Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

57 / 58
二十二話

「……本当に、宜しいのですか?」

 

「んー? 何がだい?」

 

「このままでは、束さまが透夜さまに恨まれることになってしまいます。私が敬愛するお二人が仲違いをされる、というのが……私には、心苦しいのです」

 

「……やさしいねぇ、くーちゃん。まぁ本音を言えば、束さんだってあっくんともっと仲良くしていたかったよ」

 

「っ、でしたら……!」

 

「でもダメなんだ。束さんはあっくんしか見えないけど、あっくんは束さんだけを見てくれない。きっと周りにいる有象無象まで守ろうとする。その在り方はまさしく英雄(ヒーロー)そのもの。だけど、英雄が英雄である為には―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒されるべき悪党が、必要なのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それらは唐突に現れた。

 

試合終了のブザーが鳴り響き、割れんばかりの歓声に揺れるアリーナ。激戦を制し、互いの健闘をたたえ合う一夏たちから少し離れた位置に、まるで最初からそこに存在していたかのように佇んでいた。

 

都合四機のISらしきもの(・・・・・)

 

長槍と大盾を携えた赤色の機体。身の丈に迫る大鎌を携えた黒紫の機体。長大なライフルのようなものを携えた白い機体。そして、三機よりも一回り大きな体躯を誇る黒金の機体。

 

異変と呼ぶにはあまりにも静かで、しかし無視するにはあまりにも大きすぎる異物。困惑のどよめきが広がるアリーナ内部が未だパニックに陥っていないのは、謎の機体が現れてから何も動きを見せていないのと、アリーナの遮断シールドで護られているという安心感があるが故だろう。

 

しかし―――

 

「……なあ、アイツらも俺達の勝ちを祝いに来てくれたと思うか?」

 

「完全武装かつアポイントなしで突入してくることをサプライズと呼ぶのであればな」

 

緊張に汗を一筋浮かべながらも、心を平静に保つため敢えて軽口を叩いた。ラウラもそれに乗っかりつつ、視線は闖入者へと固定されている。試合終了直後のこのタイミング、すなわち誰もが具現維持限界(リミット・ダウン)すれすれの状態。

 

戦闘になれば万が一にも勝ち目は無いどころか、絶対防御を発動させる為のエネルギーすら確保出来ていない。相手の攻撃を受ければ生身の肉体へ直接ダメージが通り、銃撃も斬撃も全てが致命傷足り得てしまう。

 

更に不気味なのは、シールドによって隔離されているアリーナ内部への侵入経路。以前襲撃してきた無人機とは異なり、遮断シールドを突破してきた様子は無い。まるで、空間転移でもしてきたかのような―――

 

そこまで考えた一夏の意識が強制的に引き戻される。微動だにせず無反応を貫いていたISのうち、黒金の機体がゆっくりと腕を掲げた直後、バチン、という紫電が小さく迸り。

 

アリーナの遮断シールドが消滅した。

 

「…………、え?」

 

まるでしゃぼん玉を割ったかのように、直径数百メートルにも及ぶ広大なシールドが瞬きのうちに無力化された。あまりにスケールの違いすぎる事象を目の当たりにした一夏の思考が一瞬、止まる。

 

『―――総員、直ちに地下シェルターへ退避しろッ! 緊急事態につき専用機持ちはIS及び全武装の使用を許可する! 最悪校舎を破壊しても構わん、教員と連携し人的被害を最小限に抑え込めッッ!!』

 

スピーカーから放たれた千冬の鬼気迫る声によって、ようやく事の重大さを飲み込んだ生徒達が弾かれたように動き出す。我先にと出口へ殺到する生徒たちとそれを誘導する非戦闘職員、SPに囲まれて何かを騒いでいる各国の要人らしき者たち。

 

遮断シールドがなくなった以上、戦闘の余波で彼らに被害が及ぶ可能性がある。全員の避難が完了するまでの間、なるべく派手な戦闘は避けつつも侵入者たちの注意を引き付けて時間を稼ぐ必要があるが―――

 

「っ、シャルロット!!」

 

四機のうち、長槍を構えた赤色の機体がエネルギー切れのシャルロットへ向けて突撃する。警戒していない訳ではなかったが、気力も体力も消耗しきっているのだ。いち早く気が付いたラウラが叫んだが、意思に反してシャルロットの身体は重く、迎撃には到底間に合わない。

 

(あ、これ、まず―――)

 

 

 

「―――させるかよォ、クソったれがァ!!」

 

 

 

己の死を幻視したシャルロットの眼前で、純白の閃光が炸裂した。

 

観客席から直接飛び出してきた一方通行が、加速の勢いそのままに赤色の機体へと蹴りをぶち込んだ。素早く構えられた大盾によって直撃こそ防いだものの、衝撃は殺せずに地面を削り取りながら大きく後退する。

 

ふわりと着地した一方通行。その身に纏う専用機『夜叉・極天』の背から伸びる極光の翼が、彼の苛立ちを表すかのように強く明滅している。

 

(まァ来るとは思ってたンだ。あの兎が何時までも大人しく静観してるワケがねェ。最近動きを見せてなかったのは、このガラクタ共の開発にご執心だったって所かァ?)

 

『スキャン終了。データバンクに登録されたものに該当するコア反応および生体反応は観測できず。あの四機は創造主の手による無人機体と断定する』

 

赤い瞳が敵機を捉える。

 

同時にスキャニングを行っていた夜叉から伝えられた情報は、一方通行が考えていた仮説を裏付けるものであった。有人機なら半殺し程度に留められようが、無人機であると確証を得られた以上手加減する必要など何処にもない。

 

束には命を救われた恩があるが、それとこれとは別の話だ。今回の襲撃がどのような目的であれ、それによって誰かが傷付くというのであれば彼は一切の容赦をしない。螺子の1本まで徹底的に叩き潰すだけだ。

 

既に楯無が指示を出し、一夏たちをピットへと連れていっている。観客席には防戦に定評のあるダリルとフォルテのイージスコンビが陣取っている為、余程のことがない限り流れ弾は気にしなくても良いだろう。

 

現状戦力は一方通行と楯無、簪、セシリア、鈴音の五名。箒が使用していたエネルギー回復の単一仕様能力が再度使用できるのかは不明だが、まず無理だろォなと一方通行は判断した。仮に使えれば一夏達の戦線復帰が望めるが、最初からアテにするものではない。

 

(黒と紫がどンな機体か分からねェ。初見殺しの性能なら厄介だが……)

 

見た限りでは白い機体が射撃型、赤い機体が近接型。黒と紫は見た目での判別は難しいが、少なくとも一方通行と夜叉であればどんな攻撃をしてこようともある程度は耐えることができる。その間に相手の手札を引きずり出し、攻略の糸口を掴めれば良い。

 

問題は誰が相手をするか―――

 

「白い機体はわたくしが。援護射撃を封じるには丁度良いかと」

 

金の長髪を靡かせて、セシリアが一方通行の隣に並び立つ。ブルー・ティアーズを纏った彼女の穏やかな碧眼には、常とは異なる強い光が宿っていた。それを目にした一方通行は何かを言いかけていた口を一度噤み、ややあって言葉を紡ぐ。

 

「頼む」

 

「ええ、撃ち抜いてみせます(・・・・・・・・・)

 

嫋やかな笑みと共に返ってきた力強い宣言に、一方通行は口の端を僅かに持ち上げて応じた。

 

かつての自分であれば、こうして誰かを頼ることなど有り得なかっただろう。だが、一人で出来ることには限界があると痛感した今、必要なのは独りよがりの自己陶酔ではないのだから。

 

「凰、赤いヤツを抑えろ。簪は凰のサポートでイイ」

 

「オッケー。援護頼んだわよ、簪」

 

「うん……頑張ってみる」

 

近接戦闘に強い鈴音には赤い機体を任せ、無人機との戦闘経験が無い簪はサポートへ回す。彼女の性格では怖気付く可能性もあるため、直接的な殴り合いは避けた方が良いだろうという判断だった。

 

「じゃあ、私と透夜くんの相手はあの二機ってことね」

 

「……、仕事は済ンだか?」

 

「避難完了まで15分って所かしら。ただ、強力なジャミングのせいで政府への応援要請が出せてないの。発生源を潰すか、向こうが異常を察知してくれるのを待つしかないわ」

 

遅れて合流してきた楯無だが、その表情は芳しくなかった。襲撃者がこの四機だけとは限らない以上、学園側の戦力だけで対応出来る範囲にも限界がある。エネルギーは回復できても弾薬や武装は有限であるし、動ける人員の確保だけは外部に頼るしかないのだ。

 

だが、結局のところ自分達がやる事は変わらない。この場で侵入者達を叩き潰してしまえばそれでお終い。逆に此方が負ければ学園諸共海に沈められるだけだ。

 

一方通行は面倒臭そうに嘆息すると、首に手を当ててゴキリと鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクラップの時間だ。纏めてゴミに出してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「分からない!? 分からないってどういうこと!?」

 

「……申し上げている通りです。確認できた四機のISに関して、我々学園側が持ち得る情報はほとんどゼロ。襲撃に対しての防衛機構は備えておりましたが、恐らくはシールドを解除されるよりも前に無効化されていました」

 

「されていました、じゃないでしょう!? ならさっさと救援要請を送るか、私たちだけでも逃がしなさいよ!」

 

学園の地下シェルターに設けられたVIP専用の一角にて、耳障りな金切り声と僅かな苛立ちを含んだ声が響く。前者は派手なドレスに身を包む肥太った女のものであり、後者はそれに対応している織斑千冬のものであった。

 

一回戦終了後に突如として乱入してきた正体不明の四機のIS。以前にも同様の襲撃事件があったが、アレは目撃者も少なかったため学園内と一部の関係各所に報告されているだけ。たった今眼前で喚き散らしている女の反応を見るに知らされていないのだろうし、千冬にとっては知らせる義務も義理もなかった。

 

今回のトーナメントには生徒だけでなく外部の企業や兵装会社の重役達も顔を見せている。その中には女尊男卑の思想に染まり切り、権力を傘に着て私腹を肥やす者も少なからず存在していた。もちろん手腕によってのし上がってきた傑物も居るだろうが、この養豚場の豚のように無駄な贅肉とプライドばかり蓄えた女がそれと同列だとは到底思えない。

 

有事の際の責任と指揮権を預かっている千冬は最初の避難指示を出した後に生徒の誘導を他職員に任せ、立場上相手にしなくてはならない要人たちの避難誘導と説明を行っていた。

 

『世界最強』を背負っていた彼女を側に置いておけば何かあった時も安全だろう―――緊急事態時のマニュアルからはそんな思惑が透けて見えた。IS学園が設立された時に、上層部でどんな政治的やり取りが行われていたのかは想像に難くない。

 

「ちょっと、聞いてるの!? 」

 

「……ああ、失礼。今後の対応策を考えておりまして」

 

「男性操縦者だか何だか知らないけど、そもそもあんな得体の知れない不気味な人間がIS学園に居ることがおかしいのよ! 全身真っ白で、まるで化け物(・・・)じゃない! 今回だって、どうせそいつが手引きしたに決まってるわ!」

 

その瞬間、千冬の拳が顔面にめり込んでいた。

 

鼻骨を砕き前歯をへし折り、粘っこい血液を撒き散らしながらもんどりうって転がる女の様子は滑稽で、まるで出来の悪いピエロのように思えた。

 

―――そんな、脳裏を過ぎったあまりにもリアルで爽快感を覚える光景に自嘲をしつつ。手のひらに爪が食い込むほど握り締めていた拳から、千冬はそっと力を抜く。

 

(今の言葉をあいつらの誰かが聞いていたら間違いなく殴り飛ばしていただろうがな)

 

感情に任せて自制できないようでは子供と同じ。それこそ、目の前の女と変わりはしない。生徒に必要のない重責を負わせ、教師が責任を放棄していたなどとあっては論外だ。

 

「あなたが言った通り、生徒が犯罪者と通じているのであれば厳正な処罰を下させて頂きますが……憶測だけでそのような物言いをされたとあれば、此方も相応のやり方で対処させて頂きます。勿論、何かしらの根拠があっての発言とみて宜しいのですね?」

 

「な……何よそれ。まさかアナタ、男なんかを庇うつもり!?」

 

「私はIS学園の教師です。学園を、生徒を護る義務がある。これは感情の話ではなく事実の問題です。……話を戻しますが、このシェルターから海中への脱出ポッドはあります。ですが、襲撃があの四機だけとも限りません。脱出途中やその先で襲われる可能性もゼロではない。それでもと言うのであればご案内しますが……どうされますか?」

 

「っ……!!」

 

口をついて出た言葉を正論で切り返された挙句、提示されたのは命の危険が伴うような脱出方法。堅牢な防壁で守られたここから逃げ場のない海中へ放り出されるなど冗談ではない。『世界最強(ブリュンヒルデ)』に守って貰えると考えていたというのに、その本人は生徒たちを優先するだのとのたまう始末。

 

怒りと羞恥で真っ赤になる女だったが、その肩に第三者の手が添えられた。

 

「まあまあ、そこまでにしておきましょう? 織斑さんの言う通り、ここで犯人探しをしていても仕方ないわ」

 

「ミュ、ミューゼル氏……」

 

波打つような豪奢な金の長髪に、妖艶な光を放つ赤い瞳。ドレスに包まれたグラマラスな肢体からは隠しきれぬ色香が立ち上っている。聞くものを陶酔させるような甘い声色で女を宥める姿は落ち着いているが、その余裕が千冬の警戒を僅かに引き上げさせた。

 

荒事に慣れている。しかもかなりの場数を踏んだ実力者。IS企業の肩書きを持ちながら操縦者としても一線級の人間など、世界でも数える程度しか居ない。

 

「かと言って、IS学園のセキュリティをこうも易々と突破してくるなんて……確かに内通者が居てもおかしくないわよねぇ。もしかしたら、この中に潜んでいる可能性だってあるかもしれないわ?」

 

女の言葉に室内からどよめきが起こる。からかう様な調子で放たれたその言葉は、この場の人間を疑心暗鬼にさせるのに十分過ぎる力を持っていた。沈静化させられそうであった空気を掻き乱され、千冬は内心で舌を打つ。

 

「……余計な混乱を煽るような真似は控えて頂きたい。万が一の場合は私も防衛に回りますのでご安心下さい。何が起こるか分かりません(・・・・・・・・・・・・)ので」

 

「ふふっ。ええ、そうして貰えると助かるわ。何が起こるか分からない(・・・・・・・・・・・)もの、ね」

 

これで、千冬は身動きが取れなくなった。

 

この女は明らかにクロだ。目的がどうあれ、学園地下まで侵入を許した時点で詰みに近い。機密区画には無人機のコアなど表に出せない情報なども存在する。千冬が地上に上がって戦線に参加してしまえばこの女を止める手段が無くなってしまう。

 

かといって、こんな閉所でISを展開されて暴れられれば崩落の危険性もある。中にいる者達も無事で済む保証はない。幸いにしてあちらは仕掛けてくる気配は感じられないため、こうして睨み合う形で均衡を保っておくことしかできなかった。

 

「でも、地上で戦ってくれている子達の安否が心配ね。アリーナの様子は監視カメラか何かで見られないのかしら?」

 

「…………、」

 

ミューゼルと呼ばれた女の言葉に、千冬は無言でモニターに映像を回す。従うのは癪だったが、自身も状況を把握したかった。壁面に埋め込まれたモニターに、謎のIS四機を相手取る一方通行たちの姿が映し出される。

 

アリーナ内部の損壊箇所は多いが、見る限りでは彼らの消耗は少なかった。正体不明のISを相手にしながらも食い下がってみせている時点で、並の国家代表と比較しても何ら遜色のない実力を有していると言っても過言ではなかった。

 

「これは……予想以上ですな」

 

「そうね。候補生と侮っていたけど、ロシア代表の更識楯無に見劣りしていないわ」

 

「あの白い男が乗っているISはなんなの……? あんなIS見たこともないわよ!?」

 

先程とは別のベクトルで騒がしくなる室内。多くはセシリア達代表候補生に対しての評価を覆すものと、一方通行に対する好奇の反応。そして、男性であるが故に向けられる侮蔑と嫌悪の視線もあったが、先のやり取りもあって露骨さはない。

 

精神を落ち着けるように深く息を吐く。

 

(十中八九、奴らは無人機体。束が差し向けてきたものであることは確実だが、この女は何者だ? 束が他者の手を借りるとも思えん。更識が言っていた、学園祭の襲撃者達と同勢力と考えるのが妥当か? そうなると狙いは鈴科、だが何故わざわざ地下へ侵入してきた。私の足止めもあるだろうが……)

 

答えの出ない推論ばかりが頭を巡る。

 

かぶりを振って思考を振り払い、改めてモニターへと目を向けた。ただ見守ることしかできない自分が情けない。

 

 

 

世界最強(ブリュンヒルデ)』の称号が、今は酷く重いような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。