千冬さんはラスボスか 作:もけ
入学二日目の朝、目覚ましの音で起床。
時刻は六時ジャスト。
隣りのベッドに目を向けると、のほほんさんは爆睡中。
目覚ましの音で起こさなかった事にホッとするが、寝ている女の子を見るのはマナー違反だと思い、なるべく視線を向けないように気を付ける。
一応、間仕切りはあるのだけど、のほほんさんが顔が見えないと寂しいからと使用に反対したので昨夜は使わなかった。
外に出て簡単なストレッチをしてから、朝のトレーニングとして三十分ほど走りに行く。
何人かの生徒とすれ違い挨拶を交わす。
六時四十分、部屋のシャワーで汗を流し身なりを整える。
七時、のほほんさんの目覚ましが鳴るが起きる気配なし。
女子の支度がどのくらいかかるか分からないけど、朝食の時間を考えるとそろそろ起きないとまずいと思い声をかけるが定番の「あと五分~~」が発動。
仕方ないので「ほら、のほほんさん起きて。朝ご飯間に合わなくなっちゃうよ」と肩を揺すりながら餌で釣ると、半覚醒ながら起きてくれた。
フラフラしてるので洗面所まで手を引き、袖を捲って顔を洗わせ、タオルで拭いてあげる。
やっと意識が浮上してきたのか「おはよ~~おりむぅ」とポヤポヤした笑顔でご挨拶。
まだちょっと真っ直ぐ歩けないようなので手を繋いだままで食堂まで行く。
途中周りの生徒からキツい視線をいただいたが、のほほんさんの状態を察するとみんな癒された顔になっていた。
さすが癒し系着ぐるみ少女。
食堂に着いて、のほほんさんの分はどうしようかと困っていると相川さんと岸原さんが来て選んでくれた。
聞くと二人は同室なんだそうだ。
そして四人でいただきます。
端の席に箒ちゃんがいたけど、目が合うと二人揃って赤面してしまった。
誰にも気付かれてないよね?
平静を装いながら食事をしていると
「いつまで食べてる。食事は迅速に効率よく取れ。私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ」
白いジャージ姿の姉さんが登場。
寮長か……だから滅多に帰って来れなかったんだね。
とりあえず、姉さんの弟として遅刻はするわけにはいかないなと食べる速度を上げた。
朝のHR、姉さんが教壇に立つとざわめきがピタっと止まる。
「再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会への出席など、まぁクラス長と考えてもらっていい。自薦他薦は問わない。誰かいないか」
クラス代表か、大変そうだな。
そういうのは姉さんみたいなカリスマ・行動力・リーダーシップがある人が向いてるよね。
「はい、織斑くんがいいと思います」
はっ?
「賛成」
ちょっとっ!?
「私もそう思います」
みんな何言ってるのっ!?
「他にはいないのか。いないなら無投票当選だぞ」
姉さんに戸惑いと救いの眼差しを向けるが黙殺されてしまう。
姉さん、僕がこういうの苦手だって知ってるくせに……。
けど、このままじゃマズい。
みんな男が珍しいからって客寄せパンダにするつもり満々だ。
回避するためには自分で誰か推薦しなくちゃっ!!
「はい、織斑先生」
「なんだ、織斑」
「僕はセシリア・オルコットさんを推薦します」
「理由を言ってみろ」
僕の名前が挙がった時には何も聞かなかったのに、後押しをし易いようにする姉さんなりのフォローなのかな?
こういうさり気ない気遣い、嬉しいな。
「代表候補生であり入試主席でもあるオルコットさんの実力は間違いなくクラスナンバー1です。それに人の上に立つことに慣れている点からクラス長としての面にも適していると思います」
「うむ、真っ当な意見だな」
よし、姉さんは納得してくれたぞ。
後は……。
立ち上がって振り返り、みんなの注目が集まったのを確認してから説得をする。
「みんな、一人しかいない男を広告塔にしたい気持ちも分かるけど、やっぱり実力あってのものじゃないかと僕は思うんだ。対抗戦で毎回初戦敗退とかみんな嫌でしょ? もちろん僕に決まってみんなが応援してくれるなら一生懸命頑張るけど、現状の差は天と地ほどあるわけで……。だからその辺をちゃんと考慮して決めてくれると嬉しいな」
みんなの反応を見る。
オルコットさんは少し驚いたような顔をしてるけど、全体としては最初の浮ついた感じが引き、真面目に考えようという雰囲気になってくれた。
それに満足して着席する。
「では、多数決といこう」
みんなの良識を信じてるよ。
「織斑がいいと思うもの」
背後で多数の手が上がる音がする。
「オルコットがいいと思うもの」
同じくらいの音が聞こえ、僕も手を上げる。
結果は……。
「15対15。引き分けだな」
なんだってぇぇぇぇっ!?
みんな、そんなに僕を客寄せパンダにしたいですか。
「さて、どうするかな」
「決闘ですわっ!!」
突然、バンっという机を叩く音とともにオルコットさんが立ち上がった。
えっ? なんだって? 決闘?
いきなり飛び込んできた時代錯誤の発言に理解が追い付かず、クラス中に困惑が拡がる。
しかしそんな微妙な空気など歯牙にもかけないといった感じでオルコットさんが語りだす。
「せっかく彼が、わたくしがいかに優秀であるか説明したというのにクラスの半数がそれを認めないだなんて納得がいきませんわ。これはわたくしセシリア・オルコットに対する侮辱です。こうなっては実力をもって示すしかありませんわ」
だから決闘ですか。
言いたいことは分かったけど、代表候補生がついこの前ISについて勉強を始めたばかりの落ちこぼれ学生に戦いを挑むって、もはやイジメじゃないですか?
「だいたい、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ。このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか」
おぉ~~、女尊男卑広まってるなぁ~~。
どうやらオルコットさんはヒートアップしやすい性格みたいだね。
「そもそも文化としても後進的な国で暮らさないといけないこと自体、わたくしにとって耐えがたい苦痛で……」
「じゃあ、本国に帰ればいいんじゃないかな」と軽く考えながら、姉さんはどうするつもりなんだろうと顔を上げた瞬間、
「あっ、ヤバい」
表情は仕事モードのままだけど、その雰囲気が剣呑なものに変わっていた。
気のせいじゃなければ、教室の温度も幾分下がっている様に感じる。
いくら国際的な教育機関と言っても、そこはやっぱり日本人の方が多いわけで、もちろんこのクラスも過半数が日本人だ。
正直、僕がフォローしなきゃいけない積極的な理由はないんだけど、少なくともオルコットさんが不満に思ってる『男』はこの場合僕を指すわけで、この騒動の切っ掛けを担っているのは確かだから。
それに姉さんが担任をやってるクラスの揉め事だもんね。
不出来な弟としては、少しでも力になりたいと思うわけですよ。
と言うわけで、
「オルコットさんっ」
「なんですの?」
自分の演説が急に止められてキョトンとしている。
くっ、この子、空気読めない子か。
「今の発言は、イギリスの代表候補生が公の場所でしていい発言だったか少し考えてみて欲しい」
「ふん、男性が女性に劣っているのは常識でしてよ」
僕が男性を批判されて文句を言ってきたと勘違いしたみたいだけど、違うんだよ。
それに姉さんの怒り炎に油を注がないで。
姉さんはそういう十把一絡げな言い方が嫌いなんだよ。
「そっちじゃなくて、責任ある立場の人がこういう場所で特定の国に対して個人の価値観で不当に侮辱するのは下手したら外交問題の火種になる可能性があってね」
最初は「何を言ってますの?」みたいな表情だったけど、僕の説明を徐々に理解していくにつれ顔から血の気が引いていき、終いには動揺も隠せないくらいオロオロしてしまった。
早く謝らないといけないのに。
仕方ないと自分の席を離れ、みんなの視線を浴びながらオルコットさんに近付く。
僕の接近に気付いた彼女は怒られるとでも思ったのか、ビクっと体を震わせ、逃げる様に後ずさる。
まずは落ち着かせないと。
「オルコットさん」
なるべく優しく声をかける。
声に反応して目は合ったけど、その視線に力はない。
これは言葉では難しいかな。
よし、姉さんみたいにやってみよう。
そう決めると、僕は彼女を優しく抱きしめた。
「「「「「なっ!!」」」」」
周りで驚きの反応が聞こえるけど今は彼女が優先だ。
フリーズした彼女の背中を子供をあやすように撫でながら声をかける。
「落ち着いてオルコットさん。まだ大丈夫だから。みんなちゃんと謝ったら許してくれるから。まずは落ち着こう。ゆっくり深呼吸して」
僕の言葉に促されるように深く深呼吸をしてくれた。
制服越しに体の緊張が和らいでいくのが分かる。
「じゃあ、さっきの発言の問題点を考えて、それに対する訂正と謝罪。急がないでいいから言葉をしっかり選んで」
腕の中の彼女が考えをまとめ易いように、ゆっくり噛みしめるように伝える。
そのまま1分、2分と背中を撫でていると
「もう、大丈夫ですわ」
と言って彼女から体を離してきた。
その顔にはさっきまでの動揺が消え、真剣な眼差しが戻ってきていた。
みんなが注目する。
「皆様、先ほどの偏見や先入観による不当であり不適切な発言と非礼、ここで正式に謝罪いたします」
一息入れ
「申し訳ございませんでした」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
いっそ美しいと言って差し障りないお辞儀だった。
ふいに、パタパタという音が聞こえ、見ると拍手をしているのほほんさんと目が合った。
互いに微笑みあう。
僕も拍手し出すと、みんなも続いてくれ教室は拍手で包まれた。
良かった。
何とか収まったみたいだ。
顔を上げて涙を浮かべるオルコットさん。
目が合うと、年相応の脚色ない素の彼女の最高に可愛い笑顔を向けてくれた。
「うん、やっぱりお姫様みたいだ」
「さて、とりあえず場は収まったようだが、教師として言うべきことは言わせてもらおう」
姉さんがけじめをつけるために仕切りなおす。
「オルコット、貴様には一国の代表候補生としての立場と責任がある。以後、発言には気を付けるように」
「はい」
神妙な声で応じるオルコットさん。
まだちょっと不機嫌そうだけどやっぱり教師してる姉さんは凛々しいな。
「そして……」
そんな事を考えながら気の抜けた感じにぼんやりと姉さんを見ていると、教壇から降りた姉さんの腕がおもむろに上がって行き――――――
バコンっ!!
いきなりの衝撃に目の前に星が飛んだ。
「織斑、教師の前で堂々と何をやっている。少しはわきまえろ」
姉さんにかなり本気で叩かれたらしい。
「す、すみませんでした」
あ、あれ、せっかく頑張ったのに何で僕怒られてるの?
「この後、ちょっと私の所まで来い。説教してやる」
「ちょ、姉さ」
「分かったな」
「…………はい」
姉さんの眼光には敵いません。
「後、クラス代表については帰りのHRで再度決める。皆、考えておくように」
そう締めくくり教室を出る姉さん。
置いて行かれないように後に続く。
「織斑先生?」
「付いて来い」
ズンズン進んでいくと生徒指導室に到着。
こういう部屋に入るのは初めてだな。
先に入室を促され、入ると「カチッ」と背後で鍵のかかる音がした。
「織斑先せ」
振り返ると同時に抱きしめられた。
あまりの事態に状況がつかめない。
「織斑せ」
「姉さんだっ!!」
「えっ?」
「姉さんと呼べっ!!」
「姉さん?」
「一夏…………」
「あぁ」と思う。
やっと分かった。
きっと姉さんはさっきのやり取りに嫉妬しているのだ。
弟が取られたみたいな気がして。
僕だって立場が逆なら嫉妬しているだろうから。
嬉しいな。
姉さんをギュっと抱き返す。
「一夏?」
「姉さん、大丈夫だよ。僕はどこにも行かないから」
「当然だ。馬鹿者」
そのまましばらく抱き合っているとチャイムが鳴った。
「姉さん、チャイムだよ。授業に行かないと」
「ダメだ」
「ダメって」
「まだ足りない」
「いや、でも遅刻しちゃうし」
「大丈夫だ」
「なにが?」
「これは教室で学生にあるまじき振る舞いをした生徒への指導だ」
「同じことしてるよねっ!?」
「私たちは姉弟だから問題ない」
「いや、あるよ。教師と生徒でしょっ!!」
「その前に一人の人間だ」
「意味が分からないよ」
「じゃあ、分かるまでこのままだな」
無理矢理な理屈だろうと姉さんに離す気はないらしく、そのまま十分くらい抱き合っていた。
もちろん授業は遅刻だったけど、お説教だと思われていたので「早く座りなさい」とだけ言われてお咎めなしだった。
姉さん計画的ですか?
後半、セシリアと見せかけて最後はやっぱり千冬さんが持っていきましたw
次話は、大幅に書き直すか悩んでいるのでちょっと時間かかるかも……それでも明日の夜には……って、感じです。