艦娘でも提督でもない生まれ変わり方   作:奥の手

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第九話 私の転生Ⅵ

司令室には大きなモニターがある。

 

モニターは、リアルタイムで作戦行動中の艦娘を空から映し出している。

無人航空機にカメラを取り付け、戦闘海域でも構わず通信衛星を通して高々度から艦娘や敵の位置情報を視覚化する装置だ。

 

便利なモノであり、これがあるから状況に合わせて指揮を出せる。

 

作戦成功率はグッと上がり、より正確により細かく、戦闘海域の情報が入ってくる。

 

一年ほど前に、私の隣に座る指揮官が取り入れた制度らしく、今はどの鎮守府も導入している技術だそうだ。

 

その功績もあって、彼はこの若さである程度高位の地位に付いている。しかしその地位のわりには、彼の勲章の数は少ない。

 

理由は功績に作戦行動が含まれていないからだ。

彼はあまり作戦がうまくいってないということである。

 

ならば、だ。

 

私が彼の隣に座る限り、彼はこれから戦闘分野でも戦果を上げ、胸の勲章を増やしていくことだろう。

それが私の恩返しであり、この世界で生きる最初の一歩だ。

 

 

 

 

青い海が広がっている。

 

高々度から流れる一面の大海原は、しかしある所を境に唐突と黒みを帯び、その海域の空は厚い雲に覆われている。

 

一目見て、その海域に近づいてはいけない、近づけば生きては帰られない。そう本能的に悟るのがそこである。

 

そんな海域へ向かう艦娘が十人、真横に並んで陣を置き、早くも遅くもない速度で水面に航跡を残していた。

 

黒い海の波は不気味なほどに静かであり、そこを突っ切る十人の艦娘達もまた、不気味なほどに落ち着いていた。

 

いや、落ち着きはただの緊張で、誰も軽口を叩く気になれないのだ。

 

旗艦は金剛。

 

彼女を中心として左右に展開する正規空母、重巡洋艦、両脇を挟むようにして金剛と同型艦の比叡、榛名、霧島が並ぶ。

 

右側に比叡と榛名、左側は霧島だけという、左右非対称な戦力配置であった。

 

「ネルソン参謀の作戦は変わってマース……」

 

沈黙に耐えられず金剛が口を開く。

作戦開始の合図の時は、みんな気合いの入った声で抜錨した。

 

しかし、作戦海域までの道のり。

だんだんと近づくにつれて心中は穏やかなものではなくなっていった。

 

今までにない戦い方。

 

たったそれだけ、しかし戦闘に置いて経験こそが生死を左右するもっともなファクターであるのは、金剛自身が一番わかっているはずだった。

それ故の不安。

 

今更どうこうできるわけではないし、ネルソン参謀のことが信用できないわけでもない。

しかし、一抹の不安はいつまで経っても彼女の心にしがみついていた。

 

ネルソン参謀。

あの人は不思議な人である。

 

潜水艦娘の子が、「所属不明の女性を発見した」と鎮守府に報告に帰ってきたあの日の夜。

 

大急ぎで救助艇と、金剛含む主力艦隊が出撃、程なくして敵の大艦隊と接触し、退けながらも彼女を回収した。

 

伊58はボロボロであったが、敵艦隊の四分の一を黙らせるほどの奮戦をしていた。

 

彼女はこの鎮守府でもトップクラスの実力を持つ。

潜水艦にしてもはや潜水艦のやることがついでであるかのように、毎日クルージングをしては己を鍛えている。正直言ってまねは出来ないだろう。

 

ネルソン参謀は鎮守府に来てから、必死に勉強をしていた。

 

提督曰く、彼女は艦娘ではなく過去の異世界から飛んできた転生者。

イギリスの英雄だという。

 

正直、艦娘だと言われた方が信じられる。

イギリスの戦艦、ネルソンの名前は聞いたことがあるし、彼女の姉妹艦のロドニーも存在しているはずだ。

 

だが、あの人(ネルソン参謀)は艦娘ではない。

必死にこの一ヶ月間勉強し、何度も私達が海を走るのを研究していた。参謀として、指揮をする人間の立場に立って。

 

やはりにわかには信じられないのだ。

 

ネルソン参謀は、ハッキリ言って、私達と同じ存在に見える。

艤装を付け、海を駆け、大口径の砲をあるがままに操る艦娘。

そういう風にしか見えないのだ。

何がそうさせているのかはわからないが、彼女の存在がそう見えてしまう。

 

イギリスの英雄の移り変わりだからだろうか。

そうは言われても信じられないが、私が本気で英語を使ってもちゃんと受け答えが出来ていた。

 

それどころか日本語は話せない。少々古い言い回しの英語ではあったけど、あれは確実にネイティブの喋り方だった。

 

でもだからと言って艦娘のように見える説明にはなっていない。

私と同郷だから。そんな事は理由にならない。

 

……まぁ、いい。たとえ彼女が艦娘であろうと無かろうと、私達は彼女のことを受け入れるし、気に入っている。

 

彼女もまた、艦娘を興味深そうな、それでいて親しみのある目で見てくれている。

信用しても良いのだろう。

突拍子もない、言ってしまえば危険きわまる作戦だが、彼女を信用し、私達の命を預けてみよう。

 

なぜかそうしても良い信頼感が、ネルソン参謀からはあふれ出していた。

 

 

 

 

司令室。

 

私は小さくなった鉄砲飴を頬へと寄せ、新たに黒々とした砂糖のかたまりをつまんで、口へ放り込む。

先程落とした分は綺麗に洗って食べようとしたが、指揮官に止められてしまった。仕方がない。

 

コロコロと口の中で幸せの一粒を転がしながら、この一ヶ月間学んだこと、そしてそこから編み出した今日の作戦をおさらいする。

 

金剛を旗艦とする水上打撃部隊は、全部で十隻である。

 

この世界の海戦は、六隻を最大として一艦隊と見なし、二艦隊で一つとする大型の艦隊は十二隻を最大とする。

それがこの世界の定石である。

その上、この十二隻を最大として動く艦隊は「連合艦隊」と呼称され、〝第二艦隊には最低でも護衛駆逐艦が二隻、それを率いる軽巡洋艦が一隻必要〟である。

 

この私が編み出した艦隊は、その定石をぶち壊している。

そもそも水上打撃部隊に正規空母が二隻入ることはない。

 

この世界で編み出された定石が、何度も深海棲艦と戦った上で有効な編成であった、それ故に定石とした、それは私もわかっている。

だからこそ、私は疑問に思わざるを得なかった。

 

過去がどうであったか。

それは大切だが、戦場は常に揺れ動くものだ。

生き物と言っても良い。

 

相手が生きていて、学習してくるのであれば、それはすなわち同じ手が二度は通じないと言うことだ。

 

私は生前、何度もそんな目に遭ってきた。

常識では覆せない。

普通の考え方では打ち倒せない。

 

過去から何かを見つけるのなら、それを練り直す必要がある。

 

練った結果の産物として、エジプトでのナポレオン遠征艦隊は私の手によって屠られた。

 

その経験を生かす。

 

私はモニターに注視した。

その中の映像は、高い視点からどんよりとした海域を広く映し出している。

 

モニターの端には、あきらかに艦娘とは異質の生物が海の上を移動していた。

 

 

 

 

「電探に感あり!」

 

金剛含め十隻の大型艦娘達は、一番左端、霧島の無線越しの声で全身に緊張を走らせた。

 

既に初弾は装填済み。後は、ネルソン参謀の指示通りに砲撃する。

 

「第一射、ファイヤーッ!!」

 

金剛の号令に合わせ、金剛、比叡、榛名、霧島が、遠くに見える深海棲艦の群れに向かって一斉射。

 

狙いなど付けない。私達はここにいるぞという、超射程からの威嚇である。

 

単黄陣、その両脇と中央からの砲弾は、いくつかが深海棲艦に直撃。

しかし致命傷とまではならず、充分に、こちらの存在に気を惹くことが出来たようだった。

 

目的は達成である。

 

すると深海棲艦側がちかちかと発光し始めた。あれは間違いなく砲撃の炎、その光である。

 

直後、金剛達の周りの海水が跳ね上がった。

 

ヒルルルルルルル――――という嫌な音を伴いながら、周囲の海水を空高く舞いあげる。

 

お返しとばかりに飛んできた敵戦艦の砲弾は、しかし一発も金剛達には当たらない。

もともと単黄陣は敵の攻撃が当たりにくい上に、今は艦娘同士の左右の距離も相当に取っている。

 

加えてこの距離、当たるわけがなかった。

まぁ、こちらの攻撃力もたかがしれているわけなのだが。

 

「赤城! 加賀! あなたたちの出番ネー!」

「了解です」

「鎧袖一触よ。……油断はダメね」

 

正規空母二人が弓を引き、放つ。海面すれすれを飛んだ矢は瞬く間に艦上爆撃機へとなり、急速にその高度を上げていく。

 

続けざまに矢を放つ。

それは艦上戦闘機となり、たった今飛び立った爆撃機を高速で追い越し、その前後を挟むようにして護衛に回った。

 

程なくして、敵の艦載機が見えてきた。

爆撃機は高度をさらに上げ、その直下を戦闘機がひっつくようにして護衛する。

 

それを合図に、金剛は叫んだ。

 

「全艦、前速前進デース! 隊列が乱れないようにしてくだサーイ!」

 

最大速力がバラバラの艦隊。

真横に一列であることを最重要目標として、それでも、練度の高い彼女たちはそれまでよりも早い速度で前進した。

 

進みながら空を見る。

敵の艦載機とこちらの艦載機が真っ正面から交差する。

 

金剛は目を疑った。

 

敵の艦載機が次々と打ち落とされている。

何機かこちらの戦闘機も被害が出ているが微々たるもの、爆撃機に至っては一機も落ちていない。

 

なぜなのかわからなかった。わからなかったが、これもネルソン参謀の指示した艦載機の運用の仕方である。

結果のほどは火を見るより明らか。効果は抜群である。

 

敵の防空網をかいくぐり、深海棲艦の最後尾へと到達した艦上爆撃機は、身を翻し、垂直降下から一気に高度を落として抱えた爆弾を投下した。

 

深海棲艦の数は十二隻。

戦艦、重巡洋艦、空母を含み、駆逐や軽巡洋艦級も見て取れる。

標準的な水上打撃部隊である。

 

そしてそのうちの後方にいた何隻かが、艦上爆撃機の攻撃をもろに受けて沈んでいった。重巡洋艦二隻、駆逐二隻だろう。

 

最後尾を叩かれた深海棲艦は、慌てたように速力を上げ、一気にこちらとの距離が縮まった。お互いに砲戦に持ち込める距離である。

 

しかし。

 

金剛はあらかじめネルソン参謀に指示されたように、号令をかけた。

 

「左右へ展開! 左ヨン、右ロクの陣形デース!!」

 

急速に進行方向を変える。水しぶきが足下から上がり、それでもなお、速度を落とさず回頭する。

 

左側へ霧島を先頭とした四隻の艦隊が、右側へ榛名を先頭とした六隻の艦隊が、それぞれに散開した。金剛は榛名側の最後尾に付く。

 

単黄陣だった陣形は左右へ割れ、進行方向を斜めに左右へ別った二つの艦隊(・・・・・)は、単縦陣で敵の前に躍り出た。

それも、半ば包囲する形の、T字有利で。

 

深海棲艦が狼狽していた。

 

当たり前だ。目の前で敵の陣形が崩れたかと思ったら、いつの間にか包囲される形になっているのだ。

 

急いだように砲を向ける、しかしバラバラに向けられた砲に統一性の欠片もなく、こちらの艦隊を狙うにはその動きは遅すぎる。

 

「「全艦、全砲門――――」」

 

榛名、霧島両艦の号令が掛かる。

 

「「ふぁいあーッッ!」」

「ちょ、何でワタシの真似をするデスカー!?」

 

すさまじい轟音と共に海を穿った砲弾の嵐は、慌てふためく深海棲艦の艦隊を跡形もなく海底へ沈めた。

 

 

 

 

司令室。

 

「なんだ……今のは……」

 

指揮官が私の隣で目を丸くしていた。

その視線は、さながら敵の公開処刑ショーとも言える光景を映し出したモニターに釘付けであった。

 

「今のは作戦の初っぱなに過ぎません。まだまだこれからですよ」

 

口の中で鉄砲飴を転がしながらそう伝える。

 

作戦は成功だった。

 

「いや……何をしたんだ。相手が一発も撃てていなかったぞ」

「そういう風に誘導したんです。陸戦の基本〝退いてから囲んでぺちゃんこにしろ〟の応用です」

「り、陸戦だと」

 

理解が追いついていないらしい。

そう、陸戦だ。

 

彼女たちの戦っている場所は海の上。

潮風が吹き、波があり、足場は陸の上とは到底比べられない不安定さを持つ。

 

だがしかし、彼女たちは人の形をし、人の形のまま海の上を滑り駆ける。

いくら名前が船の名を受けていようとも、立っている場所が海と呼ばれる場所であろうとも、彼女たちのやっていることは限りなく陸の上での戦闘に近い。

 

ならばである。陸の上での戦闘方法、集団戦法を用いて見てはどうなるだろうか。

 

陸戦の指揮は執ったこともある。その経験と、定石をあえて崩す戦い方を試験的に登用してみた。

 

結果は成功だ。

敵はこちらの動きを理解出来ていない。

戦力を分散させることで敵の狙いは拡散する。

だがこちらの狙いさえ集中させれば後れを取ることはない。

つまり囲ってしまえば問題はないのだ。

 

「まだ、次の敵が来ますよね?」

 

指揮官に聞いてみる。

 

「あぁ。今のは斥候だ。敵の本体はこの先にいる」

 

わりと大きな艦隊に見えたけど、あれで斥候か……。

いや、この程度、か。

 

この先もうまくいくように願っていよう。

斥候であの戦果だ。大勝利と言ってもいい。期待はしている。

 

「なぁ、ネルソン参謀」

「どうしました?」

「航空機のこと、聞いてもよいか」

「なんでしょう」

「なぜ、爆撃機は一機も撃墜されなかったのだ」

「そうですね……」

 

あのやり方は、たんに運が良かっただけかもしれない。

 

戦闘機同士のドッグファイト。

これに爆撃機を巻き込んでしまわないようにあえて高々度を飛ばさせて、その真下に護衛機を付ける。

 

無理に敵を落とそうとせず、それでいて前方に重なる奴を撃てと指示を出した。

 

敵がアホウだったからかもしれない。

律儀に戦闘機を狙ってきたおかげで爆撃機は無害だった。

敵の頭が良かったらあそこまでうまくはいかなかっただろう。

 

正直、空中戦はこの一ヶ月で身につけた付け焼き刃の知識。

あまり期待しないで欲しい。

 

と、伝えた。

 

「君は天才なのか……」

 

否定はしない。肯定もしないけど、今回は本当に運が良かっただけだ。

 

そんな感じで指揮官と楽しく話をしていると、無線機から連絡が入って来た。

 

『テートクー! ネルソン参謀ー! 見ててくれマシタカー??』

「あぁ、ばっちり見ていたよ」

「素晴らしい戦果だ。だが気は抜くなよ」

 

指揮官が釘を刺す。

しかしその声には、嬉しさがにじみ出ているようだった。

そのまま続ける。

 

「この先に敵の本体がいる。そいつを潰せば、この海域の開放率は50パーセントに到達する。今回の目標だ」

『気を引き締めて、最後まで油断は禁物ネー!』

「そうだ」

 

指揮官は頷くと、無線機をこちらに渡した。

私からも指示を出す。

 

「金剛」

『どうしました? ネルソン参謀』

「ここからの陣形は、重巡洋艦四隻を前に、空母の二人を間に、金剛達四人を後ろにして、それぞれ横一列の単黄陣、それが三列になるようにしてくれ」

『了解デース』

 

信用してくれているようだ。

出撃直後の表情は、なれない戦法に不安を持っていたようだったが、今はもう、自信を持って言うことを聞いてくれている。

 

「それとこの陣形は前後に強いが、強いのは前後だけだ。左右の防御はザルなので、横からの奇襲に警戒するように」

『わっかりマシター』

 

最後に、先程の戦果をもう一度ねぎらって、無線は切られた。

 

モニターに目を移す。そこにまだ敵の姿はない。

 

 

 

 

 

 

 




「退いてから囲んでペチャンコにしろ」は古代ローマ、あのハンニバル対スキピオの時代からありました。どっちがやったか忘れちゃいましたが。

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