Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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七話

かつて、一方通行がまだ束の元で動いていた頃。

 

ちょろちょろと周囲を嗅ぎ回る存在を鬱陶しがっていた束は、その対処を一方通行に一任していた。時期を同じくして、束のラボ襲撃の任に就いていたオータムは、そこで初めて眼前の少年と対面することとなる。

 

そして彼女は戦慄した。

 

法に縛られない自分達以外に、ここまで殺戮を躊躇わない者が居たのかと。お遊び感覚で乗っているIS学園の生徒は言わずもがな、軍の連中ですらここまで苛烈ではない。

 

既に半壊していたオータムの『アラクネ』を、一切の容赦なく無数の光線で焼き払おうとした時は真面目に死を覚悟した。報告を受けて飛んできたスコールが居なければ、物言わぬ屍となっていただろう。

 

良くも悪くも、その一戦が彼女を変えた。

 

だから、今のオータムには油断も慢心も驕りもない。

 

それを見せれば敗北すると知っているが故に。

 

両手に握るカタールを振るい、間合いを維持する。八本の脚も射撃と近接を器用に切り替えつつ、四方八方から攻め立てていく。大半はあの厄介な反射の壁に弾かれるが、捌き切れなかった攻撃が何度か夜叉の装甲を掠めていた。

 

そんな嵐のような猛攻に対して、一方通行は思うように攻めきることが出来ずにいた。

 

理由は単純だ。

 

まず、彼の専用機『夜叉』には近接武器が搭載されていない。四肢の展開装甲からエネルギー刃を作り出して応戦することは出来るのだが、如何せん分が悪かった。仮に両手両足を用いたとしても、こちらは四であちらは八。手数ではオータムに軍配が上がる。

 

加えて、一方通行には白兵戦の経験値が圧倒的に足りていない。普段であれば接近戦の間合いに入られる前に幻月の掃射で潰せばいいのだが、こういった閉所で長時間の近接戦闘を強いられるとどうしても粗が目立つ。

 

更に、オータムの駆るIS『アラクネ』は、近接戦闘に特化した第二世代の機体。どういう理屈か、以前とは比べ物にならない程の操縦技術を身に付けているオータムの動きは、接近戦ならば間違いなく一方通行の上を行っている。

 

ならば幻月で対処すればいいのだが、ここで幻月の高すぎる火力が問題となる。不用意に放てば周囲一体を吹き飛ばしてしまう恐れがある為、完全確実に直撃させられる場面でなくては使えない。

 

生徒達の避難が完了しているかどうかも分からないというのに、校舎に風穴を空けるわけにもいかないのだ。

 

「チィッ!!」

 

終始飛んでくる攻撃に苛立ちを募らせた一方通行が、一度大きく後方へと下がった。だが、オータムとてむざむざ距離を取らせるつもりはない。装甲脚の射撃で牽制しつつ、壁も床も天井も関係なく、それこそ蜘蛛のように縦横無尽に跳び回りながら距離を詰めにかかる。

 

(とっとと機動力を削ぐしかねェか。っつか、本格的に近接武器の扱い方も覚えねェとな……ッ!)

 

振るわれる二対の脚。二つは右。二つは左。そして上からはカタールが迫る。

 

決断は早かった。

 

VROSでカタールを弾き返し、その衝撃でオータムの体勢を崩す。踏み込みが甘くなり、若干勢いを失った右の脚二つを腕部装甲とブレードで受け止める。しかし、

 

「がッ、ァ……!」

 

反応出来たのはそこまで。

 

唸りを上げて振るわれた脚は無防備な一方通行の左脇腹に吸い込まれる。装甲で覆われていない部位を攻撃されたために絶対防御が発動し、シールドエネルギーが目に見えて減少する。それでもダメージを全て防ぎ切ることは出来ずに、衝撃が内臓を突き抜けた。

 

その光景を見て口元を歪めるオータム。

 

ようやくまともな一撃を入れることが出来た喜びと、かつて無様に敗北を喫した相手を苦しめることができる悦び。彼女本来の性格も相まって、ゾクゾクとしたものが背を走る。

 

だが―――違和感。

 

「っ!? てめぇ、まさか……っ!!」

 

気付いた時にはもう遅い。

 

叩き付けた二本の脚は、彼の脇腹と左腕の間にしっかりと挟まれていた。全力で引き抜こうとしても、まるで万力に固定されたかのようにぴくりとも動かない。

 

肉を切らせて骨を断つ。シールドエネルギーと引き換えにはなったが、それで厄介な機動を制限できるのならば惜しくはないというものだ。

 

今度は一方通行が笑う番だった。

 

慌てて別の脚を振るうオータム。

 

それが一方通行に届くより早く、彼の右腕が勢い良く薙ぎ払われる。掴まれていた二本の脚をその手に残し、アラクネが砲弾の如く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴り響く轟音。

 

突如として乱入してきた暗灰色のIS『アッシュ』。その双腕が振るわれる度に、大気を揺るがすほどの強大な爆発が巻き起こる。放たれる拳打を回避した余波だけでアリーナの地面が掘り返され、鋼鉄製の基礎部分までがその姿を覗かせていた。

 

楯無の専用IS、ロシア製第三世代機『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』は、エネルギー伝達性能の高いナノマシンを含んだ水を自在に操ることで攻守の両立を図っている。極端に少ないその装甲とは裏腹に、高い防御性能を誇るレイディではあるが―――

 

「……ッ!!」

 

唸りを上げて放たれた鋼鉄の拳が、思い切り身を反らした楯無の鼻先すれすれを通過していく。

 

後方への力の流れに逆らわぬようそのまま宙返りの要領で体を回転させ、身を起こすと同時に右手に握るランス『蒼流旋』を振るって空いた胴を狙う。

 

その穂先が脇腹を穿つ直前、敵機は思い切り身体を捻って直撃を避けた。結果、楯無の反撃はシールドバリアを掠めるだけに留まる。

 

しかし代償として体勢が崩れ、大きな隙が生じた。好機と踏んだ楯無が追撃を行おうとするも、瞬時に呼び出したスローイングダガーを投擲。楯無が水の盾を展開してそれを防いだ瞬間、ダガーが爆発を引き起こした。

 

追撃を阻まれ、お返しと言わんばかりに蒼流旋に仕込まれたガトリングガンの引き金を引く楯無。内蔵された四基の銃身が勢い良く回転し、視界を覆う黒煙に向けて狂ったように鉛玉を吐き出した。

 

バックステップで距離を取り、機関部から立ち上る硝煙を振り払う。ランスを構え直し、水盾を再構築したところで煙が晴れていく。その向こうには、未だ健在な様相を見せるアッシュが油断なく身構えていた。

 

(―――強い。機体もそうだけど、操縦者もかなりの手練だわ。これだけの人材、一体何処から……)

 

若くして対暗部組織当主の座に就いた楯無。現役軍人であるラウラですら軽くあしらえる実力を持った彼女と真っ向から打ち合い、尚且つ互角に戦える人間などそうそう居ない。

 

加えて、機体の相性も良くなかった。

 

おそらく、圧縮したエネルギーを指向性爆薬の代わりのようにしているのだろう。拳の着弾と同時に対象を爆破する、凶悪極まりない超攻撃型の武装。

 

腕部装甲内部で圧縮した高圧エネルギーを、拳部分の装甲外部に放出・爆破―――爆発の衝撃に耐え、エネルギー圧縮の複雑なプロセスを保護する為ならば両腕装甲の肥大化も頷ける。

 

水盾で防ごうにも、衝撃で飛散してしまうため一撃までしか耐えることができない。再構築するには数秒ではあるが時間を要するので、大人しく回避に専念した方が無難だろう。

 

(完璧なステルス機能。強固な装甲。高い運動性能。範囲の狭い高火力兵装。さしずめ攻撃寄りの隠密潜入型ってとこかしら。こういうタイプ相手だったら、私よりも透夜くんの方が相性良さげなんだけど)

 

持久戦になるよりも、数の利を生かして短期決戦に持ち込むのが得策か。そう判断した楯無は回線を開き、専用機持ちメンバーへと繋げる。

 

『―――皆、仕掛けるわよ』

 

『何か策はあるんですか?』

 

『もちろん。まずはセシリアちゃんとシャルロットちゃんが弾幕を張って相手を牽制。一撃の火力よりも、広範囲を手数で攻めて頂戴。で、箒ちゃんと鈴ちゃんは二人の護衛。セシリアちゃんもシャルロットちゃんも狙われたら構わずに下がっていいわ。私が斬り込んで隙を作るから、ラウラちゃんのAICで動きを止める。トドメは一夏くんの零落白夜で決めるわ』

 

『ですが、そう上手くいくでしょうか? あの操縦者もかなりの実力を持っているようですけれど』

 

『だからこそよ。皆のエネルギーに余裕がある内に勝負を決める。相手の増援が来るかも分からない状況で勝負を長引かせるのは悪手だもの』

 

考えられる可能性としては、時間稼ぎか。

 

なればこそ、早急に仕留めて体勢を立てなくては。

 

『―――行くわよ!』

 

ドッ!!!

 

楯無の合図と同時に鳴り響く銃声の二重奏。

 

シャルロットが呼び出したのは、かの有名な五十口径重機関銃ブローニングM2。携行出来るよう改良が施され、箱型弾倉の代わりにドラムマガジンを採用したISモデルだ。それを両手に握り、スラスターの殆どをリコイルコントロールと姿勢制御に回してトリガーを引き続ける。

 

シャルロットの銃撃の穴を埋めるように、蒼い光条が無数に走る。スターライトMk-Ⅲを構え、周囲に浮遊させたビットからレーザーの雨を降らせるのはセシリアだ。流石に遠隔操作と並行しての射撃はまだ無理だが、こうして固定砲台として使う分には何ら問題は無い。

 

二人の側に待機する箒と鈴も、それぞれ衝撃砲と雨月のレーザーで支援を行っていた。

 

「―――、」

 

降り注ぐ銃撃の豪雨。PICとスラスターをフル稼働させ、重力に囚われない動きで避けていくアッシュ。センサーで弾丸の軌道は読めても、実際にISを動かすのは操縦者本人の意思なのだから実に人間離れした反射速度だ。

 

その弾幕を囮に、地面すれすれを這うように飛翔し接近、意識の外から楯無が刺突を放つ。体捌きだけで躱されるが、それも想定の範囲内。突き出したランスの柄を両手で握り、そのまま真横に薙ぎ払う。

 

けたたましい金属音と共に分厚い腕部装甲に受け止められるが、この一撃もまた布石。弾かれた衝撃で身体を回転させ、呼び出した蛇腹剣を振るう。

 

だが、それこそ敵の思惑通りであったか。

 

蛇腹剣の特性上、ランスとは違い力の伝導率が低い。シールドエネルギーを削りこそすれど、体勢を崩すまでには至らない。故に、ダメージさえ気にしなければ攻撃に転じることも可能なのだ。

 

「っ!?」

 

迫る蹴撃。

 

咄嗟に水盾を構築するが、間に合わない。不完全な水の壁を容易く破ったアッシュの蹴りが、楯無の腹部に突き刺さった。不快な衝撃が突き抜け、水盾の名残が飛沫を散らした。

 

大きく後方へと吹っ飛ばされる楯無。

 

追撃の姿勢を見せたアッシュだが、果たしてそれに気付くことは出来たのか。蹴りを放った己の脚部装甲に、不自然に纒わり付く『水』。そして、楯無の口許を彩る笑みに。

 

楯無が軽やかに指を弾く。刹那、アクア・ナノマシンに内包されたエネルギーが全て熱量に変換され、一斉に爆発を起こした。レイディが持つ唯一の範囲攻撃『清き熱情』。本来ならば閉鎖空間での使用が望ましいとはいえ、場面を選ばなければこういった使い方も出来る。

 

爆破の衝撃で脚部スラスターが破損したか、大きく体勢を崩すアッシュ。その機を逃さず、ラウラが両腕のプラズマブレードを展開して斬り込んでいった。数合の打ち合い。そして、

 

「―――貰ったぞ」

 

展開される不可視の結界。

 

これにも反応する様子を見せたが、低下した機動力では逃れ切る事は出来ずにアッシュの左足がその動きを停止させる。捕食者の罠にかかった哀れな獲物のように、一度PICに捕らえられれば自力で抜け出す術はない。

 

その好機を逃すことなく距離を詰める、純白の機体。構えた雪片弍型の鍔部分がスライドし、青く輝くエネルギーが零落白夜の刀身を形成した。暗灰色の装甲に刃が届くまで、僅か数メートル。

 

分厚く強固な装甲を砕く必要は無い。シールドエネルギーを枯渇させ、動力を奪ってしまえば事足りる。上段に振り上げた雪片が一層輝きを放ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――だめ、離れてっ!!!」

 

鬼気迫る叫びが、鋭く響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その異変にいち早く気が付いたのは、後方より射撃支援を行っていたセシリアだった。

 

何か根拠があった訳では無い。戦闘中に目標から意識を逸らすなど本来ならばあってはならないことだが、それでも彼女にはどうしてもそれを無視することができなかった。彼女の持つ鋭敏な感性か、それとも狙撃手として研ぎ澄まされた勘か。

 

不意に空を見上げた。

 

肉眼では分からないが、アリーナの天井部分を覆っているシールドバリアー。アリーナ内での戦闘時に観客席への被害を防ぐ強固な守り。彼女が意識を向けたのはその向こう。秋晴れの空、ゆったりと漂う雲の向こう側。

 

その雲の一部が、なんの前触れもなく消失したのだ。

 

嫌な感覚と共にセンサーをそちらへフォーカスした瞬間、反射的にセシリアは叫んでいた。

 

「―――だめ、離れてっ!!!」

 

もはや悲鳴に近い、だからこそ聴く者に危機感を与える叫び。それを耳にした一夏がギクリと動きを止めた。次いで動きを見せたのはラウラ。弾かれたように上を見上げると、アッシュの動きを縛っていたPICを解除するや否や一夏に体当たりを食らわせてその場から離れさせる。

 

刹那、アリーナに光の柱が突き立った。

 

轟音。

 

そして爆風。

 

弾道ミサイルでも直撃したのかと思わせるほどの衝撃波にPICの姿勢制御システムすらも役に立たず、木の葉のように吹き飛ばされ、アリーナのシールドに勢い良く叩きつけられる一夏とラウラ。

 

「なっ、んだよ!? 一体何が起こったってんだ!? 何でいきなり爆発なんか……!」

 

「……違います。今のは―――狙撃(・・)ですわ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園上空、高度2万5000メートル。

 

風景画に上塗りした人影のようにくっきりと浮かび上がるシルエット。蝶の羽のように大きく広げたウィングスラスターが特徴的な青紫の機体がひとつ、空を漂っていた。

 

ガジャゴンッ!! と物々しい金属音を立て、ソレを覆っていた所々の装甲板がスライドする。そこから陽炎すら立ち上るほどに赤熱した内部機関が姿を現し、氷点下の空気に晒されて盛大な白煙を吐き出した。

 

全長14メートル、重量1800キロというスケールを誇り、ISですら扱うのに難儀する規格外の怪物。最早銃というよりも砲と呼ぶのが相応しい威容を放つ対シェルター専用兵器『ディグアップ・バンカーバスター』。

 

核シェルターを穿ち掘り起こす程の威力を求めたものの実用まで漕ぎ着けられなかったものを開発部が拾い、IS用に調整した使い捨てのオモチャだ。一発放つ為のエネルギーチャージに三時間もかかるがそれでも威力だけはそこそこあるらしい。先の一撃で面積の五割強を消し飛ばされたアリーナのシールドも、自己修復許容範囲の限界を超えたのか徐々に崩壊を始めている。

 

『……こちらで着弾を確認。直撃はしなかったけど相当のダメージを受けたみたい。……あと、私も被害を受けた。デトネイターを防御に回してなかったら危なかった、よ?』

 

「知ったことか」

 

回線を通じて聞こえてくる非難の言葉を切り捨て、眼下へ向き直る。長大な移動式砲台を虚空に消し去り、姿勢制御に回していたスラスターを激発させる。一瞬で音速の壁を打ち破った青紫の機体が、流星の如く空を裂く。そのハイパーセンサーには、こちらを捕捉したらしい男の焦った顔が鮮明に映し出されている。

 

不気味に歪んだ口許から、呪詛を吐くかのように言の葉が紡ぎ出された。

 

「―――織斑一夏。私の為に、今ここで死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一際大きな振動と轟音が耳に届いた。

 

(なンだ……? 今までのとはスケールが違ェぞ)

 

オータムとの戦闘を継続していた一方通行だが、既にアリーナの方へと意識を割けるレベルの余裕を取り戻していた。

 

千切り取ったはずの装甲脚が独立して稼働し、背後から謎の機械を取り付けられてISを奪われるという予想外の事態があったものの、周囲に人目がないのなら好都合とばかりに自前の能力を発動。残った脚をへし折り、無様な達磨になったアラクネに歩み寄る。

 

焦燥を滲ませたオータムが最後の抵抗とばかりにカービンライフルを撃ちまくるが、ただの銃器で反射の壁を突破できるはずもなく全ては徒労に終わっていた。

 

「くそ……くそ、クソっ、クソォォオオオっ!!! 何なんだよテメェ!? 何でISがねぇのに武装が使えてんだよッ!? 剥離剤(リムーバー)は正常に機能した! テメェのISは確かに私が奪ったはずなんだぞ!!」

 

「うるせェよ。大人しく寝とけ」

 

「が……っ」

 

喚き散らすオータムの腹を無造作に蹴りつける。同時にベクトルを操り、衝撃を細かく前後に揺らすことで三半規管に強烈なダメージを与えて気絶させた。地に倒れ付した彼女の手から転がり落ちる夜叉のコアと、40センチ程の機械。恐らくはこれが剥離剤とやらだろう。

 

剥離剤をぐしゃりと踏み潰し、夜叉のコアを手に取った。そのまま普段通りに展開するイメージで意識を集中させれば、見慣れた黒い装甲が姿を現す。が、その際に生じた小さな違和感を彼は見逃さなかった。

 

無理やり引き剥がされた後遺症の様なものだろうか、僅かにだが展開速度が遅くなったように感じた。事が終わり次第一度内部を調べてみるべきだろう。

 

ともあれ、こっちの用事は済んだ。

 

手早くオータムを拘束してアリーナへ急ごうとしたところで、夜叉に通信が入った。今しがた連絡を入れようと思っていた楯無からだった。

 

「更識か。コッチは終わったぜ」

 

『さっすが、透夜くん! お仕事が出来る男の子は、っ、好きよ、私!』

 

一方通行は、回線を通じて聞こえてくる楯無の声を聞いて眉を顰めた。少なくとも、彼女が呼吸を乱すことなど今まで一度も無かったはずだ。余程状況は切羽詰まっているらしい。頭の中をクリアにした一方通行は、必要な情報だけを聞き出すことにした。

 

「敵の数と、織斑達の状況は?」

 

『あっちが二機。こっちは一夏くんとラウラちゃんがもう限界ギリギリよ。二人を庇いながら戦ってるから動きが制限されてるし、セシリアちゃんもなんだか様子がおかし―――から、……や、も――消え―――』

 

「……オイ?」

 

ブツ、という耳障りな音を最後に、楯無からの通信は沈黙した。一方通行の背筋に嫌な汗が滲み出た。

 

ありえない。

 

ISの個人間秘匿回線は、それこそファイアウォール並のシステム強度を持つ。一度繋ぐ度に複雑に組み替えられるプログラムコードをこじ開けてハッキングやジャミングを仕掛けることなど到底不可能だ。

 

(まさか……)

 

再びあの天災が一枚噛んでいるとでも言うのか。亡国機業に手を貸した? 何のために? 凡俗を嫌うあの女が何故?

 

様々な思考が巡るが、意識的に振り払って扉へ向かう。とにかく急いでアリーナに向かわなくては。手遅れになる前に。

 

固く閉ざされていた扉に手をかけ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こうして会うのは初めてになるか、一方通行(アクセラレータ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身の血が凍り付いた。

 

「―――、」

 

 

呼吸がおかしい。

 

 

 

 

自身の肺が正常に機能しているのかわからない。

 

 

 

加速する心臓の鼓動が五月蝿い。

 

 

 

 

 

一方通行(・・・・)と呼んだ。

 

 

 

 

ただ一人を除き、誰にも教えたことのないその名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと。

 

 

油の切れたブリキ人形のような動きで後ろを向く。

 

 

 

 

 

 

その視線の先に、それは浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

風も無いのに靡く白い長髪。

 

 

 

 

なんの変哲もない、緑の手術衣。

 

 

 

 

 

そこに見えるのに、存在感というものがない。

 

 

 

 

 

 

それは、男にも見えた。

 

 

それは、女にも見えた。

 

 

それは、子供にも見えた。

 

 

それは、老人にも見えた。

 

 

それは、聖人にも見えた。

 

 

それは、囚人にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『改めて名乗ろう。私は―――アレイスター・クロウリー。学園都市の総括理事長を務めている者だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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