戦う定め   作:もやしメンタル

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30話《願うこと》

月夜が照らすオラリオでは、『ディナトゥス』と言う神々による三ヶ月に一度開催される定期的な集会が行われていた。

しかし今回はいつもと違い予定を早めたもので、さらに今回は神だけでなく己の眷属を最高で二人連れて行くことになっていた。

テーブルに肘をつき目を細めるロキ。そしてその後ろに立つフィンとアイズ。

そして後方には、美しく微笑みこちらはオッタル一人だけのフレイヤ。

オラリオ最強のファミリアが揃う中、他にも多くのファミリアが勢揃いしている。その中には…

「何か良からぬことでもあったか?」

手を顎に添え前を見据えるヘルメス。そして後ろにはアスフィとキリトが立っていた。

「今回は子供達もだなんて、一体どういうつもりなんだ?」

「さ、さぁ…」

難しい顔をするヘスティアの隣にベルは少々緊張しながら立っていた。

 

あたりがざわつく中、ロキ様が立ち上がると場は一気に静まり返った。そのロキ様が口を開く。

「予定変更までしてきてもらったのは他でもない、イレギュラーなモンスターの件でや」

『ーっ』

その言葉に一同が納得する。

最近ダンジョンで出てくるモンスターの中に、明らかに力の強すぎるモンスターが出現してきた。

そしてそれを実際に経験したベル達は顔を険しくした。

それはキリトを狙い、グラルが襲ってきた際出現したモンスター。リヴェアの魔法が効かなかったという、はるかに現実を凌駕したモンスターだった。

あのようなモンスターが他でも僅かだが現れたという事は、どのファミリアの耳にも届いているほどだった。

もう一度席に着いたロキは両手を顔の前で組んだ。

「そんな頻繁なことやないけど、稀にあるだけでも危険やしな」

階層のモンスターのLvが釣り合わないという現象が起きてしまうといる状況は、神にとっても、そう愉快にいられることではいなかった。

「どうだアスフィ、キリト」

他と同じように悟ったヘルメスは二人に問いかけた。それにアスフィが口を開く。

「モンスターがこのようになった可能性は、モンスターが過剰な量の『魔石』を取り込んだのでは」

その頃、ロキに尋ねられていたフィンも同じように話す。

「現にそのモンスターは他のモンスターを襲い、魔法や魔石に敏感に反応すると聞いているしね」

「『強化種』…」

アイズの呟きをフィンはこくりと頷き肯定する。

「そうだね。魔石の味を知ったモンスターは他よりも一線を画するようになる」

本能の底で同胞であることを無意識に自覚しているモンスター達は、最低限同士討ちを避ける傾向にあるが、そこから勉脱した個体も時には現れる。

【経験値】を蓄積し能力を高める人類とは異なった、文字通り弱肉強食の法則によってモンスターは己の力を引き延ばすのだ。

『魔石』がもたらす力と全能感によってしまった怪物は、ひたすら同胞の核を食いあさるようになる。そして力をつけすぎた存在は、ギルドから賞金首として多大な賞金がかけられ、討伐の対象にもなりうる。

アスフィが前を向きながら口を開く。

「有名なのは『血塗れのトロール』…多くの同業者に手をかけ、討伐に向かった精鋭のパーティまで返り討ちにした化物」

「ああ、いたなぁ上級冒険者を五十人くらい殺したんだろ?」

「ええ。最後は【フレイヤ・ファミリア】が討伐したのは、記憶に新しいですね」

ギルドの推定Lvをはるかに超えるまで強化された『血塗れのトロール』はあくまで特例の一つだが、同種族の『魔石』を五つでも取り込めば、モンスターの能力は目に見えて変化するという情報が存在する。

「ちゅーことは、あの新種も『魔石』を目的に他のモンスターを襲ってるっちゅーことか?」

「と、僕は考えるけどね。共食いに走るということは、何らかの理由があって然るべきだ」

そこまで話し、またロキが場のざわめきを止める。

「最近二十四階層で強化種が多く出現しとるらしい。これから討伐隊を組んでいきたいんやけど、あくまでボランティアや。あ、ヘルメスんとこは強制な〜」

「「「なっ!?」」」

手をヒラヒラと上げながら言った言葉に【ヘルメス・ファミリア】一同は硬直するのだった。

そして今度ロキはフレイヤに目を細め口を開いた。

「フレイヤんとこもやで…と言っても

 

 

この事態の原因かもしれへんけどなぁ」

 

 

『ーっ!?』

瞬間、それを聞いた周りは目を見張る。

そんな中、視線を注がれるフレイヤはフッと微笑んだ。

「さて、どうかしらね」

「この色ボケ女神…」

その瞬間にロキは悟った

間違いないと。

また誰かもしれない想い人への贈り物なのか、そんなものたまったものではない。決定的な証拠がない以上、罰することはできなさそうだが…

「アイズ」

「あらあら、血の気が多いのねロキ」

「阿保、それはそっちやろうが」

ロキがアイズに視線のみでの指示を出す。それにフレイヤは表情を変えず微笑んだ。

派閥での戦い。

それを受けたアイズは、己の神が纏う雰囲気を察し、静かに抜剣する。

アイズが構えるのとほぼ同時にフレイヤの後ろにいたオッタルが前に出て抜剣する。

『マジか!?ここでやるのかよ!?』

『俺はアイズたんに一票っ!』

『いやここはオッタルだろ。なんせオラリオ最強だぞ』

神々がソワソワしだし、一部が溜息をつく。その光景を眺めていたヘルメスが口を開いた。

一同はアイズとオッタルを大きく囲む。

そして両者が…

床を蹴った。

一瞬で間合いを詰め、アイズは右下からすくい上げるように剣を抜き、オッタルは高々と振り上げた獲物を真下へと振り下ろした。

凄まじい金属音。その威力にその場一帯が揺れた。しかし、その剣は…

 

 

両者ともキリトが受け止めていた。

 

 

アイズのサーベルをエリュシデータで押さえ込み、オッタルの大剣をダークリパルサーを肩に担ぐような体制で受け止めている。その足は攻撃の威力で大理石に僅かに埋まっていた。

「二人とも動くな」

静かに告げた言葉が響く。それを発したキリトからは凄まじい威圧感が滲み出ており、アイズとオッタルは動きを止めた。二人は今までの経験から悟る。逆らってはいけないと。

その光景に固まっていたロキはヘルメスに視線を向ける。その本人は後ろにアスフィをつけて飄々と歩いてきた。

「なんやヘルメス。珍しく出てきて」

「いやぁすまない。ここで戦いが始まっちゃうと困るんだよ」

今まで目を見開いていたフレイヤはまた微笑みに変わる。

「その子、本当にLv4かしら?」

「「ギクッ」」

「はぁ…だから言ったじゃないですかまったく…」

フレイヤの指摘にヘルメスとキリトが大きく肩を揺らし、アスフィが溜息をついた。フレイヤは汗を流し顔を引きつらせるヘルメスとキリトを交互に見据えてやがてその瞳を閉じた。

「まあいいわ。この話は今度じっくりしましょう」

「は、はい…」

拒否権のないヘルメスは項垂れながら答え、「キリト、もういいぞ」と指示を出した。

キリトも一度溜息をつき、「失礼」と剣を鞘に収めた。

一連の光景に一同が目を見張り、やがて…

 

『なんだあの子ーーーーっっ!?』

 

と叫び声を上げだした。それにまた肩を大きく揺らしたキリトに神々が殺到した。

「【黒の剣士】っ、うちに来ないか!?いや来てくれ!!」

「馬鹿野郎!俺が先だ!!」

「あ、あのー…」

「あんな神よりこっちのほうがいいぞーっ?」

「誰があんな神だ!」

「だ、だからー…」

「ねぇ坊やウチにいらっしゃいな」

「へ、ヘルメス様ーーっ!?」

「あ、逃げたぞ!!」

「追えーーーっ!!」

「…すまんキリト」

逃げたキリトを神々が追いかける。残された眷属は、それぞれ溜息をついた。

そんな光景を唖然と見ていたベルが口を開く。

「バレちゃいましたね」

「ああ、呆気なくな」

「どうしますか?神様」

「ん?別にほっておけばいいだろ?」

「あ、いや、二十四階層の方です」

「うーん…、二十四階層なら今のベル君だったら普通にいけるね…。ボクは行かせるのは抵抗があるけど…ベル君はどうしたい?」

「僕は…」

確かに相手は未知数で危険かもしれない…でも、キリトやアイズさん達が戦うというのなら。

「行きたいです」

食らいついていきたい。

それを聞いたヘスティアは「やっぱりね」と溜息をつき、真剣な表情になった。

「くれぐれも、無茶をしないでおくれよ」

「はい」

 

* * *

 

「眠い…」

「お、お疲れ様…キリト」

今回のことに唯一【ヘスティア・ファミリア】でLv3である僕とLv3はあるだろうアレシアさんだけ参加し、ただ今五階層で、隣でズーンと音がしそうなほど項垂れるキリトにアスナさんとに苦笑いし、アスフィさんは溜息をついていた。

「一晩中追いかけてくるか普通…」

「あの数を逃げ切ったキリトもキリトだけどね…」

悪態を吐くキリトに汗をかいていると…

「おっはよー!アスナー!キリトー!アスフィー!アレシアー!アルゴノゥトくーん!」

と後ろからの突撃に僕たちはつんのめった。

その原因であるティオナさんは早朝にもかかわらず元気である。

「おはよ」

「おはようございます」

「お、おはようティオナ」

「おはようござい…ます…」

僕もキリトに続いて挨拶をしようと思った時。後ろから来た【ロキ・ファミリア】のメンバーの中にアイズさんを見つけ、顔が赤く染まった。

「ん?どーしたの?」

「へっ?あ、いえいえなんでもっ!?」

ティオナさんが顔を覗き込んできたので取り乱す僕の裾を、アレシアさんが引っ張った。

「?、何ですか?」

「まだ詳しく聞いてない」

「へっ?」

神様から説明はしといたって言われたんだけどなぁなどと思いながら今回の内容を説明した。

「『魔石』…」

そう呟いたアレシアさんはいつものように突然顔をこちらに向けた。

「それ食べたら私も強くなる?」

『絶対食べないでください』

首を傾げたアレシアさんに、僕と【ヘルメス・ファミリア】が同時にそう言うのだった。

しかし、【ロキ・ファミリア】は真逆だった。

「最強になったりして!」

「食べた後にどうなるのかしら」

「確かに、魔石の味を知ってしまうと中毒化するのかが問題だな」

「強く…」

「やめてくださいって!」

そう言っていると、今までアレシアさんを見つめていたフィンさんが口を開いた。

「本当にモンスターなのか。これは驚いたね。ちなみにアレシアさんの魔石はどこにあるんだい?」

「プライベート情報」

真顔で言ったアレシアさんの言葉に一同が苦笑いした。

 

計三十人程参加したパーティはそのままあっという間に18階層にまで進んでいった。

ここで今までの魔石を街で換金している人たちを待って街中をぶらぶらと歩いていた。その時、

「すみません」

声をかけられ振り返る。そこにはヒューマンの少女が立っていた。

歳はキリトとアスナさんくらいだろうか。セミロングの亜麻色の髪はサラサラとしたストレートで、瞳は蒼く澄んでいる。痩せ型でやや小柄。装備は暗赤色のレザー・チュニックの上に軽量な堂のブレストプレート、下半身はぴったりしたレザーパンツに膝までのブーツ。その体を腰近くまで覆うフードつきケープを羽織っていた。顔立ちも整っており、その表情は凛としているようにも見えるが、どこか緊張しているようにも見えた。

そんな彼女は僕たちを見渡し、キリトに視線を向けた時点で目を留め、キリトを見つめる。その瞬間、彼女の瞳から涙が溢れ出した。その光景に全員がキリトに視線を送る。それに気づいたキリトは「えぇっ、俺か!?」と取り乱した。

そんなことをしていると彼女は右膝をつき、言った。

「アルマティア様。お会いできて光栄でございます」

『…へっ?』

聞いたことのない名前でキリトを呼ぶ少女に一同がぽかんとする中、顔を上げキリトと視線を合わせた。

「アルマティア様。どうかこの私と縁付きしていただけないでしょうか」

「へっ?」

素っ頓狂な声を上げるキリト、後ろにいた僕たちも硬直した。そして次には…

『えぇええええええええっ!?』

まさかの結婚発言に仰け反る。キリトは後ろからの殺気を感じ取り、恐る恐る振り返ると…

「ちょ〜とどういうことか説明してもらおうかなぁ、キリトく〜ん?」

笑顔でとてつもなく怖いアスナが…

「ご、誤解だーーーーっっ!?」

その後、キリトの悲鳴が街中に響き渡ったのだった。

 

* * *

 

ボロボロになり地面に倒れたキリトを謎の彼女は目を丸めて見つめ硬直した。

「ア、アルマティア様が…」

「それで。さっきのは一体どういうことですか?」

未だ怖いアスナさんに彼女は怯えるが、勇気を振り絞るようにまっすぐアスナさんを見つめた。

「私はっアルマティア様と同じ、ラウスの生き残りですっ!」

『えっ!?』

これにみんなが目を見張った。

一夜にして滅ぼされたというキリトの故郷。

原因は今回の問題でもある強化種によるものだ。

そこで、キリトがバッと顔を上げた。

「なっ!!そんな馬鹿なっ、確かにあの時…っ」

「はい、ですから私も今アルマティア様に合うまで信じられませんでした」

そう告げる彼女をキリトは放心しながら見つめていたが、やがて呟くように口を開いた。

「まさか…ニールか…?」

「はい」

尋ねられた言葉に、キリトの言うニールさんははっきりと言った。その瞬間、キリトの目が驚愕に見開かれる。

そうして呆然とする僕たちから視線を落としたニールさんは話し始めた。

「私はもともと街からは離れた場所に住んでいました。魔力のあまりなかった私の父は…せめて私だけでもと…唯一使えた転送魔法で私を逃しました…。そして命からがらこのオラリオにつき、ファミリアに入り、只々強くなりたくて戦いに明け暮れていました…。そんな時、戦争遊戯でアルマティア様を見て、私…いてもたってもいられず…っ」

俯いたニールさんは、それ以上は言えずに肩を揺らして涙を流した。

辺りが静まり返り、ニールさんの嗚咽だけが響く。そんな中キリトはニールさんの前に立った。

「ニール」

呼ばれた彼女は一度大きく肩を揺らし、涙で濡れた顔を上げる。目の前に立ったキリトは口を開いた。

「よく生き延びてくれたな…、…ありがとう」

「ーっ」

目の前に立つキリトは今にも泣きそうなのを必死にこらえているようだった。顔を歪ませ精一杯告げた言葉。これにニールさんも再度嗚咽を漏らした。

 

 

「ニール」

「は、はいっ」

ニールさんが落ち着いたのを見計らってキリトが声をかけるとニールさんはさっきよりは小さく肩を揺らした。

「大切な人はできたか?」

「え…っ?」

いきなりの質問に一瞬理解が遅れたが、やがて俯きがちになりながら答えた。

「はい…、ファミリアの皆さんがとても温かく迎え入れてくれました。主神様もとてもお優しいです。私の唯一の救いです…」

それを聞いたキリトは「そうか…」と言って微笑み、ニールさんの頭を撫でた。その行動に顔を真っ赤にしたニールさんは目を見開く。

「ア、アルマティア様にこのような無礼っ、許されませんっ!」

「今はただの冒険者のキリトだ」

「し、しかし…っ!」

「いいからいいから」

取り乱すニールさんを見てキリトが笑うと場が一気に和やかになった。頭を撫でられるニールさんは顔を真っ赤にしてムゥ〜っと俯いてしまった。案外子供っぽかったニールさんに、僕も笑みがこぼれた。

 

「あっ、そういえば」

やがて、キリトが思い出したように声を上げた。

そしてアスナさんをチラチラと見て警戒しながらニールさんに尋ねる。

「さっきの…その…」

その様子に悟ったアスナさんは今までの微笑みを消して、また表情が険しくなった。

「あ、縁付きのことですか?」

こちらも悟ったニールさんは口を開く。それにキリトは後ろからの攻撃に対処できるよう全神経を集中させながら頷いた。それにニールさんの表情がまた引き締まる。

「事実上、この血族は私とアルマティア様だけとなりました。ですが、ヒューマンであって魔法が使えるこの一族を私は繋げていきたい。失ってはいけないと思うのですっ。ですから同じ一族であるアルマティア様と子を育みたいと、誠に無礼なことは承知の上の考えですっ!」

その言葉にアタフタとしていたキリトの顔は真剣になり、アスナさんも表情を変える。

「一族…か」

今まで考えもできなかった一族の復興。

「それが叶えばどんなに嬉しいだろうな」

「で、ではっ!」

「ニールの考えは正しい。けど、すまない」

そう言ったキリトは振り返りアスナさんを見つめる。見つめ返すアスナさんは足を踏み出した。そしてキリトの隣で止まる。呆然と眺めるニールさんにキリトは口を開いた。

「俺にはもう、大切な人がいるんだ」

その言葉にニールさんは目を見開いた。

やがて俯き、何かを呟いたが、ニールさんは顔を上げ笑った。

「それでは無理にお願いできませんね。無礼を働きました」

そう語るニールさんはどこか悲しそうで、無理して笑っているように見えた。

「それでは私はこれで」と行こうとするニールさんをキリトが止める、足を止めたニールさんは首を傾げた。

「もしよかったら、一緒に行動しないか?」

「へっ?な…っ、い、いけませんっ!私のような平凡なものがっ!ア、アルマティア様達の足手まといになりますっ!」

「私は来て欲しいな」

「私も別にいいよーっ!」

取り乱すニールさんにアスナさんが微笑み、ティオナさんが右手を挙げた。それに続いてそれぞれもうなづく。

「僕も構わないよ。君も魔法が使えたりするのかい?」

「は、はい…っ」

「だったらここでの魔導士になってくれないかな?後半は班で分かれるだろうし」

「何処かの誰かさんは魔法使おうとしないからね〜」

「うぐ…っ」

ティオネさんの指摘にキリトが言葉を詰まらせた。それに隣に着いた僕は苦笑いする。

「来てくれたら頼もしいです。ニールさん、強そうだし」

僕の言葉に「そ、そんなことは…っ」と焦るニールさんにみんなが笑った。

「じゃあ、頼めるかな?ニール」

差し出された右手に、オドオドしていたニールさんはハッとキリトを見る。微笑んだキリトと目が合い、少し顔を赤らめたニールさんは迷いながらもその手を握った。

「宜しくお願い致します…」

そうしてニールさんも加わることになった。

 

* * *

 

18階層を抜け、次へ進む間、僕の隣にニールさんがいた。しかしニールさんはずっと俯いていて何かを考えているようだった。

「あの、ニールさん」

「っ、何でしょうか?」

こちらが声をかけるとニールさんは僕に顔を向けた。

オドオドとするのは基本的にキリトの前でだけらしい。他の場所ではまるでエルフのような立ち振る舞いで、とてもしっかりした人だ。数回見たモンスターとの戦いぶりも、軽いステップを踏みながらの見事な身のこなしだった。そんなニールさんに少し緊張しながら尋ねる。

「あの、キリトってそんなに高い身分だったんですか?」

「…高いというか、我々の一族に代々受け継がれてきたと言う、選ばれしお方です」

「選ばれし…?」

「はい、我々の一族には伝説の話だったと思い込む方もいるくらい稀に、エルフの魔力さえも凌駕する者が現れると言われてきました。それがアルマティア様です」

「とすると、アルマティアって言うのは、その選ばれし者のことってことですか?」

「はい。しかしほとんどの方はごく普通に名前を呼び接していましたが、私の地域では皆さんアルマティア様とお呼びしています」

「そうなんですか…」

そう言って話すニールさんはやはりどこか寂しそうな顔を時折見せる。なぜそんな顔をするのか僕は気になってしまっていた。

「あの、ニールさん」

「はい?」

「何かありましたか…?」

その問いにニールさんは一瞬目を見開き「お恥ずかしい」と苦笑いし、前を、キリトを見据えた。

「私はずるい女です」

「え…っ?」

「一族ということを利用して、アルマティア様にあのようなことを言ってしまいました」

一度口をつぐみ、ニールさんはすぐに話を続ける。

「本当は、一族関係なく私は…

 

 

アルマティア様に恋心を抱いてしまっていました…」

 

 

その告白に僕は目を見開く。そんな僕にニールさんは苦笑いする。

「しかしあのような素敵なお方がいらっしゃるのだったら、どうにもなりません。私は精一杯、アルマティア様に幸せになって頂けるよう尽くします」

そう告げるニールさんの言葉は本心からだった。

僕はそんなニールさんの強さにどうしても伝えたくなった。

「ニールさんも、どうか幸せになってくださいねっ」

「え…っ?」

僕も本心からの言葉を伝える。それを聞いたニールさんは、やがて

「…そうですね、頑張ってみます」

と、今度は本当に笑うのだった。


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