Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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二話

キーンコーンカーンコーン。

 

六時限目の終業を告げるチャイムが鳴り響き、教室中からため息や伸びをする声が聞こえてくる。一方通行も例に漏れず、背骨をパキポキと鳴らしていた。

 

IS学園というだけあって、やはり授業は全てISに関連したこと。ISの基本動作や用語から、ISによる世間の動き等も学ぶのだ。だが一方通行にとっては、せいぜい小学校の授業レベルでしかない。

 

最初の一時間程はいつになく真面目に聞いていたのだが、その次からは窓の外を眺めながらなんとなく話を聞くだけ。それを目敏く見つけた千冬が名指しで答えさせるが、完璧に回答してしまうので始末に終えない。結局「授業中くらいは前を向いていろ馬鹿者」ということで落ち着いた。

 

ふと彼が前を見ると、真ん中最前列の席で一夏が机に突っ伏している。授業中「ほとんど全然わかりません」と言っていたので、それでやる気が削がれてでもいるのだろう。

 

因みに、一夏の頭は決して良いとは言えないが悪いわけではない。ただ、たった数分で参考書を丸暗記できる一方通行の頭脳が異常なのだ。

 

「鈴科」

 

「ン?」

 

突然の声に横を向くと、そこには千冬が書類を片手に立っていた。何の用かと疑問に思っていると、何故か千冬がにやりと口許を歪めた。

 

「喜べ。寮の部屋割りが決まったぞ」

 

「……確か、人数の関係がどォとかで遅れるって聞いてたンだが」

 

彼がそう言った瞬間千冬の右手がブレ、鈍い音が鳴り響いた。まるで脳を直接シェイクされたかのような衝撃が脳天を突き抜け、次いで激しい痛みが一方通行を襲った。

 

「教師には敬語を使え」

 

「……ぐっ、こ、の、……ッ!!」

 

不用意に能力を使って反射することも出来ない以上、運動能力の低い彼は千冬の出席簿を頭で受け止めるしかない。せめてもの抵抗とばかりに彼女を思いきり睨み付けるが、涼しい顔をして流されてしまった。

 

「とにかくお前のような特例を放っておくわけにはいかんからな。政府も大分慌てていたようだ。まあ、一月もすれば個室になるから安心しろ」

 

そう言って、部屋番号の書かれた紙とキーを渡す千冬。成る程、と納得しながらキーを受け取るも―――すぐに違和感に気付いて顔を上げる。しかし、そこには既に人外教師の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

(一月もすれば個室になるって事ァ……一ヶ月間相部屋って事だろォが! ふざけンじゃねェ!)

 

 

 

 

 

 

どうやら嵌められたようだ。

 

いつかはあの真面目な顔を狼狽えで塗り潰すくらいには一矢報いてやる、と静かに決意する一方通行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に渡された部屋の場所を記した地図を眺めながら、寮へと続く道を歩く。既に夕陽も水平線に傾いており、学園をオレンジに染め上げている。

 

少しの間それを眺めていると、不意にポケットの携帯が振動した。取り出して名前を見た一方通行は、周囲に誰もいないことを確認すると、自分から出る音の振動と光のベクトルを軽く弄る。これによって、例え他人が一方通行の目の前を通っても気付かれることはない。

 

そして通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

『もすもすひねもすー! 皆大好き束さんだよ! どうどうあっくん!? ハーレム生活楽しんで』

 

ブツッ。

 

迷わずに通話終了ボタンを押す。そして、掛かってきていた電話番号を着信拒否にしてポケットに携帯をしまう。

 

(……。さて寮の部屋は―――)

 

再び携帯が振動。

 

取り出して、ひとまず通話終了ボタンを押す。再び振動。通話終了。振動。通話終了。その一連の流れを暫く繰り返し、漸く通話ボタンを押した一方通行。

 

『ごめんなさい。束さんが悪かったです。だから着信と同時に切るのだけは止めてください本当に泣きそうになったからぁ!! 』

 

「黙れ。それか死ね」

 

演技なしの本気の涙声で謝ってきた束を一蹴。いい年をした大人が泣きながら謝罪する様は軽く鬱陶しい。

 

「で? なンの用だ。用がねェなら切ンぞ」

 

『いやぁもうあっくんったらせっかちなんだから。急ぐ男の子は嫌われるよー?』

 

「…………、」

 

『あぁ! 待って待って切らないで! 用事ある! あるから! 』

 

「次に余計なコトしやがったら電波跳ね返すぞ」

 

束のラボから飛んでくる携帯の電波を遮断するか跳ね返すかすれば、一方通行の携帯電話に束からの着信は届くことはない。究極の着信拒否だ。

 

『用事っていっても状況確認なんだけど。私との関係、ちーちゃん以外にバレてないよね? まぁあっくんがそんなへまをするとは思えないけど』

 

「……バレてもオマエにゃ被害は出ねェだろォが。どっちかっつったら俺の方が面倒くせェコトになる」

 

『そだねー。あ、そういえば……あの、そのー……』

 

珍しく言い淀む、というよりも歯切れの悪い束。いつも人を食ったような態度を取る彼女がこういう風になるのは大抵―――

 

「……妹のコトか? 確かモップ―――」

 

『ほ・う・き! 篠ノ之箒! 人の妹を掃除用具呼ばわりとはいい度胸だねぇあっくん!? 』

 

「似たようなモンだろ」

 

『大分違うからね!? 篠ノ之箒と篠ノ之モップじゃ天と地ほどの差があるからね!? 大体純日本人で下の名前がカタカナとか一体どんなんなのさ! 』

 

この天災科学者は、こと妹の話題になると過敏に反応するのだ。一方通行には血の繋がった兄弟姉妹がいないので、以前一度だけ興味本意で束の妹について聞いてみたのだが、五分聞いた時点で音を反射した。

 

その後眠気に誘われて、三時間ぐらい寝た後に起きたら飽きることなく喋り続けていたのを見たときにはドン引きしたのを覚えている。

 

「つーかオマエ監視衛星使って見てンだから聞かなくても分かンだろォが。態々電話かけてくンじゃねェよ」

 

『うぇえ酷い! 束さんはコミュ障のあっく』

 

ブツッ。

 

何かとても不名誉なことを言われそうになったので切った。電源もオフ。これであの兎の魔の手は届かない。ざまァ見ろ。やっと沈黙した携帯をポケットにねじ込み、反射を解除して寮へと向かう。

 

出来ることならば、ルームメイトは大人しくて余計な詮索をしない静かな奴がベストだな、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下の至るところから、囁き声やこちらを見て話す声が嫌と言うほど聞こえてきている。一方通行は廊下を歩きながら、その話の内容に軽く耳を傾けた。

 

「あれって、一年生の……」

 

「二人目の男の子だよねっ!」

 

「うわ、すっごい美形……」

 

「何で二年の寮にいるんだろ?」

 

「年下も……ありかな」

 

最後のは聞かなかったことにしておき、再び地図に目を落とす。そろそろ指定された部屋も近いのだが、先程の会話の中に彼も訊きたい疑問があった。

 

(……なンで俺の部屋が二年の寮(・・・・)にあンだよ)

 

そう、千冬から渡された紙には何故か二年生の寮にあるはずの部屋番号が記されてあったのだ。

 

最初、他の一年生たちと向かう方向が違った時には特別な措置があって別の場所なのだろう、などと思っていたが、その考えは一瞬で瓦解した。やはり年頃の女子と相部屋なのは避けられないのだろうか。というよりも、千冬が狙ってやったに違いない。そう信じても間違いではない気がする。

 

しかし、既に決定されたことに異を唱えていても仕方がない。織斑も恐らく相部屋なのだろうし、もしもあちらが仮に一人部屋だったらそれを理由に無理にでも一人部屋にしてもらうが。

 

(2051室……ここか)

 

ようやく自室の扉の前にたどり着く。とにもかくにも廊下全体から突き刺さる視線の嵐から逃れたかった。キーを差し込んで鍵を開け、さっさと中に入り後ろ手に鍵を閉める。大きくため息を吐いて、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってたわよ、鈴科透夜くん♪」

 

 

 

 

 

 

 

奥の方から、何やら楽しそうな声が聞こえてきた。

 

恐らくルームメイトとなる女子なのだろうが、その声に聞き覚えはない。そもそも、彼と交友関係がある女性など束と千冬ぐらいのものなのだから当然と言えば当然なのだが。

 

部屋の構造上、入って少し奥まで行かないと全体を見渡すことはできない。仕方なく、数歩進んで声の主を確かめることにした。

 

―――可憐な少女だった。

 

整った顔に浮かぶ微笑。

 

外側に跳ねた、肩まで伸びる美しい水色の髪。

 

そして、彼と同じ赤い瞳。

 

ベットに腰かけ、首を傾け此方を見上げる様は宛ら絵画のワンシーンのようだった。しかし、生憎一方通行は性欲や色欲といった感情が一般男性に比べてほぼ皆無といっていい。

 

何気ない仕草に心踊ることも、風呂上がりの艶姿に羞恥することもない。鉄面皮とまではいかないが、それでもリアクションはかなり薄かった。それを見た青髪の少女はつまらなそうに口を尖らせる。

 

「もうちょっとこう、唖然としたり呆然としたりしてくれてもよかったんだけどな。おねーさんちょっとがっかりよ」

 

何処からともなく取り出した扇子をパッと開く。そこには達筆な文字で『残念』と書いてあった。

 

「アンタが俺のルームメイト……ってことでイイのか?」

 

「そうよ。私の名前は更識 楯無(さらしき たてなし)。二年生で、この学園の生徒会長を務めているわ。改めてよろしくね、鈴科透夜くん」

 

差し出された手を、一瞬ためらった後に握る。楯無と名乗った少女は再び扇子を開く。今度は『一期一会』の文字。一体どういう仕組みなのか気になったが、今はそれどころではない。

 

「で、更識―――」

 

「あん、もう。折角同室になったんだから、名前で呼んでくれてもいいのよ? というより、呼びなさい。私も透夜くんって呼ぶから。いい?」

 

「……わかった。早速で悪いが、いくつか質問あるンだが構わねェな?」

 

「いいわよ。おねーさんに答えられる範囲でならいくらでも答えてあげるわ」

 

ウインクを飛ばしつつそう言う楯無。この少女は何かアクションを起こしていないと気がすまないのだろうか。この時点で先が思いやられる一方通行だが、現在は下らないことに思考を割いている暇は無かった。

 

(答えられる範囲で、か。言外に『俺には教えられないことを知っている』っつってる様なモンじゃねェかよ。しかも、俺がそれに気付くのを知っててやってやがンな)

 

扇子で口元を隠し目を細めて薄く笑う楯無を見て、心中で呟く。こういったタイプは正直言って苦手である。

 

「ンじゃ、当然の質問から行くか。……なンで俺だけ二年と同室なンだ。俺は一年だし、織斑のほうは一年と同室になったって聞いたぞ」

 

「うん、一夏くんは幼馴染みの子と一緒。知り合いと同室の方が変に気張らなくてすむでしょ? 」

 

「それはまァ分からンでもねェ。じゃあ俺の場合は何が理由でアンタと同室になったンだ?」

 

「私がそうお願いしたから」

 

悪びれもなくそう言った。

 

女子の、しかも上級生と同室になる一年生の気持ちを考えた上でお願いしたのだろうか、この女は。ただでさえ男女間で空気が若干固いというのにあまつさえ上級生と。最早一種の拷問だろう。年上が好みの場合はまた話は別だが彼にそんな趣味はない。

 

若干頬をひくつかせながら会話を続ける。

 

「お願い……だァ? そンなもンで部屋割り変更出来ンのかよ」

 

「生徒会長権限って知ってる?」

 

「職権乱用って知ってっかオマエ」

 

一方通行は頭を抱えたくなった。

 

会長権限なんてもので部屋割り変更ができるのならば、生徒会長とは我儘言い放題なのだろう。何でもかんでも『会長権限よ』で済まされる日もそう遠くないと感じてしまっても悪くはないはずだ。

 

というよりも、こんなのが会長でこの学園は大丈夫なのだろうか。

 

「……じゃあ、アンタは何で俺と同室になりたいと希望した? 俺と同室になるメリットなンざゼロ、どころかデメリットの方が多いと思うがな」

 

「いいのよ。イベントと楽しいことは多い方が幸せでしょ?」

 

瞬間、一方通行の瞳がほんの僅かに細くなった。間近で見ていたとしてもほぼ気付くことはできない程の変化だったが、楯無は目敏くそれを見止めていた。

 

(……はぐらかしたな。答えるまでに僅かに間があった。極限まで注視してねェと気付かねェレベルのポーカーフェイスと話術は大したモンだが……何者だこの女)

 

 

 

 

 

一方で、楯無もポーカーフェイスを保ちつつ内心で少しばかり驚いていた。

 

(……今、確実に私の嘘に反応した。普段と全く変わらないように振る舞っているのに? そもそも初対面の相手の変化を読み取るなんて……これは一筋縄ではいかなそうね)

 

もしもこの台詞を一方通行が聞いたならば言っていただろう。『オマエが言うな』と。

 

お互いが警戒のレベルをそれぞれ上げ、切れ者同士の腹の探りあいが開戦した。

 

「そういえば、透夜くんって専用機持ってるのよね。それってどこの会社の機体なの?」

 

「『ACC』っつートコのテスト用実験機だ。データを取りたかったらしいから丁度良かったンだと」

 

―――嘘ね。

 

「っつーか、会長権限で部屋決められンならそれ使って俺の一人部屋とか用意出来ンだろ?」

 

「折角の男性IS操縦者だもの、一人にしておくなんてつまらない真似はしないわよ。私がたーっぷり弄ってあ・げ・る♪」

 

―――嘘だな。いや、最後に関しては本気だろ。

 

互いに笑顔の仮面を張り付けて、言葉の網を投げまくる。しかし、端々を掠めるだけで肝心の本体までは届かない。三十分ほど探りあいを続けていたが―――やがて、どちらからともなく大きくため息を吐いた。

 

苦笑しながら、楯無が口を開く。

 

「……やめましょうか。それにしても透夜くん凄いわね。私を相手にして一歩も引かないなんておねーさん驚いちゃった」

 

「……ふン。答え合わせと行こォか。オマエが俺に接触してきた理由は主に監視と保護。世界初の男性IS操縦者である織斑が公表されてから、数ヵ月という短期間で二人目が出てくるのはどう考えても怪しすぎる。加えて、織斑には国がバックについたが俺の後ろ楯は無い。で、国が保護を申し出る前に、オマエの家―――まァ裏に精通してるか、大層な家だろ。そいつらが先に俺の身柄の保護を買って出た。間違いはあるか、生徒会長」

 

「まあ、大体そんなところね。……っていうか、キミ本当に何者? 普通の高校生が辿り着く答えじゃないわよ、それ」

 

こちらを見る楯無の視線に疑いの色が混ざる。当然だろう、普通の人間ならば『裏』との接点は一生無いと言ってもいい。だが、一方通行はそれを見事に言い当ててみせた。単に学園都市での経験則なのだが、やはりどこの世界でも考えの根本は変わらないらしい。

 

「ま、いいわ。それじゃあ、私も答え合わせしようかしら? 透夜くんの入試の映像見せてもらったけど、あれはISに乗って二日三日で身に付けられる動きじゃないわ。なまじISに乗りなれていると、無意識でも洗練された動きになってしまうものなの。少なくとも透夜くんは代表候補生……下手すればそれ以上の時間、ISに乗っている。入試ではそれっぽく見せようとしていたようだけど、誤魔化しきれていなかったわ。それでも気づいたのは数人程度だけどね」

 

どう?とでも言わんばかりの表情を浮かべる楯無。一方通行は黙って聞いている。

 

「そして、世間にばれずにそこまでのIS操縦技術を磨ける場所となると―――篠ノ之束博士の所しかないわ。どういう理屈かは知らないけど束博士の所でISの技術を磨き、一夏くんの公表に合わせて透夜くんも同じく公表した。そもそも、全世界のテレビを一斉ハックなんて束博士ぐらいでしょ、出来るの。で、透夜くんの専用機も勿論束博士のカスタムメイド。間違いはあるかな、鈴科透夜くん?」

 

楯無の推測を聞いた一方通行は一先ず安堵した。如何に楯無の推理力が優れているといっても、流石に超能力なんてものは考えに入れないだろう。というより、もし入れていたら恐ろしい。

 

「どォだろォな」

 

「んふふ、バレてるわよ♪ もしかしたら透夜くんのもーっとすごい秘密を知っているかもしれないわよ? 例えば、実は超能力が使えたりとか!」

 

(……当てずっぽうだよな?)

 

心中冷や汗を流しつつも、表情筋の電気信号を弄りポーカーフェイスを維持することに成功した。勘がいいどころではない。読心術を習得していても不思議ではないレベルだ。

 

心の中で、静かに楯無を『人外』のリストに追加する一方通行だった。

 

 




作者も大好き楯無さん登場。

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