Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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感想と評価ください(乞食)


二十三話

IS学園・第三アリーナ。

 

「ああもう、硬すぎるでしょこいつ……ッ! 埒が明かないわよこんなの!!」

 

「そ、そろそろ準備、完了するから! 一旦下がって、仕切り直そう……!」

 

赤色の機体と打ち合う鈴音が珍しく―――彼女にしては本当に珍しく、愚痴とも泣き言ともつかない叫び声をあげた。援護に徹する簪は鈴音を宥めつつも、乱れた呼吸と跳ねる心臓を抑えるのに必死だった。

 

今回の投入に当たって作成された四機の無人機体は、束が最初に作り出した『ゴーレム』シリーズから改良を重ねられた最新型だ。大きな変更点としては全ての性能が平均上程度だった旧型から、あえて性能を偏らせることで大幅な戦闘力の向上に成功している。

 

単騎での戦闘も勿論のこと、対多数の状況になった場合は他の機体とも連携を行えるよう戦闘プロトコルも一から組み直されていた。そして、機体を作成する上でモチーフとしたのはギリシャ神話における十二柱の神々。

 

司る権能を束が自己解釈し、機体の特徴や武装として落とし込んだものがこの『オリュンポス』シリーズである。

 

赤色の装甲で身を固め、大盾と長槍を携えた機体の名は『アテナ』。都市の守護、戦略と知恵を司る女神の一柱。強固な装甲と堅牢な盾で以てあらゆる攻撃を受け止める難攻不落の移動城塞。

 

言葉にすればそれだけではあるが、しかしそれだけで理不尽な程の耐久性を実現させていた。さらに攻撃性能も低い訳ではなく、こちらの一撃に対し的確な反撃を差し込んでくる。

 

「っ、来た……! 鈴、八秒後に衝撃砲、あとはそのまま下がって!!」

 

「りょう、かい……ッ!」

 

簪の専用機『打鉄弐式(うちがねにしき)』は、学園に配備されている第二世代の訓練機『打鉄』を倉持技研が改良した第三世代機だ。防御性能を重視した打鉄とは異なり、安定性と汎用性を重視した設計でありその武装も遠近に対応したものとなっている。

 

中でも独立稼働型誘導噴進弾『山嵐』は、マルチロックオンシステムによって絶大な破壊力に指向性を持たせた『打鉄弐式』の虎の子とも呼べるシロモノだ。小型のミサイルを絨毯爆撃ではなく集中的に叩き込むことで、驚異的な破壊力を発揮する。

 

簪の手元に届いた時点では未完成だったそれは、既にとある少年と姉の助力によって完成へと漕ぎ着けられていた。

 

「おっ、らぁぁあああッ!!」

 

そしてきっかり八秒後、至近距離で打ち合っていた鈴音が動きを見せる。二刀に分離させていた双天牙月を連結させ、身体の回転を乗せた一撃を気合と共に思い切り叩き込んだ。渾身の一撃は盾によって防がれ、『アテナ』を僅かにノックバックさせるに留まった。

 

構わず衝撃砲を連射し、反撃を潰すと同時に強制的に盾を構えさせて足を止めさせる。

 

しかし鈴音のその猛攻は、次なる一手の繋ぎに過ぎない。

 

「照準固定―――全砲門、一斉射……!!」

 

機体両側の非固定浮遊武装(アンロック・ユニット)が花開き、都合四十八基の小型ミサイル群がその姿を見せる。鈍色の弾頭が主の命令を受け、白煙を吐き出して飛翔した。

 

一発一発に個別の弾道を入力されたそれらは複雑な軌道を描いて迎撃を困難にする。四方から迫る破壊の雨を前にしかし『アテナ』は動じない。無人機故に焦りという感情を持たず、ただ無感情に無感動に行動を選択する。

 

かちかちかちかちとセンサーレンズが瞬いた刹那、ミサイル群が虚空へと縫い止められた(・・・・・・・・・・・)

 

彼女たちにとっては良く見慣れた現象。何より、先程目にしたばかりである黒き雨を駆る少女の力。細かい事を考えるよりも先にそのカラクリを看破する。

 

「AICっ!? なんでこいつが……!?」

 

「そん、な……!」

 

伝承に曰く、女神アテナはその手で討ち取ったメデューサの首を神盾アイギスへ埋め込んだことで、メデューサが有する力を扱うことが出来るようになったという。

 

神話の擬似再現―――物体の運動量を強制的にゼロへと落とし静止させる特殊兵装。『石化の魔眼(スティシス・マギア)』と名付けられたソレは、AICとは比較にならないほどの出力を誇る。発動に要する集中力も問題にならず、複数箇所へ同時に展開することも可能なのだ。

 

大盾を降ろした『アテナ』が右手に握る長槍を無造作に振り抜いた。穂先から放たれたエネルギー刃がミサイルのひとつに触れると同時、連鎖して全てのミサイルが誘爆する。腹の底を震わせるような轟音が響き、赤熱と黒煙が視界を覆い尽くした。

 

(どうしよう……『山嵐』でもあの防御を突破できないなら、私たちだけの火力じゃ倒せない! このままじゃジリ貧になって、エネルギーが先に底を尽く! どうしよう……どうしよう……っ!?)

 

現状の最高火力とも呼べるカードが通用しなかったという事実が、簪の思考から冷静さを奪い取っていく。代表候補生とはいえ本物の戦場に身を投じたことなどない彼女にとって、立っているだけでも全身に伸し掛るプレッシャーで足が笑ってしまいそうだった。

 

この状況をなんとかしなくてはいけない。それは百も承知だ。だが、具体的にはどうやって? あの機体の防御力は生半可な攻撃では崩せない。二人で挟撃したとしても、どこまで通用するか分からない。むしろ中遠距離の間合いから相手の土俵に踏み込むリスクの方が高いのではないか?

 

どうする。

 

どうする。

 

 

 

 

 

「―――簪ッ!!」

 

名前を呼ぶ声。

 

急に大きくなった喧騒が鼓膜を叩く。

 

自らの視界を埋める赤色。無人機が構える武骨な長槍が真っ直ぐに此方を狙っていた。

 

「―――ぇ、あぁッ!?」

 

半狂乱になって振りかざした超速振動薙刀『夢現(ゆめうつつ)』が、奇跡的にその一撃を受け止めた。電動ヤスリに金属を擦り付けたような耳障りな音が響く。咄嗟のことに混乱する頭では体勢の立て直しもスラスター制御も録に行えず、鍔迫り合う格好でぐんぐんと押し込まれていく。

 

数秒と経たずして、既に無人となっていた観客席へ轟音と瓦礫を巻き上げながら激突した。身体を突き抜ける衝撃に肺の空気が絞り出され、息が詰まる。

 

「ぁ、かっ……はぁ゛ッ!」

 

何とか酸素を取り込もうと喘ぐ簪が涙に滲む目を開いた瞬間、無人機と視線がかち合った。額と額が触れ合いそうな程の超至近距離。此方を凝視するレンズには、何の色も映さない無機質な殺意だけが宿っていた。

 

悪意なら受け流せたかもしれない。

 

敵意なら奮い立てたかもしれない。

 

だが、初めて感じた純粋な殺意は少女の心を蝕むには十分すぎた。

 

(こ、わい。こわい、怖い。怖い、怖い怖い怖い……ッ! なんでっ、何でこんな……っ!? 分かんないよッ、何なのこれ、どうして……!?)

 

歯の根が合わない。『夢現』の柄を握り締めていた両手から血の気が引き、力が抜けていく。

 

馬乗りになった無人機が再び槍を構えるが、最早それに反応するだけの気力は彼女に残されていなかった。こぼれ落ちる涙を拭う事もできず、迫り来る恐怖をせめて感じないようにと目を逸らして。

 

 

 

―――もう1つの赤色が、砲弾のように飛び込んできた。

 

 

 

簪を組み敷いていた無人機が横殴りの衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

迎撃を無理矢理間に合わせるため使用した瞬時加速(イグニッション・ブースト)、それによって生じた運動エネルギーを青龍刀に乗せて叩き込んだのだ。バットをフルスイングするかのような乱暴な太刀筋が彼女の必死さを物語っていた。

 

無人機を間合いの外に弾き出したことを確認すると、少なくないダメージを負っているはずの簪の安否を確認する。

 

「簪っ、大丈―――」

 

言葉は続かなかった。

 

かたかたと、小刻みに震える身体をかき抱くその姿を見て、翠玉のような瞳を吊り上げた鈴音は一瞬何かを叫ぼうとした。が、ゆっくりと視線を伏せると同時に口を閉ざし、言葉を飲み込む。

 

代わりに、瓦礫の山に沈む簪を静かに抱え起こすと、双天牙月をくるりと回して無人機へと向き直った。

 

「あたしはアイツを足止めするわ。アンタがまだ動けるなら一緒に戦って」

 

「……むり、だよ。これは競技じゃないんだよ!? もしかしたら、鈴だって死んじゃうかもしれない! それなのにどうして戦えるの!? どうして平気でいられるの!?」

 

「決まってんじゃない」

 

間髪入れずにそう返されて、問うた簪が思わず言葉を詰まらせた。

 

瓦礫と土煙を吹き飛ばして、体勢を立て直した無人機が飛び込んでくる。

 

鈴音の反応は早かった。スラスターを全開にして疾走し、突き出された長槍を真っ向から叩き落とす。連結を解除し二刀となった双天牙月を操り、防御を食い破らんと苛烈な連撃を加えていく。

 

「守りたいヤツがいる。隣に立ちたいヤツがいる。バカで能天気でお人好しでどうしようもない唐変木だけど……あいつと一緒に居たいから。あいつと過ごす日常(セカイ)を守りたいから!! それがあたしの戦う理由ッ!!」

 

青龍刀の重厚な刃による質量攻撃。斬撃の嵐とも呼べるような猛攻を受け、『アテナ』がカードを切った。複眼が煌めき、横薙ぎの一撃が振るう腕ごと不自然にその動きを停止させる。自らの意思とは異なる動きに引っ張られ、体勢が傾いだ。

 

差し込まれた長槍を上体を反らして避けると同時、左脚のスラスターが激発。無人機の腹部目掛けて爪先を蹴り込んだ。蹬脚(とうきゃく)―――中国拳法における蹴り技の一種。直感的な姿勢制御と類希な戦闘勘が、存在するはずのなかった反撃を作り出す。

 

直撃―――防御は間に合わない。戦闘開始から一切の攻撃を叩き落としてきた城塞の如き堅牢な守りを穿ち、遂に本体へとその手が届く。蹴りを放った姿勢から更に右肩の衝撃砲を展開。不可視の弾丸が無人機の顎をかち上げ、攻撃を与えたことで『石化の魔眼』による拘束が緩む。

 

録な反動制御も出来ないような姿勢、至近距離で炸裂した衝撃波の煽りを受けて全身が軋んだ。ミシミシとどこかの骨が嫌な音を立てるのを無視して、構えた大盾を逆脚で蹴り飛ばす反動で距離を取る。

 

小柄な体躯に似つかわぬ気炎を迸らせて、赤色の龍が吼えた。

 

 

 

 

「あんたにもあるでしょ、戦う理由が―――!!」

 

 

 

 

胸の奥で熱が燻っている。

 

折れたはずの心が、立ち上がれと叫んでいる。

 

(私の、戦う理由)

 

荒い呼吸を何度か深呼吸して無理やり整える。

 

(私は、お姉ちゃんみたいな天才じゃない)

 

震える指先は力を込めすぎて白くなっていた。

 

(私はわたし(更識簪)。それ以外の誰かにはなれない)

 

どくどくと脈打つ心臓の鼓動が煩いけれど、それでも。

 

(だからこそ、私は……)

 

頬を伝う涙を拭い、精一杯の虚勢を込めて敵機を睨み付ける。

 

 

 

 

お姉ちゃん(更識楯無)の妹であることを、胸を張って誇りたい……!!」

 

 

 

それは、更識簪という少女の根底にある想い。

 

優秀な姉。大好きな姉。自慢の姉。いつしか比べられることが苦痛に感じるようになってしまっていたけれど、思い返せばいつだってその感情は彼女と共にあった。

 

更識の修行も、代表候補生になったのも、勉学に励んできたのも。あの人と肩を並べて歩いていきたかったから。置いていかれたくなかったから。自分が良い評価を受ければ、それだけ姉の評価も良くなるはず。そう思っていたはずなのに、いつの間にか目的と手段は入れ替わってしまっていて。頑張る理由も分からなくなってしまっていた。

 

そんな折に、とある少年によって姉妹の確執はあっさりと解消されてしまい。行き先を失った感情だけが宙ぶらりんのまま、こうして覚悟も出来ずに戦場へ立っていた。

 

忘れかけていた熱、その矛先を定めてしまえば驚く程に身体は動いた。四肢に活力が漲り、手先の震えは止まる。転がっていた『夢現』を拾い上げ、機体の状況を確認する。シールドエネルギーは三割ほど減損しているが、各種兵装と駆動系統は生きている。戦闘続行に問題はない。

 

スラスター再点火。主の意思に応え、鋼鉄の翼が飛翔する。

 

「良い顔になったじゃない」

 

「うん……もう、大丈夫。私も戦える」

 

隣に並び立った簪の顔を見て、鈴音は肩で息をしながらもニカッと笑った。イタズラを思い付いた悪童のような笑顔だった。

 

「そ。んじゃまあ手始めに―――あの邪魔な盾、ブチ抜くわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、第三アリーナ。

 

白い機体の相手を引き受けたセシリアがここへ戦場を移したのは、ひとえに周囲への流れ弾を警戒してのことだった。無人の観客席は放たれたレーザーによって抉られ破壊され、整えられた景観は見る影もない。

 

セシリアが対峙する白い機体の名は『アルテミス』。

 

月と貞淑を司り、狩猟の神として崇拝される一柱。『矢を注ぐ女神』とも称され、多くの伝承において弓と矢を持つ姿で描かれていることから、その機能を射撃へと特化させている。

 

黄金の弓と矢を模した長大なライフルに、付き従う獣達を表す四機のシールドビット。有する特殊兵装は『新月の瞳(エナマティア・セレーネ)』―――超高精度ハイパーセンサーによって筋肉の収縮から視線の動き、果ては呼吸や心音までをも検知し情報として集積。それらを元に対象の動きを予測演算する戦闘補助システム。

 

予備動作とも呼べないレベルの動きの起こりは、意識・無意識に関わらず完全に消すことは不可能。故に放たれる射撃は必中であり、相手が何処を狙っているのかも手に取るように分かる。正確無比な行動予測はもはや未来予知にも届き得る程であり、誰が相手であっても確実な優位性を保持することができる。

 

 

 

 

 

 

 

それを、セシリアが一方的に封殺していた(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

六十七口径エネルギーライフル『スターライトMk-III』の引き金を絞れば、鮮烈な蒼い光条が空を灼く。

 

それと同時に『アルテミス』は回避機動を取っており、既に射線から外れていた。射撃前にセシリアの全身から読み取った筋収縮のデータから、ライフルを構える先とトリガーのタイミングは予測してあった。

 

導き出された弾道をトレースするようにエネルギービームが迸り―――滑らかな弧を描いて、その弾道が捻じ曲がった。

 

BT高稼働状態時のみ可能となる、BT粒子への意識的干渉。イメージ・インタフェースによる制御と操縦者の技量など、様々な条件をクリアしなければ扱えないとされる偏光(フレキシブル)射撃。長らく彼女を悩ませていたBT稼働率の低迷は、学園祭の襲撃事件を境に爆発的に跳ね上がっている。

 

同時に、セシリアは愛機の中に『意識』とでも呼ぶべき何かが生まれたのを感じ取っていた。言葉もなく、目に見える訳でもないそれは、時折道を示すようにセシリアの意識に混じってくることもあった。

 

物事を理論的に考える彼女にとっては今ひとつピンと来ない現象ではあったが、それが『ブルー・ティアーズ』そのものなのだと言う事だけは不思議と理解出来た。

 

『アルテミス』が避けたその先を狙い、光条が迫る。どういう理屈か回避が意味を成していないと判断し、シールドビットでの防御に切り替えた。軌道を再演算―――導き出された狙いは左肩。展開したビットがエネルギーシールドを編み上げて、射線に身を躍らせる。

 

その防御をすり抜けて、無人機の顔面を光条が撃ち抜いた。

 

都合六度目の直撃。

 

『アルテミス』の戦闘プロトコルが小さなエラーを吐き出した。

 

おかしい。先程から、予測された結果と着弾地点がズレている。演算システムもシールドビットも正常に稼働しているというのに、蒼い機体の射撃が防げない。扱っているのは単純な偏光射撃、武装に何か特殊な細工が施されている様子もない。

 

理由は不明。だが、回避が悪手であるということを理解した『アルテミス』が一転、攻勢に出る。相手の射撃が避けられないのであれば、そもそも射撃する暇を与えなければ良い。構えたライフルの機関部から黄金色の粒子が立ち上る。

 

攻撃の予兆を感じ取ったセシリアがスラスターに火を入れた。重心を落とし、視線は周囲の状況を把握するため僅かに動く。体幹と下肢の力みは姿勢制御のため。あらゆる情報を取り込み解析し統合し分析して弾き出した『ブルー・ティアーズ』の回避軌道。

 

月の光を凝縮したかのような輝きを放つエネルギーレーザーが、独特な発射音と共に空を裂いた。予測されたルート全てを塞ぎ、必ずどこかで被弾するよう計算され尽くした不可避の弾幕。馬鹿げた熱量の収束は装甲を溶解させ、防御を貫く必滅の光であった。

 

 

 

だからこそ、全てのレーザーを踊るように潜り抜けたセシリアの姿を確認した『アルテミス』の内部で致命的なエラーが生じた。

 

 

 

『―――?? ? ?』

 

当たらない。当たるはずだった。当たったのか? 避けられ――ない、はず。演算に狂いはない。予測された結果に間違いはない。では何故、眼前の機体は健在なのか。避けられたから。何を? 此方の射撃を。どうやって? ―――……不明(エラー)

 

「わたくしは今、極めて不愉快です」

 

声色は壮絶だった。

 

噴火直前の活火山のような煮え滾る怒りを孕み、凪いだ湖面のように穏やかな語り口という矛盾。相反する二つの感情を完璧に制御することに成功しつつも、セシリアは生まれてから感じたこともない程の憤怒を感じていた。

 

絶対零度の視線が戦場を切り裂き、白き機体を睥睨する。

 

「―――その力、透夜さんのものですわね(・・・・・・・・・・・)

 

相対してからたった数度の撃ち合いで生じた違和感。それは相手が動く度、此方が動く度に大きくなっていき、やがて彼女は確信を得る。こちらの狙う先が見えているかのような動き、そしてこちらの動きを回避先まで完璧に把握して放たれる鋭い一撃。

 

どれもこれも、あの白い少年の動きと重なって見えた。

 

そして事実、特殊兵装『新月の瞳』は一方通行(アクセラレータ)の演算・思考パターンを元にして作られている。彼がこちらの世界へ飛ばされてからIS学園に入学するまでの期間、衣食住の対価として自らの能力を研究材料として差し出していた頃に収集されたデータ。

 

学園都市における七人の超能力者(レベル5)の頂点。例え半年前のデータであろうとも、その桁外れの演算能力と情報処理能力を戦闘用に書き換えたものが並であるはずがなかった。代表候補生どころか、国家代表すらも余裕で下せる程の凶悪な機体として仕上がった。それこそ、元となった少年とその機体でなければ歯が立たないくらいに。

 

 

 

―――笑わせるな(・・・・・)

 

 

 

セシリアの怒りを意に介さず、『アルテミス』が再度射撃を放つ。先程よりも濃密な弾幕であったが、必中であるはずの予測射撃は虚しく空を抉るのみ。

 

陽光を背負い、蒼い少女が月の女神を見下す。

 

「回避先、移動先を読んでの射撃なのでしょう? ですがわたくし、どう動いたら(・・・・・・)撃たれるか(・・・・・)など、嫌という程知っておりますので」

 

数えるのも億劫になるほど撃墜された。無意識のクセや得手不得手など隅から隅まで洗い出された。そして何より、回避予測に用いられるのは半年前の彼のデータ。ここに立っているのは半年後のセシリア・オルコットだ。

 

他ならぬ彼の手によって成長を果たした彼女自身が、かつての彼に敗北するなどあってはならないことだった。

 

あの人の動きはもっと速く、もっと迅く、もっと疾かった。

 

あの人の思考はもっと鋭く、もっと深く、もっと敏かった。

 

何人を足元にも寄せつけない隔絶した強さ。動きと思考の先を読み切る観察眼と卓越した絶技。戦闘思考によって支配する理論派の極地。自分が憧れ、心と脳裏に刻んだ彼の強さは断じてこんなものではない!

 

 

 

「透夜さんの戦いを、戦術を、戦略をッ!! 誰よりも近くで見てきたこのわたくしにッ!! 比べることすら烏滸がましい模造品をぶつけるなど、決して許されぬ愚行と知りなさい……ッッ!!!」

 

 

 

沸点を飛び越えた感情が『壁』を突破する。

 

搭乗者と機体の共鳴が最大限に高まり、搭乗者の想いが一定のラインを越えることによって発現する特異現象。

 

観測された例は少なく、世界でも十の指で数えられる程度とも言われる至高の領域、人機一体の究極。

 

 

 

 

 

―――それを『二次移行(セカンド・シフト)』と呼ぶ。

 

 

 

 

 

目を灼く程の眩い蒼光が迸った。

 

装甲が光の束となって解け、再構成―――滑らかな曲線で構成されていた従来の装甲に加え、肩、胸部、腕部に鋭角なエッジを描く装甲が追加される。

 

腰周りを覆うアーマースカートと相まって、さながら中世の騎士を彷彿とさせる気品と優雅さを漂わせる。

 

主武装のエネルギーライフルはより洗練されたスマートなフォルムへ。ブルー・ティアーズの代名詞ともいえるビットはその数を増やし、機体背面に並んだ蒼き雫の総数は十二機。

 

腰部に備わっていたミサイルビットは排され、その全てが大型のマルチロールビットに換装されていた。

 

装甲各部のクリスタル・パーツから溢れ出る蒼いBT粒子が、神々しくも鮮烈に戦場を彩る。

 

―――ブルー・ティアーズ第二形態『湖の乙女(レディ・オブ・ザ・レイク)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、踊りなさい。このセシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』が奏でる円舞曲(ワルツ)で―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セッシーの決めゼリフめっちゃすこ。
ようやく二次移行させられて大変満足しております。
『湖の乙女』はティアーズ+妖精騎士ランスロット+ストライクフリーダム的な感じでイメージしてます。

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