Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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四話

「聞いたわよー透夜くん。イギリス代表候補生のコに宣戦布告されたんですって? 」

 

一方通行の自室。

 

ベッドにうつ伏せ、両肘をついて脚をパタパタとさせていた楯無が不意にそう切り出した。

 

「それに、もう一人の男性IS操縦者である一夏くんも含めた三人でのバトルロワイヤル。果たして栄光のクラス代表は誰の手に!? そして、透夜くんの運命は!」

 

「何勝手に愉快な設定捏造してやがる。ンな面倒臭ェ役職なンざ願い下げだっつーの」

 

その言葉を聞いて、楯無はこてんと首を傾げた。

 

「あら? でも、勝った人がクラス代表になるんでしょ? 実力で言えば透夜くんが一番じゃない」

 

「適当に流すに決まってンだろ。オルコットと織斑のどちらが勝っても別に興味はねェしな。俺は面倒さえなけりゃそれでいい」

 

自分の腕を枕に寝転がる一方通行は気だるそうにそう言った。これはまごうことなき彼の本心だ。クラス代表を巡る戦いなぞ、態々ISを使って決めるまでもないだろう。くじ引きか、最悪じゃんけん程度でもいい。

 

自分の力を誇示したい年頃なのは彼にも何となく理解できる。共感できるかと言われれば首を捻るが、とにかく他者よりも上にいるという優越感は味わって不愉快になることはないのだ。

 

セシリアも、それがあったからこそ彼に宣戦布告をしたのだろう。英国淑女のプライドなのか彼女自身の事情かどうかは知らないが。

 

「―――ダメよ」

 

「あン?」

 

だが、彼のその考えを同居人の少女は良しとしなかったようだ。

 

閉じていた目を開いて、隣のベッドに向ける。座り直した楯無が扇子を開いていた。そこには『真剣勝負』の文字。彼女もまた、真剣な顔つきだった。

 

「手を抜いてわざと負けるなんて、絶対にダメよ。あなたに宣戦布告したセシリアちゃんは元より、一夏くんだってそんなこと望んでいないわ。それに、あなたに勝って強さを証明したいと言っていたセシリアちゃんが、八百長の試合なんかで満足すると思う?」

 

「つーか、勝とォが負けよォがどっちにしろ―――待て。なンでオマエ、俺とオルコットの会話まで知ってやがンだ? ……おいコッチ向け」

 

あまりにも自然な流れだったためにスルーしそうになったが、何故二年生で階も違うはずの楯無が一方通行とセシリアの会話の内容を知っているのか。

 

疑惑の篭った視線を送るが、当の本人は明後日の方を向いて口笛を吹くのみだ。一方通行はつくづく思う。やはりこの女は苦手なタイプだと。いつのまにか相手のペースになっている。

 

悪戯っぽい笑顔を浮かべる楯無。

 

扇子をぱちんと閉じ、それをビシッ、と一方通行へと突き付けた。

 

「とにかく勝負事で手を抜いたりっていうのはダメ。わかった?」

 

「だからそれをなンでオマエが」

 

「わ か っ た ?」

 

何やらとてもイイ笑顔を浮かべてずずいっ、と顔を近付けてくる楯無。その妙な迫力に圧され、一方通行は大きくため息をついたあとにガシガシと頭を掻いた。

 

「……、チッ。わァったよ。やりゃァいいンだろやりゃあ。その代わりオルコットが不能になっても知らねェからな」

 

「まっ、そこはおねーさんに任せなさいって♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス代表決定戦を明日に控えた日曜日。

 

一方通行はIS学園の敷地を散歩がてら、束に言って調べてもらったセシリアの専用機のデータを眺めていた。

 

(蒼雫(ブルー・ティアーズ)……BT兵器搭載遠距離射撃型の第三世代か……。また面倒臭ェのに乗ってやがる)

 

BT兵器とは、イギリスが開発した最新技術を搭載したIS武装の総称だ。従来の武装と違い、操作方法は単純。『思考で動かす』こと。

 

ISの生体同期システムを組み込んだBT兵器は操縦者のイメージを受け取って動き、複雑な動きや編隊行動、操縦者から離れての独立稼働などを可能にする。

 

未だに試験運用段階の武装だが、厄介なことに変わりはない。セシリアの繰るブルー・ティアーズに搭載されている小型BT兵器『ビット』の数は六。これにセシリア本人を加えた合計七方向からの攻撃に気を配らなければならないわけだ。

 

しかし、常時すべてのビットを正確に動かせるのならば大したものだが―――一方通行はその可能性は低いと判断した。ただでさえBT兵器は操縦者の脳に負担をかける。それを操りながら精密射撃を行えるのならば、代表候補生の枠をとっくに出ているはずだからだ。

 

よって、セシリア本人の射撃とビットにさえ気を付けておけばいい。問題は―――

 

(織斑の専用機、か)

 

束に情報を求めたところ、『どやぁぁぁ』という擬音を後ろに背負った束が自らを指差した。つまるところ、国が用意する一夏の専用機は束が何かしら手を加えたカスタムメイド。一筋縄でいくはずがない。

 

絶対に、想像を一回りも二回りも上回るトンでも武装を積んでいることだろう。どちらかといえば、セシリアよりも注意しなければならないのはこちらだ。あの兎を甘く見るなど愚の骨頂なのだから。

 

とにかく織斑には細心の注意を払って―――

 

 

 

「立て! まだ仕合が何本残っていると思っている!」

 

「お前、試合明日だぞ!? しかも内容は剣道じゃなくてISでの戦いであってだな―――」

 

「問答無用!」

 

「痛ってぇぇぇぇぇぇえええええ!!」

 

 

 

 

 

(…………。まァ、問題ねェか)

 

通りかかった剣道場から響いてきた声を聞いて、再びディスプレイに目を落とす一方通行だった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

同時刻 IS学園第四アリーナ

 

 

 

広大な円形のフィールドに浮かぶ蒼天の機体、ブルー・ティアーズ。それに乗るセシリアの視界には、カウントを減らしていく数字が表示されていた。

 

瞑目し、集中力を高め、神経を張り詰めさせる。

 

トリガーガードにかけた指を数度遊ばせ、周囲を浮遊するビットに意識を傾ける。

 

 

(3……2……1……。―――今!)

 

 

カウントがゼロになると同時、フィールドのあちこちに仮想の標的が無数に出現した。瞬時に位置を把握したセシリアがビットに命令を送ると、其々の雫たちは標的へと向かっていく。

 

次々と現れてはど真ん中を撃ち抜かれて消えていく円形の標的を横目に捉えながら、セシリアも己の主武装『スターライトmk-Ⅲ』を構え、スコープに接眼した。

 

十字のレティクルの中心には、何もない。

 

しかし、セシリアにははっきりと見えていた。

 

あの赤い瞳の少年が、興味を無くした目でこちらを見ている光景が。

 

それを思い出した瞬間、沸き上がる激情。

 

思わず力が入り、トリガーが絞られる。放たれる蒼き光線。それは狙い過たずクロス・ヘアの中心へと飛んでいき―――出現した最後の標的を、出現と全く同時に撃ち抜いた。

 

パーフェクトで仮想射撃演習をクリアしたセシリアだが、その顔に浮かぶのは笑顔ではない。困惑と怒りと恐怖をない交ぜにしたような、悲痛な表情だった。

 

生まれてから、あんな貌を向けられたことは無い。誰もが、両親が残した財産、それを持つオルコット家、もしくはセシリア本人を手に入れようと彼女にすり寄ってきた。そういった輩の顔は、どれもすべて欲望と野望に歪んでいた。

 

だからこそ、一方通行のあの顔がセシリアには怖かった。言外に『オマエには何の価値もない』と言われた気がしたのだ。

 

堪らなくなって自身の体を右腕でかき抱く。

 

桜色の唇から、浅い呼吸が漏れた。

 

「お母様……わたくしは―――男などには決して負けません。必ず、勝ってみせます……オルコット家の当主として、お母様の娘として……」

 

小さく体を震わせ、ぽつりと呟く。

 

暫くの間、そうしていたが―――やがて、顔を上げる。

 

そこには先程の弱さはなく、何時もの『イギリス代表候補生セシリア・オルコット』に戻っていた。

 

「……待っていなさい、鈴科透夜。あなたを倒して上に立つのは織斑一夏ではありません。このセシリア・オルコットですわ!」

 

決意に満ちた少女の声は、誰に聞かれることもなく虚空へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、クラス代表決定戦当日。

 

俺と箒は第三アリーナ・Aピットにて二人っきりの状態だった。

 

「―――なあ、箒」

 

「な、なんだ」

 

彼女の目を真っ直ぐ見て、俺は真剣なんだと伝える。それに箒も気付いたのか、顔を赤くしながらこちらを見返してくれた。細い肩に両手を置く。

 

びくっ、と肩が跳ねたが、逃がすつもりはない。

 

今こそ、ずっと言えなかった俺の気持ちを伝える時なんだ。

 

「箒、お前に言わなきゃいけないことがある。俺は……俺は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISのことについて教えてくれっつったよなぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

人に気持ちを伝える時はしっかりと目を見て言う。これ最低限―――おいコッチ向けよ。目ぇ逸らすな箒おい。

 

「し、仕方ないだろう。お前のISもなかったのだから」

 

「それでも知識とか、乗る際のコツとか、あっただろ! 大体、そういうときのための訓練機じゃなかった―――だから目を逸らすな!」

 

結局、この一週間俺はずっと箒と剣道の稽古をしていた。そのお陰で大分勘は取り戻せ―――いや違う、そうじゃない。そのお陰でISについては一週間前とほとんど変わってない。

 

しかもその上相手はイギリス代表候補生と入学試験首席の二人目。

 

あれ? これ詰んでね?

 

現状を再確認して思考停止しかけていたとき、山田先生がピットに駆け込んできた。見ていてとても危なっかしい。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

「とりあえず落ち着いてください山田先生。はい、深呼吸」

 

「は、はいっ。す~は~、す~は~」

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

ふと生まれたイタズラ心に従ってそう言ってみたら、本当に止めちゃった山田先生。じょ、冗談通じないなぁ……。

 

「…………」

 

「……ぶはあっ! ま、まだですかぁ!?」

 

止めるタイミングを見失ってしまった結果がこれだよ。

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

パァンッ!

 

今日も今日とて鈍ることのない凄まじい破壊力です、千冬姉。頭が割れそうに痛い。というより、なんでいつも出席簿持ち歩いてんの? どっから出したのそれ?

 

と、ふざけるのもそこそこにしておき真面目に話を聞くと、どうやら俺の専用機が到着したようだ。心臓が跳ね、少しだけ気持ちが昂る。

 

ピット搬入口が鈍い音を立てて開き、内部を晒していく。

 

 

 

―――そこにいたのは、『白』。

 

 

 

白髪の二人目を想像させるような、飾り気のない純白の機体が鎮座していた。

 

「これが……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS『白式』です!」

 

感銘。感動。興奮。高揚。

 

様々な感情が溢れるが、それに浸る余裕もなく千冬姉に急かされて白式へと乗る。あの日感じたものと同じ、視界がクリアになり五感が鋭敏になるような感覚。

 

「まだその機体は操縦者と同調していない。時間がないからフォーマットとフィッティングは実践の中で行え。さもなければ負けるだけだ」

 

普段では絶対に気付かない程の変化だったが、千冬姉の心配そうな声がハイパーセンサーを通じて聞こえる。

 

―――ああ、心配してくれてるんだな。ありがとう、千冬姉。

 

唯一の肉親に心の中で感謝の言葉を述べ、今度は幼馴染みへと意識を向ける。いつもとは違う不安そうな顔。

 

「箒」

 

「な、なんだ?」

 

「行ってくる」

 

「あ……ああ。勝ってこい」

 

その言葉に首肯で答え、前方を見据える。倒すべき『敵』は二機。

 

大きく息を吸い、俺はピットから飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を視界端のモニターで捉えながら、一方通行は機体の調子を確認していた。手を軽く握り、開く。

 

彼が乗っているのは、フランス産第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』。射撃武装を主体とした中・近距離型の機体だ。

 

セシリアが乗っているブルー・ティアーズは遠距離型。もう一種類の訓練機『打鉄』は近距離戦闘メインの防御型なので、ブルー・ティアーズとは相性が悪い。必然的に、ミドルレンジを得意とするラファールを選ぶことになる。

 

学園用にデチューンされた訓練機はフィッティングがされていない。よって、専用機のように乗り手とISが文字通り一心同体へと昇華することはできない。

 

悪く言えば平凡だが、逆に言えば乗り手を選ばないという強みがある。クセがない、オールラウンドということだ。

 

暗緑色の機体に、彼の白髪が一層鮮烈に映える。打鉄と比べてシャープなフォルムをしているラファールの特徴は、後背部にある四枚のウィングスラスター。それらを操ることにより、多少複雑な動きや無茶な体勢からの離脱等使用局面は多岐にわたる。

 

ちなみに、入学試験の際に彼が搭乗した機体もラファールだった。

 

最後に武装一覧をざっと眺めてからウィンドウを消す。

 

ため息を吐いて視線を向けると、そこには親の仇を見るような目でこちらを見ているセシリアの姿があった。彼がピットから出てきたときからずっとこんな調子だ。

 

しかし、セシリアが何を思い何を考えてISに乗っているかなど、彼にとってはどうでもいいことだ。そして、楯無は『手を抜くな』と言っていたが、真剣勝負をしろとは言っていなかった。

 

つまりは、勝てばいいのだ。

 

例え試合の内容が汚いものだとしても、卑怯だとしても、つまらないものだとしても―――そして、試合にすらならない一方的なものだったとしても。

 

機体と共に彼女のプライドがボロボロになったとしても、それは一方通行の知るところではない。

 

とは言え、勝てば必然的にクラス代表になってしまうのだが―――その事は思考から閉め出した。後からどちらかに譲ればいい。

 

目を閉じ―――開く。

 

次の瞬間、一方通行の赤き瞳には冷たい光が灯っていた。見るものを射竦めるような鋭い眼光。

 

そして、セシリアへの通話回線を開いた。

 

どこまでも低く冷たく、感情を失ったかのような声で宣言する。

 

「先に言っとくぞ」

 

「……、なんでしょうか?」

 

「これは、戦闘でも、試合でも、演習でも、ましてやクラス代表決定戦なンていう大層なモンじゃねェ。これから始まるのは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方的な蹂躙だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦の鐘が、鳴り響く。

 

 

 




ごめんなさい、戦闘は次回からです(汗



コメントで、「一方通行の性格がおかしい」とのご指摘をいただきました。確かに原作と比べて大幅に大人しくなっていますが、転移時間軸が実験開始前なのでまだ正常なのではないかと作者は考えました。
完全な独自解釈であり、不快感を覚える読者様もいらっしゃると思いますが、「この作品の一方通行はこういうものだ」と考えてお読みいただければ幸いです。


沢山の方から評価をいただきました。
これからも精進していく次第ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

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