千冬さんはラスボスか 作:もけ
日曜日、今朝は起きる気がしなくて二度寝を決め込み、只今10時過ぎ。
腹の虫はとっくに空腹を訴えているけど、何とも気分がスッキリせず、未だにベッドでゴロゴロしている。
憂鬱の原因ははっきりしている。
昨夜された箒ちゃんの告白だ。
もちろんその場でちゃんと断った。
でも箒ちゃんは諦めないと、諦めないでいてくれると言ってくれた。
それは嬉しい。
本当に嬉しい。
でも僕はもう鈴を待たせてしまっている。
「どうしたらいいんだろう……」
高校生男子として、誰に聞いたってこれは贅沢な悩みだろう。
僕自身、当事者じゃなければ羨ましい気持ちになると思う。
だけど、それはやっぱり当事者じゃない立場からの無責任な感想に過ぎなくて……。
少なくとも、これでもう箒ちゃんとは普通の幼馴染には戻れないと思う。
いや、そもそも普通の幼馴染と思っていたのは僕だけだったのだけど。
でも、言い訳をさせてほしい。
たかだが10歳の小学生男子に恋だの何だのを分かれと言われても無理があるだろうと。
女の子は早熟だって言うけど本当なんだね。
そういえば鈴に最初に告白されたのも小五の時だったし。
恋って脳の構造上、第二次成長に伴って出来る様になると思うんだけど、僕のそこら辺ってちょうど誘拐事件に遭ったせいで情緒不安定だったからな。
なかなかいないと思うよ?
この平和な日本に生まれて誘拐され拘束された上に生身で銃口突き付けられた経験ある人とか。
あの恐怖を克服するために自分を鍛える事に夢中になった中学時代。
そうしないと立っていられなかったし、姉さんの迷惑になっちゃうからと言う想いが強かった。
いや、優勝のかかった試合を棄権させちゃった時点で十分迷惑はかけちゃってるんだけど。
そんな中学時代の僕を支えてくれたのは束さんと鈴、あと悪友である弾と数馬だ。
姉さんのいない家に一人でいる孤独を埋めてくれた束さん。
自分を鍛えるだけの生活から引っ張り出してくれた鈴・弾・数馬。
僕一人ではどうにかなっていたかもしれない。
そんな自分の恵まれた環境を思うと、ずっと一人だった箒ちゃんの孤独がどれ程のものだったか想像もつかない。
その間、僕への恋心を支えにしてくれていたと言う想いの深さはどれ程の……。
だからって鈴の想いだって負けていないと思うし、そもそも優劣のつく問題じゃない。
考えを戻そう。
ずっと待たせている鈴と、新たに告白してくれた箒ちゃん。
僕の取るべき選択は、とりあえず思い付くのが3つ。
一つは、鈴か箒ちゃんどちらかと付き合ってしまうこと。
僕だって思春期の男子だ。
彼女とデートしたり、その先のあれこれにだって興味がある。
もう一つは、現状維持。
自分のために、姉さんのために、出来ることをする。
僕にとって優先されること、優先したいことは姉さんだ。
たった一人の家族である姉さんが笑っていてくれてこそ、僕も笑える。
最後の一つは、前の二つの折衷案。
恋人も姉さんも大事にする。
理屈で言えばこれがいいって事は分かっている。
でも正直なところイメージがわかない。
恋人がいた事がないってのもあるけど、そんな器用に立ち回れる自分が想像できない。
姉さん、鈴、箒ちゃん
誰か一人としかいられないなら、多分僕は姉さんを選ぶ。
我ながらシスコンだと思うけど、こればっかりは仕方ない。
ずっと2人だけで支え合ってきたんだ。
姉さんのいない人生なんて想像できない。
1番好きな相手というのが恋人の条件なら、やっぱりまだ鈴と箒ちゃんは選べないと思う。
でも姉さんを家族だからと除外していいなら……。
いや、でも僕が姉さんをただの家族と思っているかは正直自分でも微妙だ。
よく弾に言われる事だけど、家族にトキメクのってやっぱり変じゃないだろうか。
凛々しい姉さん、優しい姉さん、可愛い姉さん。
みんなに見せている顔も僕だけに見せている顔も全部が好きだ。
一緒にいられれば嬉しいし、抱きしめられたりするとドキドキする。
もし、姉さんが恋人だったら……。
「って、何考えてるんだ、自分っ!!」
「んん……おりむぅ?」
自分ツッコミの声が大きかったせいで、のほほんさんが起きてしまったみたいだ。
「お、おはよう、のほほんさん。ごめん、うるさかった?」
「ん~~大丈夫~~今、何時~~?」
「もうちょっとで11時だよ。起きる?」
「起きる~~」
のそのそとベッドから這い出るのほほんさん。
一緒に洗面所に行こうかと思ったら、
「えっと……のほほんさん?」
いきなり抱きつかれた。
なに、この状況?
「おりむぅ」
「な、なに?」
「ハグ、気持ちいい?」
「えっと、う、うん」
そんな可愛い上目使いで聞かれたら他に答えようが……。
「悩んでるだけじゃ疲れちゃうでしょ?」
バレてるのかーー。
「だから癒しをプレゼント~~♪」
さらにギュッとされる。
これって心配してくれてるって事だよね。
それに気付くと、モヤモヤした気持ちが柔らかく解けていくのが分かった。
広がっていく温かい気持ち。
自然と僕の手はのほほんさんの背中へと回されていく。
「ありがとう、のほほんさん。のほほんさんは優しいね」
「いいんだよ~~ルームメイトだし~~」
うん、のほほんさんがルームメイトで良かったよ。
「お友達だし~~」
うん、1番仲良しな友達だよね。
「おりむぅのこと好きだし~~」
僕ものほほんさんのこと好きだよ~~。
…………ん?
今、何と?
恐る恐るのほほんさんの顔を見る。
抱き合っているけど身長差もあり、顔の位置は拳2つ分くらい離れている。
そこには夏の向日葵のようにニコニコしてるのほほんさんの笑顔。
「えっと、のほほんさん?」
「な~~に~~おりむぅ?」
無邪気な笑顔のまま。
「今のって、どういう?」
自分の頬がちょっと引きつってるのが分かる。
「大丈夫だよ?」
なにがですか?
「大丈夫なの?」
それは友愛って事だよね?
「うん、大丈夫♪」
そこでのほほんさんは一度俯いてから顔を上げ、
「ただの私の初恋だから♪」
そう言った時ののほほんさんの笑顔は恥ずかしさからなのか若干頬に赤みが差していて、でも決して目は逸らさず、何て言うかいつもの子供みたいな笑顔と違って、年相応の恋する乙女って感じでいつもよりずっと可愛く見えた。
それに見蕩れた僕だけど、その後は当然、頭の中は大混乱。
今、初恋って言われた?
聞き間違いじゃないよね?
鈴、箒ちゃんに次いでのほほんさんまで……。
いや、嬉しいし、光栄だけど……。
それにしてものほほんさんは昨日の告白劇を見てるわけで、じゃあ断られるのも分かってるはずだ。
じゃあ、なんで?
「の、のほほんさん……」
「おりむぅ、心配しないで」
そう言ったのほほんさんの顔はもういつものそれに戻っていた。
「私もおりむぅと一緒で、この気持ちよりも優先させるものがあるの。だから大丈夫。困らせたりしないよ? でも昨日リンリンが告白もしてない人が邪魔するな~~って怒ってたからね~~。女の子同士のケジメって言うかそんな感じなんだよ~~」
話してるうちに、口調もいつもののんびりしたものに戻っていた。
「でも、おりむぅを好きな気持ちは本当だからね?」
ちゅっ
ジャンプして距離を詰めたのほほんさんに唇を奪われた。
一瞬の事に反応ができない。
その隙にのほほんさんは自分から体を離して、一旦俯き、次に顔を上げた時には
「今のがその証拠。私のファーストキスは高いんだからね? おりむぅ♪」
真っ赤な顔でそう宣言した。
完璧にペースを握られたままの僕はもう観念して笑うしかない。
「肝に銘じておきます」
「じゃあ、はい♪」
両腕を差し出される。
一瞬戸惑うがすぐに合点がいって、
「了解」
いつものように袖を持ってあげ、洗面所に顔を洗いに行く。
顔を拭いてあげ、気持ち良さそうにしているのほほんさんを見ながら考える。
のほほんさんって、多分すごく頭がいい。
いつもののほほんとしてるのも素なんだろうけど、場の調整力とか、他人に負担をかけないように自分の意思を通すのがすごく上手い。
いつも周りを気遣って、うまくコントロールして……。
そういえばのほほんさんの事、全然知らないな。
突っ込んだ話する機会もなかったし……。
いや、聞かれたくないから、そういう風にしてるのかな?
「そんな事ないよ~~」
「え?」
今、声に出してなかったよね?
「おりむぅは分かりやすいからね~~」
そうかな?
「まぁ別に内緒ってわけじゃないんだけど、わざわざ広める事でもないからね~~」
じゃあ、聞けば教えてくれるのかな?
「どうしよっかな~~」
ダメ?
「おりむぅが寝る時に添い寝してくれたら話たげる♪」
ハードル高いですね。
「でもエッチな事はダメだよ?」
気を付けます。
「って、何で僕はしゃべってないのに会話が成り立ってるのさっ!!」
どうやらのほほんさんはある意味1番の強敵なようだな。
「敵じゃないよ?」
分かってますとも。
のほほんさんからの告白。
でも鈴や箒とは大分趣が違います。
のほほんさんは従者の家系、今はかんちゃんが一番大事なのです。
しかもお家の事情で一夏を取り込む事は不可能と言っていいでしょう。
可能性があるとしたら一夏に付いて行く形だけど、それは簪がいるために難しい。
簪か会長と一夏が一緒になれば2号さんで行ける?
いやいや、裏稼業である更識が表の世界で輝いてしまっている一夏を抱えるのは無理でしょう。
と言う事を聡いのほほんさんは分かっています。
それでも鈴の台詞を言い訳に使ってまで告白してしまった辺り、やはり乙女といった所で……。
ところで、のほほんさんが鈴を呼ぶ時って、何て呼んでましたっけ?
とりあえずリンリンにしておきましたけど、これは鈴が怒りそう。
良かったらどなたか教えてください。