Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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三話

「―――それじゃあまずは、皆がそれぞれ抱えている改善点をおさらいしてみましょうか」

 

ホワイトボードの前に立った楯無が水性ペンで大きく『各人の課題』と書き、その下にそれぞれ専用機持ちメンバーの名前を書き足していく。

 

結局誰一人として一方通行・楯無の両者を下すことが出来ずに完敗した昨日の模擬戦。それを受けて今は、そこで露見した弱点や改善点をハッキリさせ、それをどう克服していくかを再度考えるためのミーティングのようなものを行っているのだ。

 

「まずは一夏くん。もう既に透夜くんから色々指摘されてるとは思うけど、戦況を俯瞰出来るようにすることね。誰が今どこで何をしようとしていて、自分はそれに対してどう動くべきなのか、またはどんなアクションを起こしたらどういう結果になるのか。それを常に頭の中で意識しながら、相手の動きを見極める。一般的に観察眼って呼ばれるものね」

 

例を挙げると、プロバスケットボールのゲームにおいて試合を組み立てる司令塔『ガード』のポジションを担う選手はこれが特に優れている。味方の状況だけでなく、マッチアップしている相手プレイヤーの状態も踏まえた上で針の穴に糸を通すような正確なパスを出したり、時には自分で切り込んでいったりもする。

 

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という諺もあるように、観察眼・戦術眼はスポーツに限らずあらゆる場面で真価を発揮することができる。情報は多ければ多いほど、入手が早ければ早いほど有利になるのだ。そしてそれは、IS戦闘においても例外ではない。

 

「それを身に付けるために必要な並列思考と処理速度の強化。後はエネルギー分配と機動面の改善、荷電粒子砲の射撃訓練とそれに伴う射撃制動の訓練などなど。やることは山ほどあるから頑張ってね」

 

楯無がさらりと言うが、それがどれ程の難易度なのかは一夏自身がよく知っている。一方通行の指導でさえギリギリついていけているレベルなのだから、今まで以上に気を引き締めて臨まねばなるまい。

 

真剣な顔で頷いた一夏を見て、楯無は満足そうに笑むと次に箒を指し示した。

 

「次は箒ちゃんね。箒ちゃんはまず機体の実戦経験を積ませることが最優先よ。暇さえあれば動かして、紅椿と自分を馴染ませるの。後は戦い方だけど、流石というか近接戦闘は問題ないわね。でも中距離戦闘はまだ機体スペックに頼りすぎなところがあるから、展開装甲の出力調整と立ち回りを覚えましょうか」

 

「わかりました」

 

凜然と頷く箒。

 

鈴音と同様に一夏のコーチを外されてしまったということに思うところがない訳では無いのだが、それ以上に、福音戦で調子に乗って仲間を危険な目に会わせてしまったという後悔が彼女の中では大きかった。

 

もう二度と同じ過ちを犯さぬように、己を律し得る力を身につけると心に決めていた。

 

「次、セシリアちゃん。セシリアちゃんはブルー・ティアーズの『ビットを動かしている間は自分が攻撃できない』っていう弱点の克服ね。イメージ・インタフェースによる脳への負担を軽減するために、並列思考と処理速度の強化。これは一夏くんと合同で行うから、具体的な事は透夜くんから聞いてね」

 

「はい」

 

「それで、鈴ちゃんは―――」

 

束ねられたコピー用紙を捲りながら各々に指示を出していく楯無の声を聞き流しながら、一方通行はのんびりと窓の外に目を向ける。空はからりと晴れ渡り、そこから降り注ぐ日光を乱反射して輝く海面に少しだけ目を細めた。

 

(……半年、か)

 

彼がこの世界にやって来てから、既にそれだけの月日が経過していた。この学園で過ごす一日は、学園都市での数年をも容易く上回る程に充実し、決して褪せることのない経験として彼の心に刻み込まれている。

 

一度は諦めた、誰も自分を恐れない世界。穏やかな日常。

 

ノスタルジーに浸る趣味はないはずなのだが、あのまま学園都市に居ては一生味わうことのできなかったものだと考えると、どうしようもない疼痛が胸を刺した。

 

今回楯無の要請に応じたのも、この日々を提供してくれた彼女たちへのせめてもの恩返しになれば、という彼にしては非常に珍しい意図があってのことだ。無論、そんなことは死んでも口には出さないが。

 

この陽だまりのような暖かな時間が永遠に続くのならば、それ以上はもう何も望まない。

 

それだけで、自分には十分すぎるのだから。

 

「…………、」

 

「…………?」

 

ふと気が付くと、室内の視線が全て自分に寄せられていた。全員が全員、何かとても珍しいものを見たような表情でこちらを見ている。

 

「……何だ?」

 

「いや……その、透夜くんがそんなふうに笑ってるの、初めて見たなぁ……って思って」

 

楯無にそう言われ窓に映った自分の顔を見るが、そこにはいつもの無表情があるだけだ。そういえば、半年前に比べると少し肉付きが良くなってきたかもしれない。日々のトレーニングの成果だろうか。などと的外れな事を考えていると、楯無がやけに興奮しながら近付いてきた。

 

「ねっ、ねっ! 透夜くん! もう一回! もう一回笑ってみて!」

 

「はァ? 寝惚けたコト言ってンじゃねェよ。っつか離れろ。暑ィ」

 

「お願い! 一回だけ! ちょこっとでいいから!」

 

「……………………、」

 

心底鬱陶しそうに楯無を睨んでから、自分の思う『笑顔』を浮かべてみる一方通行。

 

「怖ッ!!! どこからどう見ても完全に悪人―――痛たたたたたたたたた痛い痛い痛い!!」

 

「よォし。人間の背骨ってのがどこまで曲がるかちっとオマエで実験してやる」

 

「ストップストップ鈴科くん! 折れちゃう! 更識先輩の背骨折れちゃうから! っていうかどこからそんな力出してるの!?」

 

「ふむ、人間の体とはここまで曲がるものなのか。どれ、私も試してみるか」

 

「痛だだだだだだだだだだ!? ちょっ、ラウラ!? 何で俺で実験するんだぎゃああああああああああ!!!」

 

(透夜さん……やっぱり笑顔も素敵ですわね。普段とのギャップもあってわたくし……ときめいてしまいますわ!)

 

「……ホントにこいつらでいいのか不安になってきたわ」

 

「……奇遇だな。私もだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一悶着あったものの、訓練は予定通り開始された。ラウラと鈴音、箒は第三アリーナで楯無が。第四アリーナではシャルロットとセシリア、一夏を一方通行が担当することになった。

 

「……そンじゃまァ、始めるとするか。取り敢えずオルコットはこれを入れろ」

 

そう言って、一方通行はとあるデータをセシリアのISに転送する。セシリアが送られてきたものを早速開いてみると、

 

「……ボードゲームアプリ?」

 

チェスや将棋、囲碁などの様々なボードゲームが楽しめる無料の携帯アプリだった。思わず首を傾げてしまったが、伊達や酔狂でこんなことをする訳でもないだろう。とにかく起動して、手早く初期設定を終わらせる。

 

セシリアが初期設定を終えたのを確認した一方通行は指を二本立てた。

 

「人間の思考ってなァ、言っちまえば『情報の獲得』と『得た情報の整理』の二つのプロセスで構成されてる。ンで、この二つのプロセスを異なる事象に対して同時に行うのが並列思考だ」

 

そのまま、額の部分を人差し指でトントンと叩く。

 

「そのプロセスはココにある前頭葉で行われてるワケだが……オルコット。オマエは紙に書かれた数式を解きながら、同時に流れてる歌の歌詞を記憶できるか?」

 

「……無理ですわ」

 

「なら、数式を解きながらISを動かせるか?」

 

「その程度でしたら出来ると思いますが」

 

「だろォな。ンじゃ何故前者は無理で後者は可能かって話だが、端的に言やァ脳の使用領域が違うからだ。前者は『計算』『記憶』の二つのプロセスが同時に行われてるから脳の処理が追いつかずにどっちも中途半端になっちまう。だが後者は『ISを動かす』っつゥプロセスが無意識のレベルで脳に刷り込まれてるから可能なワケだ。但し何も考えてねェワケじゃねェ。無意識領域で行動できる分、空いたキャパシティで他のことを行う。これも並列思考の一つだが、コッチは織斑向きだ」

 

そこで一旦言葉を切り、赤い瞳をセシリアへと向ける。

 

「対してオルコットに必要なのは、ビットの機動に脳の処理領域を割きながら自分の機動、狙撃にも脳容量を割く、『多数の異なる事象を脳内で同時に進行させる』思考タイプだ。織斑のに比べて難易度は段違いだが、習得できりゃオマエにとって強力な武器になるのはまず間違いねェ」

 

「……!」

 

「『意識領域と意識領域での並列思考』と『意識領域と無意識領域での並列思考』。それがさっき挙げた二つの例の違いなワケだ。前者は目が追いつかなかったりといった理由で物理的に不可能なことも多いが、まァ幸いにもその不可能を可能にできる方法が一つだけあるンだわ」

 

「……ハイパーセンサー」

 

そォだ、と肯定の意を示し、一方通行は再び額をトントンと叩いた。

 

「だがまァ、いくらハイパーセンサーで多くの情報を手に入れよォがそれらを処理しきれるだけのキャパシティがなきゃ意味がねェ。ISでの実践訓練の前に、下準備として脳内の作業レーンを増やすのが先だ。オルコット、チェスは出来るな?」

 

「ええ、チェスでしたらかなりの自信があります」

 

「なら話が早ェ。そのアプリで俺とチェスを指しながら、『ブラインド・チェス』をもう一局同時に行う。但し持ち時間はお互い10秒、その間に両方の盤面を進める早指しだ」

 

『ブラインド・チェス』は目隠しチェスとも言われ、通常のチェスとは違いコマと盤面は使用せず、盤面に割り振られた座標を口頭で告げる事で架空のコマを動かしていく高難易度のルールだ。相手と自分のコマの位置を脳内で全て記憶しておかなくてはならないので、普通の対局の何倍も神経をすり減らす。

 

それだけでも難易度が高いというのに持ち時間は10秒、しかも同時に別のゲームを進めるとなると、最早神業の域にも近い。

 

だが―――ここで妥協してしまっては何の意味もない。

 

「わかりました。必ずやり遂げてみせますわ」

 

力強くそう答えるセシリア。それを見た一方通行は少しだけ口角を持ち上げるが、またすぐに無表情に戻る。そのまま、若干蚊帳の外気味であったシャルロットに視線を移した。

 

「最後、デュノアだが……オマエは尖った性能こそねェが全距離に対応しつつ継戦能力も高ェ、パイルバンカーやショットガンで火力も出せる。だが逆に言えば、持ってる武器と戦法さえわかってりゃ対応し易いって事でもある。……今の所量子変換してある武器はどれだけある?」

 

「ちょっと待ってね、全部展開するから」

 

言うが早いか、両手に銃をコールしては地面へ置きコールしては置きと数回ほど繰り返し、合計二十挺程の銃火器がずらりと並べられる。まさしく武器のバーゲンセールだ。

 

シャルロット愛用のアサルトライフル『ガルム』『ヴェント』をはじめ、『モンターニュ』『レイン・オブ・サタディ』『ネーヴェ』『レオパルド』『イデアル』等々。これだけでも一個中隊に匹敵するほどの火力があるが、それらをざっと見渡した一方通行はフンと鼻を鳴らす。

 

「全部実弾銃か」

 

「うん。燃費もいいし、速射性能も高い、取り回しも楽。強いていえば射程がネックだけど、僕は遠距離戦よりは中近距離に持ち込んで撃ち合うタイプだからね」

 

「悪くはねェ。が、俺みてェな対実弾兵器なンか持ってこられちまえばそれだけでオマエは詰みだ。相手の虚を突く、若しくはコイツらでダメージが与えにくい相手に対する切り札を二、三個持っとけ。それに、有事の際に動くとしたら後方の援護射撃はオルコット一人だけだ。他の奴らもやれねェ事はねェが、交代要員が居るに越したことはねェ」

 

「……わかった。本国の装備担当に良いのがないか聞いてみるよ」

 

一瞬複雑そうな表情を浮かべたシャルロットがそう答えるが、一方通行は何も言わずに視線を外した。他人の事情に首を突っ込むなど御免だった。

 

それぞれの課題を纏めたところで、一方通行は気だるそうに後頭部を掻く。

 

「……ンじゃ、やるとするか。時間は限られてンだ、精々励めよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日をまたいでも尚、煌々と輝き続ける真夜中の歓楽街。その中心に聳え立つ超高層スイートホテルの最上階、夜景を一望できる巨大な窓ガラスの傍に一人の女が立っていた。

 

腰まで伸ばした茶髪に鋭い目付き、成熟した女性らしい肢体に気崩したレディーススーツを纏っている。顔立ちは整っているが、その雰囲気は千冬のようなクールビューティと言うよりは不良のような暴力的な気配を漂わせていた。

 

しばらくの間冷めた目で夜景を眺めていたが、やがて何を思ったか苛立ったように舌打ちを漏らすと、据え付けられていた高級なソファに荒っぽく体を投げ出した。

 

そんな茶髪の女を見て、対面のソファに座っていた金髪の女が苦笑を浮かべる。こちらもかなりの美女だが茶髪の女よりも落ち着きのある雰囲気を纏っており、グラマラスな肢体が薄いドレスで覆われていた。

 

「何をそんなに苛立っているの?」

 

金髪の女がそう問いかけると、さも面白くなさそうに茶髪の女が口を開く。

 

「……言わなくても分かってるだろ。今回の作戦立案はあのガキなんだ、舌打ちの一つもしたくなるさ。おまけにあそこにはアイツも居るんだろ? あのツラを思い出すだけで虫唾が走る。……つーか、新入りの奴らは本当に役に立つのか?」

 

「ええ。本部から送られてきた試作機体のテストも含めて今回の作戦に組み込んでいるけど、実力は確かよ」

 

不意に、部屋の扉が開いた。

 

現れたのは一人の少女だった。二人に比べて随分と幼いが、纏う雰囲気はまるで冷たく研がれた薄刃のナイフ。剣呑な光を放つ赤紫の瞳で二人を一瞥し、手にしていた紙束を乱雑に机の上に放った。

 

それに気分を害した様子もなく、金髪の女は優雅な仕草で紙束を手に取ると薄く笑った。

 

「ご苦労さま、エム。新しい子たちとは仲良くできそうかしら?」

 

「……下らない。私一人で十分だ」

 

不機嫌そうに眉根を寄せて吐き捨てる、エムと呼ばれた少女。不遜な物言いだが、それは自らの実力に対する絶対の自信があることの裏付けに他ならない。

 

しかし―――

 

「ぎゃはははははははッ!! 世間を知らねぇガキはこれだから困るぜ!! はっはははははッ!!」

 

茶髪の女は、侮蔑の感情を隠すこともなくゲラゲラとエムの言葉を嘲笑う。ギロリと茶髪の女を睨めつけると、茶髪の女は笑いながら何かに思い当たったように手を叩いた。

 

「はっ、そうか、そうだったな! お前はまだあのガキと一戦交えたことがねぇんだったか! そりゃめでたいこった、今ならまだ好きなだけ戯れ言吐けるぜ!? ぎゃっははははははッ!!」

 

「あのね、エム」

 

再び腹を抱えて爆笑し始めた茶髪の女に代わって、金髪の女が諭すような口調で言葉を紡いだ。

 

「確かに普段なら、貴女一人でも十分かもしれないわ。けどあの坊やは、あの坊やだけは侮っちゃダメよ。あの坊やの眼前で隙を見せれば、それこそ本当に肉塊にされるわ。貴女が一人で行きたいと言うのなら止めはしないけど、挽肉になる覚悟を持って作戦に当たる事ね」

 

「……、」

 

金髪の女の言葉に何を感じたか、無言のままで部屋を出ていくエム。その後ろ姿を横目に見ながら、金髪の女は手にした紙束を捲っていく。

 

「今回の作戦に使うのは『アラクネ』と『サイレント・ゼフィルス』、『アッシュ』『トゥルエール・センテリュオ』の四機。作戦遂行中の指揮は貴女に一任するわ、オータム」

 

「ははっ、はーっ……ふー……、あー笑った笑った。それに関しちゃ文句はねぇが、あのガキが勝手に突っ込んでっても私は知らねぇからな。ガキの尻拭いなんてゴメンだぜ?」

 

「大丈夫よ、エムも一度戦えば理解するわ。あの坊や―――鈴科透夜は危険だってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告を更新しましたのでお目通し願います。

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