戦う定め   作:もやしメンタル

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8話《キリトの力》

「キリト!用事って遠征のことだったの!?」

「遠征って言っても、帰り道だけどな」

 

頬をかくキリトに僕は疑問に思う。

 

「帰り道って、今回は遠征に行かなかったの?」

「ああ。ここのベートってやつが昨日ホームにわざわざダンジョンから来てな。遠征の時に毒でやられたやつがいるから、18階層に来いとのことだったんだ」

「え?なんでキリトに?」 

 

キリトはどう見てもエルフではない。聞いたことはないが、いたって普通のヒューマンに見える。薬を持ってくるのならわざわざキリトに頼む必要もないはずだ。

 

「キリトは、ただのヒューマンじゃないよっ!」

「え?」

 

僕が考え込んでいると、途端ティオナさん(先ほど自己紹介をされた)が何故か得意げに入ってきた。

確かにヴェルフのように、ヒューマンの中にも幾つか一族が分かれていると聞く。

ということは、キリトの一族って…

 

「毒に効く薬が作れるってこと?」

「ううん、違うよ」

「ティオナ…あんまり喋るなよ…」

「だって、少なくとも【ロキ・ファミリア】には知られてることでしょ?」

「ま、まぁそうだけど…」

 

キリトは何も言えなくなってしまった中、ティオナさんが本題に戻る。

 

「キリトはね、スキルとか関係なしに魔法が使えるの」

 

一瞬思考が停止する。

そして次にはサクは目を見開いていた。

 

「え、えぇえええ!?」

 

いくら一族が違うと言っても、ヒューマンには変わりない。それにステイタス無しでの魔法なんて、そんな話聞いた事がなかった。

まさかの告白に僕は呆然としていると、そこにティオネさんが入ってきた。

 

「てかキリト。今その治療中じゃなかったの?」

「そうじゃん、まだたくさんいるはずだよね?」

「うっ…」

「その反応だと、また逃げ出したわね」

「…はい」

「「相変わらずねぇ」」

「ほ、ほっとけ…」

 

この会話からして、キリトの逃亡はよくある事らしいが、僕は首をかしげる。すると隣で立つアイズさんが口を開いた。

 

「キリト。魔法を使うのが嫌いなの」

「えっ?」

 

それを聞いた瞬間、これにはデジャブを感じた。そう、ヴェルフだ。

それと同時に僕は何か嫌な予感がした。

 

「あの、その一族って…」

「あっ、いたっ!もー困るじゃない。キリトくーん!」

 

僕が質問しようとした時、以前聞いた声がした。

振り返るとアスナさんがこちらに走って来ている。

 

「げっ、アスナっ!」

「さぁ、観念なさいキリト君。なんか、お取込み中ごめん。じゃあ私たちはこれで…」

「あっ、そうだ!」

 

アスナさんがキリトの腕を引っ張っていこうとすると、ティオナさんがなにか思いついたようだ。

 

「ねー、アルゴノゥト君!キリトの魔法。見たくない!?」

「へっ?」

「なっ!?やめろティオナ!」

「見たいよねー!」

 

いきなりのティオナさんの提案に呆然とする僕。キリトが止めようとするがティオナさんはまるで聞かない。そんな中、僕はつい本音を言ってしまった。

 

「…はい」

「ベル!?」

「よっし!じゃあアスナ、そういう事で!ほら、アイズも行くよ!」

「うん」

「断らないのかアイズ!?」

「はぁ、まったくアンタは…」

「ほんじゃ、レッツらゴー!」

 

そう言ってティオナさんは僕とアイズさんの手を握り、おかしそうに笑うアスナさんと、溜め息をつくキリトの後ろをついていった。

 

 

* * *

 

 

結局みんなで歩いていると、やがて大きなテントが見えてきた。

 

「ほらついた、頼むよキリト君っ!」

「はぁ、分かりましたよ」

 

アスナさんがキリトの背中を押してテントに入っていった。それにみんなも後に続く。

中には、怪我人が十人以上はいるだろう。みんな苦しそうに眠っている。その人達を何人かの人達が治療している。

そんな光景に息を飲んでいると、一人の女性がこちらにやって来た。

 

「困りますよキリトさん!勝手に逃げてしまっては!」

「ス、スミマセン…」

 

怒る女性にキリトは頭を下げた。この光景を見ているととてもキリトがLv7の冒険者には見えず、苦笑いしてしまう。

 

「じゃあお願いしますね」

「…はい」

 

そう言ったキリトにアスナさん達は何故か何かワクワクしているように見えた。僕は訳がわからなかったが。すぐ、その意味が分かるのだった。

 

 

* * *

 

 

キリトが両手を前に突き出し、瞳を閉じた。

その瞬間。

 

「ーっ!?」

 

キリトの足元に魔法円が現れ、その体が、光りに包まれる。

それと同時にテントの中になぜか風が吹き始める。

その風は、とても優しい風に思えた。

するといきなり頭の中に見たこともない草原が浮かび上がった。

それに驚愕する中、そこには

 

一人の少年が立っていた。

 

ブラウン色の髪の毛を揺らし立ち尽くす少年は笑っている。そして…

 

その隣には、幼いキリトがいた。

 

「ーっ!」

 

瞬間意識が現実世界に戻った僕は、光に包まれたキリトを見つめる。

その背中は、何故か、とても悲しそうに見えた。

そしてそれと同時に、キリトが詠唱を開始した。

 

「【我はこの同胞達に命を授ける】」

 

その歌は、今まで聞いてきたどの詠唱より、深く、深く。心に響き渡る。

 

「【現れたし一点の光】」

 

その瞬間キリトの声が徐々にソプラノ、少女の声になっていった。

そんな光景にサクは目を見開き、アスナ達は微笑みを一層深める。

 

「【その光が灯火にへと変わる】」

 

すると突然、何故か僕の目からは、涙が流れていた。

 

何故だろう、その声は初めて聞くのに、まるで母親の歌のように入り込んでくる。

 

「【その光は熱を帯び】」

 

光りが消え、そこにいたのは、一人の少女だった。

 

「【この世が深い闇となれば】」

 

瞬間。魔法円が黄緑色から橙色に変わり出す中、少女は閉じていた瞳を開く。

 

「【この光りが道しるべとなろう】」

 

輝きが一層増し、少女は歌い続ける。

 

「【我が名はアルマティア】!」

 

輝きは最高潮となる中、サクは己の胸に手を乗せギュと握る。

それはとても暖かく、何故か懐かしく、ポロポロと涙が止まらない。

とても優しいはずなのに、その中には僕にはどうすることもできない悲しみが見えた気がした。

 

その時、少女が唇から言葉を紡いだ。

 

「【ラテール・メシア】‼︎」

 

瞬間、テント中が暖かい光に包まれる。

その光の中に立つ少女は、儚くて、まるで消えてしまいそうに僕は思えた。

 

光りが消える、すると。

さっきまで寝込んでいた冒険者が次々と起き上がる。気がつけばテントの中は歓声が響き渡っていた。

 

『おぉおおおおおぉおおおおおっ!!』

 

目の前にいる少女がゆっくりと振り返る。

漆黒の長い髪の毛、吸い込まれるようなこれまた漆黒の瞳。それとは対照的にその肌は透き通っている。

目の前にいたのは、妖精を思わせる一人の美少女だった。

しかしその格好はまぎれもないキリトのものと同じ漆黒のマント。

そしてその少女は…、涙を流していた。

 

 

* * *

 

 

「ねっ!驚いたでしょアルゴノゥト君…ってどうしたの!?」

 

話しかけようと僕の顔を覗き込んだティオナさんは、目をまん丸にして驚いていた。

そこで僕は、泣いていることを思い出す。

 

「あっ、こ、これはっ!」

「もしかして、キリトの詠唱に感動しちゃったの?」

 

ニヤリとしたティオネさんが詰め寄ってきた。

自分でもよくわからないので、何も言えないでいると。

 

「もー、俺行きますから…」

 

と言ってまたキリトの体が光る。するとその姿は、いつものキリトだった。

 

「「「ああああ!?」」」

 

僕が驚きに固まる中、アスナさんたちが残念がっているが、キリトは無視して外に出ようとした。が。

 

「おーとっ、そーはいかないわよ。キリ子ちゃんっ」

「うぐっ!」

 

ティオネさんに襟を掴まれ捕まってしまった。

なんだかさっき見たのは別の人物のような態度に唖然とする。

泣いていたと思ったのは、見間違いだっただろうか?

どうやらみんな泣いていたのは気づいていないようなので、そう思えてしまう。

そんなことを考えていると、キリトは自然と僕を含めたみんなに取り囲まれていた。

 

「相変わらずの可愛い顔だったわねー、なんか腹立つわキリ子ちゃん」

「いやー、久しぶりに見たなーキリ子ちゃん!」

「キリ子ちゃん…」

「キリ子、キリ子うるさいなっ!」

 

雰囲気は残っていたものの、とてもキリトだとは思えなかった。

あの少女が今のキリト?

訳が分からなくなっていると、僕の隣にいたアスナさんが教えてくれた。

 

「キリト君の一族のことは知ってる?」

「ま、魔法を使えるとしか…さっき知ったばかりで…」

「キリト君はね、さっきのキリ子ちゃん状態になると、主に魔法を中心にしたステイタスに変化するの。要するにキリト君は、戦闘タイプと治療タイプ、二つのステイタスがあるってわけ」

「なんか、ついていけません…。て、うん?魔法は治療だけなんですか?」

 

するとアスナさんは一瞬動きを止めたように見えた。

だが、すぐにニコッと微笑む。

 

「うん、”キリト君の魔法は戦えない”。でも、そんなこと問題にならないぐらい、キリト君の治療は凄いんだよ」

 

確かにそうだ。この十何人もいる病人を一度でみんな治してしまったのだから、物凄い力だ。

そんなことを話していると、キリトは女性群に散々いじられ涙目になっている。

 

さっきの少年の姿といい、いろいろと聞きたいことはあったが、今はやめておいてあげようと思ったのだった。

 

 

 

 


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