まだ日が登らない早朝。町の多くからは光が消え、辺りは静まり返っている。そんな中、市壁の上では剣と鞘の交わる音が響いていた。しかし今回は立場が逆で…
「ふぐ…っ!」
「ご、ごめんキリトっ」
ベルの鞘を盛大に受けたキリトは壁に勢い良くぶつかっていった。
壁に頭をぶつけ悶える。ベルは慌てて駆け出した。
「や、やっぱり稽古やめたほうがいいんじゃないかな…?今のキリトなら骨だって折れてもおかしくないし…」
今の状況は、ベルが鞘を持ち、キリトが剣(と言っても自分のはとても持てないので今は他の剣だ)を持ち戦っている。
今はLv0のキリトは今までの場数や技術を駆使してなんとか食らいつくが、Lv3のベルにはどうしても埋められないもの、スピードや力が違いすぎてたまにこのようにもろに食らって吹き飛んでいた。
「な、なんのこれしき…っ!」
涙目になりながらもキリトはフラフラと立ち上がった。これほどまでに頑張るのは久しぶりに試したいものがあるから。それは…
「フッ!」
「おわっ!?」
ベルの突きを必死に目を凝らして見る。そしてその鞘の軌道に乗せ、自分の剣を受け流した。するとベルがまるで飛ばされたかのように前に吹き飛んだ。ベルは目をパチクリとする。そんなベルにキリトは「ふふんっ」と鼻を親指で拭った。
「い、今のって…?」
「昔習った『合気道』だっ」
「へぇ〜っ!」
何が何だか分からなかったけどとにかくすごいっ。そうしてベルは目を輝かせた。ダメージがほぼ無い様子にキリトは苦笑いするしかなかった。
「今度、僕にも教えてっ!」
「りょ、了解…」
そうしているうちに朝日が昇ってきたのだった。
* * *
『戦争遊戯』まで残りわずかとなる。都市は賑わいを見せていた。
朝早くから全ての酒場が店を開き、町の至る所で店が路上に展開している。今日まで通りの壁を彩ってきた無数のポスターは悪乗りした神々が散々周囲に喧伝した結果だ。
会場はフィリア祭でも使われている闘技場で行われる。
今もオラリオ中から闘技場に向かう列が絶えない。
とは言っても、この戦争遊戯の内容は、下界で行使が許されている『アルカナム』ー『神の鏡』。この鏡で闘技場の一部始終が見られるようになる。企画される戦争遊戯を神々が楽しむために認められた唯一の特例だ。
そんな中、【ヘルメス・ファミリア】のホームにはベル達が集まっていた。
「巻き込んでしまったようで今更だけどすまないな」
ヘルメスが頭に手を乗せ言った。これには一同も苦笑いする。
「まったくやで」
「つうかキリト。何背中取られるような真似してんだよ、ったく情けねぇな」
「…スミマセン」
ロキがやれやれと答える中、一緒に来ていたベートがキリトを罵る。これにはキリトも謝るしかなかった。
「そんなこと言って、ここまでついてきたってことはベートも心配なんでしょ〜?まったく素直になりなよ」
そんな中にティオナがニヤニヤと入ってくる。「またアンタ達は…」と横でティオネが溜息をついた。
「…それでは今日のことだけど」
切り出したフィンに全員顔を向ける。それを確認し、フィンは話し始めた。
「【フレイヤ・ファミリア】には決定的な証拠はない。それに今ここで戦うとなるのも避けたいところだ。話し合いで解決が望ましいと思ってる。でも、もしものことがあるかもしれないので神様達は残ってください。なのでメンバーは、僕とアイズでいいだろう。話すのはあくまで僕、アイズは念のためだ。余り大勢で行くとかえって逆効果だからね」
それぞれが頷く一方、ベルは俯き拳を強く握った。
「あ、あの…っ!」
前に足を降り出す。
「ぼ、僕も行かせてくれませんか!?」
ベルの発言にみんなが驚く中、ロキが口を開いた。
「なあ少年、相手はあの色ボケ女神や。もしもん時にフィン達の足を引っ張る気か?」
「……!」
「自分、Lvいくつや?力の差、わかっとるやろ?大人しくしとけ」
ロキは冷然と事実だけを突きつけた。一方で台頭を果たしている噂のルーキーを、己の眷族と何かと縁がある冒険者を見極めるように、瞳をうっすらと開く。
突き放すような彼女の言葉に、ベルは声に詰まり、すぐ両手を一層強く握り込んだ。
眉を逆立て、神にさえ逆らうように大声を放つ。
「僕はもう、守られてる側は嫌なんです!!」
そのルベライトの双眸から意志の光以外のものを全て覗き、言葉を言い放った。
「決して足を引っ張りません!!だからっ…行かせてください!!」
喉が張り裂けるような願望の声。
この場の視線を集めながら、ベルの覚悟を前にしていたロキは、認めることはしなかった。
だが、止めることもしなかった。
「勝手にせえ。どうせ足を引っ張ることもできんだろうしな。フィン、いいか?」
尋ねられたフィンは一度笑いながらの溜息をつき、頷いた。
「ありがとうございますっ!」
ベルは頭を下げ覚悟を決める。そしてキリトに視線を向けた。目があったキリトに頷く、それを見たキリトは一度目を見開いた後、やれやれと頬をかいた。
「まったく君は…。ベル君、くれぐれも無茶をしないでくれ、と言いたいが…」
そんななか、ベルの正面に立ったヘスティアは、呆れ顔から真剣な表情になる。
「頼んだよ」
「はいっ!」
そんな光景を眺めていたキリトは、一度微笑み、背伸びをする。
「よーしっ、もう行かないとなーっ」
「…キリト君」
横にいたアスナがキリトの片手を握った。瞳は真っ直ぐにキリトに向けられる。
「ん?なんだアスナ」
首をかしげるキリトから一度視線を外して俯き、そして顔を上げ言った。
「頑張ってね」
それはよくありがちな言葉だが、アスナのこれ以上ないエールだった。キリトは親指を立てニカッと笑った。
「ああ、ダテに今までやってきてないからなっ」
それにアスナも少し強張っていた頬で微笑んだ。
「よしっ、では解散しようか」
ヘルメスの言葉で、それぞれがホームから出て行った。そんな中、ヘルメスがアスフィに近づく。
「アスフィ」
「何ですか?」
「悪いが少し外してくれるか?」
その言葉に一度疑問を浮かべるが、すぐに理解する。「手短にお願いしますよ」と言いホームを出た。
「ベル」
鈴のように澄んだ声、もうだいぶ聞き慣れた声にベルは振り向く。そこに立つキリトは微笑んだ。
「信じてるぞ」
その言葉に一瞬目を見開き
「うんっ!」
もう一度腹をくくり、ベルは大きく頷く。
そしてキリトと拳をコンっと当てた。
「おーいっ」
外からフィンが呼ぶのが聞こえる。キリトを見るとコクリと頷いた。ベルも頷き「じゃあっ、またっ!」とベルはフィン達の元へ駆け出すのだった。
それを微笑み見送るキリトはぽつりと呟いた。
「また…か」
「キリト」
「?」
自らも出ようとする時、キリトにヘルメスが歩み寄った。何用かと思い首をかしげる。そんなキリトの隣にヘルメスは立った。
「本当にキリトは面倒なことに巻き込まれるなぁ」
はっはっはっと笑うヘルメスにキリトは苦笑いする。
やがて、ヘルメスはキリトに向き合った。その顔は真剣なものだ。
滅多に見ない表情に、キリトは一体何用だと思っていると、ヘルメスが「いやちょっと言っておきたいことがあってな」と口を開いた。
「キリト、確かに仲間を守るために生きる、戦うのはいいことだ。だけど今だけは
自分のために戦え」
キリトは目を見開く。今まで考えもしなかったことを言われ、少し放心する。そんなキリトにヘルメスは言う。
「そうすればお前はもう一段階強くなる」
最後にキリトの背中を叩きいつもの飄々とした顔になった。
「勝ってこい」
その言葉を聞き、無意識に手のひらを握りしめる。
「はいっ!」
キリトはヘルメスの言葉をしっかりと刻み付けるのだった。
* * *
「それでフィンさん、これからどこに?」
「ああ、バベルだよ」
「ええっ!?」
現在ベル達は走りながら街を移動していた。
予想だにしなかった答えに仰天する。話を聞くとフレイヤ様はいつもバベルの最上階にいらっしゃるんだとか…
「そんなに構えなくてもいいよ。話をするのは僕だから」
「そ、そうですか…?」
あからさまに強張っていたのだろうか。少し顔が赤くなる。
「急がないとね」
「っ!はいっ!」
そう、これは時間との勝負でもある。キリトが踏ん張っているうちにことをすまさなくてはいけない。アイズさんの声により一層走る速度を上げた。
「うへぇぇ…」
現在闘技場。観客の数にキリトは無意識に声が出てしまった。
こんなところで俺は恥を晒すのか…ははは…笑えない…
などと考えながら。
「ほらほら、強張ってるよキリト」
隣にいるヘルメス様が笑う。
ここまで一緒に来た能天気に見えるヘルメス様に、さっきのは幻聴か?などと考えてしまう。
「やあやあヘルメス」
すると前からラノス様が歩いてきた。そしてキョロキョロと辺りを見渡す。
「ん?ヘルメス、キリト君はどうした?」
「この子だよ」
「…へっ?」
ヘルメス様が俺の頭にポンっと手を乗せて言う。ラノス様は俺を見て素っ頓狂な声を上げた。
「わ、私の記憶だと、キリト君は少年のはずだが…」
「それはとんだ勘違いだったな〜ラノス」
嘘ではないが嘘を平然とつくヘルメス様に俺は苦笑いした。
やがて「うーん?」と唸っていたラノス様は、なんとか整理したらしい(どうやってかは見当もつかないが…)。見上げて苦笑いしているキリトを、ラノスは見つめた。
なんともいやらしい目線。それはキリトは逃げだしたくなるほどに粘りつくような視線。
「【ラノス・ファミリア】に入ったら、楽しみにしておいてくれキリト、ちゃん」
「む…っ」
初めから最後まで、キリトは顔を引きつらせているのだった。そして思う
『この神は苦手だ』と。
そのままラノスは踵を返して去っていくのだった。
バベルに着くと、なぜかそこには獣人の男性が立っていた。身長は2メートルは軽くある大きさ、その迫力にベルは押されてしまう。一方で、フィンさんとアイズさんは顔を引き締める。
「やぁオッタル、君の主神様に話があるんだけど、ちょうど良いね、いや、ちょうど良すぎるね」
「えっ?」
フィンの言葉にベルは呑み込めずにいた。アイズは黙ってオッタルを見据えている。やがてオッタルは歩き出した。
「お前達が来ることはわかっていた。あの方に通すよう言われている」
来ることがわかっていたことに驚きを隠せないベルだが、オッタルの後に続くフィン達にベルもついていくのだった。
『あー、あー、えーみなさん、こんにちは。今回の戦争遊戯実況を務めさせていただきます【ガーネーシャ・ファミリア】所属、レロス・オーレでございます。解説は我らが主神、ガーネーシャ様です!ガーネーシャ様、それでは一言!』
『俺が、ガーネーシャだ!!』
『はいっありがとうございましたー!』
闘技場では時間がくるにつれ一際賑わっている。
「おー、盛り上がっとる盛り上がっとる」
闘技場の席にやっとこさつけた一同はクタクタだった。
「もーどんだけ人多いのー!!」
「しばらくは人ごみは無理ね…」
そんなことをしゃべる双子に一同は苦笑いする。
「よ、よくもまぁ普通にしていられますね」
「私はもう心臓がばくばく言っています」
こっちは落ち着かない様子、それに口を開いたのはアスナだった。
「キリト君なら大丈夫だよ」
決して穏やかではない表情だが、アスナは真っ直ぐに前を向いていた。
「信じるしかないな、ベル達を、それにキリトを」
そんなアスナを見てヴェルフも前を見る。
闘技場に20人もの【ラノス・ファミリア】。そしてキリトが現れる。
冒険者が、酒場の定員が、神々が、全て者の視線がこの時『闘技場』に『鏡』に集まった。
そして、
『戦争遊戯ー開幕です!』
号令のもと、大鐘の音と歓声とともに、戦いの幕は開けた。