Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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―――待たせたな(cv.蛇)









八話

心の何処かで安心していた。

 

この先、学園都市(あちら)と関わる機会など二度と訪れないだろうと勝手に思い込んでいた。

 

忌まわしい過去と訣別を果たし、新たな道を進んでいけるものだとばかり思っていた。

 

(なンでだよ―――)

 

ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 

もしも『神』なんていう巫山戯たものが本当に存在しているならば、それはきっとクソのような性格をしていて―――そしてきっと、一方通行の事が大嫌いなのだろう。

 

かつて、身に余る力を手に入れてしまったが故に、周囲から疎まれ、恐れられ、化け物と呼ばれ迫害された幼い日の自分。止めどなく向けられる悪意と敵意にどれだけ苦しんでいても、周囲の人間は見向きもしなかった。

 

本来子供を守るべき立場にあるはずの大人は、自分の身を守るためだけに銃を抜き、そうして自らの悪意を跳ね返されて倒れていった。そしてそれが、あたかも己が引き起こした災害であると言わんばかりの表情でこちらを睨むのだ。

 

学園都市(あの場所)に、救いは無かった。

 

だから、この世界を選んだというのに―――悪夢の影は、どこまでも彼を追ってくる。まるで、獲物を捕らえる蛇のように。

 

「―――なンで今更、学園都市が出て来やがる……ッ!!!」

 

『何故、とは。ふふ、また随分とおかしなことを言う』

 

全身から怒りの気配を撒き散らす一方通行。いつ爆発しても不思議ではない核爆弾を前に、アレイスターはどこまでも穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

『君を使う必要があるから連れ戻しに来た。今までは「その必要が無かったからそうしなかった」だけだ。……まさか、世界一つ渡った程度でこの私から逃げ果せられたとでも思っていたのかね? もしそうなら、些か詰めが甘過ぎると言わざるを得んが』

 

「―――ッ!!」

 

考えが甘かったのだろう。

 

かつて彼は、自らの能力を『路地裏のスキルアウト共が気軽に挑める程度のレベルでしかない』と評した。『最強』という称号は飾り程度のものであり、他者を畏怖させるには足りないと考えていた。あらゆる攻撃を跳ね返し、一撃で相手を打ち倒す文字通り最強の超能力を、だ。

 

しかしそれは、彼自身が己の能力の真価を理解していなかったからに過ぎない。束の言葉を受けて力の可能性を模索した彼は、己の能力の強大さを改めて認識し直していた。なるほど確かに、これなら世界を相手取ることも不可能ではないと思える程のものだった。

 

風を操って竜巻を起こす所か、規模を大きくすれば嵐すら発生させられる。一点に集中させて圧縮させれば高電離気体(プラズマ)の生成も出来る。

 

―――で、あるならば。

 

核兵器よりも強力な力を有した自分を、学園都市(彼ら)がそう易々と見逃すはずもない。

 

泳がされていたのだ。一方通行がこちらの世界へ飛ばされてからの半年間、ずっと。

 

『プランを進める片手間に君の行動を見させてもらっていたのだが……いや、中々どうして面白いものを見せてくれるじゃないか。学園都市に居た頃の君を知っている身からすると非常に感慨深いものがある』

 

「……知ったよォなクチ利くンじゃねェよ。テメェ如きに俺の何が分かるってンだ」

 

やはり、こちらの動きは監視されていたようだ。どういった理屈かは知らないが、眼前の男にとっては次元の壁など取るに足らない障害なのだろう。そうでなければこんな余裕の表情を浮かべていられるものか。

 

穏やかな微笑みを絶やさないまま、アレイスターは続ける。

 

『ふ、癇に障ったかね。ならば、これ以上君の機嫌を損ねる前に本題へ入るとしようか。―――学園都市に戻れ、一方通行』

 

「―――失せろクソ野郎。俺は二度とテメェらと関わる気はねェ」

 

予想通りの要求。

 

予想通りの拒絶。

 

決して相入れることのない両者の主張。

 

そうして、最初に動きを見せたのはアレイスターだった。

 

『……ふむ。本来ならば理由を訊ねるところなのだが、生憎こちらも時間が無くてね。あまり気は乗らないが、反抗するのなら致し方あるまい―――少しばかり教育的指導をしてやろう』

 

「―――ッッ!!!」

 

瞬間、空気が一変した。

 

アレイスターが何かをした訳では無い。不気味な程変わらない笑みを浮かべる眼前の男は、指の一本さえ動かしていない。にも関わらず、言いようのないプレッシャーが全身を押し潰すように伸し掛かってくるのだ。

 

おそらく、一方通行の能力の詳細は筒抜けだろう。あれだけの能力研究所をたらい回しにされたのだから、データなど幾らでも手に入れられる。加えて、『超能力』などという空想の産物を現実に持ち出す学園都市、その長ともなれば己の能力を打ち破る方法を携えていても何ら不思議はない。

 

故にこそ、取るべき戦法はただ一つ。

 

(―――不意討ちの奇襲。どんな手を用意してよォが関係ねェ、使われる前にブチ殺す!!!)

 

己の能力に意識を巡らせる。

 

ベクトル操作によって血液や生体電流を逆流させ、結果として対象を内部から爆散させる悪魔の双手。指先一つ触れさえすれば相手を即死させる、文字通りの一撃必殺。

 

ベギャッ!! という快音が生じた。

 

脚力のベクトルを操作した一方通行が、リノリウムの床板を盛大に踏み砕いた音だった。

 

およそ生身の人間では不可能な速度でアレイスターの背後に回り込んだ彼は、その無防備な首筋へと右腕を伸ばす。彼の細い指先が触れた数秒後には、色水を入れた水風船を破裂させたかのような光景が広がっている事だろう。

 

彼の瞳に、迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、ッりゃぁあ!!」

 

気合い一閃、全身の筋肉をバネのように撓らせて双天牙月を振り抜く。大振りな攻撃はバックステップで容易く避けられるが、構うことなく鈴音は追撃の一歩を踏み出した。手首を返し、流れた力を無駄にすることなく、今度は頭上から斬撃を落とす。

 

しかし、相手も防戦に徹してばかりではない。

 

『―――、』

 

振り下ろされる双天牙月、その柄部分にアッパーカットの要領で拳が叩き込まれた。力の乗った刃部分ではなく根元部分に打撃を加えられたため不快な衝撃が腕に響き、速度も威力も失った斬撃はあえなく不発に終わった。

 

技の出始めを潰されバランスを崩した鈴音の顔面を狙い、アッシュの拳が唸りを上げて放たれる。それを持ち前の反射神経で躱すと同時に双天牙月の連結を解除。二刀の偃月刀へと変化した得物で攻め立てるが、体捌きと必要最低限の防御だけでいなされてしまう。

 

しかし鈴音の本命はこちらではなく、打ち合いの隙を突いて放つ衝撃砲である。最大威力の衝撃砲を零距離でぶち込めば、如何にアッシュの分厚い装甲といえども只では済まないだろう。

 

だが問題は、その隙をどうやって作るか。

 

体術と爆破攻撃を主な武装とするアッシュだが、その攻撃には決まった『型』と呼ぶべきものがない。パターンらしきものもあるにはあるが、それがあまりにも多彩すぎて動きが読み切れないのだ。

 

一度距離を取り、切れかけた集中力の糸を無理矢理撚り合わせる。

 

荒い息を整えて、双天牙月を構え直す。

 

―――しかし、彼女は失念していた。

 

脅威度の高い格闘術を警戒しすぎるあまり、相手が遠距離武器を持っているということを頭の中から排除してしまっていた。

 

ノーモーションでアッシュから放たれた二つのスローイングダガーに、一瞬反応が遅れる。

 

慌てて双天牙月を振るうも間に合わない。辛うじて一つは弾き返せたものの、もう一つのダガーは鈴音の迎撃をすり抜けて左肩の非固定浮遊部位に突き立った。が、ダメージも衝撃も彼女の予想を遥かに下回っている。

 

恐らくは牽制用だろう。ダガー単体では大した脅威たり得ないが、これに気を取られてしまえばアッシュの拳の餌食になる、ということか。そう判断した鈴音は、そこでダガーへ向けていた意識を切った。

 

切ってしまった(・・・・・・・)

 

直後、甲龍のハイパーセンサーが急激に温度を上昇させていく熱源を探知した。警告表示が視界のど真ん中に浮かび上がり、アラートがけたたましく鳴り響く。

 

ぎょっとした彼女が慌てて確認した熱源の場所は、己の左肩付近。

 

鈴音の喉が一瞬で干上がった。

 

(や、ば―――!)

 

ボッ!! という爆音。

 

小さなダガーが起こしたとは思えない規模の爆発によって左肩の衝撃砲が丸ごと吹き飛ばされた。爆発が間近で起こった為、衝撃で大きくバランスが崩れる。

 

その好機を、眼前の敵機が見逃すはずもない。

 

片脚のスラスターが破損していても尚衰えぬ爆発的な加速力。コンマの世界で彼我の距離を食い潰したアッシュが鈴音に肉薄する。直撃を覚悟した彼女の眼前に、真紅の機影が高速で割り入った。

 

「箒!」

 

「やらせるものかっ!」

 

柄打ちで拳の軌道を逸らし、返す刀で一息四閃。鉄さえ断ち切る剣の冴えは、しかし敵機の装甲表面を薄く撫でるのみに留まった。間髪入れず、体勢を立て直した鈴音が残された衝撃砲で追撃を行う。ドン!! と腹の底に響く砲声が空気を震わせ、不可視の弾丸が射出された。

 

しかしアッシュはこれにも反応し、素早く距離を取って直撃を回避する。そのまま流れるような動作で拳を構える姿は、所々の装甲が破損しているもののまだまだ健在な様相だった。対してこちらは数のアドバンテージさえあるものの、シールドエネルギーはお互い五割を切っている。加えて接近戦ではこちらが不利。

 

思わず鈴音の口からため息が漏れる。

 

「全く……どうしてこう、あたしらの周りには強いヤツばっか集まってくるのかしらね」

 

「……それについては同意するが。まさか鈴、勝負を諦めるわけではなかろうな?」

 

疑惑の目でこちらを見てくる箒に、鈴音はふんと鼻を鳴らして言い返す。

 

「バカ言いなさい。アンタだって知ってんでしょ」

 

そう言ってくるりと双天牙月を構え直した鈴音は、牙を剥いて獰猛に笑んだ。

 

 

 

 

 

 

―――女ってのは、諦めが悪い生き物なのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーザー兵器独特の、空を灼く発射音が鳴り響く。

 

放たれた熱線はまるで意思持つ生物の如く幾度も軌道を変え、視覚情報を撹乱させながら獲物へと襲い掛かる。BT高稼働時にしか扱うことのできない特殊技能、偏向射撃(フレキシブル)。それを行っているのはブルー・ティアーズを操るセシリア―――ではなく。

 

上空から現れた青紫の機体、サイレント・ゼフィルスであった。

 

セシリアの駆るBT試作一号機『ブルー・ティアーズ』は、あくまでも試験機体でしかない。新規開発されたBT兵器が実戦使用できるのか、射撃精度や燃費は如何程のものか。セシリアのBT適性が高かったこともあって、データ取りに丁度良いだろうと彼女に与えられた機体なのだ。

 

そして、セシリアが半年に渡って送り続けたティアーズの稼働データを元に作り上げられたのが眼前の『サイレント・ゼフィルス』。あらゆる性能がティアーズを上回る、正式なBT二号機である。

 

英国にあるはずの機体が何故ここにあって、誰がそれを操り、なんの理由で襲ってきているのか。どうして自分でも習得していない偏向射撃を扱えるのか。腹の奥底から湧き上がる感情の奔流が、彼女の思考から冷静さを奪っていく。

 

ゼフィルスの操縦者は顔の上半分を覆うバイザーを装着しているため、その素顔までは窺い知れない。だが、唯一覗く口元が嘲笑に彩られているのだけはハッキリと視認できていた。

 

(加速、燃費、機動力、火力……機体性能は全てにおいてあちらが上。BT適性も、恐らくわたくしより……!)

 

必死になって回避行動を取り続けるものの、普段のように精密な機体操作は見られない。以前一方通行にも言われたことだが、心理的な面からの揺さぶりが今の彼女にとっては何よりの弱点であった。

 

『落ち着いてセシリアちゃん! このままじゃ相手の思うつぼよ!』

 

回線を通じて、楯無の声が聞こえてくる。

 

頭では理解している。自分が悪手を打っていることくらい嫌というほど理解している。だが、赤熱する感情と冷静な思考との切り離しが上手くいかない。

 

前衛を担う楯無はゼフィルスから付かず離れずの位置を保ちながら立ち回っているものの、その表情は芳しくない。一夏とラウラのこともあってか、思うように攻めきれずにいるようだ。だからこそ、自分が援護射撃でサポートしなければならないというのに。

 

何とかビット射撃を凌ぎ切り、スターライトMkIIIの引き金を絞る。しかし、偏向射撃でもないただの射撃で高い運動性能を誇るゼフィルスを撃ち抜くのは至難の業だ。平時の冷静なセシリアならともかく、今の彼女の精神状態では誘導も予測射撃もままならない。

 

舞うような機体操作で軽やかに熱線を躱したゼフィルスは、そのまま楯無への攻撃を続行する。セシリアに向けて牽制のビット射撃を放つこともなく、この場で一番脅威度の高い楯無から仕留めることにしたらしい。

 

それが、ますますセシリアの心を揺さぶる。

 

(わたくしも……わたくしだって努力しました! 透夜さんにも様々なことを教えて頂きました! わたくしは、あの人の期待に応えなくてはならないのです……!)

 

だが。

 

でも。

 

そうするには。どうすれば。

 

何をしたら。何をすれば。どこが悪い。何が足りない。考えろ。何が出来る。何が出来ない。どうしたい。勝てるか。いや。勝たなければ―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――落ち着きなさい、セシリア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、響いた。

 

聞き覚えのない女性の声だった。

 

聴覚からの情報ではなく、脳が直接知覚するような不思議な感覚。近しい例えを上げるとするならば、ISの個人間秘匿回線とよく似ていた。

 

誰何の声を上げようとして、セシリアは自分の口が動かないことに気付く。口だけではない。指先ひとつすら動かすことが出来なかった。固定された視界の中で、楯無とゼフィルスがフィギュアのように動きを止めていた。

 

静止した世界の中で『声』が告げる。

 

『いつか、あの少年に並び立つと誓ったのでしょう? ならばこの程度の壁、乗り越えられずしてどうするのです』

 

子供を叱咤する母親のようでいて、主を諌める忠臣のような、厳しくも確かな温かさを感じる言葉。するりと心に溶けていくような、不思議な感覚だった。

 

しかし『声』の気配のようなものはすぐに薄れていく。引き留めようにも声は出せず、セシリアはただ響く声に耳を傾けることしか出来なかった。

 

『一度だけ、手を貸しましょう。貴女の努力を知る者からの、気まぐれな差し入れとでも思ってくだされば結構です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――信じなさい、貴女の想いを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――雫が、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――これ以上は無理ね。セシリアちゃんには替わってもらうしかないか。さっきから透夜くんとも連絡がつかないし、無事だといいんだけど……)

 

変幻自在に軌道を変えて襲いくる熱線を体捌きで躱し、あるいは水盾を構築して防ぎながらも蒼流旋のガトリングガンで牽制射撃を行う楯無。

 

先程、千冬から全生徒の避難が完了したという連絡が入った。これで二次被害を気にすることなく戦闘を行うことが出来るが、彼女とて愛する学舎を更地にするつもりは毛頭無い。とはいえアリーナのシールドは消失している為、楯無やゼフィルスが避けた流れ弾が観客席を粉砕していくのはどうしようもなかった。

 

IS学園は本土から離れた洋上メガフロートに建設されているので、流れ弾が市街地へ飛ぶ可能性は限りなく低いものの、万が一ということもある。あまり派手な戦闘は出来ないというのに―――

 

「好き放題、撃ちまくってくれちゃってっ!!」

 

楯無の心配を嘲笑うかのように、ゼフィルスの射撃は一層苛烈さを増していく。セシリアからの援護射撃も完全に途絶えたため、今やゼフィルスの動きを縛るものはない。

 

ゼフィルスとレイディの機体相性はまずまずだ。レイディには強力な遠距離武装は搭載されていないものの、水盾を駆使すればゼフィルスのビット射撃は防げる。一方ゼフィルスはレイディを懐に入れてしまえば強力な一撃を貰ってしまうため、遠距離から攻撃し続けるしかないのだ。

 

戦況を打破する決定的な動きはないが、膠着状態を維持するならば十分だろう。しかし、それでは埒が明かない。千冬は直に教員達が増援に向かうと言っていたが、それまでに逃げられてしまっては元も子もない。

 

多少無理矢理にでも、勝負を仕掛けなければ。

 

後方で一夏とラウラを護衛しているシャルロットに、セシリアと交代してもらうべく回線を開いた瞬間。ゼフィルスの周囲を漂うビットの一基が、青白い熱線によって撃ち抜かれた。機関部を的確に破壊され、小さな爆発と共に砕け散るビット。

 

楯無が弾かれたようにそちらへ顔を向けるのと、ゼフィルスの操縦者が鬱陶しそうにそちらを向くのはほとんど同時であった。

 

視線の先。銃口から白煙を立ちのぼらせるスターライトMkIIIを構えたセシリアの顔に、先程までの不安や揺らぎは感じられない。両の瞳を彩る蒼はどこまでも深く、吸い込まれてしまいそうな輝きを宿していた。

 

セシリアから楯無へと回線が繋がれる。

 

『―――まずは謝罪を。先程は情けない姿をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした』

 

「それはいいんだけど……もう、大丈夫なの?」

 

『はい。わたくしがサポートしますので、楯無先輩は今まで通り前衛をお願い致します。さっきの今で信頼など出来ないかもしれませんが……どうかわたくしに、もう一度チャンスをくださいませんか』

 

「……ええ、分かったわ。それじゃあ援護射撃、任せたわよ!!」

 

今のセシリアならばきっと大丈夫だろう。

 

根拠は無いが、楯無はそう確信していた。

 

蒼流旋を構え突撃姿勢に移行した楯無は、思考の隅で少しだけ考える。あの短時間で彼女に一体何が起こったのだろうか。普段の彼女からは想像もつかない程に―――焦っていた、という表現が適当なのかは分からないが、あれほど取り乱していたにも関わらず、一転今は不思議なほど落ち着いている。

 

加えて、その瞳。

 

(……まるで、透夜くんみたいな眼をするのね)

 

赤と蒼の違いさえあれど、二人の瞳はとてもよく似通っていた。凪いだ湖面の如く湛えた理性の光と、その奥に燃ゆる赫赫たる決意の焔。感情を暴走させることもなく、然して捨て去ることもせず。

 

 

 

―――故にこそ、それは己が力となる。

 

 

 

一瞬の加速。

 

距離を詰めにかかった楯無に対し、ゼフィルスは高速で後退しながらもビットを展開する。一基墜とされたものの、その射撃が依然として脅威であることに変わりはない。

 

襲い来る熱線の嵐に対し回避行動を取ろうとする楯無の耳に、セシリアの声が届く。

 

『そのまま追撃を。露払いはお任せ下さい』

 

決断は早かった。

 

弱めかけたスラスターを激発させ、更なる加速を行う。自ら弾幕の中へと突っ込む形になった楯無に殺到する熱線。囲むようにして迫るそれらを加速した状態で躱すのは不可能に近いだろう。だがセシリアは任せてくれと言った。ならばその言葉を信じるのみ。

 

そうして次の瞬間起こった出来事に、楯無は思わず目を見開いていた。

 

(ちょっ……と嘘でしょ!?)

 

何せ、迫り来る五つの熱線全てが楯無の後方より放たれた別の熱線によって相殺されたのだから。

 

以前、クラス代表決定戦の折に一方通行がセシリアのビットを無目視射撃(ブラインドファイア)で撃墜していたが、セシリアが行ったのはそれを遥かに上回る文字通りの神業。

 

不規則に動き回る細い熱線を狙って撃ち抜くだけでも至難の業だというのに、それを五つ。しかもセシリア本人だけでなく、扱いの難しいビット射撃も含めて。更に言えば、セシリアは偏向射撃を使っていなかった。

 

 

 

ただ純粋に、恐ろしい程精密な予測射撃だけで今の絶技を成功させたのだ。

 

 

 

ゼフィルスの操縦者もこれには流石に驚いたのか、一瞬動きを止める。しかしそれも束の間のこと。すぐに第二射を放ち始めるが―――先程と同じ光景が繰り返されるだけであった。

 

三回目も、四回目も。

 

軌道を変えようともタイミングを外そうとも、ゼフィルスの射撃は尽くセシリアによって撃ち抜かれ、粒子となって霧散していく。先程まで雑魚だと思って見下していた相手に封殺されているという事実が、ゼフィルスの操縦者の神経を逆撫でていく。

 

「雑魚が―――調子に乗るなァっ!!」

 

初めて、ゼフィルスの操縦者が声を上げた。

 

声質からしてまだ幼い少女だろうか。しかし、憎悪と怨嗟に塗れたその声は凡そ少女が出したものとは思えなかった。

 

沸き上がるドス黒い怒りに任せ、セシリアに向けてビット射撃の雨を降らせる。が、射撃とは例外なく水もの。冷静さを欠いた状態では偏向射撃も単調になり、避けることもさして難しくはない。

 

危なげなく回避したセシリアは薄く微笑む。

 

「よろしいのですか? わたくしより警戒するべき相手が貴女の近くに居りますけれど」

 

ハッと我に返るがもう遅い。

 

セシリアが作った隙を逃さず、肉薄した楯無が蒼流旋を振るう。纏わせたアクア・ナノマシンが高速振動する水の刃を形成し、見た目よりも凶悪な攻撃力でゼフィルスの複合装甲を容易く破壊していった。

 

間髪入れずに空いた手を伸ばし、ゼフィルスの喉笛を掴んで引き寄せる。

 

にやぁ、という擬音がつきそうな笑みを浮かべて、

 

「サービスよ。全弾持っていきなさい?」

 

躊躇なくガトリングガンの引き金を引き絞った。

 

耳をつんざくような轟音と共にゼフィルスのシールドエネルギーがゴリゴリと削り取られていく。一瞬で弾倉の中身を撃ち尽くした楯無は、あっさりと追撃を諦めて距離を取ると蒼流旋を構え直す。

 

「……ふぅん。悪の組織でも、ピンチに助けに入るくらいの仲間意識はあるのね」

 

先程まで楯無が居た場所には、鈴音と箒が相手をしていたはずのアッシュがゼフィルスを庇うように佇んでいた。あのままゼフィルスを深追いしていれば、横合いから思い切りぶん殴られていただろう。

 

「ここまで来て、逃がすわけないでしょ……!」

 

「ああ……奴はここで仕留めておくべきだ」

 

アッシュの後を追うように、鈴音と箒も合流する。

 

二人とも大分消耗しているようだったが、アッシュの装甲も所々砕け、ひしゃげている。鈴音と箒が死に物狂いで奮闘した何よりの証だった。

 

これで四対二。

 

数の上ではこちらが有利だが、油断はできない。奴らの狙いが一夏か一方通行か分からない以上、二人ともこの場に居てくれれば何の不安要素もなく戦うことが出来るというのに。

 

再度、通信を試みようと回線を開き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、轟音が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナの一角が弾け飛び、そこから何かが勢い良く飛び出してくる。

 

すわ新手か、と警戒を最大まで引き上げた楯無だったが、それは楯無に届く前に地面へと落下していた。そのまま二度三度とバウンドし、土煙を巻き上げながら十メートル程地面を滑り、楯無の眼前でようやく停止した。

 

もうもうと立ち込める土煙が、風によって吹き飛ばされていく。そうして姿を見せたものを視認した瞬間、楯無の心臓は一瞬だが確かに動きを止めた。

 

形の良い唇から、浅い呼吸が漏れる。

 

震える喉を無理矢理動かして、ようやくその言葉だけを絞り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とう、や……くん…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夥しい量の血溜まりに沈む、白い少年の名前を。

 

 

 

 

 

 


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