Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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なげーよホセ(約一万文字)


二十話

そして迎えた、タッグマッチトーナメント当日。

 

会場となる第一アリーナには秋の清涼な空気を吹き飛ばす程の熱気と歓声が渦巻いており、これから行われる試合の注目度の高さを物語っていた。

 

常であれば1学年丸々収容できる観客席も今日に限っては満席だ。運良く座席を確保できた生徒と、立ってまで観戦したいという生徒でごった返しており、それでも入り切らなかった生徒達は第二アリーナのリアルタイムモニターでの観戦となっていた。

 

一段高くなったVIP席には各国の上役や国連機関の役人など錚々たる顔ぶれが並んでおり、一般席にも企業エージェントやTV局のスタッフ達が生徒に交じってすし詰めとなっている。春先に行われたタッグマッチトーナメントも相当な盛り上がりではあったが、それを上回る程の熱量がアリーナを満たしていた。

 

そんな、騒がしい観客席の一角に。通り過ぎた者が2度見するくらいの―――正確に言えば、そこにいる面子だけで小国を制圧できる程の戦力が集まっていた。

 

「うーん、すごい盛り上がりねぇ。メディアの前に出るのはまだ2回目ってこともあるけど、やっぱりネームバリューが違うのかしら。ラウラちゃんやシャルロットちゃんは慣れてると思うけれど、一夏くんと箒ちゃんにとってはプレッシャーかもしれないわね。簪ちゃんも、緊張してない?」

 

「うん、大丈夫。それより今は……試合の方が、気になるかも」

 

二年生、ロシア国家代表・更識楯無。

 

一年生、日本代表候補生・更識簪。

 

仲違いを解消した姉妹は、互いにペアの相手としては理想といっても良い。前衛後衛のバランスが取れた機体の相性も十分であり、総合的な戦力として高く纏まっている。不安要素としては簪の専用機『打鉄弐式』の完成が危ぶまれていた点であるが、とある少年の助力を受けてなんとか完成まで漕ぎ着けられていた。

 

「認めるのは癪だけど、間違いなく今日一番のカードよね。企業からしても、一夏と箒の機体データは喉から手が出る程欲しいモンでしょうし」

 

「良くも悪くも、この試合がお二人の評価を決定づけると言っても過言ではないでしょう。前回のトーナメントと似通った部分はありますが、だからこそ実力の変動が浮き彫りになります。ただ……願わくば、お二人にはそういったことを気にせずに挑んで欲しいものですわね」

 

一年生、中国代表候補生・凰鈴音。

 

一年生、イギリス代表候補生・セシリア・オルコット。

 

類希な戦闘勘を有する鈴音を前衛に据え、セシリアが後方から射撃支援に回るというスタンダードな戦闘スタイル。しかし、シンプル故に付け入る隙が少なく、打ち崩すには純粋な突破力か、相応の対抗策ないし奇策を用意する必要があるだろう。

 

「……先輩、ウチらもなんかそれっぽいこと言った方が良さそうっス。居眠りしてる場合じゃねーっスよ」

 

「んぁ……? オレらが今から気にしたところで何が変わるわけじゃねぇし、なるようになんだろ。それよりこっち来いよフォルテ、抱き心地のいい枕が無くて困ってんだ」

 

二年生、ギリシャ代表候補生・フォルテ・サファイア。

 

三年生、アメリカ代表候補生・ダリル・ケイシー。

 

互いの専用機の特性を組み合わせた堅牢鉄壁のコンビネーションをして『イージス』と称される、学園内でもトップクラスの実力者二人。ダウナーな空気を纏うフォルテと気だるそうなダリルだが、その自然体の姿こそが彼女らのベストコンディションである。

 

「や、人のこと抱き枕扱いすんのやめてもらっていいっスか?」

 

「そーよそーよ、抱き心地なら透夜くんの方が断然良いんだから。ねっ、透夜くん?」

 

唐突に水を向けられた一方通行は、面倒くさそうな表情で楯無を見た。その顔には「一々巻き込むな」と書いてあったが、楯無は無視してにっこりと微笑んだ。

 

訳あって今回のトーナメントへの出場は見送っている一方通行だが、その戦闘能力は折り紙付きだ。理論派の到達点とも言える、高い情報処理能力と空間把握能力によって組み立てられる戦闘理論。戦況を把握し、相手の思考を推測し、行動を制限し、攻撃を振るい、あるいは防ぐ。ただそれだけのプロセスを極めて高い精度で実行し続ける―――言葉にするのは簡単だが、果たしてそれを可能にできる者がどれだけいるか。

 

個としての単騎戦力で見るならば、学園最強である楯無をも凌駕するポテンシャルを有する。しかし出回っている情報は一夏以上に少なく、今回もその実力を見せる機会はなさそうだった。

 

なにせ、彼の駆る機体が機体である。

 

篠ノ之束が手がけた第四世代相当の機体に、取り込んだ福音の武装プログラムによって変質した第二形態『極天』。見るものが見ればそれがどのようなものか分かってしまうが故に、アメリカやイスラエルの関係者も出席するこの場で機体を露見させる訳にはいかない。

 

日本国籍だって束が偽装したものなので実質無国籍、しかも二人目の男性操縦者。ただでさえ複雑な立場をより悪化させるのは防ぎたい、という学園側の措置だった。無論多くの反発もあったが、全て千冬の元で握り潰されていた、というのは彼の預かり知らぬところである。

 

「……楯無先輩? その口振りですと、透夜さんを抱き枕にして寝た事があると捉えてよろしいのですね?」

 

「……、あー……まあ、そうね?」

 

「そうですか。墓前のお花は何がよろしいですか?」

 

「え? 私もう死んでる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナの喧騒が僅かに耳に届く。

 

引っ張られるように、内側に向けていた意識が表層へと浮上する。

 

閉じていた眼を開けば、クリアになった思考がゆっくりと回り始める。

 

身体に不調はない。愛機のコンディションチェックも済んでいる。各種武装、スラスター稼働も万全だ。全身を血潮のように駆け巡る闘志を感じながら、一夏は軽く右手を開閉する(・・・・・・・・・)

 

「む……一夏」

 

「ああ、分かってる。ちょっと気持ちが昂ってるだけだ」

 

同じピットにてその様子を見ていた箒が咎めるような声を上げる。が、当の一夏が先んじて内容を口にしたことで「ならばいい」とすぐに引き下がった。

 

姉や幼馴染からは悪癖と言われる、この右手を開閉するクセ。彼自身も無意識に出てしまっているものなので制御が出来ないのだが、大抵これが出ている時にはしょうもないヘマをやらかすのが恒例だった。なるほど確かにその通りだろう、試合を前にして、気持ちの昂りが自覚できる。

 

その状態を自覚できている(・・・・・・・)のだ。

 

闘志を燃料に気炎を巻き上げる自分と、頭の中でそれを客観的に俯瞰するもう1人の自分。優れた選手は常に冷静な自分を頭の中に飼っているというが、言い得て妙だ。

 

心は熱く、頭は冷静に。

 

戦いに赴くには理想的なコンディションだった。

 

『試合開始時刻となりました。各選手は指定のカタパルトより順次発進準備をお願いします』

 

スピーカーから真耶の声が流れると同時、物々しい金属音と共にカタパルトレールが起動する。

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

光の粒子が弾け、白と紅が顕現する。

 

幾度となく空を駆け抜けた愛機。既に展開時間は半秒を割っている。

 

ぶるり、と背中が震えた。

 

恐れではない。緊張でもない。戦いを前にして高揚する心の臓腑が四肢から熱を吸い上げ、反比例するように頭の芯が冷えていく。最後にもう一度ステータスウィンドウにざっと目を通してから、カタパルトに両足を載せる。

 

「先に行くぜ。それと、箒」

 

「なんだ?」

 

「勝つぞ」

 

唐突に投げ掛けられた言葉に、箒は目をぱちぱちと瞬かせていたが。やがて口端を笑ませて大きく頷いた。

 

それを確認し、一夏は前傾姿勢を取る。視界に表示された発進ボタンを視線認証(アイ・コントロール)で押下した瞬間、電磁カタパルトが作動。『白式』の脚部を噛み止めたまま猛然と加速し、純白の機体がアリーナ内部へと飛翔する。

 

 

 

直後、アリーナが揺れた。

 

 

 

(うおっ!? な、なんだ……?)

 

一夏が姿を現した瞬間、ただでさえ騒がしかった観客席から爆発的な歓声が上がる。まだ試合が始まっていないにも関わらず、弾けた感情が物量すら伴って機体を叩いた。少し遅れてやってきた箒も、予想外の盛り上がりに若干困惑している様子だ。

 

「さしずめ僕らが悪役(ヒール)ってところかな?」

 

「そうむくれるな。簪が言うには、昨今はダークヒーローというものも流行っているらしいぞ」

 

「それはちょっと違うような気がするけど……」

 

対面のカタパルトから、タイミングを同じくして姿を見せたシャルロットとラウラ。耳を劈くような歓声は主に一夏達へ向けられた期待の色が濃く、空気は彼女らにとってアウェイに近い。が、そんな瑣末事に気を取られてリズムを乱されることもなかった。

 

試合開始のカウントダウンまで、二言三言交わす程度の猶予はあるだろう。解放回線を開いた一夏は因縁浅からぬ少女へと言葉を紡ぐ。

 

「こうやって対面するのは、公式戦じゃ二度目だな」

 

「そうだな。最初は新兵だと侮っていたものだが、今やしっかりと兵士の顔つきになっている。お前の成長には目を見張るものがあるぞ」

 

「随分とリップサービスが良いな。褒められたって油断はしねーぞ」

 

「フッ……前回は私も無様な姿を晒してしまったが、今やもう迷いはしない。―――全霊でお前を叩き潰してやろう」

 

眼前の白い少女から、目に見えぬ戦意が重圧となって放たれる。会場の空気を上書きするような重く冷たいそれを、しかし一夏は獰猛な笑みを以て歓迎した。

 

ああそうだ。自分よりも強い相手でなくては意味が無い。強者を打ち倒し自らの糧とする。そうしなければ強くなんてなれやしないのだから。

 

対峙する両ペアの丁度中間地点に浮かぶカウントダウンが数を減らしていく。

 

一夏が愛刀『雪片弐型』を呼び出し、箒が腰の二刀を抜き放つ。ラウラが眼帯を外してプラズマ手刀を展開し、シャルロットがアサルトライフルを構えた。四人の放つ重圧に飲まれるかのように歓声が小さくなっていき、張り詰めた空気が最高潮に達し―――カウントがゼロになる。

 

試合開始と同時に飛び出したのは一夏。

 

スラスターを激発させ爆音と共に加速した純白の機体が、余波だけで地を抉りながらラウラへと肉薄する。機体のパワーを十全に活用した瞬時加速(イグニッション・ブースト)―――

 

 

 

 

ではない(・・・・)

 

 

 

 

予想外の加速力に、ラウラの目が見開かれる。

 

が、そこで硬直して隙を晒してしまうようでは代表候補生など名乗れない。意思に先行して身体は動く。

 

機体の加速と抜刀の威力を乗せて振るわれた白い刀身にプラズマ手刀を合わせ、衝撃を後方へと受け流してみせた。虚を突かれながらも迎撃を間に合わせたラウラだったが、内心は少なくない衝撃に襲われていた。

 

(想像以上に速い……ッ! 瞬時加速特有の溜め(・・)がないからリズムが狂わされる! つくづく厄介だな、展開装甲とやらは!)

 

無論、慮外の加速にもタネはある。

 

福音戦を経て二次移行(セカンド・シフト)を果たした『白式』は、雪片弐型に組み込まれていた展開装甲の機構を一部取り込んでいる。『零落白夜』発動のため攻性エネルギーの放出に偏ったものであったが、機体側の展開装甲は本来の機能を取り戻していた。

 

攻撃・防御・機動の各種役割を操縦者の意思ひとつで切り替えられる兵装、それを搭載した第四世代機。すなわち、即時対応万能機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)

 

今の超加速は、『白式』のスラスターに加えて展開装甲を追加スラスターとして稼働させていたが故のものだった。

 

開幕直後の先制攻撃か(・・・・・・・・・・)分かりやすいな(・・・・・・・)!」

 

生憎と、俺は小細工は苦手なんでね(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

聞き覚えのある挑発に覚えのある返答を投げつけ、即座にサイドブーストをかける。直前まで一夏が立っていた場所に弾丸の嵐が降り注いだ。

 

「僕も忘れないでほしいかなって!」

 

「忘れる訳ねぇだろ……ッ!」

 

勢いそのままに回避運動へとシフトし、右へ左へと小刻みに機体を振って狙いを散らす。味方の時はあれ程頼もしかったシャルロットの射撃を紙一重で躱しながら、一夏は舌を巻く。彼女自身の戦闘能力も然ることながら、援護に回られた時の厄介さが段違いだった。

 

「箒ィッ!!」

 

「任せろ!」

 

声を張り上げ相方を呼べば、紅の機影が飛び込んでくる。翳した腕部装甲からエネルギーが放出され、薄く引き伸ばされた状態で収束、固定化。形成された紅色のエネルギーシールドを構えたまま、シャルロットへ向かって箒が突撃していく。

 

アサルトライフルの弾丸程度では、高密度のエネルギーで編まれた盾を破ることはできない。接触した端から蒸発していく様子を視認しながらも、射撃の手を休めることなく武装を呼び出し(コール)

 

連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』に装填したのは通常の散弾ではなく、衝撃と貫通力に重きを置いた特殊な一粒弾(スラグ)。弾頭に特殊加工を施すことで叩き付けられた衝撃を貫通させる、『鎧通し』の技術から着想を得た新型弾薬だ。

 

一夏と箒、互いに近接武装がメインとなる機体。多少の牽制は可能であるとしても、こうして無理矢理に間合いを詰めてくることは織り込み済みだった。

 

(そして、その手段は『機動力での踏破』か『防御での強行突破』の二択! 至近距離での攻撃力は確かに脅威だけど、接近する際にまず頼るのは技術じゃなく機体! 箒が土俵に上がる前に叩き落とすッ!)

 

後ろ手に提げていた銃身を勢い良く抜き放つ様はガンマンの早撃ち(クイックドロー)さながら。響く轟音は、銃声というよりも砲声に近かった。

 

ライフル弾ではないため弾速はやや落ちるが、それでも回避は間に合わない距離。直撃すればシールド越しでも相応のダメージは入るだろう。

 

 

 

そんなシャルロットの思惑を断ち切るように、銀閃が迸る。

 

 

 

箒が右手の刀を振るったのだと認識した時にはもう、必中を期して放たれた弾丸は真っ二つに分かたれていた。脳の理解が追いつかないまま二度、三度と引き金を絞るが、箒が刀を振るう度に断ち切られ、あるいは弾かれて無力化されていく。

 

まるで漫画のような光景に、観客席がどよめいた。

 

「ちょ、はぁっ!?」

 

「お前の意識が向く先、視線が向く先、銃口を向ける先―――つまりはお前の狙う場所。撃たれる場所さえ分かれば、真っ直ぐ飛んでくる弾ほど斬りやすいものもあるまい!」

 

理解し難い光景を見て、およそ彼女らしくないレスポンスを上げたシャルロット。対する箒は至極真面目な顔で理解不能の理論を振りかざし、二刀を閃かせて弾丸を弾き返しながらぐんぐんと距離を詰めていく。

 

(いやいやいやおかしいって! 弾だよ? 音速超えてるんだよ!? しかも特殊弾頭なんだから当たったら刀の方が砕けるはずなんだけど!? え、日本のサムライって皆こんなことできるの? っじゃない、止められないならとにかく回避! この位置はマズい、距離を取らないと!)

 

混乱しかけた思考を引き戻し、迎撃から回避に切り替えてバックブースト。両手にアサルトカノン『ガルム』を呼び出し弾幕を展開する。一点の火力よりも面での制圧を狙った最初の構図に戻り、戦況が膠着した(・・・・・・・)

 

(ラウラと合流……いやダメだ、一夏と箒を近くに置いたらこっちが纏めて吹っ飛ばされかねない! 隙を見てラウラのフォローをしつつ、箒をこの場に縫い止める! タッグマッチだけど、この場においては2vs2じゃなくて1vs1が最善!)

 

『ラウラ! プランC2でお願い!』

 

『っ、了解した!』

 

事前に決めておいた合図。それぞれがターゲットを定めてその場から動かず、その代わりに相手の連携も取らせないことを目的とした一人一殺の形。機体スペックで劣る以上個々人の技量が試される戦略だが、シャルロットの狙いはそこではない。

 

紅椿の展開装甲は、攻撃にしろ防御にしろ全てがエネルギーの性質を有する。つまりは何かしらのアクションを起こす度にエネルギーを消耗するため、持久戦に弱い。対してラファールは燃費と安定を突き詰めており、実弾故の弾切れこそ懸念されるが継戦能力ならばこちらに軍配が上がるだろう。

 

最初こそ苛烈な攻撃も、時間経過とともに有利になっていくのはこちら側だ。そう結論付けて、シャルロットはガス欠を狙って削り続ける持久戦へと舵を切った。

 

「銃撃を刀で弾くなんて流石に驚いたよ。日本のサムライって凄いんだねっ!」

 

「なに、鍛錬次第で誰でも出来るさ!」

 

序盤の探り合いを過ぎて戦いは佳境へと差し掛かる。更なる興奮を求め、アリーナの熱気も際限なく高まっていく。一夏と白式の超加速に、箒が見せた弾斬り。開始早々見せつけられた大技に気を取られ、誰も気が付かない。

 

この戦況こそが、意図的に仕組まれたものであることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ―――!」

 

呼気と共に振るわれた刃が、黒い装甲を断ち切らんと唸りを上げる。太刀筋は鋭く、並のIS乗りでは防ぐことすらままならないだろう。しかし、彼が相対しているのは間違いなく並のIS乗りではなかった。

 

「ただ速いだけの斬撃など―――!」

 

神経伝達物質の活性化を促し、結果として肉体の反応速度を爆発的に向上させる戦闘用ナノマシン『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』。最大稼働状態を示す金色の輝きを放ちながら、一夏の剣戟を捌くと同時に的確な反撃を差し込んでいく。

 

一撃一撃の威力は長刀を振るう一夏の方が上だが、小回りと手数ならば二刀を扱えるラウラが有利だ。加えて、彼女の手足たる武装はそれだけに収まらない。

 

肩口を狙って突き出されたプラズマ手刀を『雪片弐型』で弾き返す。その後隙を狙い、うねる生物のような動きでワイヤーブレードが二本、僅かな時間差をつけて飛んでくる。刀を引き戻していては間に合わない。握っていた柄から左手を放し、裏拳の要領でブレードの側面を叩いて軌道を逸らした。シールドエネルギーが僅かに減少する。

 

拳を振り抜いた勢いそのままに機体ごと回転。右手に残った『雪片弐型』でもう一本のワイヤーブレードを払い除け、続くラウラ本体の攻撃は空中で転がるようにして回避。最小限の被害で彼女のキルゾーンから抜け出した。

 

(ッ、今のを防ぐか! 動きのキレ、判断力、どれをとってもあの時とはまるで別人だな、織斑一夏……!)

 

(『白式・雪羅』はカタログスペックなら『シュヴァルツェア・レーゲン』を上回ってる! それでも押し切れないのは純粋に操縦者の技量、経験値の差! とにかく戦い方が抜群に(うめ)ぇ!)

 

ラウラの駆る『シュヴァルツェア・レーゲン』は武装こそ全距離に対応した構成だが、彼女自身の得意とするレンジは近距離から中距離。ワイヤーブレードとAICによって相手の行動を制限し、限定的な空間において自らの有利な状況を作り出せる。

 

つまり―――ラウラ・ボーデヴィッヒと1vs1で戦うこと自体、本来は避けるべきなのだ。

 

以前のタッグマッチトーナメントで一夏がラウラに対してあそこまで食い下がれていたのは、ひとえに相方のシャルロットの援護があったからに他ならない。

 

両手のプラズマ手刀と六本のワイヤーブレードを躍らせ、絶え間の無い攻撃を振らせる様はまさに黒い暴風雨。箒の教えにより防戦の技術も跳ね上がっている一夏だが、それでも刀一本で凌ぎ切るには限界がある。八対一ではどうやっても手数が足りない。

 

単純な計算だった。

 

(ぐ、ぎ……ッ!)

 

脳が焼き切れそうな感覚を無視して一心に刀を振るう。僅かなミスがそのまま決定打になりかねない状況。クリティカルヒットこそ防いでいるものの、捌ききれない攻撃が機体を掠めている。純白の装甲が徐々に削り取られ、シールドエネルギーがじわじわと減少していく。

 

「認めよう、今のお前は紛れもない強者だ! だが、私には負けられない理由がある! あの人に……否、あの人を超えるまで―――負けられないのだッッ!!」

 

「そ、んなもん……! 俺だって幾らでもあるんだよッッ!!」

 

弾けた感情が刀に乗った。

 

斬撃が加速する。横薙ぎで左の手刀を逸らした。脱力させた手首を返し、瞬時に刀を引き戻して大上段唐竹割り一閃。防御から最速で攻撃に転じる、篠ノ之流剣術『一閃二断』。

 

雪片弐型が大気をも裂く勢いで振り下ろされ―――踏み込んだ足が、不自然に停まる(・・・)

 

(AIC……ッ!? こんな斬り合いの最中に!?)

 

慣性停止結界(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)

 

指定した対象または座標に特殊な力場を構築し、力場へ進入した物体の運動量を強制的にゼロにさせる『シュヴァルツェア・レーゲン』の特殊兵装。警戒していない訳ではなかった。

 

しかし、イメージ・インタフェース兵装はその出力次第で発動に要する集中力が変動する。例えば鈴音の『甲龍』に搭載されている衝撃砲は、空気を圧縮して打ち出すという仕組みとしては単純なもの故に連射が効き、殴り合いながらでも射撃は可能だ。

 

だがAICはその強力な性能と引き換えに、発動には多くのリソースを割かなくてはならない。だからこそ一夏は多少のリスクを負ってでも至近距離の乱打戦を仕掛け、AICという札を切らせないようにラウラの集中力を斬り合いへと向けさせていたというのに、何故―――!

 

抱いた疑問の答えは、彼自身がよく知っているハズだった。

 

一夏が劇的な進化を遂げたように。

 

見た目こそ変わらねど、ラウラもまた進化している。

 

それだけの話だった。

 

踏ん張りを崩され、軸の傾いだ斬撃はプラズマ手刀で容易く弾かれる。雪片弐型が回転しながら天高く打ち上げられ、体幹を崩された胴体はがら空きだ。

 

そのまま長刀の間合いの更に内側、腕も振るえない超至近距離へと潜り込む。万一を警戒して確実に反攻の芽を潰し、尚且つ追撃を打ち込めるポジションへと。

 

防御も回避も間に合わない。

 

誰もがそう確信した。

 

斬撃が装甲を砕き、シールドエネルギーが激減した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってたぜ、この時をよォ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白式』のシールドエネルギーは5割を切っている。装甲もひび割れ、度重なる無茶な機動によって駆動部も悲鳴をあげている。だが、それら全てを無視して、一夏は凄絶な笑みを浮かべていた。

 

雪片弐型は未だ宙を舞っており、彼が手に持つ武装は無い。

 

だが、ラウラの視界で弾ける青白い燐光を見間違えるはずはない。あらゆる防御を無に返す必殺の光刃―――『零落白夜』。彼の切り札ともいえるその輝きが何故、左手から零れている(・・・・・・・・・)―――!?

 

「な、んだ、それは……ッ!?」

 

「お披露目する機会に恵まれなかったんだけどな。初陣としては大金星だろ……!」

 

右の腕部装甲と比べて一回り大きくなっている、左前腕部分の装甲。そこには二次移行によって新たに追加された『白式』唯一の遠距離攻撃手段、多機能武装腕(アームド・アーム)『雪羅』が搭載されている。

 

一発の燃費の悪さ、一夏自身の射撃センスも相まってほとんど使っていなかったその武装に、新たな項目が追記されているのに気が付いたのはつい最近。

 

―――『零落白夜』と同様の性質を有するエネルギークロー。

 

一夏はその存在をペアである箒にのみ伝え、どのようにして活用すれば良いか頭を捻らせた。威力こそ高いが、リーチは『雪片弐型』に劣る。故に、完全確実に当てられる状況を作り出すまでその存在を悟られる訳にはいかなかった。

 

貫手のように揃えた五指が、青白い光と共に『シュヴァルツェア・レーゲン』の肩口を抉っている。シールドバリアを濡れた紙のように貫通し、絶対防御が発動。エネルギーをゴリゴリと削り取っていく。刺し違える形にはなったが、それを抜きにしても余りあるほどのリターン。

 

(新たな武装、それはいい!だが不可解なのは今の反撃! 完全に崩された体勢からあれ程正確な反撃を打ち込むなど、予測していなければ不可能(・・・・・・・・・・・・)な……いや待て、まさか―――ッ!?)

 

即座に身体を捻り、牽制のレールカノンを放ちながら後退する。幸いにして追撃はなかった。あちらも体勢を立て直したいのだろう。

 

視界の端に浮かぶ数値を見れば、残りのシールドエネルギーは3割を切っていた。同時に、脳裏に浮かんだ仮説に愕然とする。

 

「誘われた、ということか……!」

 

「ご名答。もう少し悩んでくれても良かったんだけどな」

 

苦々しく呟くラウラ。身体に溜まった熱を吐き出すように息をついた一夏は、再度呼び出した『雪片弐型』を構えた。今までの我流剣術とは異なる、明確な『理』によって構成された型。

 

甘美な毒のように懐へ誘う篠ノ之流の構え。

 

「さて―――文字通り、反撃開始といこうか……!!」

 

 

 

 

 

決着は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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