Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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蒼空への翼を

「なっ……なんでキミがISを動かせるのかな!? キミ、男だよね!?」

 

大変な慌てぶりを見せる束。まさか、本当に動かしてしまうとは露ほどにも思っていなかったのだから当然だろう。だからこそ、『ISを動かすことができれば質問には何でも答える』という、リスクの大きい言葉を放ったのだ。

 

そして、動かした張本人の一方通行は束の慌てぶりを疑問に思うと共に、目の前の兎を胡散臭げに眺めていた。

 

先程の言葉からすると、恐らくこのISとやらを動かせる人間は限られているのだろう。素質があれば可能、と兎が言っていたが何か怪しい。元々触らせるつもりなら、動かした時の対応ぐらい考えておく筈。

 

そして、たった今。『男であることを確認した』。それはつまり―――

 

「……オイ」

 

「何かな!? 今束さんはとっても混乱しているんだよ! 出来れば後に―――」

 

「この機械……理屈は知らねェが『女にしか動かせねェ』ンじゃねェのか」

 

「ギクッ!」

 

びくん! と兎の耳が跳ね、目線が泳ぎだした。なんとも分かりやすい反応である。……それ以前に、口で「ギクッ」などという効果音を出せばもうその通りです、と言っているようにしか思えない。

 

「やっぱりな。つまりテメェは、元々女にしか動かせねェこいつを、男の俺が動かせないことをわかっていながら起動させるよォに言った。絶対に起動できないと知っておきながら、『起動させたら質問には答える』なンていう言葉を吐いたワケだ。まァ結局はその発言が仇になったってことだが……なンか言いたいことはあるか? 腹黒兎」

 

「腹黒兎!? なにその悪役感丸出しのネーミング!」

 

「黙れ。元々テメェ、俺を騙すつもりだったンだろォが。約束通り、質問には答えてもらうぜ」

 

一方通行の正論にぐうの音も出ない束。ぐぬぬぬ、と唸りながら彼を睨み付けていたが、

 

「残念だったね! キミは束さんの実験体になってもらおう! 男性IS操縦者とかめちゃめちゃ調べたい!」

 

言うが早いか、何処からともなく取り出したドライバーやハンマー、ペンチやレンチを一方通行に向かって投擲した。およそ人間の腕力で出せる速度では無かったが、この天災のことだ、常識は通用しないのだろう。

 

だが、篠ノ之束は知らなかった。一方通行の力を。

 

工具類が彼の体に直撃する寸前、甲高い音が鳴り響いた。瞬間、空中で一瞬だけその動きを止めた工具類は、元の軌道をなぞるようにして今度は束へと牙を剥いた。

 

その光景を目の当たりにして、目を見開く束。しかし、驚異的な反応速度を発揮し、瞬時に屈んで反撃をやり過ごした。

 

「……今のは一体何なのかな」

 

先程のふわふわした表情や声音とは一転、その視線は一方通行を鋭く射抜き、真剣な声で問いを発する。

 

「攻撃の反射? ISに乗ってすらいない人間が? ありえないよ、そんなこと。そもそもISですらそんなことは不可能だ。束さんの知る限り、そんな単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は存在しない。……一体全体キミは何者なのかな」

 

「……テメェ、人様に物騒なモン向けといて謝罪の一言も無しかコラ。つーか、アレだ。選べ。ボコボコにされてから俺の質問に答えるか、謝罪してから俺の質問に答えるか。キレて暴れださねェだけ出血大サービスだぞ腹黒兎」

 

一方通行の瞳に危険な光が宿る。元々、彼は穏やかな性格ではない。面と向かって喧嘩を売られれば買うし、気に障れば武力行使もいとわない。そんな彼が、あんな真似をされて怒らないわけがなかった。

 

しかし―――

 

「そうだね、今のは完全に束さんが悪かったよ、ごめんね。ちょっと好奇心を抑えきれなくなっちゃったものだから、うん。約束通り、キミの質問には何でも答えるよ」

 

「……、チッ」

 

アッサリと自分の非を認め、悪びれた様子のない束の姿に肩透かしを喰らったような気分になる。切り替えの早い兎である。

 

ともあれ、これで漸く質問を開始できる。一方通行はISが載っている台座に腰掛け、束もそれを見て何やら機械が付いた椅子に座った。

 

「ンじゃ、質問の時間だ。変にはぐらかしたり偽の情報教えたりしやがったら即叩き殺すぞ」

 

「わーかってるって。もっと束さんを信用してくれないと困るな」

 

「どの口がほざきやがる……まァいい。オマエはさっき、『別の世界の人間』っつったな。ありゃどォいう意味だ」

 

先程質問して答えを聞けなかった問いを再び束にぶつける。すると、束は椅子の肘掛け部分についているキーボードを操作しはじめた。数秒して、空中に一つのウィンドウが現れる。そこには『平行世界』の文字と、何かの樹系図が写し出されていた。

 

「平行世界、パラレルワールド。多分聞いたことあると思うけど、ざっくばらんに言えば『事象Aで自分が選んだ答えがaだとして、その時にbを選んだら』の世界だね」

 

一方通行もそれぐらいは知っている。

 

学園都市でそれが解明されたという話は聞かないが、確か平行世界は全て隣り合っているとされている。『あのときこうしていれば』が現実になった世界、もしもの世界。

 

「そして、私が平行世界1の人間だとしたらキミは平行世界2の人間。別の世界の人間っていうのは、そういうことだよ」

 

「それぐらいは説明されりゃ誰だってわかる。信じるかどォかは別としてな。俺が訊きてェのは、別々の世界に住んでいたハズの俺とオマエが何故同じ世界にいるのかってことだ」

 

「そりゃ、私が飛ばしたからだよ」

 

「飛ばした?」

 

激しく自己主張する胸を張って自慢げにそう言う束。『飛ばす』という表現も空間移動系統能力者(テレポーター)がよく使うのでわかる。座標から座標へと障害物を無視して移動できることから、そう呼ばれているのだ。

 

だが、問題はそこではない。

 

世界を―――正しくは『次元を越えて』空間移動を行うことなど不可能だ。仮に別の次元に同じ座標があったとしても、空間移動において重要な空間の把握を行えない。そもそも別次元の座標など特定すらできるかも怪しいのだから。

 

「ISには、キミの想像も及ばないようなトンでも技術が満載されていてね。それを応用すれば、重力子の発現や空間湾曲現象、人間の瞬間的な粒子化なんて余裕なんだよ。勿論、束さんだから出来たのであって他の誰にもできないけどね」

 

「……、」

 

俄には信じられない話だ。科学の最先端を行く学園都市でさえ理論の確立すら出来ていないことを、この女はいとも容易くやってのけたと?

 

「因みにこれはタイムトラベルでも時間遡行現象でもないから『親殺しのパラドックス』的なことは起きないよ。更に言うなら世界が違うし、キミの親はこの世界にはいないから安心して。まぁ、祖先が同じ人ならいるかもしれないけどね。……ていうかキミ、束さんの説明理解できてる? 話してるのは哲学レベルを軽く越えた解説なんだけど」

 

「ナメンな。カオス理論だろォが片手間で理解できるぐらいのアタマは持ってるつもりだ」

 

「へえ? 言うじゃないか」

 

束の瞳が、一方通行を値踏みするようにすっと細められる。恐らく真偽を見極めようとしているのだろうが、生憎付き合ってやれるほど暇ではない。

 

「……次の質問だ。こりゃ俺の推測だが……このISは女にしか動かせねェし男には動かせねェ。だがそれは『この世界』に限っての常識だ。なら『別の世界』の男ならどうなのか、って思い付き、俺をここまで飛ばした……ってコトでいいンだな?」

 

「ぴんぽーん。結果から言えばとっても不思議なことが起きたわけだけど」

 

「知るか。オマエは俺をこの世界に飛ばしたワケだが、こっちからあっちに飛ばすコトはできンのか?」

 

「やろうと思えば出来るよ。でも、あっちの世界はキミのいない状態で時間が進んでいるから、もし戻りたいなら早めをお薦めするよ。……戻りたい?」

 

束の言葉に、口を閉ざし虚空を見つめる。

 

学園都市に未練があるかと問われたら―――殆どない。

 

あの、人のチカラを利用するために蟻のように群がってくる研究者たちの所に進んで戻ろうとも思わない。

 

 

 

 

 

 

ならばいっそ、誰も自分の事を知らないこの世界で『やり直す』ことが出来たら―――

 

 

 

 

 

 

この世界で誰も傷つけることがなければ、この最強の力も意味を持つのだろうか―――

 

 

 

 

 

 

「……と。ちょっと! 束さんの話聞いてる?」

 

「っ、……。で?」

 

「いや、『で?』じゃなくて。これからキミどうすんのって話。戻るの? 束さんとしては貴重な実験材料を逃したくないんだけど、生憎人殺しに手を染める趣味は持ってないんだよね」

 

「…………、残る」

 

その返答が意外だったのか、暫し一方通行を見つめる束。そして、にんまりと笑顔を浮かべた。

 

「そっかそっか。理由は聞かないけど、残ってくれるのなら好都合だね。……他に質問ある?」

 

「……いや。もォいい」

 

一方通行の一言を聞いた束は椅子から立ち上がると、つかつかと彼に歩みより、隣に腰掛ける。何を、と彼が疑問に思う間もなく束のほうが口を開いた。

 

「ならさ、ちょーっと束さんの質問にも答えてほしいな。そしたら、いろいろと手助けしてあげるよ?」

 

「俺の能力か」

 

一方通行が答えを先んじて口にすると、新しい玩具を発見した子供のように目を輝かせて頷いた。

 

「そう! その通り! 生身の人間がどうしてあんなことができるのか。どういう仕組みなのか。束さん、キミに興味が湧いてきたよ。勿論タダでなんて言わないからさ」

 

少しの間考える。

 

この頭のいい兎になら話してもいいかもしれない。それに、能力の開発は学園都市の領域であるし、『一方通行』の能力を話すだけなら問題はない。

 

そう考えた彼は、自身が持つ能力についての説明を始めた。幸い束の頭脳は異常なほど素晴らしいので、内容がわからない、ということはなかった。それどころか、彼の異質な容姿にまで結びつけてみせた。

 

「―――なるほどね。ベクトル変換か。確かにそれなら色々納得できるね。色素の無い髪に赤い瞳。外部刺激がほぼ皆無だからホルモンバランスが崩れるのも無理はないよね。女性ホルモンが普通の男性に比べてかなり多いから、ISのシステムが誤認したのかな」

 

たった一部を話しただけなのにこの推察。一を聞いて十を知るとは正にこのことだろう。流石の一方通行も束の頭脳には驚かされた。

 

「ふんふむ。キミの能力については粗方理解出来たよ。でも、それをどういう原理で発生させているのかな? 束さんとしてはそこが一番気になるんだけどなー」

 

「……話しても理解できるとは思えねェが。自分だけの現実(パーソナルリアリティ)って知ってるか」

 

一方通行の問いに束は少しだけ思考の海に潜ってから、やがて首を横に振った。やはり、『自分だけの現実』とは学園都市独自のものなのだろう。

 

「でも、研究を進めればその『自分だけの現実』も解明できそうだし、もしかしたらISにベクトル変換の能力を搭載することも可能かもしれない。…………キミ、束さんとひとつ取引してみない?」

 

「取引だ?」

 

「うん。キミがこの世界に留まるというのなら、衣食住のアテはあったほうが便利だよね? 加えて、キミの『能力』が露見したら、私みたいな研究者たちが大勢押し掛けてくるよ。それの対処にちょうどいい場所も知っているし、そこへのツテも私が持ってる。世界一の科学者がスポンサーについてあげるんだから、悪い話じゃないと思うんだよね」

 

腕を組み、考える。

 

一方通行には能力があるので、極論野宿でも問題はない。だが、屋根の下で休めないというのはやはり精神衛生上良いとは言えないだろう。

 

そして、学園都市では様々な実験に協力した際の報酬が馬鹿みたいにあったので生活に困るということもなかった。だが、現在彼の所持品といえば20本程の缶コーヒーと、役に立たなくなった支払限度額無制限のブラックカード。ほぼ無一文だ。

 

更に、兎の言う通り研究者たちに目をつけられるのも厄介だ。外部からの干渉を受けないのならばそれに越したことはないだろう。

 

―――結論は出た。

 

「―――イイぜ。その話、乗ってやる。オマエが俺に要求するモノはなンだ?」

 

最初から答えはわかりきった質問だ。

 

束は満面の笑みを浮かべ、指を一本立ててこう言った。

 

「勿論、キミの能力についての研究! 束さんはそれさえできれば何もいらないなぁ!」

 

「はっ。研究熱心なこった」

 

「とりあえず、これで交渉成立だね。じゃあ改めて自己紹介しよう。私の名前は篠ノ之束。自称他称天災科学者だよ、宜しくしてね」

 

一方通行(アクセラレータ)だ」

 

一方通行の名乗りに、疑問を含んだ視線を向ける束。

 

「アクセラレータって、それ人名じゃなくて物の名前じゃないの? ……ま、いっか! それじゃ早速キミの体を調べさせてもらおうかな! あ、ちなみに―――」

 

ジャキン、と再びドライバーを構え、黒い笑みを浮かべる束。

 

「さっきの取引の破棄条件は―――『キミが私の研究を拒んだ場合』だから。おっけぇ?」

 

「はァ? ンだそりゃ、完全にテメェが有利な条件じゃねェか! 俺の体弄るだけ弄って俺の意思は無視ってかァ!? ふざけンじゃねェ!」

 

「ふざけてなんかないよ? 真面目も真面目、大真面目さ! まぁどっちにせよこれでキミは束さんには逆らえないからね! さあ力を抜いて! 全てを委ねてレッツトライ!」

 

「前言は撤回するぜ―――とりあえず、死体決定だクソ野郎ォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

とある場所のとあるラボのとある一室に、とある最強の怒声が響き渡った。

 

 

 

 




あれ? 束さんがホワイト……。
っていうか、アクセラさんと束さんってどっちが頭良いんでしょうかね。
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