Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

20 / 58
十八話

好意とは、何なのか。

 

言葉では表せても、目に見えるわけでも数値化できるわけでもない、曖昧な存在。もしかすれば、存在という表現ですらも語弊があるかもしれない。

 

行きすぎればお節介となり、向けすぎれば執着となり、構わなければ敵意となる。受け手向け手の状態で変化するそれは、捉え方によってもまたその在り方を変える。

 

優しさからくる好意。

 

愛しさからくる好意。

 

親しさからくる好意。

 

存在の定義などなく、千変万化、千差万別。純粋なものも、歪んだものも、多くへのそれも、一人へのそれも、永遠のそれも、一瞬のそれも。

 

持たざるものには、理解できない。

 

持っているものも、全ては知らない。

 

形を持たず、人と人との間を自由気ままに跳び移っていくそれは、答すらも持っていない。

 

結局は、『謎』なのだ。

 

 

 

―――『謎』で、あるのならば。

 

 

 

地球上の物理法則全てを掌握できる力を持っていたとしても、答が導き出せぬのもまた道理。『謎』は解ければ『問い』であり、解けはしないから『謎』なのだ。

 

ベクトルすらも持たないそれを、あらゆるベクトルを操る少年が解き明かす日は恐らく来ない。

 

しかし悩んで苦しんで、もがき足掻いたその先に、彼が自らの答を導き出す日は、恐らく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

舞い散るバリアーの欠片が空気に溶けていく中、一方通行はその身を宙へと躍らせた。

 

最初に部分展開した右腕から光の粒子が溢れ出し、全身を覆い尽くす。一瞬の後、白い光はあの漆黒のISへと変貌を遂げていた。

 

まず目につくのは、一対の大型ウィングスラスター。展開稼働式らしく、その下には一対の小型補助スラスターが付属している。

 

全体的にシャープな印象を受ける細身の装甲は、身体の要所だけを保護するために造られているのか面積はそれほど広くない。

 

白すぎる程に白い彼と、黒すぎる程に黒い装甲。対極を成すはずのそれらは、奇妙な一体感を伴ってそこに存在していた。

 

最強と謳われた彼が駆るに相応しい、篠ノ之束が直々に設えたその機体の名は―――

 

「『夜叉』……、それが貴様の専用機か」

 

既にセシリアが脅威たり得ないと判断したのか、新たな闖入者に対して向き直ったラウラがそう漏らした。その瞳に警戒の色は無く、変わらず侮蔑の色が支配している。

 

だが、そんな視線を向けられた一方通行の顔に浮かぶのは怒りではなく―――困惑。

 

ラウラのことを気にしている暇など無いとでもいうように、眉根を寄せ顔をしかめていた。その視線の先には、今にも限界を迎えようかという状態のセシリア。

 

「透夜さん……、無様な姿を、お見せしましたわね……」

 

「……………………、オマエは」

 

言葉は、続かない。

 

眼前の少女に対して、一体何を問えば自分が求める答えが返ってくるのか。そもそも、自分は一体何がしたくて割り入ったのか。誰に対して何をどうすれば、胸に燻るこの謎の苛立ちは収まるのか。

 

乱入しても動こうとしない一方通行を見てラウラは鼻を鳴らすと、肩部レールカノンを照準と同時に砲撃を行った。

 

そこで漸く思考が切り替わり、着弾する直前でスラスターを噴かしセシリアの元へと向かう。自分でも何故そうしたのかは理解できなかったが、訊きたいことを訊けないまま死なれるのは後味が悪いからだと結論付けた。

 

減速しつつ、すれ違い様に膝裏と背中に腕を差し込みかっ拐う。

 

「……、掴まってろ。落ちても知らねェぞ」

 

「あら……役得、です―――、」

 

ぶっきらぼうにそう言い放つと、セシリアが頬を染めつつも彼の首に手を回そうとする。しかしその腕は途中で力を失い、だらりと垂れ下がった。どうやら気を失ってしまったようだ。

 

一方通行は舌打ちを一つすると、セシリアを抱き寄せるようにして抱え直す。柔らかな彼女の体が密着するが、生憎と彼の心はそんなことで羞恥するほど感情豊かに出来ていない。

 

右手だけでセシリアの身体を支えながら、カタパルトに転がっている鈴音を左手で引っかけ、そのままピット内部へと突っ込んだ。

 

床に二人を寝かせ、軽くスキャンを行い致命的な傷が無いことを確認すると、再びアリーナへと引き返す。そこには、変わらず余裕を漂わせるラウラの姿があった。

 

其々違った光を宿す、紅玉のように煌めく瞳が互いを捉える。

 

「何故攻撃しない」

 

そうして、最初に口を開いたのはラウラだった。

 

「威勢よく横槍を入れて来たにしては、臆病がすぎるようだな。あの女を傷つけられた怒りは一体どこへ置いてきた?」

 

「…………、は?」

 

呆けた声が、一方通行の口から漏れた。

 

怒りの感情は含まれず、ただ単純に、ラウラの放った言葉の意味がわからないといった風な声色だった。

 

あの女、というのはセシリアのことだろう。

 

そして今、自分は理由もわからない苛立ちを抱えている。

 

ラウラの言葉が示すところはつまり、自分が苛立っているのはセシリアが傷つけられたからだということになる。

 

(……、なンで俺が苛立つ必要がある? 負傷したのはオルコットが勝手にやったことだろォが。そこに俺が関係してくる意味が全く―――)

 

 

 

 

 

―――透夜さん。

 

 

 

 

 

何故か、彼女の柔和な笑みが頭の中に浮かんできて。瞬間、その姿は先程の血を流したものへと変わる。

 

キリ、と胸に痛みが走った。

 

この痛みの味は知っている。クラス対抗戦で感じたものと同じだが、しかし僅かに激しさを増して心臓を締め付けている。

 

ではあの時、自分は何を思った?

 

瓦礫の山に沈む一夏に、無人機のレーザーが放たれようとしているとき、自分は何を考えていた?

 

(俺、は―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失いたくない(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉は。

 

意外なほどにすんなりと、彼の心に溶けていった。

 

同時に、頭の中に漂っていた靄のようなものがサアッ、と引いていく。

 

「く、は」

 

白い空に、紅い三日月が刻まれた。

 

くつくつと肩を震わせ、額に手をやり天を仰ぐ。

 

「そォだよなァ。そりゃ苛つくのも当然だ。ガキでも解る、簡単なコトじゃねェか」

 

先程までの、疑問や疑念といったものは全て消え。

 

胸を縛っていた痛みは何事もなかったかのように。

 

残されたのは、彼女たちを傷つけられた怒り(・・・・・・・・・・・・・)のみ。

 

「―――失いたくねェモノに手ェ出されりゃ、キレちまうのも無理はねェよなァ?」

 

理解した。

 

ここに来て漸く、理解することができた。

 

自分にとっての『大切なモノ』。

 

それは、自分を人間として見てくれる存在。

 

それは、自分の近くに居てくれる存在。

 

それは、自分に笑顔を向けてくれる存在。

 

ずっと望んでいたもので、ずっとずっと手に出来なかったもの。ようやく手にすることが出来たそれが奪われるのが許せなかったから、自分は苛立っていたのだ。

 

そう考えると、頭がスッキリした。長らく解くことの出来なかった難問の答えを導きだしたような、そんな精神状態だった。

 

開かれた紅い瞳が、訝しげな表情でこちらを眺めるラウラを捉える。一方通行の纏う雰囲気が変わったのを感じたのか、警戒を高め僅かに重心を低くした。

 

「で、だ。さっきからオマエ、やたらと俺を挑発してきてるが―――よっぽど愉快なオブジェになりてェらしいな」

 

刹那。

 

ラウラの体は、猛烈な速度でアリーナの外壁に叩きつけられていた。

 

彼が瞬時加速を敢行し、その勢いを乗せた蹴りを自分の腹部にぶちこんだのだとラウラが理解できたのは、絶対防御でも殺しきれなかった衝撃が背中と腹部の両方から響いてきてからだった。

 

ミキサーにかけられたかのように回転しながら吹き飛んだため、視界がぐらりぐらりと揺れている。操縦者保護機能が働き、正常な感覚を取り戻したラウラは視界に映ったものを見て愕然とした。

 

(な、んだと―――ッ!?)

 

セシリア・鈴音との戦闘で消耗していたとはいえ、半分以上残されていたシールドエネルギー。それが、たった一発の蹴りだけでごっそりと削り取られていた。

 

だが、真に驚くべきは蹴りそのものではなく、蹴りの威力を増大させた瞬時加速の速度だ。軍人として訓練を受けたラウラでさえ反応できない程の、圧倒的な加速力。

 

(だが今ので大体の速度は掴めた。ならばセンサー感度をその速度に合わせれば、捉えることは可能だ)

 

体勢を立て直しつつ、ハイパーセンサーの感度を高めに設定する。本来ならばスペースデブリなどの高速移動物体を捕捉するためのものだが、操縦者本人の反応が追い付かないことも多い。

 

反応値の高いシュヴァルツェア・レーゲンを駆るラウラだからこそ行える芸当だ。ぐん、と視界が鮮明になり、接近してくる一方通行に向けてラウラが右腕を突きだした瞬間―――彼の機体がピタリと動きを止めた。

 

ラウラを殴り抜こうとする体勢のまま、見えない糸に絡め取られたかのように微動だにしない。丸っきり無防備な姿を晒したまま、しかし一方通行は口元をニヤリと歪ませる。

 

「成る程ねェ。PICとは逆の理論、対象物の慣性を強制的にストップさせる空間圧作用兵器か。中々面白ェモン持ってンじゃねェか」

 

「この状況で随分と余裕だが、如何に貴様の速度が優れていても動けなければ無意味だろう。何も出来ぬまま消し飛ぶがいい」

 

肩部に装備された88mmレールカノン(アハトアハト)が火を噴く。装填されていたISAP弾が、彼の装甲を穿たんと超速にて放たれた。彼我の距離は僅かに五メートル。動きを止められた状態では、どうあっても回避は不可能。

 

(……やはり敵ではないな。これで―――)

 

「―――終わりだ、とでも思ってンのか?」

 

動きを止める結界、と聞けばさぞ強そうに思うだろうが、実はラウラのそれには意外な欠点があった。

 

シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている慣性停止結界『AIC』は、対象物の動きだけを的確に停止させられるわけではない。名前の表す『結界』のように、そこに入った物体を停止させる空間を作り出しているのだ。

 

仮に、一辺一メートルの立方体があり、それを中心にした一辺二メートルの立方体という形でAICを発動させ、そこに向けて銃弾を撃ち込むとしよう。

 

すると、立方体の表面と結界表面の隙間に出来た50cmの慣性停止空間によって銃弾は停止させられてしまい、立方体まで届くことはないのだ。

 

それを防ぐためには、銃弾を撃ち込む直前でAICを解除するしかない。つまり着弾の寸前、ほんの一瞬だけAICによる拘束が解けることになる。

 

その瞬間を狙い、タイミングを合わせてアクションを起こせば回避なり防御なりを行うことは確かに可能ではあるのだ。―――丁度、今のように。

 

彼女の砲撃と同時に、彼の眼前に青白く発光する光の壁が出現した。そこへ接触した瞬間、黒煙を残して砲弾が消失する。それを見たラウラは、見慣れた現象に対し忌々しそうに吐き捨てた。

 

高電離気体(プラズマ)シールドか……!」

 

ISAP弾の素材に使用されているタングステンの融点は凡そ3400℃。対し、一方通行が展開したプラズマシールドの持つ熱量は数万℃を超える。実弾ではどうあってもプラズマを貫通できない。

 

一旦攻撃を諦め、距離を取ろうとするラウラ。だが、凄まじい悪寒を感じると同時に両腕のプラズマブレードを展開、シールドの向こうから飛び出してきた刃を受け止めた。

 

「……はン、デカい口叩くだけのコトはあるってか。瞬殺しちまったらどうしようかと考えてたぜ」

 

「……抜かせ。突っ込むことしかできない貴様がこの私を破ることなど有り得ん」

 

一方通行が突き出した右腕の装甲が開いており、そこから片刃のツインブレードが姿を見せていた。そのまま一点突破で押しきろうと大出力でスラスターを噴かすが、ラウラは両足のアイゼンを地面に打ち込み、自らを地面に縫い止めることでその勢いに耐える。

 

近距離で鍔競り合う両者。

 

しかし―――その均衡は、直ぐに崩れることとなった。

 

高速で飛来したIS用近接ブレード『葵』が、飛び退いた両者の間に突き立った。突然のことに、二人はブレードが飛んできた方向へ視線を向ける。

 

「……まったく、普段冷静な奴ほどタガが外れると面倒だというのは本当らしい」

 

「教官……」

 

「『織斑先生』だ、馬鹿者」

 

いつもの黒いレディーススーツを纏った千冬が、呆れたような顔でカタパルトに佇んでいた。しかし、そこから二人のいる場所までゆうに30メートルはある。……どうやら投げた(・・・)らしい。170センチはあるブレードを、生身で。

 

「模擬戦をするのは構わん。が、アリーナのバリアーを破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は、学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「教官がそう仰るなら」

 

「鈴科、お前もそれでいいな?」

 

横槍を入れられたことによって熱が冷め、冷静な思考を取り戻した一方通行としてはラウラとの決着など正直言って何の興味もないのだが、とりあえず無言で首を振っておいた。

 

「よし。では、学年別トーナメントまで一切の私闘を禁止する。―――解散!」

 

千冬が手を打つ音が、静けさを取り戻したアリーナに鋭く響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医薬品独特のツンとしたにおいが鼻につく。

 

次いで、全身が柔らかなものに包み込まれているのを感じる。どうやら自分は横たわっているようだが、記憶がはっきりしない。

 

確か自分は鈴音との模擬戦を行おうとして、そこへラウラが乱入してきて、ボロボロになるまで抗って、そして―――

 

「つ、ぅ……!」

 

最後の場面を思いだし跳ね起きようとするも、全身に走った激痛によって枕から僅かに頭が上がる程度に留まった。

 

「……起きたか」

 

「透夜さん……」

 

聞き慣れた穏やかなテノールが響き、視線だけそちらへ動かす。自らが敬愛して止まない、あの白い少年がベッドの側の椅子に腰掛けていた。

 

そこでようやく、自分が保健室のベッドに寝かされているのだということに気づく。

 

(まさか、わたくしが意識を取り戻すまで……?)

 

壁にかけられた時計を見る。短針は五を回ろうとしており、少なくともあれから一時間は経っていた。

 

凝り固まった体を解すように首を鳴らしているところを見ると、最初からとは言わなくともそれなりの時間セシリアの側に座っていたことがわかる。

 

「……すみません、透夜さん。わたくしのせいでご迷惑をおかけしました」

 

体を動かせないので言葉だけの謝罪ではあったが、彼は小さく「気にすンな」と呟いた。それだけで罪悪感が消えたわけではなかったが、幾分か気持ちが楽になる。

 

聞けば、鈴音は自分に比べて軽傷。セシリアの傷はあまり軽くはないが、治療用ナノマシンと生体癒着フィルムを投与したため一日安静にしていれば傷も塞がり痛みも引くらしい。

 

機体状況は甲龍、ブルー・ティアーズ共々ダメージレベルCを越えており、凰鈴音及びセシリア・オルコット両名は今回のトーナメント参加は不許可とのこと。

 

「―――特にオマエのはダメージレベルD。破損部位補修よりも一旦オーバーホールしちまった方が早ェらしい」

 

「そう、ですか……」

 

何となく予想はしていたものの、オーバーホールを行うまでの被害となると、イギリスにある製造元まで出向かなくてはならない。そうなると一週間は学園に戻れないだろうし、必然的にこの少年とは会えなくなる。

 

(わたくしの過失とはいえ、それで一週間も会えないだなんて納得が行きませんわ……、はぁ……)

 

「オルコット」

 

「ひゃいっ?」

 

変な声が出た。

 

羞恥で顔が真っ赤に染まるのを自覚しつつ、何事かと思いそちらへ顔を向ける。彼の赤い双眸が、じっとセシリアを見つめていた。

 

「オマエは」

 

一瞬躊躇うように視線を外し、再び戻す。

 

「オマエは……なンでボーデヴィッヒと戦った? オマエがアイツと戦い続けた理由はなンだ?」

 

「……そんなこと、簡単ですわ」

 

―――貴方が好きだから。

 

そう伝えられたら、と切に思うが、やはり恥ずかしさが先に立ってしまう。それに、自分が彼の隣を歩くのはまだ早い。いつか、自信を持って彼の隣に立てるようになったら、この想いを伝えよう。

 

その時はきっと、この羞恥に勝る程の勇気を持っているはずだから。

 

そんな恋心をそっと奥に押しやって、

 

「大切な人を守るため……ただ、それだけですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去っていく彼の背を横目に捉えながら、彼女はぼんやりと思考する。

 

出会ってから今まで一度も見たことのなかったものが、まさかこんなところで見られるとは思わなかった。

 

自分に向けたものではないかもしれない。

 

もしかしたら、単に見間違えただけかもしれない。

 

だけど、それでも。

 

自分の答えに、そォか、と呟いた彼の口元は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少しだけ、笑っていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




機体の詳細はまた後程。
鼻風邪辛いです……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。