Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
八時。
全寮制のIS学園は、昼食を除く食事の時間がきっちりと決められている。というよりも、決められた時間しか食堂が使えないために万一寝坊や遅刻をしようものならばその日は朝食抜きで過ごさねばならなくなる。
朝の時間帯に食堂が使えるのは七時から八時半まで。なので、必然的にそれより前に起床しなければならないのだが―――
(…………、眠ィ)
欠伸を噛み殺す一方通行。
学園都市では生活リズムなんてものは縁遠い存在であったし、寝るのは日を跨いでから、起床時間など早くても朝の十時。そんな彼が朝の八時前に起床して朝食を採るなど地獄に等しい。
気を抜けばそのまま机に突っ伏して寝てしまいそうになるが、そんなことをすれば人外教師の出席簿が飛んでくるのは火を見るよりも明らかだ。しばたく目を擦りながら箸を進める。
朝起きた時点で、既に隣のベッドは空だった。生徒会長ともなればやはり仕事も多いのだろう。昨日の戦いは、『互いに互いの情報を他言しないこと』ということで落ち着いた。他人に知られたくないことは誰しもあるものだろう。
「す、鈴科くん、隣いいかな?」
「……、ン?」
未だに意識がハッキリしないために若干反応が遅れる。見れば、朝食のトレーを持った女子が数人一方通行の返事を待っているようだった。
実を言えば一人の方が気楽で良かったりするのだが、別段隣の席が埋まったからといって困ることもない。それに、こういうのは今のうちだけだ。あと数日もすれば女子たちも興味をなくして静かになるだろう。
何の気なしに視線をずらすと、どうやら一夏のほうも同じような状態のようだ。
「……構わねェが」
彼がそう答えると、声をかけた女子は安堵のため息を漏らし、後ろの二人はハイタッチをしていた。そんなに自分と食事をしたかったのかと首を捻る。逆に緊張したりとかしないのだろうか、と彼にしては珍しくそんなことを思った。
「あぁ~っ、私も早く声かけておけばよかった……」
「そういえば、鈴科くんの部屋って一年の寮には無いらしいよ」
「なんですって!? そ、早急に調べないと! スネーク、スネーク聞こえる!?」
『ザザッ―――こちらスネーク。どうした?』
何故無線機があるのか、そしてスネークとは誰だと色々問いただしたい事はあるが、それよりもまずは朝食を終わらせなければならないだろう。人外教師の餌食になるのは避けたいところだ。
一方通行は六人がけのテーブル、その隅に座っているので隣に三人は座れない。隣に一人、前に二人という形でそれぞれ席についた。そして、そのまま食べ始めたと思えば直ぐ様彼に質問が飛ぶ。
「ねぇねぇ、鈴科くんとルームメイトって誰なの? もしかして一人部屋だったりする?」
「え!? 一人部屋なの!? だったら部屋割り変更とか掛け合ってみようかな……」
「ちょ、ルームメイトの前でそれを言うのー!? ひどーい!」
(……、なンで朝からこンなテンション高ェンだ?)
質問を投げ掛けておきながらその質問で盛り上がれるというのは女子だけの特権とでも言うべきか、一方通行そっちのけできゃいきゃいと話している女子たち。朝にめっぽう弱い彼とは些かテンションの差が激しすぎる。
とはいえ、下手に話題を振り続けられるよりはよかったので、黙って食事をすることにした。態々自分から厄介事に首を突っ込むこともなかろう。
結局、女子高生の朝トークは千冬の喝が入るまで延々と続いたのだった。
◆
「というわけで、ISは宇宙での活動を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます。また―――」
スラスラと教科書の内容を読み上げていく真耶の声をBGMに、のんびりと青空を見上げる一方通行。ISについての基本的な知識は一通り束から聞いて知っている。復習をしても彼にはあまり効果もないので、授業を行っている真耶には申し訳ないが文字通りこの座学は『時間の無駄』だった。
かといって目に見えるほどだらけても千冬の出席簿が飛ぶ。仕方なく、顔と目だけは前に向けて思考だけ別に稼働させることにした。
思い出すのは、以前束に言われた言葉。
『キミの能力の名が
(……アイツは、一体
ベクトル変換。
学園都市最強の名に恥じない、規格外の力。
それが『付加価値』だと言うのならば、『一方通行』という能力は何を目的として開発されたのか。学園都市の書庫を漁っても、彼以外にベクトル変換の能力を持つ者がいないというのも何か引っ掛かる。
第三位、第四位、第五位の持つ能力系統『電撃使い』『電子操作』『精神干渉』は探せば多い。だが、一方通行も第二位の能力も、彼らだけしか持たない唯一の能力だ。
それが意図的にそうなっているのか、ただの偶然なのか。確かめる術を持たない一方通行には答えを知ることは出来ないが、自分の可能性を探ることはできる。
例えば。
この能力を『攻撃の反射』『紫外線の反射』などという小さなものではなく、もっと莫大な規模で考えてみる。『向き』さえあればなんであろうと手中に納めて操ることができるならば、それが世界中に吹く『風の向き』であっても例外ではないだろう。
だが―――それが答えではない気がする。
では、一定方向からのベクトルをもう片方へと受け流すのではなく、『バラバラのベクトルを一つに揃える』として考えたらどうか?
(……太陽光線? 重力? 世界中に溢れるもので尚且つ有用性に富むモノと言えばそれくらい―――)
そこまで考えて、頭の中で何かが引っ掛かった。
何か大事なことを見落としている感覚。
まだ、まだ何か残っているはずだ。
太陽光線でもなく、重力でも風でも大気でもなく、それでいて『向き』を持つ。学園都市に溢れるものの代表格と言えば―――
(―――AIM拡散力場?)
ビリッ、と一方通行の脳に電流が走った。
これだ。
己の能力は、AIM拡散力場のベクトルを統括制御するためのものだったのだ。もしも、自分以外のベクトル操作能力者がいてAIM拡散力場に干渉したら演算に誤差が生じる。そう考えれば、ベクトル操作能力者が彼だけというのも頷ける。だが、AIM拡散力場を操って何をするというのだろうか?
―――An_Involuntary_Movement拡散力場、その頭文字を取ってAIM拡散力場。直訳して『無意識の動き』。学園都市の能力者達が、無意識に発生させている微弱な力のフィールドの総称である。
しかし、それは人間の感覚で捉えることはできず、特殊な装置を使わねば観測できない程の弱いものだ。一人が空間に干渉する量などたかが知れている。
とはいえ、それは能力者が一人だった場合。
学園都市の能力者の総勢は230万。その内、能力が発現しておらずAIM拡散力場を発していない無能力者を除外して凡そ180万。一人一人では微弱なものだとしても、それだけ集まればどうか?
互いの力場が干渉しあい、全く未知の物質や現象が起こってしまっても不思議ではない。それを防ぎ、尚且つ別の事に転用できるとしたら。それを行うことができる能力こそが、『一方通行』なのだろう。
これが、彼の能力の本質―――では、ない。
(違う)
その正体は掴めない。
しかし、彼自身が漠然としたナニカを感じている。
AIM拡散力場を制御する役割もあるだろう。だが、それは能力の『用途』であって『本質』ではない。もっと別の、本当の能力の使い方というものがあるはずだ。それを―――
キーンコーンカーンコーン。
はっとして顔を上げる。
周囲の喧騒が急に鼓膜を叩く。無意識に音の反射でもしていたのだろうか。大きくため息をつき、一度頭をリセットする。
何も焦ることはない。
ここは学園都市ではない。能力を持っているだけで他者よりも強いのだから、急いで上を目指す必要もないだろう。いつかわかることだ。
首をコキコキと鳴らし、凝り固まった体をほぐす一方通行。やはり長時間同じ姿勢というのは疲れるものだ。
ふと、教室内のざわめきが大きくなる。何事かと思い声を拾うと、どうやら学園から一夏へ専用機が用意されるらしい。依然ISコアの数は増減していないので、この時期に専用機が用意されるということは日本政府も大慌てで準備しているのだろう。
「そりゃやっぱり政府も援助するよね」
「いいなぁ……私も早く専用機欲しいなぁ」
「あれ? そういえば、鈴科くんは専用機って……」
話題の矛先がこちらに向きそうな気配を感じ取った一方通行は静かに席を立ち、どこか適当に時間を潰しに行こうとするも、千冬がそれを許さなかった。
「鈴科。教科書の六ページ、暗唱できるな」
「……、なンで俺が?」
「授業を集中して聞いていなかった罰だ」
何故この人外教師は集中しているか否かまで判断できるのだろうか。視線と手は無意識でもしっかりと動いていたはずだったのだが。
当然、拒否権などあるはずもないので仕方なく内容を読み上げる。大雑把に整理すれば、
『ISコアには限りがあるので、一般人が専用機を持つことは難しい。だが特例として一夏には用意される』
ということだ。
書いてある内容はもう少し違うが、恐らく頭上に『?』を浮かべている一夏のためなのだろう。それでも理解できているかどうかは疑問に思うところだが。
ともあれ結局千冬に捕まってしまったので、廊下に出る意味もなくなってしまった。肘をついて空を眺める。しかし、そんな安息を興味津々な女子高生が許すはずもない。
「ねぇねぇ! 鈴科くんは専用機持ってるの!? 」
「それとも届く予定なの!?」
「名前は!?」
「形は!?」
リレーで喋る女子数名を見て「仲いいなオマエら」などと若干現実逃避しかけた思考を引きずり戻し、答えるか否かと考える。持っていることには持っているが―――
「……、」
「っ……!」
ちら、と視線を配らせれば、案の定聞き耳を立てているイギリス代表候補生の姿。ばっちり目線が合っていたのだが、何事もなかったかのように……とはいかず。挙動不審にそわそわしている。
盗み聞きならばもっと上手くやれというものだ。
刹那の思考で判断を下した一方通行は―――
「……まだ持ってねェ。一応届くことにはなってるが、恐らく来週の月曜には間に合わねェだろォな」
「やっぱり! 用意されるんだぁ!」
「くぅ~、羨ましい!」
「早く見てみたいなー。どんなのなんだろ?」
言わぬが花と思って嘘をついたのだが、結局盛り上がることに変わりは無かったようだ。一方通行は女子のテンションというものを未だ理解していないらしい。
そしてその嘘が、また余計ないざこざを引き起こすとも知らずに。
◆
「……どういうことですの?」
昼休み。
彼の前には、腰に手を当てて眉を吊り上げるセシリアの姿があった。
「国家代表候補生は専用機が持てることを知らないとは言わせませんわ。だというのに、あなたは訓練機でわたくしとの戦いに挑むつもりなのですか!?」
バンッ! と机に手を叩きつけ、大層ご立腹の様相を見せるセシリア。ここまで彼女が言うのには理由がある。
訓練機とは、IS学園に備品として配備されている『打鉄』『ラファール』のことを指している。それらは現行する第三世代よりもひとつ前の第二世代の機体。
対して、代表候補生に与えられるISは各企業の最新技術を盛り込んだ高性能機体。データ収集も目的の内に入るとはいえ、その戦闘力はかなり高い。
『世代が一つ違えば勝てない』とまで言われるほどに、世代の差は大きいのだ。
よって、セシリアは第三世代の機体を持つ自分に第二世代の機体で挑もうとする一方通行、そして最初から勝負にならない出来レースに憤慨しているのだった。
「だからなンだ。別に世代を同じにしろとも、第二世代の機体を使うなとも言われちゃいねェ。何ら勝負に支障はねェだろォが」
「……確かに言ってはいませんわ! ですが、第二世代ISが第三世代に勝つなんて不可能です! 初めから勝負にすらなりませんわ!」
「そりゃ第三世代は強力な機体だろォよ。だがな、第二世代が第三世代に勝てねェと誰が決めた? 」
「……っ、本気で言っていますの? 第二世代で第三世代が倒せると、そう言いたいのですか?」
「機体の差なンざ、スタート地点が違うだけだ。搭乗者の技量次第でどォとでもなる」
そう言って席を立つ。
残されたセシリアはまだまだ言い足りなそうな顔をしていたが、生憎と構ってやるほど暇ではない。廊下に出て、一夏と箒が何やら揉めている隣を通過し―――
「い、今離せ! ええいっ―――」
何故か箒が一夏を投げ飛ばそうとしていた。別に投げ飛ばすのは構わないが、周りを見てからにしてほしい。このままでは確実に巻き添えになる。
こんなところで不用意に能力を使って怪しまれるのは得策ではない。仕方ないが対処するしかないだろう。
背負い投げの要領でこちらに飛ばされてくる一夏。迫ってくる背中を右腕で流し、ついでに強引に回転させる。結果、背中から落ちるはずだった一夏はどうにか着地に成功し、被害を被るはずだった一方通行はノーダメージとなった。
普通、高校生一人の重みを腕だけで受け止めようものならば間違いなく骨折は免れないが、違和感のない絶妙な加減のベクトル操作を発動。衝撃の殆どを床へと逃がした。
「……止めはしねェが、周りをよく見てからにしろ」
「! ……あ、ああ。すまない」
ぽかんとしている箒にそれだけ言うと、食堂へ続く階段を下りていく。数秒ほど経った後に聞こえてきた謎の歓声は聞かなかったことにした。
◆
「しかし、鈴科って凄いんだな。さっき何したかわかったか? 箒」
「……知らん」
ところ変わって場所は食堂。
未だに不機嫌な様子の箒と共に昼食を採る一夏は、先程のことについて考えていた。視界が回転していたのでこちらからは何をされたのかわからなかったが、背中に軽い衝撃を受けたかと思えば体が半回転して床が目の前。咄嗟に着地態勢を取らなければ床と熱い抱擁を交わす羽目になっていただろう。
(一体なにをしたんだろう……。ま、いっか)
織斑一夏。
難しいことは考えないのだ。
「そういやさぁ」
「……なんだ」
「ISのこと教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」
「男ならそれぐらい一人でなんとかしろ、軟弱者め」
にべもない。
再度手を合わせて頼み込むも、反応は無かった。幼馴染みが手を貸してくれないとなると、他に頼れそうな人間はいないかと見回してみれば―――
「ん?」
視界に映る、白。
「んん?」
いるではないか、頼れそうな人間が。
隅っこにある目立たなさそうな机で黙々と昼食を採っている『もう一人』が!
(そういえば入試トップって聞いたし、さっきのこともあるし、お礼がてらに頼んでみよう)
そうと決まれば即行動。
織斑一夏。
後先の事は考えないのだ。
「!? お、おい、どこへ行く!?」
何やら慌てている箒を席に残して、一方通行が座る席へと赴く。向こうも一夏には気付いたらしく、何の用かと視線を向けていた。
「その、さっきはありがとうな。おかげで助かったよ」
「……気にすンな」
素っ気なく返事を返す一方通行。
「そうか、ありがとう。……それでさ、悪いけど頼みがあるんだ。俺にISの事を教えてくれないか? 成り行きで戦うことになっちまったけど……やるからには負けたくないんだ。鈴科さえよければ、頼む!」
そう言って頭を下げる。一夏のモットーに、頼み事をするときには誠意を惜しまないというものがある。人に対してお願いをするのだから下手に出るのは当然だが、その上で誠意を見せる。
一夏なりの、誠心誠意のお願い事だった。
だったのだが―――
「馬鹿かお前は! 戦う相手に教えを乞おうなどと、恥を知れ恥を! 」
「お、おいなにすんだよ箒!?」
「煩い! その軟弱な性根を叩き直してやる!―――すまない鈴科。こいつは私が教える。そちらの邪魔をするような真似をして悪かった」
そう言って頭を下げ、一夏の腕を引いて席へと戻っていく箒。その後ろ姿を眺めながら、一方通行はどうでもいいか、と味噌汁を啜るのだった。
「なんだよ箒。さっきまで教えてくれないとか言ってたのに、急にどうしたんだよ? 」
「そっ……それは…… お前が情けない真似をするから仕方なくだな……。……誰かにやらせるよりはマシだ……」
「ん? 悪い、最後なんて言った?」
「―――ッ! う、うるさい! 迷惑をかけた鈴科に土下座でもしてこい!」
アクセラさんの専用機が出ると思った?
残念、訓練機でした。
数名の方から評価を頂きました。誠にありがとうございます。