Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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2年近く放置してたのに沢山の感想や評価を頂いて嬉しい限りです。
日刊ランキングまで載ってて何だこれはたまげたなぁ()


十七話

「まずは連絡事項だが、今月末に開催される『専用機限定タッグマッチトーナメント』の要項についてだ。該当者には後ほど個人端末に要項を転送しておくので確認しておくように。次に、中間試験の成績と追試についてだが―――」

 

教壇に立つ千冬の声を聞き流しながら、一方通行は欠伸をひとつ噛み殺した。3日間かけて行われた中間試験も今日で終了し、勉強という枷から開放されたせいか教室内の雰囲気もどこか浮ついている。

 

教室の前の方では精魂尽きた一夏の抜け殻と、それを心配そうに眺める箒とシャルロットの姿がある。試験期間中、一方通行の部屋で度々開催された勉強会ではほとんど一夏の教育に時間を費やしていたのだが、基本的に専用機持ちは元々の地頭が良い面子ばかりである。

 

その点、勉学の出来に関して言えば一方通行は文字通り次元が違う。スーパーコンピュータを軽く凌駕する演算能力と記憶力を有する彼にとって、IS学園の試験など呼吸をするよりも簡単だ。

 

だが、ここでひとつ問題が発生する。

 

一方通行の頭脳は優秀である。問いを見れば答えが分かる。考えるという過程を挟まずに最短距離で正答に辿り着いてしまうのだから、解き方の説明を求められたところで解説ができない。なので、

 

『なぁ透夜、ここの問題でちょっと分からない部分があるんだけどさ』

 

『……ほらよ』

 

『? え? あ、いや、正答じゃなくて、途中式っていうかエネルギー効率の計算式の方を知りたくてだな』

 

『……?』

 

『……????』

 

質問した方とされた方が揃って疑問符を浮かべるという事例が多発していたのである。一方通行としては至って普通に教えているつもりだが、一夏は宇宙に放り出された猫のような顔だった。

 

呼吸の仕方を教えてくれと言われて説明できる人間が果たして存在するのか、という話である。

 

「―――では、以上でHRを終わる。号令」

 

ふらふらと立ち上がった一夏の号令で、一日のカリキュラムが終了する。教室内の喧騒が増し、試験の出来や躓いた箇所などを話し合う生徒たち。IS学園といえど、試験後の教室は普通の高校と何ら変わりはなかった。

 

「お疲れ様でした、透夜さん。放課後のご予定はもうお決まりですか?」

 

凝り固まった身体を解すように伸びをしていると、一方通行の席まで歩いてきたセシリアがそう尋ねる。首を鳴らしながら脳内で直近の予定をリストアップしてみるが、特にこれといって急ぎの用事は思い当たらなかった。

 

「……特にねェな」

 

「では、宜しければわたくしたちと対人戦闘の訓練を行ってみませんか? 以前楯無先輩も仰っていましたが、基礎的な理論を覚えておくだけでも損は無いと思いますわ」

 

「セシリアの言う通りだ。近接格闘術(CQC)はあらゆる場面、あらゆる戦場で役に立つ。幸いにして教導役には事欠かないからな、師匠のお手並みを拝見させてもらおうではないか!」

 

セシリアの提案に同調するように、得意気に腕を組んだラウラがそう締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと。

 

「弱いな……」

 

「だ、大丈夫ですか透夜さんっ」

 

一方通行が貧弱すぎて話にならなかった。

 

(クソが……分かっちゃいたが、今の俺じゃ路地裏のチンピラにも太刀打ちできねェ。ハッ、さンざ能力に頼ってきたツケが、まさかこンな所で回ってくるとはな)

 

まずは一方通行の戦闘能力を確認しようということで、ラウラと軽く手合わせを行うことになったのだが。彼女に触れることすら出来ず、一方的に畳の上に転がされ続けること3分程。一方通行のスタミナ切れによってあえなく試合終了となった。

 

道場の床に顔面からぶっ倒れたまま、早鐘を打つ心臓と乱れた呼吸を必死に整える。ひんやりした床の感触が今は心地良い。

 

「ふむ、瞬発力や筋力は並以下。観察眼と空間把握については変わらずだが、思考に肉体が追いついていないせいで腐っている。これでは織斑一夏にすらフィジカルでねじ伏せられてしまうぞ」

 

「あのラウラさん。もう少しオブラートに」

 

「正確なフィードバックを行わずして成長はあるまい。師匠もそれを望んでいるはずだ。だがしかし、これは中々……」

 

「……ラウラさん?」

 

顎に手をやり、何かを確かめるように小さく頷く。そんなラウラの様子を見て、セシリアは形の良い眉を訝しげに潜めた。とても良くない予感がした。

 

「いや、普段は手も足も出ない師匠をこうして手玉にとっていると思うと……その、なんだ。正直興奮する

 

「ラウラさん……!?」

 

大切な友人が恍惚とした表情で新しい扉を開きかけている事実にセシリアは愕然とした。ちょっと事件性のある叫びも出た。

 

華奢な肩を掴んでがくがくと揺さぶれば、赤い隻眼にいつもの冷静な光が戻る。願わくば彼女には純粋なままでいて欲しいとセシリアは心の底から思った。

 

そうこうしているうちに、放置されていた一方通行が必要最低限の体力を回復してのろのろと立ち上がる。あらかじめ用意しておいたタオルとドリンクを手渡しながらも、セシリアは話を戻して対策を講じる。

 

「真正面からの殴り合いは避けるべきでしょう。純粋な打撃ではなく、関節技や投げ技を中心に組み立てた方が良いと思います」

 

「同感だな。となると、柔道や合気道の方が参考になりそうだが……私やセシリアでは畑違いか。箒を呼んで指南を頼むとする―――む?」

 

ラウラが携帯端末を取り出すのと同時、道場の扉が開かれる。ひょっこりと姿を見せたのは制服姿の楯無であった。一拍遅れて、その後ろから楯無と似通った顔立ちの少女―――簪も顔を覗かせた。

 

「出ましたわね」

 

「人のことラスボスみたいに言わないで欲しいんだけど……」

 

先日のマッサージ事件以降、楯無を目の敵にしているセシリアが縦ロールを逆立てて威嚇する。楯無は引き攣った笑みで応じるが、扱いが完全に黒幕のそれであった。簪はというと、完璧超人だったはずの姉が割と雑な扱いを受けているのを見て唖然としている。

 

こほん、と空気を切り替えるように咳払いをした楯無は『進捗どうですか』と書かれた扇子を広げた。

 

「それで、進捗はいかが? 対人戦闘の訓練してたんでしょ?」

 

「ええ。まずは方向性を定めるにあたって、投げ中心に学んでみてはどうか、と話していたところですわ」

 

「まあ、透夜くんの身体じゃあねぇ」

 

「うるせェよ……」

 

先程から好き放題言われまくっている一方通行が忌々しそうに吐き捨てるが、疲労のせいかいつもの迫力はなかった。

 

ふむ、と楯無は少しだけ思案して、

 

「じゃあ、簪ちゃんが適任かしら」

 

「―――え?」

 

妹の名を呼んだ。

 

ここで自分の名前が出るとは思ってもいなかったのか、ぽかんとした表情で目を瞬かせる簪。セシリアとラウラも楯無の言葉を半信半疑といった顔で聞いていたが、かぶりを振ったセシリアが簪に問う。

 

「簪さん、と呼ばせて頂きますわね。簪さん、貴女はこういった技術に詳しいのですか?」

 

「え、と……詳しいっていうか、その」

 

「更識の人間は、幼少期から例外なく戦闘技術を叩き込まれるの。護身・捕縛術から殺人術まで、あらゆる分野からエッセンスを抽出して独自に発展させた総合格闘技術―――言うなれば『更識流』かしら」

 

要人警護から暗殺まで、日本の裏社会に身を置く更識家。脈々と受け継がれてきた歴史の中で磨かれ、練り上げられてきた超実践的な殺戮技巧。効率良く人体を破壊し無力化する技の中には、柔道や合気道から着想を得た技も数多く存在する。

 

「私も教えてあげられないこともないけど、護身なら簪ちゃんの方が精通しているわ。技術さえあれば肉体の不利は関係ないし、透夜くんにちょうどいいんじゃないかしら」

 

「で、でも。お姉ちゃんが教えた方が……私なんて、そんな」

 

「自信を持って、簪ちゃん。これは身内贔屓じゃなくて、ただ単に事実の問題として話しているのよ。あなただって、鍛錬に手を抜いていたわけじゃないでしょう?」

 

「それは……そうだけど」

 

姉妹の仲が元通りになったとはいえ、彼女の内気で控えめな性格が一朝一夕で変わることはない。誰かのために何かをするどころか自分のことで手一杯だった簪からすれば、そんな自分があの白い少年にしてあげられることなんてない。そう思っていた。

 

ここで再度否と告げれば、優しい姉は無理強いすることなく別の案を提示してくれることだろう。そうすれば、自分にかかる重責や負担はなくなる。

 

(……でも)

 

姉の陰に隠れてばかりの、今まで通りの自分。

 

 

 

(―――それで、いいのかな)

 

 

 

そんな自分を変えるために今まで頑張ってきたはずだ。いつかは姉の背に追い付いて、そして追い越すために。少しずつでも前に進むために必要なのはきっと、一歩を踏み出す勇気なのだ。

 

逃げていても始まらない。

 

息を吸って、きゅっと拳を握る。俯いていた顔を上げれば、赤い瞳には確かな意思が光っていた。

 

「……分かった。やってみる、ね」

 

小さく、しかし確かに告げられた返事を聞いて、楯無は穏やかに微笑んだ。

 

「さて、透夜くんはどう? 簪ちゃんの指導を受ける気はあるかしら?」

 

「誰が教えてもやることは変わらねェンだろ。更識……、()がその気なら好きにしろ」

 

瞬間、セシリアの首が物凄い勢いで簪の方へ向けられたが、簪は気付かないふりをした。大方『わたくしよりも先に下の名前で呼ばれるなんてどういう了見ですか???』とか思っている。瞳孔全開の碧眼が普通にホラーだった。

 

一方通行としては特に含む所はなく、姉妹が同じ場に居ると呼び分けが面倒なので下の名前に切り替えただけなのだが、一夏とは別ベクトルで女心に疎い彼がそんなことを気にするわけもない。

 

「師匠、ひとついいだろうか」

 

ふと、ラウラが声をあげた。

 

「更識簪を名で呼ぶのなら、私のことも姓ではなく名で呼んでほしい。それに、ボーデヴィッヒよりもラウラの方が短くて呼びやすいぞ?」

 

「でしたら透夜さん、わたくしのこともセシリアとお呼びくださいませ。呼び方と関係性は連動するものですし、半年もの付き合いになって姓名だけというのも悲しいですわ」

 

「……別に、構わねェけどよ」

 

ただ単純に名前で呼んで欲しかっただけのラウラの提案に、これ幸いと乗っかる形となったセシリアの提案。こだわりのない彼からすればどっちも変わらないのではと思ったが、彼女らが強く勧めてくるものに対しては深く考えずに従った方が良さそうだと今までの経験から学んでいた。

 

思わぬところで名前呼びを達成出来たセシリアは天を仰いでガッツポーズを決めており、ラウラはそんな相方を不思議そうに眺めている。少なくとも英国淑女とは似ても似つかないリアクションだった。

 

「……お姉ちゃん、私、オルコットさんに背中撃たれないかな」

 

「名前呼び……ふーん。ふーん……」

 

「お姉ちゃん???」

 

隣で微妙に頬を膨らませている姉を見て、簪は真顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん……今日は、この辺で。また明日にするね……」

 

第3アリーナの整備室で、先程からディスプレイと睨み合っていた簪が疲れの滲んだ声でそう告げた。

 

近接戦闘の訓練開始から1週間が経過したが、なにも毎日行っている訳ではない。来るべきタッグマッチトーナメントに向けて、ISでの訓練や機体の調整などやることは多い。お互い専用機持ちであるし、簪は正式な日本代表候補生だ。政府関係者や企業の上層部が仕上がりを確認しにくるだろう。

 

しかし、彼女の専用機『打鉄弐式』は未だに完成まで漕ぎ着けられていなかった。トーナメントまで10日を数えるばかりだというのに、だ。

 

製造元の倉持技研が一夏の『白式』に人員を割いているため人手が足りず、『打鉄弐式』の調整が遅々として進んでいないというのは簪本人から聞いていた。

 

なので、楯無の『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』と一方通行の『極天』の機体データを参考にしつつ、プログラミングに長けた一方通行をアドバイザーに据えて、『打鉄弐式』を完成させてしまおうという話になったのである。提案は楯無だが、意外にも簪がこれを承諾。一方通行も『極天』の調整を行う片手間であればと了承し、放課後はアリーナか整備室か道場に缶詰めとなるのがここ数日のルーティンとなりつつあった。

 

簪の発言を受けて、キーボードを叩いていた一方通行が視線だけそちらへ向ける。

 

「ンで? 仕上がりはどォだよ」

 

「八割くらい、かな。マルチロックオンシステムの調整が、想像以上に大変……」

 

「当たり前だろォが。本来ならダース単位でエンジニア集めて組ませるモンを1人でやろうって発想がまずぶっ飛ンでンぞ」

 

「だ、だって……」

 

「別に責めてる訳じゃねェ。オマエが拘る理由に関しちゃ聞いてるし、俺もソレに納得したから手ェ貸してンだ。っつか、今更ヤジ飛ばされたぐれェで日和ってンじゃねェよ」

 

「…………鈴科くんの、意地悪」

 

他人を悪く言うことすらも慣れていないのか、責めるような視線を向けてくる簪の言葉なぞ彼にとっては痛くも痒くもない。むしろ、姉と違って張り合いがない分いつもの調子で口を回さないように気を遣わなくてはならない。また泣かれて楯無から制裁を喰らうのは御免だった。

 

舌戦では勝てないと判断したのか、ぷいっと顔を背けた簪は弄っていたプログラムを中断。代わりに、色彩鮮やかな映像作品―――いわゆるアニメの鑑賞を始めた。

 

内容は至ってシンプルな勧善懲悪のヒーローもの。ヒロインが悪の組織に攫われて、絶体絶命のピンチからヒーローが颯爽と助け出す。簪は王道のシナリオが好きだった。

 

どんな困難、どんな壁に突き当たったとしても必ず打破してくれる。周囲を閉ざす暗闇を鮮烈に切り裂く光。過剰なまでのヒーローへの憧れはその実、姉という壁に直面していた彼女が抱いた深層心理の裏返し。

 

無論、(こいねが)ったところで叶うとは限らない。

 

そう、思っていた。

 

「―――ねえ、鈴科くん。ヒーローって、いると思う?」

 

唐突に投げかけられた質問に、鳴り続けていたキーの音が止む。

 

視線をディスプレイに固定したまま、一方通行は少しだけ考えて。

 

「いねェよ。ヒーローなンざ存在しねェ」

 

少女の問に否を突き付けた。

 

だって、幼き日の一方通行(自分)は救われなかった。

 

現実は非情だ。全てをひっくり返すデウス・エクス・マキナなんて存在しない。暖かな理想を思い描いたところで、結局は冷たい現実に食い潰されてしまう。

 

 

 

「―――私は、いると思うな。ヒーロー」

 

 

 

少女は是と答えた。

 

だって、確かに自分は救われた。何の気なしに掛けられたただの一言で、塞がっていた世界が広がったような気さえした。小さな背中に伸し掛っていた期待と重責を全て吹き飛ばして、ありのままの自分を見てくれたのだ。

 

例え救った方に自覚がなくても構わない。

 

本人に伝えたところで、鼻で笑われてしまうだろうけど。

 

更識簪という少女にとって、白い少年はどうしようもなくヒーローだった。

 

「はっ。もし居るンなら、是非ともそのツラ拝ませてもらいてェな。さぞや自己犠牲の精神に溢れて説教くせェことだろォが」

 

「ふふっ……そうかな。意外と口が悪くてぶっきらぼうだったりして、ね?」

 

一方通行は微妙な表情で簪を見た。簪は気付かれやしないかと内心ハラハラしていた。

 

「……、オマエの中じゃヒーローってなァ悪党とイコールなのか?」

 

「見ようによっては、そう見えるかも」

 

「……相変わらず女の考えるコトは分っかンねェわ」

 

 

 

 

 

 




ちなみに日常パート→タッグマッチ→最終章予定です
あくまで予定なので

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