし出す。

 

「今って、朝の十時ぐらいだよね如月ちゃん」

「そうね。暗いわよね。私も思ってたけど、でも台風の日ってこんな感じでしょう?」

「そうかなぁ…………うん、そうかも。おかげでよく照らせるしね」

 

光の先。もう目視できる距離に、敵の航空機と思われる機体が見えていた。まだ対空砲の射程じゃない。もっと引きつける必要がある。

 

雨が海面を叩いている。ざぁざぁという雨音と一緒に、お腹の底から響いてくる低い音が、徐々に近づくのがハッキリと分かった。

 

敵の爆撃機の音だ。虫のような音とも取れるし、雨に交じるとまるで土砂降りの中でギターを弾いてるようにも聞こえる。

そんな人見たこと無いけれど。

 

「あの音聞くと、背筋がゾクゾクしてくるわねぇ」

「うれしいの?」

「そんなわけないでしょぉ」

 

如月は笑顔で対空砲弾を給弾した。ガシャ、ジャコンという音が周囲の駆逐艦からも聞こえてくる。

自分の分も準備万端だ。あとは狙いを付けて引き金を引く。それだけだ。

 

探照灯の明かりを左右に振りながら、あたかも動揺しているかのように光の道筋をばらけさせる。

作戦の一つだ。こうすることでここが沿岸だと勘違いさせる。

 

てんでバラバラに交錯する八本の光線は、しかしそう見えているだけであって、実は敵の全容を掴もうと正確に編隊を照らしていた。

よく見る黒い艦載機。たぶんアレが、ネルソン提督の言う爆撃機だろう。

 

「多いわねぇ。百機なんてたいしたことないと思ってたけど、やっぱ低空だと身に来るものがあるわ」

「あれ全部爆撃機かな」

「護衛機もいるでしょう。でもこちらは空母を使わないし、そっちの方は無視しても構わないわぁ」

「だね」

 

砲を上空に構える。

あと少し。もう少し。もうちょっと。もう――――入った!

 

「てえぇーいっ!!」

「やだぁ、髪が傷んじゃ……って、今は関係ないわねぇ!!」

 

七隻の駆逐艦から一斉に砲火が放たれた。

雨音に交じって湿ったような轟雷が響き、敵航空隊の最前列にぶち当る。

 

ガァンッ、と鈍い金属同士がぶつかる音。探照灯に照らされていない箇所でも分かるくらい、炎が明るく燃え上がった。

空中で敵機が爆散する。

 

「こういうの、〝きたねぇ花火が上がったぜぇ~にししし!〟っていうのかな? 如月ちゃん!」

「だまって撃ちなさぁい」

「はーい」

 

続けて装弾、発射。装弾、発射。

次から次へと沸いて出てくる敵機に向けて、正確に狙いを付けて引き金を引く。

 

雨と風で弾道はズレる。しかし密度が濃いためか、少々ずれても狙った標的のとなりに当たる。適当に撃っては当たらないだろうが、そう神経質にはならなくて良さそうだ。

 

陽炎と不知火も同じだった。

 

「不知火! 右八十度!」

「わかっています。左の四十度、さらに上を頼みますよ」

「了解!」

 

同時に撃つ。見事に探照灯の先で敵機が火を噴いた。しばらくしたら堕ちるだろう。

かつては同じ部隊に勤め、今では別々の鎮守府の秘書艦となっている二人だったが、その意気が乱れることは決してなかった。

 

「雪風は沈みません! 堕ちるのは……ん? あれ、飛行機って堕ちるであってましたっけ?」

 

雪風はアサルトライフルのように改造した対空機銃を構え、特に狙いは付けずに弾をばらまきながら呟いた。

狙わなくても弾が機体に吸い込まれていく。

 

「あっていますよ」

「そっか、ありがと不知火!!」

「二人ともしゃべっている暇があったらドンドン撃って!」

「しゃべりながら撃っています」

「しゃべりながら墜としてますっ!」

 

頭上に黒い集団が到達した。

重苦しい音と耳障りな虫の羽音が耳を叩く。

 

近づいた機体を逃すことなく撃っていたが、上空の比較的高い位置を飛ぶものは大半を逃してしまっていた。

 

睦月、陽炎たちからやや離れたところに配置している二人は、

 

「うーちゃんあんまり撃ててなかったぴょん」

「そんなことは……たまたま位置が悪かっただけ」

 

あまり爆撃機は飛んでいなかった。それでも、射程に入ったものは卯月と弥生の二人で全てを撃ち落としていた。

 

「……向こうはまだ続いてるみたい」

「だね。まぁ今から行ってもしょうがないぴょん! ここの辺りは片付いたみたいだし、逃した機体は軽巡と重巡の人達が頑張ってくれるぴょん!」

「うん」

 

卯月は睦月の姿を捕らえていた。少し遠くで探照灯をせわしなく動かしながら、対空砲の発射炎をちらちらと瞬かせている。

しばらくして、その方向の発射炎もまばらになり、とうとう砲撃の音は静まった。

 

海面を雨が叩く音だけが、辺りには満ちていた。それ以外には自分の背負う艤装の機械音しか聞こえない。

 

睦月の耳にも、もう虫の羽音は聞こえてこない。

 

「行っちゃったかな」

「そのようねぇ」

 

飛び去った方角の上空を睨み付ける。姿はもう見えなかった。あるのは、横っ飛びにふく大粒の雨と、不気味な平たい海面だけ。

 

黒い集団はものの数分で飛び去った。作戦通り、第一防空網に爆弾は一発も投下されていない。たぶんうまくいっている。

 

そして。

 

「あれ、もう終わったの…………?」

 

島風は一発も撃つことなく。自慢の快速で誰よりも探照灯による偽装工作に従事していた。

 

 

 

 

司令室。

 

イスに座りながら私は、妙な感覚を持っていた。

 

――――手応えがある。

 

僅かだが、今までの防空戦と比べると違いがあるように感じられた。

なんというか、敵の戦力を確実に削っているような、何かをがりがりと減らせたような。

 

正体は分からないが、この今までにない手応えは好調の兆しと見ていいだろう。作戦云々よりも規模が大きな話のような気もするが、とりあえず今のところ順調である。

 

第一防空網にて敵戦力の二十パーセントを削ぐことが出来た。

ここまでの戦果は予想していない。期待以上の大成果だ。

 

「ここからですね」

「そうじゃな。軽巡、重巡の第二防空網で戦力の四分の三を削る……じゃな?」

「はい。出来ないことではありませんよ、彼女たちなら」

 

利根と筑摩は成長している。あれから大きく練度が上がった。

摩耶と鳥海も頼もしい。防空において右に出るものはいないだろう。

 

心配なのは彼女たちの被害の方だ。

 

回避運動がまともに取られなければ、陸地攻撃用の爆弾をもろに被ることになる。

彼女たちに耐えられるダメージではないだろう。その意味では、隠れながら撃墜した方が身のためではあるのだが。

 

まぁ大半は海に落ちる、ここまで来れば。

つまり爆弾を海に落としてから、爆撃地点が陸地でないと気付いたときにはもう遅い。

進んだところで戦艦の対空砲火が牙をむくし、そもそも撤退してくれる可能性も考えている。

 

奴らがどんな頭を持っているか分からないが、戦力の八十パーセント近い喪失を生むことは、紛れもなく作戦の失敗を表す。

バカか、奥の手がない限り、奴らはこっちまで向かわない。

 

どちらにせよそこまで事が運べば、敵の隠し手がない限り、私達の勝利は確実だ。

 

 

 

 

「来たわね」

 

五十鈴は対空電探から、もうすぐそこまで敵が来ていることを感知した。

 

空を見上げる。

 

大粒の雨が顔を叩き、目を細めなければ水滴が入ってしまう。

 

だがその水滴が、緊張で熱を帯びた頭を冷ましてくれる。

落ち着くなぁと思ったとき、

 

「前髪が崩れちゃう……」

 

溜息混じりの声が聞こえた。

 

「そんな事気にしてたら戦えないわよ」

「そうだけど……うぅ……」

 

ベージュと黒のセーラー服に身を包んだ阿武隈は、うっとうしそうな顔で降ってくる雨から前髪を守っていた。

しかし既にずぶ濡れなので、あまり意味を成してはいない。

おでこに張り付いたその様は、鏡を見せると本人は嫌がりそうだったが、五十鈴にとっては別におかしな髪型ではなかった。

 

改二となっている二人の装備は、素人が見ると特殊部隊のそれを思わせた。

限りなく銃器に近く、事実銃器のようにしてこの対空機銃は扱うのだけれども。

そこいらの銃と一緒にされては困る。これは私達艦娘にしか扱えない特別な装備だ。

 

「雪風、ちゃんと使えたかな?」

 

阿武隈はなおも前髪をいじりながら、しかし心配そうに五十鈴へと尋ねた。

五十鈴所有の対空機銃を一つ貸してあげたからだ。

 

「あの子は何でも出来るわよ。最悪、主砲を撃ったって当たるかもしれないんだから」

「あぁ……わかる、それ」

 

だから心配はしていない。

 

敵機の集団が視界の端に入ってきた。

 

「――――阿武隈、仕事よ」

「わかってる」

 

薬室に一発目を給弾する。

 

暗い空には、もう目視できる距離に爆撃機が迫っていた。

 

照準を合わす。

 

五十鈴は肩にぴったりと銃床を付け、頬当てを固定して狙いつける。

阿武隈は両手に持った拳銃型の高角砲を、肘をのばしてピンと構える。

 

アサルトライフル型と二丁拳銃型。これでは確かにエージェントだ。

 

「ふふふ……二丁拳銃のエージェントだなんて、格好いいわね」

「五十鈴おねぇちゃん?」

「何でもないわよ。――――掃射」

 

ガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!

 

静かな号令と共に、二人の持つ三機の対空砲は、激しく銃火を瞬かせた。

 

 

「始まったみてぇだな」

「そのようですね」

 

軽巡の四人よりやや後方にいた摩耶と鳥海は、手元の対空砲に弾を込めつつ、油断無く空を睨み付けていた。

視界の端で五十鈴と阿武隈が撃っているのが見えた。対空機銃のチカチカとした発射炎、一定のリズムで撃ち出される弾の音が、それなりに距離があるはずだが、ここまでしっかり届いていた。

 

敵の集団、最前列が火を噴いている。

 

「いたぜ、あれだ。だいぶ数が減ってるみてぇだ」

「駆逐艦の子達が頑張ったんでしょう」

「負けてらんねぇな!」

「そのとおりです!」

 

構える。同時に機関始動、第一戦速で敵集団を横切る形に移動する。

 

「防空重巡洋艦、摩耶様のお出ましだぁッ!! こっから先は行かせねぇぞ!!!」

「鳥海、これより防空戦に入ります!! 対空砲用意!」

 

五十鈴、阿武隈を通り越した爆撃機が、高度を下げてこちらに迫る。

 

――――バカめ。てめぇらの狙う先はただの海だ!

 

「落ちやがれ、発射!」

「よーく狙って、てーッ!!」

 

轟音。火薬のにおいが雨に紛れて鼻孔をくすぐる。

弾に当たった爆撃機は瞬く間に炎上し、そのまま手前の方へ落ちていった。海面で炎が揺れている。

 

だがまだいる。後続の奴が同じようにこちらめがけて突っ込んできた。

ブゥゥゥンンンンと音程がだんだん低くなりながら、気に障る音をまき散らして降りてくる。

 

陸地の高射砲か何かと勘違いしているのだろうか。

高度を落としてくる爆撃機は、腹に抱えた爆弾を落とすべく、一気にこちらへ接近する。

 

「鳥海! 狙われてるぞ!!」

「わかっています、反転しながら撃って下さい!」

「了解だ!!」

 

叫びながらぴたりと照準する。息を素早く吸い、止める。

 

「フッ!」

 

肺に溜めた空気を鋭く吐きながら、引き金を引く。同時に足下は反転。ほぼ百八十度の回頭をする。

重巡洋艦らしからぬ動き方だったが、ようはバスケットボールをするようなイメージだ。出来ないことはない。

 

弾は当たった。だがまだ落とせない。とどめがいるがこちらの砲はもう弾が入っていない。

再装填が必要。

 

「鳥海! とどめを刺してく――――」

 

目線だけで鳥海のいた方を見る。

 

だが目に入ったのは、二機の爆撃機が鳥海めがけて爆弾を落とした直後だった。

 

マズイ。あたしの対空砲には弾が装填されていない。

今から入れ直したんじゃ間に合わないぞ。

 

「鳥海、逃げろ!!」

「くッ!」

 

鳥海は爆弾めがけて発砲した。時限信管の対空砲弾が上手い具合に当たり、一つは空中で爆発した。

 

あと一つ。だが今ので鳥海の対空砲も弾切れだ。再装填しなければ撃てない。

 

「ちっくしょう! 避けろ鳥海!!」

 

叫ぶ。彼女はとっくに回避行動を取っているが、間に合わない。

 

突然、背後で爆発音がした。熱い風が背中を襲ってくる。首だけを動かして振り返ると、自分の目を疑った。

さっきとどめを刺し損なった機体が見事に空中で爆散していた。

 

「鳥海さん伏せて!」

 

続けざまに高い叫びがあがる。数瞬遅れて、鳥海をめがけていた空中の爆弾が、対空機銃の弾幕に射貫かれた。

熱風が容赦なく頬をなめる。目を細め、誰が助けてくれたのかその姿を確認した。

 

後ろに矢矧、前に長良の姿がある。なぜここに?

いや…………そうか。敵がこっちに集中してきたから、加勢に来てくれたのか。

 

「鳥海さん、ケガは!?」

「ありません。ありがとう」

 

長良は鳥海の様子を心配し、問題ないことを確かめるとすぐさま上空の敵に向かって発砲し始めた。それに鳥海も続いていく。

 

摩耶は振り返り、移動しながら矢矧に近づいた。

 

「借りを作っちまったな」

「いえ、当然の手助けです。頑張りましょう」

 

お互いに頷く。まだまだ敵の勢力は目標値まで削れていない。

 

矢矧は艤装を上空へ、摩耶も再装填して対空砲を上に向ける。

 

辺りでは火柱と水柱がせわしなく立ち上っていた。

金属の焦げるにおい、硝煙の漂う香り、海水と雨粒が蒸発して出来た水煙。

 

むせ返りそうになりながらも、いまだに被害はゼロである事を摩耶は心からありがたく思った。

さっきは危なかった。もうあんな目には遭いたくない。

 

 

「向こうはちょっと危なかったようじゃな」

「そのようですが、こちらもあまりのんびりはしていられませんよ」

 

利根と筑摩も爆炎に晒されていた。

 

墜とした機体が海面に浮かび、そこに爆弾が当たって激しく燃える。さながら陸地を爆撃しているようにも見えるだろうが、海面に近いこちらとしては熱くて熱くてかなわない。

薄暗い空間をオレンジ色に照らしてくれるので、足下はよく見えるのだが。

 

「汗が噴き出るぞ、筑摩」

「どうせこの雨ですから汗も水も変わりませんよ」

「そりゃそうじゃが……」

 

口を動かしながらも、右へ左へ操舵する。その都度上空へ対空砲を向け、目に掛かる爆撃機を片っ端から攻撃する。

 

「いっそ雷とかで堕ちてくれんかのぉ、連中。うっとうし過ぎるぞ」

「深海棲艦が雷程度でやられるなら、自衛隊の皆さんがとっくの昔に消しています」

「まぁそれもそうか。しかし我々だけで片付けるというのもやはり……んん!! 筑摩、弾切れじゃ!」

「援護します!」

 

艤装に次弾を装填する。その間にも上から爆弾が降ってくるので、筑摩に援護して貰いつつやることを済ませてとっとと加勢する。

 

「世話かけるの」

「いつものことです。……あ、今度は私です。頼みますね」

「任せておけ!」

 

撃ち、装填し、撃っては再び装填する。

 

墜としていくその一機ごとに、今までにはなかった手応えを感じていた。

 

「なんか、敵を倒しとるって感じがするのう。そう思わんか筑摩?」

「同感ですよ。ふふふ…………不思議ですね」

 

激しい爆音と熱風の中、汗だくになりながら二人の重巡は敵機を墜とし続けていた。

 

 

二十分後。

 

敵はありったけの爆弾を落とし、目標地点をさらに奥、つまり沿岸部へと変更したように高度を上げて飛び去っていった。

 

短いようではあるが一秒たりとも気を抜くことが許されなかった。

激しい戦闘に、五十鈴はそこそこ疲労、隣の阿武隈も、膝に手を突いて荒い息を整えている。

 

その顔にはススがつき、艤装の一部と黒いセーラー服の三分の一が焦げおちていた。

 

「阿武隈、ケガは?」

「中破かな。体の方は大丈夫。艤装は……ちょっと激しくいっちゃったかも」

「帰ったら直せるわよ。私もちょっと貰っちゃったし」

 

自分の姿も見る。対空機銃は壊され、艤装も半分がオシャカになっていた。

ちょっと……ではないだろう。思いっきり中破だ。

 

辺りを見回す。

 

海面には燃えさかる敵の機体が散乱しており、辺りを明るくオレンジ色に照らしている。

 

敵は去った。元の戦力から考えて、百三機のうち八十機は墜としただろう。

目標達成だ。残りは戦艦の三人がやってくれる。

 

「うまくいってよかったね」

「そうね。まぁほんとは全滅させたかったんだけど、結構手強かったし上等かしら」

「もう…………素直じゃないんだから」

「いいのよこれくらいで。ちょうど良いの」

「なにが?」

「なんでもないわ」

 

自分に厳しく誇りを持って。

そうしていれば、間違えることはないだろう。

 

五十鈴は戦闘終了の打電を打ち、重巡四人と矢矧、長良が集まっている所までゆっくりと進んでいった。

 

 

「敵はもう気付いているな」

 

腕組みをしたまま長門は呟いた。隣に立つ大和もそれに頷く。

 

「残る数は二十機です。みなさんだいぶ頑張ってくれたようですね」

「あぁ、期待以上だ。すばらしい。それで……敵の動向は?」

「高度を上げたのでこちらの作戦内容には明らかに気付いています。撤退も、しないようですね」

「あれだけ墜とされたら来ても意味がないだろうに。何を考えているんだ?」

「わかりませんね」

 

大和は首をゆっくりと横に振っている。

その様子を黙って眺めていた陸奥は、二人の少し後ろから落ち着いた声で口を開いた。

 

「でも、敵の機体の種類までは特定できないのでしょう?」

「はい。私の対空電探でも、そこまでは難しいです」

「だったら、例えば今までにないような強力な機体で編成されているとか…………」

 

少し考え、大和は陸奥に振り返って呟いた。

 

「…………あるかもしれませんね」

 

妹の心配に長門も納得する。確かにあり得ることなのだ。

自分の対空電探に出ている敵編隊の方角を睨みながら、ではどんな可能性があるだろうかと考えた。

 

強力な機体。例えば二十機であっても東京の町を火の海に変えられるような、超重爆撃機か。

 

現代兵器でもあるまいし、そんな事はないと思う。仮に爆撃機ならば。

 

そう――――

 

「…………いずれにしても、爆撃機ならば我々で撃ち落とせる」

 

その言葉に陸奥も大和も頷くが、三人の胸につかえた不安の雲が晴れることはなかった。

 

 

 

 

 


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