艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第十四話 俺の召喚Ⅱ

白い世界に、一人の人間と一匹の妖精が座っていた。

人間は俺。妖精は妖精。

 

『わたしが入ると言うことは、君も艦娘になると言うことだ』

 

艦娘になる。

 

そう言われてもよくわからない。俺はこの目で、時雨お姉さんや扶桑さんが戦っているところを直接見ているわけじゃない。

 

「俺が艦娘になって、どうするの?」

『戦うかどうかは君が決める。戦う力は、たぶんあると思う』

「たぶんって…………もし戦うとしたら、俺はどうなるのかな」

『ネルソン提督の指揮下に入って、時雨や扶桑と海に出るんだよ。深海棲艦と命がけの戦いをする』

「…………それが俺の使命?」

 

妖精は困った顔になる。小さな眉を傾ける。

 

『おそらくだけど違うと思う。君の妖精がなんの妖精なのかがわからない限り、その意図は汲み取れない』

「艦娘になってしまったから、本当にやらなきゃいけないことが出来なくなったりはしないのかな」

『艦娘になること自体に問題はないと思う。と言うか、わたしが頭に入るだけであって完全に艦娘になるわけではないからね』

「え……っと、どういう意味?」

『艦娘には妖精が〝宿って〟いるでしょう。ただの人間が、その数を増やすと言うことはそれだけで艦娘に近い存在になる。でも君は残念ながら男の子だから艦娘にはなれない。限りなく、それこそネルソン提督よりも艦娘に近い存在にはなるけどね』

 

艦娘に近い存在。つまりこの妖精が俺の頭に入ることで、俺はもしかすると艦娘と同等か、あるいはちょっと下の位置的存在になる。で、戦おうと思えば戦う選択もあると言うことか。

 

要するに艦娘みたいになるわけだ。俺の命と、俺の妖精を助ける代償に。

 

戦争に参加することに恐怖を感じないわけじゃない。むしろ怖い。

でも今の話からしてみれば、別に無理に戦わなくても良いという。

あくまで選択肢の一つ。どうするかは自分で決められる。

 

デメリットらしいものが見つからない。少なくとも今の話からは、全て俺に都合が良い。良すぎるぐらいに感じてしまう。

 

何か悪いことがあるんじゃないかと警戒するべきかもしれない。けれども他に方法が無いのもやっぱり変わらないことだろう。

 

断るというか、選ばない理由は微塵もない。

 

「それでお願い。俺と、俺の妖精を助けて欲しい」

『わかった。とりあえず君の頭の中の妖精とコンタクトを取るよ。事情を説明して、わたしと力を合わせて君を召喚しきる』

「ありがとう。その、よろしくお願いします」

 

妖精が立ち上がった。俺も立つ。

 

『…………』

 

ふと、妖精の表情が柔らかな笑みに変わっていた。

人形のような相貌に似合わず、哀愁というか、郷愁というか、なんだか似合わない面持ちをする。

 

「何でそんなのび太みたいな顔してるの」

『誰がのび太だ…………ちょっと久しぶりだなと思っただけさ』

 

妖精が背中を見せる。小さな背中は、やはりどこか影がある。

 

『久しぶりに仕事が出来る。ずっと倉庫の奥で眠ってただけだからね』

「え、使われなかったの?」

『十二㎝単装砲なんてもう誰も使わないよ。このまま解体されて資材にされると思ってた。…………ありがとね、少年。これでわたしも退屈しない』

 

妖精は光の粒になって、やがて目の前から消えていった。

 

 

………………え、ちょっと待って俺は? 置いて行かれたの?

 

 

 

――――○――――

 

 

「どうだ、女神」

『何度やってもダメだね。完全に閉じきって全く心に入れない』

 

私は一つ溜息をつき、椅子の背もたれに身を預けた。静かな部屋に、僅かにきしむ音が鳴る。

 

ここは私の部屋だ。いつも寝ているベッドには、先程意識を失った少年がすやすやと寝息を立てている。

 

ベットと机とただの椅子。たったそれだけの簡素な部屋は、私がここに寝るためだけしか帰ってこないからという理由がある。

 

私の個人的な嗜好品は執務室に置いてある。

ここにはおおよそ生活品というものはそろっていない。

 

でも寝る分には充分だ。少年が気持ちよさそうに寝ているのも、その証拠の一つである。

 

机の上のスタンド電気だけが柔らかく光っており、部屋の隅の方は薄い闇をたたえている。

 

「…………」

 

静かに立ち上がり、そっと少年の元に寄る。革靴が木造の床をこつこつと鳴らす。

 

起こさないように、でもよっぽどのことがないと起きないだろうとも思うので、それほど気を張り詰めてはいない。

 

光にぼうっと照らされた幼い顔を覗き込む。

 

長めの黒髪。

幼い顔立ち。

きめの細かい柔らかな肌。

 

どこからどう見ても幼児と児童の間に見えるその容姿は、しかし中身は15歳だという。

 

普通の人間ならば信じないだろう。いや、私以外の人間ならか。

 

艦娘が私に感じていた事が、今の私にはハッキリとわかる。

 

彼は私と同じだ。一目見たときからそう感じた。

 

頭に妖精が宿っており、艦娘に艦娘だと間違われてしまうような、そんな不思議な存在である。

 

でも少年は何もわかっていなかった。と言うか覚えていなかった。

何が起きているのかと私も女神も考えた。

 

女神にいたっては、彼の妖精と会合すべく何度も心に入ろうとしたという。

 

でもできなかった。今もなにも出来ないらしい。

 

「一体何がどうなっているのだろうな」

 

胸騒ぎがする。悪い知らせではないと思うが、何か起きてしまうような気がする。

 

『少年の意識が消えているのは、先ず間違いなくあの場所に呼んでいるからだろう』

「白いところか? 少年の妖精が呼んだのか」

『いや、そうではなさそうだ』

「じゃあだれが」

『十二㎝単装砲の妖精だろう』

 

何となくそんな感じはした。

 

あの後。

 

少年は急に意識を失い、時雨がぶら下げていた妖精も光の粒になって消えていった。

時雨と扶桑は慌てたが、まずは出来ることからしようと少年をここに運び込んだ。

 

その時点で女神が、少年の存在に何かしらの危機が迫っていることを感知したが、私の中に宿った身では出来ることが限られるらしい。

少年の命に関わることだったが、別の妖精の反応もあったためひとまずそいつに任せたそうだ。

その妖精と言うのが、十二㎝単装砲のあいつだろう。

根も葉もない罵声を浴びせ、少年を泣かせたあの妖精だ。時雨が珍しく怒っていた。

 

そして数十分がたって今に至る。

 

少年の呼吸は安定している。消えてしまいそうな気配もない。

相変わらず女神には何も出来ないようだったが、少しだけ少年の存在が安定を取り戻したと言っている。

 

一体どういうやりとりをしているのか理解の範疇を超えているが、いちいちそんなものを知る必要は無い。

 

それよりも、少年を心配する理由は何なのだろうと、ふと考えたが答えはすぐ出た。

 

私と同じ存在だからだ。

この世界で私にはやることがある。それは恩を返すことだが、返す相手はもういない。

 

彼は、指揮官は、少し前に亡くなった。幸せそうに笑いながら、ベットの上で逝ってしまった。老衰だから仕方がないが。

 

だが私のすることは変わらない。海域を開放することは私の義務だ。この世界に私が生きる、なにより大きな目的だ。

 

そんな私と同じ存在。そうであるなら、この少年は私のように何か義務を持つかもしれない。あるいはもう持っているのか。

 

それが私と相反することか、それとも助長し助け合えることか。

わからないが私は確かめる必要がある。

 

少年がこの世界に来た意味を、知ってみたいと思うのだ。

 

少年の頭をそっと撫で、静かに再びイスに座る。

 

「女神」

『なんだい』

「お前はどう思う」

『昨日から何度も、そればかりだね。わたしは変わらずこの子がどういうものなのか計りかねてるよ』

「お前が私にしたことと同じ事なんじゃないのかね」

『そうかもしれないし、違うかもしれない』

「でも異世界から呼んだ存在なのは事実だろう」

『そうだね』

「…………不毛な考えはやめた方が良いか。いくら私が考えても、状況が変わる事はないからな」

『考える事と、それに対策を練ることは大切だっていつも言ってるじゃないか君が』

「そのとおりだがこれはわけが違う。異世界だとか、存在理由だとか、私の理解を超えている。大体お前にわからない事を考えてもしょうがないのはいつものことだ」

『海域のこと?』

「そうだ」

 

机の上を何となく見つめる。海域のことは、六十年たっても未だに解決していない。

この少年が、万が一にでも――――

 

「ん?」

 

ふと、何か気配がした。

後ろを振り返る。しかしそこには何もいない。

 

『…………ネルソン』

「あぁ」

 

女神も気配に気付いている。だがこの感じ…………どこか人とは違うような気がする。

 

直後、少年のベットがもぞもぞと動いた。腹の辺りがもぞもぞと。

 

私は立ち上がり、息を殺してそこに近づく。掛け布団を左手で掴み、

 

「ッ!」

 

一気に引っぺがす。そこには、

 

『わわ、ぶたないでね!』

 

――――――――今まで見たことのない、奇妙な妖精がひっついていた。掛け布団の方に。

 

 

 

 

一言で言って、魔女のようだ。

 

紺色の布地にフリルと星柄のとんがり帽子。長い髪はゴーヤのようなピンク色で、上の方で二つにくくっている。結び目には紫のぼんぼんが。

服装も、白と黒のセーラー服を改造したようなものを身につけている。

 

「妖精…………なのか?」

『そうだろう』

 

女神も具現化した。久しぶりに見るな、このはっぴ姿。まさに大工そのものだ。

 

『ここ………どこですね?』

『私の宿り主の鎮守府だ』

 

ピンク髪の妖精は喋り方がおかしい。フレンダの日本語がへたくそだった頃を思い出す。

 

『そっか……じゃあわたし、助かってるね! ありがとなのね!』

 

ピンク髪の妖精は嬉しそうに飛び跳ねる。いったいこいつは何者なのだ。

 

「喜んでいるところ申し訳ないが、軍の施設に不法侵入したお前を見逃すわけにはいかない。これからの質問に嘘偽りなく答えろ」

『返答次第ではぶっ殺す。ネルソンが』

「そんな事はしないけどな」

 

凄みをきかせた女神が怖かったのか、飛び跳ねていた妖精は大人しくなった。仰向けで寝る少年の腹の上に正座する。

少年はこれだけあっても起きないので、よほど深い眠りだろう。たぶん当分は起きないな。

 

「お前は何者だ」

『妖精ね! その……名前はよくわからないけど、ぐるぐる回すのが仕事なのね!』

「ぐるぐる回す?」

 

何のことだろうか。妖精が憑くと言うことは艦娘の艤装か装備だろう。回すような装備というと…………タービンか?

考えていると女神が聞いた。

 

『お前、何の妖精だ?』

『だから名前はわからないのね!』

 

自分の装備の名前がわからないとは、こいつ大丈夫か。

 

『なぜここにいる』

『この子を召喚しようとして、力が足りずに危なかったのね!』

 

妖精が少年をちらりと見る。

力が足りずに危なかった? つまり、少年を召喚しようとした張本人がこいつと言うことか。

 

『力が足りずにどうやって召喚しきったんだ』

『手助けしてくれた子がいたのね! 茶髪で、ポニーテールで、何か影が薄そうな子ね!』

「十二㎝単装砲の妖精のことか」

 

影が薄いとか助けて貰ったのに失礼な奴だな。まぁ確かに薄いけれども。

 

しかし妙だな。本当にこいつが少年を召喚しようとしていたなら、なぜ少年は目を覚まさない。

 

…………あ、いや、もしかしてまだ、十二㎝単装砲の妖精と話をしてるのか。だったらまだ目覚めないか。

 

『何が目的で、お前は少年を召喚したんだ?』

 

女神がいきなり核心を突く質問をした。妖精のその答え次第では、少年の今後の取り扱いが変わってくる。

敵か、味方か?

 

妖精は先程までのウキウキした表情とはうって変わって、真面目で、沈痛な面持ちになった。

正座した上にのせた手を、きゅっと握りしめてこちらを見上げる。

 

『…………戦争を、終わらせて欲しいのね』

 

同盟成立。仲良くしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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