千冬さんはラスボスか 作:もけ
「さて、作りますか」
鈴と弾、二人とゲームセンターで遊び、4時頃に解散。
最寄りの商店街で材料を買い込みながら帰宅。
掃除は弾の家に行く前に済ませてあるので、さっそく料理に取り掛かる。
いつもは作っても2人分だから今日は作り甲斐がある。
メニューはポテトグラタンをメインにサラダとミネストローネ。
何よりも先にオーブンに火を入れる。
次はスープ用の野菜をカット。
ベーコンを短冊に、ジャガ玉人参は賽の目、ニンニクは細かくみじん切り。
鍋でニンニクを炒めたら、火の通りにくいジャガイモと人参を加え、最後にベーコンと玉葱。
火の通った所でホール缶のトマトとローリエを入れ、コンソメの固形スープの素と塩・胡椒で味を調える。
「よし、スープはこれで完成」
グラタン皿を人数分出して、時間の確認。
まだちょっと早いかなと思っているとチャイムが鳴った。
玄関に向かう。
「いらっしゃい」
「う、うむ、お、お邪魔します」
昨日になって、ようやく箒ちゃんは来てくれることを了承してくれたのだ。
ちなみに箒ちゃんの私服は、スキニーデニムの七分丈パンツに、ピタッとしたTシャツとジャケットというラフだけどカッコイイ感じの格好だ。
「まだ姉さん帰ってきてないんだ。ちょっと居間でお茶でも飲んでようか」
「う、うむ」
これから束さんに会うせいか緊張してるみたい。
「お茶と紅茶とコーヒー、どれがいい?」
「お茶を頼む」
「了解」
向かい合って座るが、出されたお茶に手を付けても箒ちゃんの空気は固いまま。
「今日は来てくれてありがとね」
「い、いや、こちらこそ気を遣わせて悪かったな」
「緊張してる?」
「分かるか?」
「そりゃあ」
「そうか……」
自分でも自覚してるのか、ため息を漏らす。
何とか少しでもリラックスさせてあげたいんだけど……そうだ。
席を立ち、箒ちゃんの後ろに回り込む。
「一夏?」
箒ちゃんの肩に手を置き、指先に力を入れる。
「あっ」
おぉ、これは張ってるな。
「気持ちいぃ」
箒ちゃんの口から甘い吐息が漏れる。
「箒ちゃん肩凝ってるね」
「あぁ、こればっかりは仕方ない」
「だよね~~」
心の中で「大きいもんね~~」と付け足す。
「一夏」
「なに?」
「今のはセクハラか?」
「な、なにを言ってるか分からないよ」
肩越しに見たりなんてしてないよ?
ピタッとしたTシャツだから谷間も見えなかったし。
「ふふふ、あんっ、まぁいい。あっそこっ」
「箒ちゃん」
調子も戻ってきたみたいだし、もうちょっとイジっておこうかな。
「んっ、くっ、な、なんだ?」
「なんか声がエッチィ」
「なっ!?」
暴力に訴えられないように、肩に食い込む指先に少し強めに力をこめる。
「そ、それは、んっ、おまえのマ、マッサージが、あっ、気持ち、いいからぁ」
おぉ、何か凄いな。
「喜んでもらえて良かったよ」
「くっ、あっ、あ、後でお、覚えてろ、よぉ」
「うん、ばっちり覚えとくよ」
キュクロープスでこっそり録画しているのは内緒にしておこう。
そのまま5分くらい続けていると姉さんが帰ってきたので、名残惜しいけどマッサージは中断。
「おかえりなさい、姉さん」
「あぁ、ただいま、一夏。ほら、頼まれてたフランスパンだ」
「ありがと、姉さん。ご飯の前にお風呂入るよね?」
「あぁ」
バックとジャケット、お使いを頼んでいたフランスパンを受け取り後に続く。
「なんだ、あれは?」
居間に入ると、気が抜けてふにゃふにゃになった箒ちゃんが目に留まったようだ。
「あぁ、緊張してたから肩揉みをしてあげてたんだよ」
なんかそのまま床にたれていきそうな感じだな。
『たれほうき』、普段のキリっとしてる感じとのギャップで萌えるかも。
「まぁ、いい」
関心がないのかバッサリ切ってお風呂場に向かう姉さんを見送ってからキッチンに戻る。
「さぁ、続き、続き」
鍋でバターを溶かし、溶けた所に小麦粉投入。
ダマにならない様に掻き混ぜ、牛乳で伸ばしていく。
最後にコンソメと塩・胡椒で味付けして、ちょっと煮詰めればホワイトソースの完成。
バターを塗ったグラタン皿に輪切りにしたジャガイモを並べ、ホワイトソースをかけてオーブンへ。
サラダを作りながら、スープを温めなおす。
ふにゃふにゃ状態から復活した箒ちゃんが「何か手伝うか?」と言ってきてくれたけど、もう特にやる事もないのでテレビを見ててもらった。
姉さんがお風呂から上がったタイミングで、グラタンがちょうど焼きあがる。
買っておいたフランスパンをカットしてバターを添え、テーブルに4人分の料理を並べる。
「い、一夏、それで、姉さんは……」
箒ちゃんが未だ現れない束さんに緊張と困惑の混じった声で質問してきた。
それに対して僕は指を差す動作だけで応える。
指の向く場所は、箒ちゃんの顔。
一瞬戸惑う箒ちゃんだが、その意味を理解して、バっと勢いよく振り返ると――――――
鼻と鼻が触れ合うくらいのドアップで束さんの顔がっ!!
「うわぁぁぁぁっ!?」
反射的に束さんを殴り飛ばす箒ちゃん。
しかし当の束さんは空中でクルリと回転して壁に着地(?)して跳ね返ってきた。
無駄にスペック高いんだよな、この人。
「ひどいよ箒ちゃんっ!! いきなり殴るなんてーー、数年振りの感動の再会が台無しだよっ」
「あんな登場しといて言う台詞ですかっ」
「あれはあのまま、ちゅってしてからハグハグコースなんだよーー」
「しませんよっ」
あれ? 感動の再会がそれですか?
「分かってるよーー。うんうん、ファーストキスはいっくんにとってあるんだよねーー。乙女だねーー。さっすが我が妹♪」
「なっ!?」
おぉ、爆弾発言キタ。
「ち、違うぞ、一夏っ!! あれは姉さんが勝手に言ったことで、私は別にそんなつもりはっ」
大慌てだな箒ちゃん。
「……無きにしも非ずだが……」
ん? よく聞こえなかった。
急にモジモジし始めたけど照れてるのかな?
「そ・れ・に・し・て・も」
そんな箒ちゃんに束さんの追撃がかかる。
「成長したねーー、箒ちゃん。特にムネがっ♪」
箒ちゃんの豊満な胸が、脇の下から回された手に鷲掴みにされる。
おぉ、なんて素晴らしい光景。
と思った瞬間、再度、束さんが吹き飛んだ。
しかし怯まない束さんは、今度はその勢いのまま姉さんに飛びかかる。
「ち・い・ちゃーーーーん♪」
が、それを簡単に許す姉さんではない。
必殺のアイアンクローで撃墜する。
プラ~~ンと宙吊りにされる束さん。
しかしその程度でこの人の勢いは止まらない。
「いやーー、ちーちゃんも久しぶりだねーー。さぁ、ハグハグして愛を確かめ合おーー♪」
手を姉さんに向けてバタバタさせている。
「するか、バカ」
次の瞬間にはその手からスルリと脱出する束さん(どうやった?)。
そして次の標的は僕。
イグニッションブーストで距離を詰め(生身でISレベルかっ!?)、
「いっくーーーーん♪」
抱きつかれたっ!!
視界が柔らかい大きなマシュマロに塞がれる。
あっ……なんかミルクみたいな甘い匂いが……。
「いやーー、いっくんの感触も久しぶりだよーー。私に会えなくて寂しかった? 昔みたいに泣いてなかった? なんならまた添い寝してあげるよ? いっくんがして欲しければ他にもあんな事やこんな事も何でもしてあげるんだからーー♪」
「姉さんっ!!」
「その辺にしておけよ」
視界が回復した目の前では宙吊りの束さんの公開処刑が。
うわぁ、人体で鳴ってはいけない音が聞こえる。
「ち、ちーちゃんっ!! ストップストップっ!! 割れちゃうっ、束さんの頭が割れちゃうよーーっ」
「ふんっ」
しかし、それさえも脱出してみせる束さん(だから、どうやってっ!?)。
でも、さすがに痛かったのか涙目でしゃがみ込んで、頭に手をやっている。
ちょっと可哀想に思い、頭を撫でてあげる。
「いっく~~~~ん」
上目使いで嬉しそうな顔をしてくる。
いつまで経ってもこの人は変わらないな。
「いらっしゃい、束さん。さぁ、もう夕飯出来ますからテーブル着いてください」
「うんうん♪」
登場からの大騒ぎも収まり、冷蔵庫からワインとジュースを出して、ようやくディナータイムになった。
「美味しいっ!! 美味しいよ、いっくん」
と、ハイテンションな束さん。
「おまえは静かに食えんのか」
と、叱りながらも口元が上向きで機嫌がいいのが丸分かりな姉さん。
「うん、美味しい」
と、素直に褒めてくれる箒ちゃん。
ぎこちないながらも束さんとも会話している。
みんなが笑顔で食卓を囲む。
こういうの、幸せだな。
食後のお茶を飲み終わって、そろそろ帰りの時間。
姉さんには相変わらずアイアンクローで撃退され、箒ちゃんにはウザがられながらもハグハグできた束さんが最後に僕の前に立つ。
「いっくん、今日はありがとね。美味しいご飯も、箒ちゃんも」
「いえ、僕の方こそ。こんな楽しい食事は久しぶりでした。それにISの事も」
「いいんだよーー、いっくんのためなら束さんはなんでもしてあげるんだからーー」
無茶苦茶な人だけど、僕はこの ”お姉ちゃん” が好きだ。
彼女は天才ゆえの弊害なのか、僕と姉さん、妹の箒ちゃんしか人として認めていない。
後は有象無象の虫けら以下の扱いしかしない。
でも天才だとかISだとか抜きにして、僕にとって彼女は近所の優しい ”お姉ちゃん” なのだ。
この明け透けなまでに愛情を示してくれるのが恥ずかしいけど、その分余計に嬉しい。
他の2人に聞こえないように耳元に顔を近付け
「またね、 ”お姉ちゃん”」
と2人だけの時の名前で呼ぶ。
「うん、またね。いっくん」
ちゅっ♪
不意打ちで唇を奪われた。
「「なっ!?」」
背後で驚きの声が上がるが、
「それじゃあ、みんな、バイバーーイ♪」
と言って(どうやってるのか謎だが)来たときのように唐突に姿を消した。
「い、い、一夏っ!! どういう事だっ!!」
「一夏、ちょっとここに座れ」
いや、お怒りはごもっともだけど、僕だって不意打ちで感触だってよく分からなかったっていうのに怒られても……。
束さん、地雷爆発させたまま逃げないでよーー。
この後、30分は床に正座させられたまま詰問と説教が続いた。
それがどんな感じだったかと言うと、
「い、一夏の、ファ、ファーストキスが姉さんに……しかも、目の前で……」
「ゆ、許さんぞ。束めっ!! 今度現れたら……」
沈む箒ちゃんに、怒れる姉さん。
「いや、あれがファーストキスってわけじゃ」
つい、弁解してしまう僕。
「「なんだとっ!?」」
おぅ、ミスった。
「どういう事だ、一夏っ!!」
「説明しろ、一夏」
詰め寄る箒ちゃんと、目に殺気がこもる姉さん。
ここは正直に答えるしか生き残る道はない。
「えぇっと、姉さんがドイツに行ってた期間があるじゃない? あの時、僕が1人で寂しいだろうと、たまに束さんが来てくれてたんだよ。その時にまぁ何度か」
「色々と」と言う言葉は飲み込んだ。
束さんは世界で唯一ISのコアが作れる事から、世界中の国から追われている。
もちろんウチにも何度か強面の人が調べに来たことがある。
でも、そこは天才であり天災の束さん。
世界中のコンピューターは彼女の支配下にあると言っても過言ではない。
つまり、クラッキングもダミーも改ざんもお手の物。
束さんを見つけるなら肉眼しか手段はない。
まぁ、それすらも光学迷彩とかで難しいんだろうけど。
「ちっ、あの時か」
爪を噛んで悔しがる姉さん。
「あ、あの人は、私が会えなかったのに自分だけ……」
また沈んでいく箒ちゃん。
「あの時は、誘拐された後で1人で心細かったし、本当に助かったんだよ? だから変な言い方だけど、大目に見て欲しいな」
「ちっ、仕方ないか」
「いや……でも……しかし……」
姉さんは渋々ながら納得してくれたみたいだけど、箒ちゃんはまだ複雑そうだ。
「まぁいい。だが一夏」
「なに、姉さん?」
「軽々しくそういう事をするのは姉として認められん。説教だ」
「……はい」
観念するしかないな。
束さんとの「色々」ってなんでしょうねw
私、気になりますっ!!