Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十八話

一年生寮、食堂。

 

「うーん……」

 

いつもの席に腰掛けた一夏は、目の前のテーブルに鎮座する焼き鮭定食(ご飯大盛り)をつつきながらなんとも言えない声をあげた。

 

トーナメントの開催を明後日に控えた土曜日の今日は、最終調整前の休養日となっていた。これは学園側から正式に通達されたものであり、今日に限っては学園内のアリーナも使用禁止となっているのだが、端的に言って一夏はやる気を持て余していた。

 

(理由は分かるけど、せめて調整飛行くらいはさせてくれねーと勘が鈍っちまうぜ。箒から教わったアレはもう少しでモノに出来そうだし、近接戦闘機動(マニューバ)のスラスター出力も馴染ませたいし……あー訓練してぇ)

 

一度は己の弱さに打ちのめされた彼だったが、幼馴染みや周囲の人々の助けを借りてしっかりと立ち直っていた。訓練にも一層真剣に打ち込んでおり、暇さえあれば少しでもISを動かして経験値を積もうと努力を重ねていた。

 

というか、寝ても醒めても訓練とISのことばかり考えるようになっていた。藍越学園を受験する予定だった時すらこんなに真面目に取り組んだことはない。半ば訓練中毒のようになっている自覚はあるが、少しずつでも前に進んでいるという手応えが心地良かった。

 

前までのような焦りはないが、今は強さへの渇望と勝利への貪欲さが彼にとっての原動力だった。

 

そこへ、金銀コンビことシャルロットとラウラが姿を見せる。

 

「おはよう一夏。お休みなのに早起きだね」

 

「おう、おはよう。早起きなのはそっちもだろ、まだ七時だぜ?」

 

「休日だからといって怠惰に過ごすのは性に合わんのでな。平時から高いパフォーマンスを維持する為には、規則正しい生活が必要だ」

 

「それに関しちゃ全面同意するけどさ。鈴科にも言ってやれよ」

 

師匠は特別だ、と言って席につくラウラを苦笑いで迎える一夏。横にずれてスペースを空けてやれば、シャルロットがこれ幸いとばかりに一夏の横に陣取った。ほかほかと湯気を立てるポタージュと格闘するラウラを眺めながら食べ進めていると、不意に小さな笑い声が耳に届く。

 

鈴を転がすようなその声の出処は、隣に座るシャルロット。

 

「シャル? どうしたんだ?」

 

「一夏ってば、『訓練したい』って顔に書いてあるよ? やる気に溢れてるのはいい事だけど、今日くらい肩の力を抜いた方がいいんじゃないかな?」

 

「……俺、そんなに分かりやすいか?」

 

「割とね」

 

自分が思っている以上に心中の不満が顔に出ていたらしい。が、指摘された一夏としてはそんな自覚などあるはずも無いので、取り敢えずいつもの5割増くらいで表情を引き締めて朝食に戻る。

 

今からトーナメント出るのか? と言わんばかりの凛々しい顔で焼き鮭を解す様はシュール極まりないが、ラウラは火傷した舌を冷ましているしシャルロットは『これはコレで良いか』と想い人のキメ顔に見蕩れているので突っ込む者は居なかった。

 

「おはよー……って、どんな顔して飯食ってんのよアンタ」

 

「何故劇画調になっているんだ……?」

 

そうこうしているうちに幼馴染コンビこと鈴音と箒も朝食の席に加わる。こちらもこちらで一夏の顔面によって少なくないダメージを受けているのだがそこは流石に幼馴染。その程度で一喜一憂するほど耐性が低い訳ではなかった。

 

「おはよう2人とも。ちょっと一夏が訓練中毒になりかけてるって話をしてたんだ」

 

「おいおい、情報操作は良くないぜ。それに、ここはIS学園なんだから休日も鍛錬を怠らない優等生として褒められて然るべきじゃないか?」

 

「その発言がもう中毒者のそれだぞ」

 

箒からド正論をぶちかまされ、一夏は無言で顔を逸らした。何かしら理由をつけて自分の行動を正当化しようとしている辺り、割と手遅れな感じではあるのだが。

 

「まあ、一夏の考えも分かるさ。なにせ私達の相手は全員が全員格上だ、対策を積んで困るということもないだろうからな。だが、気負い過ぎて本番で力を発揮できないのでは、それこそ本末転倒だぞ」

 

「わかってるって。もう二度と無様な敗北は晒さねぇ」

 

獰猛な笑みを浮かべる一夏と涼しい顔でそれを諌める箒。今回の専用機持ち限定タッグマッチトーナメントにおける6組のペアのうち、機体スペックではツートップの2人。しかし、周囲からの評価としては『そこそこ』止まりなのが現実だ。

 

一夏の白式は高機動高火力の代償として全体的な燃費が悪く、カタログスペックを十全に活かすためには緻密なスロットルワークを要する。第二形態へ移行したことで可能になった二重瞬時加速(ダブル・イグニッション)に切り札の零落白夜と、どれもエネルギーを食うものばかり。使い所を誤ればあっという間にガス欠になってしまうが故に、手札の切り時を作る試合運びに注目が集まる。

 

箒の紅椿(あかつばき)は、実姉である束の手によって作られた正式な第四世代機。現行する機体の中でも頭一つ抜けた性能であるが、搭乗者である箒自身は稼働時間が少なく、ISでの戦闘経験という面においては他の面子に劣る。

 

しかし、彼女はIS乗りであると同時に剣客である。数百年をかけて磨かれてきた実戦剣術・篠ノ之流の使い手にして後継者。相手がISに乗っていようと動かしているのは人間である以上、意識の間隙を突崩す篠ノ之流が通じない道理なぞ無い。

 

機体性能に頼ったルーキーと呼ばれるか、オッズを覆す下剋上を果たすか―――期待値の高まる一夏&箒ペア。

 

「フッ、威勢の良いことだ。だが、戦いとは気合いや根性だけでどうにかなるものではない。お前達には悪いが、一足早く観客席からの眺めをプレゼントしてやろう」

 

「これでも国の旗を背負ってるんだ。そう簡単に負けてちゃ代表候補生なんて名乗れないし、肩書きだけじゃないって所を見せなくちゃね」

 

気炎を吐く一夏たちに対し堂々と構えるラウラと、彼女の口元についたソースを拭ってやりながらも静かな闘志を燃やすシャルロット。

 

ドイツ軍IS特殊部隊『黒兎部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』の隊長にして現役軍人であるラウラは、代表候補生達の中でも指折りの実力者である。一時とはいえ、かの織斑千冬から直接指導を受けて鍛えられたIS技能は間違いなく一級品。

 

遺伝子強化素体(アドヴァンスド)という出自に加え、『越境の瞳』による並外れた動体視力。冷静な判断力と戦闘思考を兼ね備え、『ドイツの冷氷』の通り名に違わぬ活躍が期待される。

 

シャルロットは持ち前の器用さと即応力によって、どのような戦場であっても安定した戦いが可能だ。自身の得意な交戦距離を維持し、高速切替(ラピッド・スイッチ)を活かした付かず離れずの戦法は『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』と呼ばれ高い評価を得ている。

 

以前行われた学年別タッグマッチでは、相方の一夏をサポートしながらもラウラへ決定打を与えるという好戦績を残しており、今さら彼女の実力を疑う者はいないだろう。

 

欧州屈指の実力者が肩を並べた、攻守ともに隙のない構成―――ラウラ&シャルロットペア。

 

「ったく、朝っぱらから火花散らしちゃってさぁ。いつからアンタ達そんなバトルジャンキーになったワケ? いーからさっさと食べなさい、冷めるわよ!」

 

「はい……」

 

鈴音はといえば、そんな4人を半眼で眺めながら中華粥をパクついていた。トーナメントの相方がこの場に不在ということもあってか、実に彼女らしい自然体の振る舞いだった。なんの捻りもなく普通に叱られ、しわくちゃになった某電気ネズミのような顔で食事に戻る一夏。

 

そんな光景を見ていた周りの生徒から『お母さんだ……』と思われている事などつゆ知らず、問題児達を黙らせた鈴音は腕を組んで嘆息する。休養日の意味分かってんのかしら、と半ば呆れつつも何か妙案は無いかと思考を巡らせて―――不意に指を弾いた。

 

「そうだ、折角だから皆でどこか出かけない? 学園に居たってすることないし、全員の予定が合うことだってそんなにないし。休養日だってんなら、それらしく楽しませて貰おうじゃない」

 

「おっ、いいな!」

 

「ふむ。確かに、ここに居てはどうしてもISに意識が向いてしまうからな。出かけるというのは私も賛成だ」

 

「僕も賛成。ラウラは?」

 

「師匠が行くならば私も同行しよう」

 

ブレねぇなこいつ、と思いつつその他4人は即座にアイコンタクト。ラウラを引きずり出すには一方通行を説得しなくてはならないのだが、攻略法は意外と簡単なのである。

 

まずは狙うのは彼ではなくセシリア。それっぽい理由をつけて彼女を丸め込んだら、セシリアを利用して一方通行を陥落させる。何だかんだ彼女に甘い一方通行であれば無下には断れないハズだ。最悪泣き落としで封殺できる。そうして一方通行が落ちれば、後は自動でラウラもついてくるという訳だ。

 

(分かってるわね、アンタ達)

 

(OK、セシリアを口説くのは任せろ)

 

(一夏今なんて言ったの?)

 

(……すまん、今のは俺の言い方が最悪だった)

 

(介錯してやる。そこへ直れ)

 

(箒お前、目がマジなんだけど。怖ぇよ)

 

一瞬で段取りを組み上げて、そうと決まれば後は主役を待つばかり。ほどなくして、

 

「おはようございまきゃああああ!?」

 

「くァ……、ン?」

 

柔らかい微笑みを浮かべたセシリアと大あくびをかます一方通行が現れ―――一瞬でセシリアが拉致されていった。寝起きで頭の働いていない一方通行はぼんやりとその姿を見つめていたが、ほどなくして緊張した面持ちで帰ってきたセシリアと、その背後でイイ笑顔を浮かべた一夏と鈴音を見て。

 

面倒なことになりそうな気配に、小さくため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セシリア、これはどうだ? 断熱性と保温性に優れ、内層に強化アラミド繊維を仕込んでいる。拳銃弾程度ならば防げるだろう」

 

「あのですねラウラさん。普段着なのですから、もう少しお洒落に気を遣ったものを選んでくださいな。というか何処から持ってきたんですの?」

 

「奥の軍用コーナーだが」

 

「……何故そんな箇所があるのかは疑問ですが、とにかく返してきてください」

 

「む、そうか……」

 

駅前の大型ショッピングモール『レゾナンス』。

 

以前、臨海学校に向けて水着を新調するために訪れたこの施設に、一方通行達は再度足を運んでいた。

 

朝食の席で流されるままに予定を決められ、身支度を整えて再出撃したのが2時間前。行きのモノレール内で挙がった冬服の話題の中で、一方通行が冬用の衣類を持っていないと判明したのが1時間前。『ならばこの際買ってしまおう』と全員で洋服店を巡り始めたのが30分前の事である。

 

一夏、箒、鈴音、シャルロットの4人はボトムスやシューズを探しに別コーナーへ。アウターやコート類については一方通行、ラウラ、セシリアと、

 

「……えっと。私、服はそんなに詳しくないんだけど」

 

所在なさげに佇んでいる簪の4人で選ぶこととなった。

 

朝食の際、たまたま通りかかった簪にセシリアが声をかけ、それならば一緒にと連れてこられた簪。元々予定もなく、アニメ鑑賞に耽ることになっていただろうから来ること自体に否やはないのだが。

 

「多方向からの視点は必要でしてよ、簪さん。わたくしとラウラさんだけではどうしても偏りが……というか、ラウラさんはあまり当てになりませんので」

 

「そういうことなら、まあ。けど、そんなに期待はしないでほしい……」

 

「目指せ読者モデルですわね」

 

「ハードル高いね……」

 

やいのやいのと高級そうなブランドを片っ端から漁っていく彼女たちを尻目に、一方通行は疲れた表情で缶コーヒーを傾けていた。10分おきくらいで何着かの服を持ってきては更衣室に放り込まれ、着せ替え人形にされているのだ。肉体よりも精神的な疲れが強かった。

 

一方通行としては着られれば何でも変わらないだろうというのが正直な感想なのだが、その程度で彼女らが止まるはずもなく。今は備え付けのベンチで体力回復に努めることしか出来ないのである。

 

(たかが服選びにハシャぎ過ぎだろォが……。っつか、コイツらの体力はどっから湧いて出てきてンだよ。外付けバッテリーでもついてやがンのかァ?)

 

腕時計に目を落とすが、短針はまだ11時を過ぎた辺り。昼飯の時間には切り上げるとしても、最悪あと1時間は付き合わされることになりそうだ。此方に来てからすっかり癖になってしまっている、諦めの混じったため息が漏れた。

 

少しでも気晴らしになるものはないかと思い、ぐるりと周囲を見渡してみるが目に入るのは服、服、服、そして子供―――

 

「……、あン?」

 

視認した風景に違和感を覚えた一方通行の口から、疑問の交じった声が漏れた。

 

ショッピングモールなのだから、子供が居ることは不思議ではない。しかし、保護者らしき大人の姿も見当たらず、不安そうにきょろきょろと周囲を探している様子を見れば嫌でも予想はつく。

 

大型商業施設において頻発する親と子の遭難。

 

つまりは迷子である。

 

レゾナンスの広さを考えると探し出すのは相当に骨が折れるだろうが、別段迷子になったからといって命の危険がある訳ではない。そのうちに店員か誰かが見兼ねて声を掛けるだろうし、わざわざ首を突っ込むこともあるまい。

 

『検索。目標との近似DNAを保有する個体……周囲に該当なし。周辺状況から見て、あの子供は「迷子」であると判断する。声を掛けた方が良いのでは?』

 

(勝手に出てくンじゃねェよ。っつか、オマエは俺のツラ見てから言ってやがンのか? それともあのガキを泣かせてェだけか?)

 

勝手に起動して余計な事を始めた『夜叉』のコア人格に対して苦言を呈する一方通行。平坦な声が頭の中に直接響いてくるような感覚には未だ慣れないが、少なくとも夜叉が提示した案に彼が乗るメリットは無さそうだった。

 

自分が無愛想なのは自覚しているし、声も低く目付きも悪い。そんな人物が泣きそうな幼女に声を掛けている場面など、傍から見れば完全に事案である。アナウンスされるのは迷子の放送ではなく不審人物の通報だろう。

 

どちらにせよ、この場に留まって要らぬ面倒を呼び込むよりはセシリア達と合流してしまった方が良いだろう。そう結論づけると、空になった缶コーヒーを捨てに行こうとして立ち上がり、

 

「あ、あの……お母さん、知りませんか……?」

 

「……………………、」

 

他ァ当たれ、という言葉をすんでの所で飲み込んで。吐き出す溜息の代わりに、大きく天を仰いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 




ッエーイ

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