艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第十二話 私の転生Ⅸ

三十年間容姿の変わらない女がいる。

 

それだけで充分に怪しかった。

鎮守府から異動した艦娘が情報をもらしてしまったのかとも思ったが、そもそも隠した方が良いことを提案してきたのは艦娘たちだ。

 

彼女たち全員の口が堅かったかと言えば首を傾げるよりほかないが、とは言えバレた理由はそれが原因ではないだろう。

 

三十年経っても若々しいまま。

この世界に来た時の見た目年齢が二十代中盤から後半だとしたら、三十年後は五十代だ。

 

私の生前よりも年を食っている。

皺の一つもないようなおばちゃんなどいないだろう。

 

私は本部から審問にかけられた。

 

何者なのか。

どこから来たのか。

何が目的なのか。

この先どうするのか。

 

答えようのない物は答えられなかったが、知っていることは全て話した。

 

嘘偽りなく全てだ。

 

だがまぁ、そう簡単に信じてもらえるわけではない。

そりゃそうだ。

突拍子がなさ過ぎる。

 

本部の連中も大体中身が入れ替わっていて、私がこの世界に来た時にはまだ若かった連中もいただろう。

 

面識がないわけではない。

私の活躍に憧れていた連中も、それなりに偉くはなっていた。

 

私が立てた作戦で動いた奴もいただろう。

手助けをしてやった奴もいた。

少しの間だが、作戦立案に対して教えを説いてやる事もあった。

 

そういった連中だけで人員が構成されていたならば、本部の動きも変わったかもしれない。

 

だが一枚岩の軍事組織なんぞ、この世にはない。

 

私を快く思わない連中もたくさんいる。

憎むとまでは行かないだろうが、老いを見せない、得体の知れない参謀がうなぎ登りで昇進するのだ。

 

嫉妬と憎悪と権力にまみれた人間は、私を簡単に追い詰めた。

 

むろん、指揮官は猛反発して私を庇ってくれていた。

だが一塊の指揮官に過ぎない彼には、いくら階級や功績があろうとも、出来ることに限界が来る。

巨大な権力には勝てなかった。

 

本部は私を、海軍から追い出した。

 

理由はいくらでもつけられた。

正体もわからず、出自も不明。

 

あげく不老などという常識から逸脱した存在を、国防の要に置くことは出来ない、と。

 

その国防に貢献していたのは誰だと問うてやりたかったが、私一人でやっていたわけではないし、彼等の力でなら、私の功績そのものを抹消することも出来るだろう。

 

過去三十年分の私の功績を、指揮官一人のものに移し替えれば済むものだ。

 

階級と軍籍を剥奪され、身元が証明されるまでは、軍に近づくことは許されなくなった。

 

つまり、半永久的に追放だ。

身元の証明など出来るはずもない。

まず出自がないのだから、私にはどうすることも出来なかった。

 

「ちょっとずさんだったんじゃないか、女神」

 

鎮守府を去る一日前。

静かな自室で、真っ昼間からベッドに転がり、私は一人呟いた。

 

『こんな事になるとは思わなかった……ごめん』

「いや、私にも落ち度があるだろう。なにか、もっとこう、早い段階で行動できていたかもしれない」

『だったとしても、先のことを見通せなかったわたしが悪いよ』

「まぁ、違いないな」

 

力なく笑う。

 

やり残したことが多すぎる。

命を救ってくれたお返しに、この鎮守府で、海域を奪還すると決めていたはずだ。

 

恩を返すと。倍にして返すと。

 

倍どころか相当分も返せていない。

海域は未だ一つも開放できずに、ただ、無意味に三十年を過ごしてしまった。

 

あんな訳のわからない状態じゃ仕方が無いとも思えるが、それを研究して、解明して、乗り越える必要があっただろう。

 

それが私には出来なかった。

結局謎は未解決。

先延ばしにした結果がこのザマだ。

 

「これからどうしよっか」

 

誰に聞いたわけでもなく、ただそう言葉が出た。

しかし女神は答えてくれた。

 

『軍部を離れて、一般人として生活するのさ』

「それじゃお前の願いは叶えられないぞ」

『どっちみち今のままじゃ変わらないよ。軍にいても、離れても、戦争が終わることはない』

「……そうだな」

 

私はベッドから起き上がり、姿鏡の前に経つ。

 

「この姿も、見納めか」

 

着古した真っ白の海軍制服。

右の袖はだらりと垂れ、金色のボタンはくすんでいる。

 

三十年間お世話になった制服だ。

正装の黒マントも何度も着た。

右手を隠すために考えられたデザインだが、私はあれが気に入っている。

かっこいいからな。

 

もうこの制服に袖を通すことはない。

何とかして軍部に戻って来られたら、あるいはあり得るかもしれないが、確率は低い。

 

出自の証明は出来ないし、当然偽造するわけにも行かない。

残された可能性は私の能力が必要とされたときだけだろう。

 

限りなく、その可能性はない。

 

私がこの世界に来る前は、私がいなくとも、日本が消滅することはなかった。

 

艦娘がいれば最終防衛戦を守ることは出来るからだ。

私は海域を攻められるが、攻める必要がないのなら、当然私も必要ない。

 

長い間戦えば、国力は疲弊すると思っていたが、全くそんな事もないようだし。

 

日本は島国。

海上輸送が出来なければ、それこそ国家の存亡に関わると思われた。

 

だが実際には、深海棲艦が出て来てから、石油や銅材が各所で取れ、海さえあれば自国で確保してあまりあるほどの現象が起きている。

 

石油を輸入する必要は無い。

食料も、陸路を通って北側から渡す。

距離が短いので楽に持ち込める。

 

技術の進歩こそ無いものの、国が飢え滅びることはない。

深海棲艦の進行をとどめることさえ出来ていれば、国家の存亡は無いに等しい。

 

だからこそ、一般人となっても暮らせるだろうし、仕事があれば金に困ることもない。

 

「……それでいいのか」

 

良いはずはない。

約束した。

この戦いを終わらせると。

 

それは私の義務であり、職務である。

今は無理でも、必ずこの戦争を終わらせる。

 

『そのための不老だしね。殺されない限り、君は不死身だ』

「そうだな。のんびり一般生活を送る間に、海域の研究でもしてみようか」

『時間はたっぷりあるよ。日本語も完璧だから、どこででも働ける』

「どこででもは無理だろう」

 

私は肩をすくめ、そして荷物をまとめに掛かった。

 

とは言え数は少なく、私物はほとんど無いに等しい。

 

思えばこの三十年、ずっと作戦と勉強ばかりだった気がする。

 

別に楽しかったから良いのだが、これからは、もう少し日本の遊びに没頭しても良いのかもしれない。

伝統を学んで、芸術を学んで、遊んでみるのも悪くないな。

 

ふと、古びたノートが取り出された。

 

「あぁ……これか」

 

三十年前、この世界のことを大まかにまとめたノートだった。

ことある事に補足と手書きの絵を書き込んで、それなりにわかりやすくはまとまっている。

 

「ペンは……………っと、あったあった」

 

ノートの後ろの方を開き、空いたスペースに書き込んだ。

 

「〝敵の出没パターンは三十年経っても特定できない。なにかこちらの航行に関して歪みがあるようにも思える〟……っと」

 

思ったこと、わかったことをひたすら書いたノートだが、この文章だけは、ついぞわからなかった事なんだな。

 

いつかわかるようになるといいな。

その時は、海域を開放できるだろう。

 

「んじゃ、挨拶回りに行こうかね」

 

そうして、軍属生活最後の一日は、静かに、幕を閉じなかった。

 

 

 

 

「ネルソン参謀の功績をたたえ、ここに祝福の杯を掲げる! 乾杯!!」

 

指揮官の久々に聞く大声のもと、大ホールに集まった鎮守府所属の全ての艦娘が高らかに叫んだ。

 

「「「「かんぱーい!!!!」」」」

 

時刻は夕方。

 

日が半分ほど沈み、辺りが暗くなり、空が濃い紫色になった頃。

 

仕事を終えた指揮官と全ての艦娘が、数日前から密かに用意していた、私の送別会を開いていた。

 

「指揮官…………ありがとうございます」

 

左目から涙が出る。

嬉しさのあまり感極まってしまった。

こうなったらもう止まらない。

 

いい年した指揮官は照れているのか、目を反らしながら静かに言った。

 

「ずいぶんと世話になったからな」

「お世話になったのは私の方です。命を救って頂き、でも……その恩はお返しできませんでした」

「海域を開放することだけが、その全てではない。君のおかげで得られたものは数えきれんよ」

 

指揮官は小さく笑い、そして小皺の目立つ顔をくしゃりとゆがめ、残念そうな顔をした。

 

「……本部から君を守ろうとしても、出来なかった。私はそっちの方が申し訳なく思う」

「いえいえ。どうしようもありません。いつかはこうなるはずでしたから」

「まぁそうかもしれんがな。せめて……いや、よそう。決まったことを嘆くもんじゃないな」

「そうですよ。死に別れというわけでもありません。ちょくちょく顔は出しに来ます」

「鉄砲飴を抱えて待っていよう」

「ありがたくいただきますね」

 

は、は、は、とにぎやかに笑い、指揮官はどこかへと歩いて行った。

 

その後は、次々と艦娘が話をしに来た。

懐かしい思い出や、これからの生活の話。

どれもこれも、みんな楽しく笑って過ごしていた。

 

送別会、というよりパーティーに近い催しは、様々なイベントが用意されていた。

 

ビンゴゲームやファションショー、艤装を使っての射的大会。

飲めや食えやの大騒ぎで、しかし用意された料理と酒は、どれもとても美味しかった。

 

駆逐艦娘たちと一部の潜水艦娘たちには、まだ酒は早かったのでジュースが用意されていた。

 

空母娘たちが酒で飲み比べを始めると、駆逐艦娘と潜水艦娘がそれを真似し始めた。

 

炭酸ジュースをこれでもかと飲んだゴーヤの腹が、妊婦のようになっていたのには流石に笑った。

 

「苦しいでち……ネルソン参謀、つつかないでぇ……」

「炭酸でやる奴があるか」

 

ゴーヤの顔は苦しそうだったが、幸せそうな顔にも見えた。

しかしスクール水着でその腹はいろいろと思うところがあるな。

 

盛り上がりを見せるパーティー。

各々が存分に楽しみ、存分に飲み、存分に食っている。

 

そんな中、ふと、声をかけられた。

 

「ネルソン」

 

振り向くと、赤色のドレスに身を包んだ、ヲ級が立っていた。

 

そう言えばさっきまでいなかった。

何をしていたのか気になったが、そのまま返事をする。

 

「どうした?」

「話があるから、屋上まで来てほしい」

 

ヲ級は、流暢な日本語でそう言って、静かに去っていった。

 

落ち着いた喋り方と凜とした声。

私と指揮官の声音や喋り方を足して2で割ったような印象を受ける。

 

彼女は成長した。

もう「ヲッ」っとだけ言っていたあの頃の面影はなく、すっかり日本語がしゃべれている。

 

肌も色白の人間と遜色なく、髪も普通に伸びてくる。

今は、私と同じ腰の辺りまで伸ばしている。

 

彼女を深海棲艦だと言っても、もう誰も信じまい。

それほどに彼女はこの三十年間で、人間へと近づいた。

見た目の年齢は全く変わっていないのだが。

 

私は大ホールを出て、階段へと向かった。

 

上がっていき、屋上へと出るドアを開けると、その端の方の柵にもたれ掛かるようにして、ヲ級が海を眺めていた。

 

やや強い風が、首の辺りをなめていった。

私とヲ級の白髪が、月明かりに揺らされた。

隣に立ち、同じようにして柵にもたれ掛かる。

 

「お待たせ」

「いや、そんなに待ってないよ」

 

薄い微笑みを浮かべながら、ヲ級はゆっくりと口を開いた。

 

「明日出るんだよね」

「そうだな」

「……さみしくなるよ」

「私だってそうだろう。これからは、一人で、今までとは違う生き方になる」

「…………」

 

ヲ級は俯いた。いつぞやの、つらそうな、悲しそうな、泣きそうな顔になる。

 

「そんな顔するなよ」

「でも……嫌だな」

「なにが?」

「ネルソンと離ればなれになるの」

 

今生の別れじゃない。

いつもとは言えないが、年に数回は顔が見られる。

そう伝えても、彼女は納得しなかった。

 

月明かりに照らされた彼女の顔は青白く、まるで病弱な少女であるかのようだ。

実際は風邪など引いたこともないが。

 

そんな顔に、何かを決意するような力がこもった。

こちらに振り向き、私の目を見る。

 

「ネルソン。どうして私を連れて行けないの?」

「それは前にも言っただろう。君はこの鎮守府の所属だからだ」

「でも私は軍人じゃない。軍籍があるわけでもないし、所属と言っても籍が置かれている訳じゃない」

「それでも、だめだ」

「どうして?」

「それは…………」

 

言っても良いのだろうか。

彼女は深海棲艦で、私は人間なのだからと。

 

どれだけ人間に近づいても、彼女が深海棲艦であった、否、深海棲艦である事は覆せない。

 

この三十年間で、本部に残る彼女のデータはだいぶ霧散してきてはいる。

彼女よりも、三十年前、ハチが捕らえたもう一体の深海棲艦の方に注目が行ったから。

 

研究体として度外視された彼女は、もしかすると、忘れられているのかもしれない。

本部にはもうデータもない。

資料もない。

うまくいけば、隠し通して彼女を連れ出せるかもしれない。

 

でも指揮官は許さないだろう。

彼女はあくまで深海棲艦。

いくら私がよくっても、世間は彼女を許さない。

 

そうであるなら、指揮官が、許可を出すこともない。

彼はあくまで軍の人間。

この国の守護者だ。

 

それゆえに、連れて行けない。

 

「…………私が、深海棲艦だからでしょ?」

 

ヲ級が、力のこもった目でそう言った。

 

私は非力に頷く事しかできなかった。

思わず彼女から目を反らす。

彼女は私を見つめ続けた。

 

「そんな目で見ないでくれ。私には、どうすることも出来ないんだ」

 

苦し紛れにそうもらす。

事実私にはどうしようもない。

本当は彼女と共に生きていきたい。海域の研究のこともある。

 

彼女から話を聞いても、詳しいことはわからなかった。

でも今まで何の進歩も無かったこの疑問も、あるいは、これから時間をかけて考えればわかってくるかもしれない。

 

彼女自身がそう言ったのだ。

自分たちの住む家をあまりじろじろ観察しないのと同じ事。

時間をかければ何か見つかる、と。

 

研究のことだけではない。

 

楽しかった。

嬉しかった。

 

共に肩を並べて勉学に励むことの出来る友人を持つことが、これほどまでに幸せなこととは思わなかった。

 

最高の相棒で、学友で、親友だ。

ずっと一緒に過ごしたい。

離ればなれにはなりたくない。

 

青臭い考えだと思う。

ばからしい考えだと思う。

でも、それが、私の心を支配していく。

 

もうあきらめはついたはずなのに、それなのに、彼女と離れるのがつらすぎた。

 

いつしかそのつらさは涙となって、左の頬を伝っていた。

 

「ネルソン、泣かないで」

「でも……そう、なんだ……っ……私、だって……」

 

喉の奥がひくつく。

嗚咽が漏れる。

 

こんなにも弱いところが見せられるのも、彼女だけだ。

心から歩み寄れた、ただ一人の、親友。

 

ヲ級が、私よりも頭一つ分小さなヲ級が、やさしく両手を広げて、抱きしめてくれた。

 

「私はネルソンの友達だよ。ずっと一緒。――――ずっと」

 

小さな腕の中で、私は、涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 

 

翌朝。

 

鎮守府の正面ゲート前。

 

時刻は早朝で、もうそろそろ太陽が顔を出す。

辺りは静まりかえっており、まだまだ世界は就寝中だ。

 

朝靄が、ひんやりと肌を冷やしてくる。

初夏の風が時折吹く。

 

私は私服だった。

真っ白なワンピースである。

頭には、つばの広い麦わら帽子を被っている。

 

艦娘が選んでくれたものだ。

良いセンスをしていると思う。

長いスカートの端が柔らかな風で揺れるのは、見ていて気持ちが良い物であった。

 

「…………」

 

正面ゲートには、三人の人間が立っていた。

 

一人は私、ホレーショ・ネルソン。

一人は指揮官。この鎮守府の最高責任者。

そしてもう一人は、

 

「おはよう、ネルソン」

 

ヲ級だった。

 

彼女は、私と色違いの、黒いワンピースに身を包んでいた。

頭にはおそろいの麦わら帽子。

片手には、旅行バック。

 

「どういう、こと…………だ?」

 

理解が出来ない。

指揮官を見る。

彼は肩をすくめながら、そしてヲ級の背中を押し、小さな声で「自己紹介して」とささやいた。

 

ヲ級はやや緊張した面持ちで、しかし凜とした声でハッキリと言った。

 

「私の名前はフレンダ・ネルソン。あなたの妹にして唯一無二の友人です」

 

ニカッ、っと笑った。イタズラっぽい満面の笑み。

 

…………え、いや、待て、妹? 何を言ってるんだこいつは。

 

「どういうことなんだ、指揮官」

「どうもなにも、そのままさ。彼女は戸籍を〝フレンダ・ネルソン〟として、君の戸籍〝ホレーショ・ネルソン〟の妹となるように位置づけた」

「は………え、どうやって?」

「軍部に手を出されないところなら、私にだって権限はある。というかコネだな。昔ちょっと作った借りを、返して貰っただけさ」

 

指揮官はこともなげにそう言うと、小じわをくしゃりと縮めて笑った。

 

私の戸籍は、確かにある。

いろいろ不便だろうからと、この世界に来てしばらくして指揮官が作ってくれた。

 

軍部に提出する正式な出自として使うことは出来なかったが、それでも私が、この国で生きていくためには不自由しない状態になっている。

 

で、そこに、ヲ級の戸籍を無理矢理作ってねじ込んだのか。

 

信じられん。

 

「なんというか、言葉が出て来ません。でも……」

 

私はヲ級――――否、フレンダの方へ向き直った。ゆっくりと近づき、その小さな肢体を抱きしめる。

 

「これで一緒にいられるんだな」

「よろしく〝おねぇちゃん〟」

 

腕の中でフレンダが笑う。

つられて私も笑ってしまった。

 

お姉ちゃんか。そんな呼ばれ方をしたのは生まれて初めてだ。

 

「……あれ、じゃあ、昨日のあれは、演技だったのか?」

「上手に出来てたでしょ。今日のために一芝居打っとこうと思って」

 

顔を上げたフレンダの顔には、無邪気な笑顔が広がっていた。

 

私は肩をすくめながら、その笑顔を浮かべるほっぺたをプスリと指でさしてやった。

騙されたお返しだ。

 

そのまま指揮官の方に向き直って、改めて頭を下げる。

深く、感謝の意を込めて。

 

「指揮官、本当に、ありがとうございます」

「いい。手ぶらでここ(鎮守府)を去らせるわけにはいかんからな」

 

満足げに指揮官は頷いた。

 

彼女はフレンダ。

深海棲艦などではなく、彼女は、ただの、私の妹で私の親友。

私の家族。

 

そう判断して下さった。彼の裁量で、彼の器で、彼の力で。

 

一日や二日で戸籍がどうにかなるとは思えない。

ということは、ずいぶん前からこうすることに決めていたのか。

 

私が鎮守府を去らなければならないと決まったときから、きっと。

 

本格的に恩が返せなくなりそうだ。

感謝してもし切れない。

 

私は再度礼をして、フレンダの旅装に問題がないことを確認して、

 

「今まで、本当に、お世話になりました」

「こちらこそ」

 

敬礼。

 

 

 

 

ゲートを通り、並んで立ち去る二人の女性を見送りながら、指揮官は、

 

「本当に姉妹にしかみえん」

 

静かにそうつぶやいた。

 

真っ黒なワンピースと、真っ白なワンピース。

おそろいの帽子と、おそろいの白髪。

腰の辺りで揺れるその髪は、ほとんど同じ調子で揺り振れていた。

 

指揮官は心の中で呟いた。

ヲ級がネルソンのフレンダ(友達)として、願わくはずっと側にいられるようにと。

 

 

 


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