戦う定め   作:もやしメンタル

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なんか、長くなってしまいました。


6話《目標に向けて》

空が闇に包まれている。

東の空から夜明けはまだ始まっておらず、夜と朝の境界が曖昧になっていた。

(市壁の上、初めて来た…)

普段ならありえないほどの早起きをして、僕はオラリオを囲む市壁の上にやって来ていた。

今いる場所は北西よりの外縁部。巨大な市壁からは内側の都市の姿を一望でき、そのあまりにも広大な光景に目を奪われる。

今も一つ、また一つと魔石灯の光が消えていき、オラリオは静かに眠りこけようとしている。

 

「準備はできてるか?」

「う、うん!」

 

僕は振り返り、キリトに向き直った。

 

「すまん、こんなところに呼び出して」

「いやっ、大丈夫だよ」

 

【ヘルメスファミリア】の幹部であるキリトは、本来下手なことはできない身の上だ。他派閥の団員に戦闘の指南をしているだなんて知れたら問題も出てくるだろう。わざわざこんな市壁の天辺にやって来てまで訓練を行うのは、人目を忍ぶため。

 

「じゃあキリト。僕は、これから何をすればいい?」

「うーん。ベルの戦闘スタイルは全部自己流なんだよな?」

「う、うん」

 

そう言うとキリトは「まずはそこからかな…」と呟き、再度僕を見た。

 

「ではこれからは、一から教えていくぞ」

 

そう言って、手を腰に当てるキリトに、僕は大きく頷いた。

 

「じゃあ、素振りしてみるか?」

「あ…う、うん」

 

短刀を取り出し、すぐそばにある視線に恥ずかしさを感じながら、二度、三度と振るう。キリトはじーと僕の素振りを観察する。

 

「ベルってさ、ナイフだけしか使わないのか?」

「えっ?」

「ナイフ使いの技術に体術は必須だ」

 

確かに僕はモンスターと戦う時、武器による攻撃でほぼ一辺倒だ。殴る蹴るといった行為は本当に数えるくらいしかしてきていない。

僕が自分の体を見下ろしていると、キリトは「貸してみ」と言ってナイフを受け取る。どうやら体術の見本を見せてくれるらしい。

 

「…こうかなっ」

 

と、キリトの体がぶれた。

 

「ーへ?」

 

軸足である右足がギャリっと石段を鳴らし、全身を一回転。

間抜けな声を出す僕を置き去りにして、キリトの左足が上段へと弧を描く。その瞬間ー僕は、吹っ飛んだ。

 

「あ」

 

超速の、回し蹴り。

第1級冒険者の一撃は、恐ろしい速度で間近にいた僕の胸をとらえ、打ち抜き、市壁へと吹き飛ばす。

反応も防御も、悲鳴さえも上げられなかった僕は、石段を凄まじい勢いで削っていき、最後には大の字になって転がった。

何このダメージ。

意識が飛ブ。

渾身の力を振り絞り、プルプルと首を持ち上げると、キリトはその瞳をまん丸にしながら、呆然と立ち尽くしていた。

キリトって、どこか抜けてるよな…

意識を失う寸前、それだけを悟りながら、僕はがくりと首を折った。

 

 

* * *

 

 

「ホントにスマン…」

 

時間をかけず目を覚ました僕に、キリトは神様が言っていた土下座というものをしている。

そんな光景に、僕はただただそれに「おー」と感動してしまっていた。

未だ朝焼けが始まらないくらい空の下、いたたまれない空気が流れ出す。

 

「…やっぱ、戦おう」

「えっ?」

 

しばらく黙っていたキリトは顔をあげて、僕にそう言った。

立ち上がり、剣の柄に手を伸ばす。

慌てて僕も立つと、キリトは引き抜いた剣を市壁の隅に置き、さやだけを持ってこちらへと相対する。

 

「やっぱ経験積むのが一番だしな」 

 

そう言ってキリトはスッと己の体の前に鞘を構えた。

瞬間、キリトの空気が変わった。

咄嗟に手を腰にやり短刀を構えてしまう。

 

「それでいいぞ」

「っ…!?」

「今ベルが反応した通り、これから始めることの中で、いろんなことを感じてくれ」

 

今から行おうとしている模擬戦を通じて、自ら学べと、キリトはそう言っていた。

武器と武器を打ち合い、互いの動きを読み取って、利用できるものすべてを糧にしろと。

 

「ぼ、僕の武器は、刃を潰してなんかっ…」

「大丈夫だ」

 

こちらの懸念をその一言だけで受け止めるキリトに、僕は喉を鳴らした。

心配する相手を致命的にまで間違えていることを、輪生体制のキリトを前にして、悟る。

構えられた、なんの変哲も無い一本の鞘に、僕は気圧されていた。

 

「「……」」

 

張り詰めた空気がピリピリと耳の奥で鳴る。東の空はまだ明るくなってすら無い。キリトは微動だにしなかった。僕もまだ動かない。

いや、僕の場合は動けない。

間合いを詰める光景がことごとく八つ裂きにされる。踏み込んだ瞬間、手持ちの射程と速度を上回る一撃が見舞われるだろうことは、核心に近かった。

汗ばむ手で握る短刀が、こんなに頼りなく思えた時があっただろうか。

 

「…ベルは、臆病だな」

「っ!?」

「ダンジョンに潜るなら、臆病でいることは大切だ。でもそれ以上にも、ベルは何かに怯えている」

 

表情を変えないまま、キリトは一歩、静かに踏み出してくる。

 

「俺はベルが何に怯えているかわからないけど…多分、ベルはその時が来たら、逃げ出すことしかできない」

 

核心を込められた言葉が胸を抉る。

かぁっ、と体の中心から熱くなった。羞恥か、痛憤か。多分、前者。

自分自身でさえよくわからないのに、図星を指された気分。これ以上の無い指摘。そんなことを感じている場合じゃ無いのに、惨めな気分がこみ上げてくる。歯が震えそうになった。でも、意地でも抑え込む。

短刀の柄を握る手に思い切り力を入れ、僕は湿りかけている目を斜めに構える。全身に喝を入れ、一歩、また一歩と歩み寄ってくるキリトにー自分から突っ込んだ。

 

「うあぁあああっ!」

「駄目だ」

 

吹っ飛ぶ。

鮮烈な風切りが耳に届いた瞬間、僕は真横に引っくり返る。石段と熱い抱擁。横っ腹が、尋常なく、痛い。

 

「あっっ…がっ!」

「無鉄砲になっちゃ駄目だ。ダンジョンでは絶対にやっちゃいけない」

 

律儀に説明してくれるキリトの言葉も、碌に耳に入らなかった。

薙がれた。

とんでもない速さで鞘が横一線に走って、短刀を放つためガラ空きになっていた脇腹に、叩き込まれた。

僕の目に見えたのはぶれた斜線だけだった。しかもかろうじて。

知っていた。知っていたんだ。

知って、いたけど…。

 

めちゃくちゃ強い…っ!

 

「立てるか?」

「…っ!」

 

頭上から降ってくる問いに、地面に手をついて緩慢な動きで立ち上がる。

呼吸が乱れている。腹で明滅する痛みに屈しそうになる。泣きたい。でも絶対に泣けない。僕は唇に前歯を思い切り突き立てて、キリトと再び対峙した。

 

「痛みに慣れてないんだな」

「うぐっ!」

「でも、それならなおさら痛みを怖がっちゃ駄目だ」

 

刺突。

恐ろしい速度の突きが鳩尾を貫く。僕は勢いを殺せないままブッ飛んだ。

後頭部を強打。それ以上に呼吸が機能しない。

「立てるか?」と優しくも無慈悲な言葉。僕は咽びそうになりながら、何とか立ち上がる。

 

「ダンジョンに潜るなら、絶対に死角は作っちゃいけない。視野を広く持つんだ」

「っ!」

「惜しい」

「がっ!」

 

やっと回避したと思ったら、追撃。

石段と今度は接吻。

ちなみに、僕はしっかりと軽装を身に纏っている。その上で、このダメージ。

「立てるか?」と冷徹な言葉。僕は鼻から血が噴出させる気概で立ち上がる。

 

「今は追うだけでいい。相手の動きを読めるようになるんだ」

「づっ!」

「そうだ」

「ぶっ!」

 

初手の切り上げから、再び横薙ぎ。

最初は直撃を許して最後も直撃を許す。

ただ短刀を軌道上に構えられただけ。とっくのとうに鞘は短刀のあった場所を通り過ぎて僕を打ちのめした。横転する。

「立てるか?」という言葉に。僕は立ち上がる。

 

「…ベルは、防ぐことが苦手だな」

「〜〜っ!」

 

連打連打連打。

縦横無尽に走り向ける無数の斬閃。回避の道を封じられた僕は、たった一つの攻撃を弾くこともできず、その鞘によって滅多打ちにされた。

一際大きい打撃音の後に、どしゃっ、と石段のなる音。とうとう、僕は立ち上がることもできず無様に膝をついた。

情けない荒い息が、薄暗い周囲にこだましていく。

 

「…第1級冒険者は、冒険者には【ステイタス】に振り回されている人が多いって、よく言うんだ」

「ぇ…」

「みんな、『恩恵』に寄りかかり過ぎてる。能力と技術は違うものだ」

 

こちらを見下ろしながら語り始めるキリトに、僕は苦痛に歪む目を見開く。キリトは自分が得てきたものを教える様に、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「技とか、駆け引きとか。ベルにもそれが少し足りない」

「…!」

「もし【ステイタス】を失っても、ベルの中に残るもの。それを鍛えることしか、俺にはできないと思う」

 

瞳を少し伏せて一度言葉を切り、次にはこちらを真っ直ぐ見る。

 

「ベルは防御することが苦手みたいだから、それが一番の課題だ。この訓練の間に、俺の攻撃を読んで、防げる様になるんだ。このやり方を続けていけば、今のベルなら戦いは嫌でも身に付く。アイズにも…近づけると思うぞ」

 

漆黒の瞳がこちらの瞳を覗き込んでくる。

悲鳴を上げかけているこんな僕が、立ち上がってくるのを、キリトは待ってくれていた。

 

「まだ、立てるか?」

「ッ…お願いしますっ!」

 

弱い自分をまっすぐに向き合ってくれるキリトの思いを受け止める。

僅かだって、無だにしちゃいけない。

膝を屈した体を無理やり奮起させ、立ち上がる。

遥か遠くの稜線が陽の光に燃えるまで、僕は、キリトの剣をひたすら受け続けた。

 

 

 




これからやっとオリジナル感が出てきます。

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