戦う定め   作:もやしメンタル

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26話《苦悩》

「あー戻ったかいベル君キリ…」

僕の後ろの項垂れる今はキリ子ちゃん状態の姿にみんなが固まった。アレシアさんは「誰?」と、この姿のキリトを知らないので首を傾げる。

「まさかベル君…そういうことを…」

「ちちち違いますよっ!?これにはわけがあってっ!」

「そういうことって?」

「嫌だから違いますってアレシアさんっ」

青ざめる神様達に必死で抗議する。確かにお風呂上がりに出てきたのがこの姿のキリトだったら誤解を招くかもしれないが…「問答無用ー!」と激怒する神様とリリに正座させられる。キリトに助けを求めようとするが、未だに激しく落ち込みながら部屋の端っこにしゃがみ込んで床を指でなぞっていた。これは自分でどうにかしなくては…。

「でどういう状況だい?ベルく〜ん?」

仁王立ちをし腕を組む神様がものすごく怖い…。リリもまた隣でまるで蔑むような視線を向けてきていた。ヴェルフは苦い顔をし、命さんと春姫さんはアタフタしている。僕は涙目になりながら抗議した。

今までのことを説明する。神様達の表情はみるみる真剣なものになっていった。

「この変化の原因は、間違いなくさっき話した闇討ちが原因だね」

「ということは【フレイヤ・ファミリア】が?」

「なんのメリットがあるのでしょうか?」

「キリトも今はLv明かしてないんだろ?」

「ヘスティア様はフレイヤ様とお知り合いなんですよね?何か心当たりはないのですか?」

「さぁね、フレイヤのすることなんて考えるだけ無駄さ」

リリとヴェルフが考え込んでいると、神様がため息をつきながら答えた。さっきといい、そんなにフレイヤ様が苦手なのだろうか?

そんなことを考えていると、パンっと神様は手を叩き切り出した。

「ひとまずヘルメスに伝えるのが先決だ。じゃあ問題の闇討ちを直接見ていたベル君と春姫君は一緒に来てくれ」

「は、はいっ」

「わかりました」

少々緊張している春姫さんの後に僕も返事をする。キリトを見ると苦い顔をしていた。大方アスナさん達にバレるのが嫌なのだろう。そう思ってから僕は一度息を吐いた。

僕がもっと強ければあの問題の人物を通すこともなかったんだ…。あの時自分はただ見ていることしかできなかった。あの1発目に狙われた時だって、キリトに助けてもらってなかったら死んでた。そんなことを思い、自分の不甲斐なさに腹が立った。

「ベル」

鈴のような声に呼ばれ僕は顔を上げた。どうやら自分は知らないうちに俯いていたようだ。

「どうかしたのか?」

様子がおかしく見えているだろう僕の顔を覗き込んできた。大変なのはキリトの方なのになんで心配をかけてるんだ。僕はキリトに頭を下げた。

「ごめんキリト。僕がもっと強かったら、アスナさんとかと歩いてればこんなことにはならなかったのに…っ」

顔を上げずに床を見つめ続ける。キリトには迷惑をかけてばかりだ、せっかく稽古して貰ってるのに何をやってるんだ。無意識のうちに手を握り締める。

「ベル」

二度目のかけられた声はさっきとは違い、低い声だった。

「だからって一人でダンジョンにこもったりするなよ」

「ーっ」

顔を上げると、キリトの顔は真剣だった。こちらをまっすぐに見据え、口を開く。

 

「強くなろうとすることと死に急ぐことは違うぞ」

 

これは過去の経験から学んだことなのだろう。

僕が何も言えずにいると、キリトは表情を変え笑って、僕の頭にポンっと手を押せた。

「たまにはお兄さんにこれくらいのことは言わせなさい」

ニッと笑うキリトに、みんなが苦笑いをした。

「ベルが強くなるのに焦る気持ちはわかる。俺もひたすら力だけを求めてたからな…」

どこか儚そうなキリトの声にまた俯きかけていた顔を上げると、微笑むキリトと目が合う。

「でも、一人で抱え込んでたらダメなんだ。それはお前が教えてくれたことでもなかったか?」

その言葉に記憶が蘇る。自分はあの時、只々必死でキリトに伝えようとしていた。『一人じゃない』と。

「もっと仲間を頼れよベル」

「ーっ!」

周りを見ればみんなが頷く。僕はなぜだか泣きそうになるのを抑え大きく頷いた。

「わかった」

それを聞き、キリトはニシっと笑った。僕もつられて笑った。

「よし、それじゃあ行こうか」

そんな僕達を見て微笑んだ神様が歩き出した。それに続いて僕達もヴェルフ達に手を振り後を追ったー

「ふんぬっ…!」

『えっ?』

「あ、あれっ?」

置いてあった二本の剣を持とうとしたキリトが固まる。

「も、もしかしてキリト…持てないの?」

「な、なんか凄く重い…」

 

 

* * *

 

…視線を感じる。

【ヘスティア・ファミリア】のホームを出てからの道のりはとても居心地が悪いものになっていた。俺は大きく溜息をつく。

この姿の時はまとう雰囲気が変わるのだという。その効果は絶大のようだった。

いや、もしかして俺が周りに敏感になってるだけで実際は俺を見てないんじゃないか?などと考え込んでいたその時ー

「お嬢さんっ、どうか僕と結婚してくださいっ!」

「へっ?」

いきなり目の前にやってきた男が左膝をつき、右手を差し出してきた。まさかの求婚…。

「えぇえええ!?」

やっと理解したキリトは完全に取り乱す。うしろを振り返りベル達に助けを求めるが、ヘスティア様は下手な口笛を吹きながら顔をそらし。ベルと春姫さんはアタフタしている。ダメだ、頼れない…。

そうわかるとキリトはガクッと首を折った。そしてどうにかしなければと口を開こうとした瞬間ー

「何やってんのあんたはーっ!」

「「えっ?」」

俺と男の声が重なり同時に声のした方向を見ると遠くから走ってくる女性が…。

「私がいながら浮気だなんて一生早いわー!」

「すすすすみませんでしたー!!」

顔色を変え、一目散に逃げていった男を女性が追いかけて行った。

一瞬の出来事に只々呆然とするしかない俺たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと着いた〜」

いくつもの視線を我慢し、やっとの事でホームに着いたのだった。

ドアノブを握る。しかしアスナ達に知られたくないという思考が未だ邪魔をする。「うむむ…」と停止していると

「ほらはやく開けてくれよ」

「えっ?ちょっ」

ヘスティア様に無理やり開けられてしまった。そしてすぐに見えた光景はというと…。

「げっ」

「ん?おーっ!?キリたんバージョンのキリトやないかっ!久しぶりやな〜っ!」

「うぐっ!」

瞬間的に飛びついてきたロキ様と、フィン、ティオナ、ティオネだった。その後ろには呆然とするアスナ達…

「えーっ!?どうしたのキリト君っ、自分から」

「うんうん、俺は嬉しいぞキリト。やっと自分の立場がわかってきたな」

「べ、別に自分からやったわけじゃ…って立場って何ですかヘルメス様っ!?」

ロキ様に抱きつかれたままに、腕を組んで頷いているヘルメス様に抗議した。

ヘルメス様の隣にいたアスフィが溜息をついた。

「これはまた何かに巻き込まれましたね」

「…ハイ」

これにはアスナもやれやれというリアクションだった。そのまま説明するべく、何故かロキ様達も一緒に部屋に入るのだった。

 

 

 

 

 

「いきなり姿が変わり、元に戻れない…。これはまたキリトならではのアクシデントだね」

「う…っ」

フィンの苦笑いに俺は何も言うことができず縮こまった。

「一番の問題は【ステイタス】無効果ということでしょうね」

手を額に当て疲労をにじませるアスフィに「スミマセン…」と謝るしかない。

剣を持とうとした瞬間、全く持ち上がらなかった時はせっかくのいい雰囲気が台無しだった。今は二本ともベルに持ってもらっている。そのベルはもう空笑いしかできなくなっていた。

「なんか面白いねっ!今だったらキリトを食べちゃうことも…あっでも今は女の子か〜…そだっ!キリトっまた私とお揃い着る!?」

「なーっ!?」

場違いにはしゃぐティオナが迫る。俺は逃れようと後ずさりするが、後ろは壁…。ああ、ダメだ…と思った時、前にアスナが入ってきた。助けにほっとしたかと思うとアスナは人差し指をピンと立て言った。

「そこはやっぱりワンピースよっ!」

「いやそういう問題じゃないからね!?」

鈴のようなキリトの声が盛大にツッコム。

「あははっ、冗談だよ〜」

「その割には顔がマジだったわよアスナ」

冷や汗ダラダラのキリトに微笑むアスナにティオネが横目で呟いきながらティオナを引っ張っていく。

「というか団長も真剣に考えてるんだからこっち来なさいっ」

「はぁ〜い」

「キリト達も」

「お、おう」

そうして向こうで話している中へ戻った。

 

「その闇討ちしたっていうやつはわかるのか?」

ヘルメス様の質問にヘスティア様が答える。

「断定はできないが、相手はLv5・6の冒険者。そんな子がいるのは限られてきて、結果的に…」

「【フレイヤ・ファミリア】ですか」

神様が言い切る前にフィンが口を開く。それにヘスティア様は頷いた。フィンはその小さな指を顎に添える。

「確かにそう考えるのがフレイヤ様には申し訳ないですが妥当でしょうね。まぁ、Lvを偽装していたりすれば話は別ですが」

「「偽装ねぇ」」

「は、ははは…」

フィンの言葉にヘスティア様とロキ様がヘルメス様を横目で見つめる。ヘルメス様は顔を引きつらせ、俺たちはそっぽを向いた。

「この前の話は嘘ではないだろうけど。本当は大方、ファミリアの位が上がるのを避けるためだろ」

「うっ」

「位が上がるとギルドに収める金がたこうなるからな〜」

「…そ、そうだっ、一応キリトの【ステイタス】を見ておいた方がいいんじゃないか?」

その場から逃げるようにヘルメス様が切り出し、俺へ歩み寄る。そんなヘルメス様にため息をついた後、ヘスティア様たちは頷いた。

「よしっじゃあ行こうキリトっ」

俺はそのままヘルメス様に腕を引っ張られていった。

 

 

 

 

 

ヘルメス様の部屋の中に入り、上の服を脱ぐ。そうして椅子に座った。キリトの透き通ったような細い背中が露わになる。

「それにしても、久しぶりに見たな〜その姿。相変わらず綺麗で…」

「殴りますよ」

「なーっ!で、でも今のキリトだったらなんとか…」

「今まで武術面での稽古に手を抜いてきたことはないので」

「すみませんデシタ…」

そう言い、ヘルメス様は俺の背中に、針で刺した指から一滴血を落とす。そのまま背中をなぞっていった。

「あっ!」

「っ!何かわかったんですか!?」

「キリトの肌が想像を絶するスベスベ…」

「やっぱり一発いっときますか」

「じょ、冗談だよっ!?ス、【ステイタス】にはそれといって変化がなかった」

そんなヘルメス様に溜息をつき口を開く。

「魔法ですかね」

「さぁな、何かのスキルかもしれないし。よしっ終わり」

進展が得られず落ち込みながら服を着、俺はドアノブを掴む。そしてさっきから感じていたことをヘルメス様に伝えた。

「お客さんみたいですけど、心当たりは?」

「へっ?」

そのまま俺はドアを開けた。

 

* * *

 

ヘルメス様がキリトを引っ張っていくのを苦笑いしながら眺めた。

「全くどうなることやら…」

「とにかく【フレイヤ・ファミリア】に…」

「あ、あのー…」

そこに申し訳なさそうに春姫さんが手を上げた。

「?、なんだい春姫君」

「さ、さっきから窓を叩かれている神様が…」

『えっ?』

そうして窓を見るとそこには…

「さっきから呼んでいるだろうっ!?」

叫ぶ神様が…。アスフィさんが窓を開ける。そうして上がってきたのは金髪の髪を肩まで伸ばした男神と汗をかき俯く黒髪を品良く纏めた美男子が。

男神はゼェゼェと息を切らしていたがロキ様達の冷めた目に気づきオホッンと咳払いをして無理に笑った。

「し、失礼。ヘルメスに話があるのだが…」

その時にちょうどヘルメス様達が部屋から出てきた。

「お、ラノスだったか。何か用か?」

対して驚いた様子がないことからわかっていたのか、ヘルメス様から切り出した。それにラノスと呼ばれた男神が前に出る。

「実はな…君に

 

 

 

『戦争遊戯』を申し出るっ!!そしてもしこちらが勝ったら”キリト君をいただく”!」

 

 

 

 

『…へっ?』

みんなの目な点になる。

「何を言っているのか分かっているか?」

「ああ、でも拒否権はないぞっ?なぜなら俺は知ってしまったからだ…。ヘルメス、貴様ギルドに隠していることが多くあるんだろう?」

それを聞きヘルメス様の顔が引きつる。そのリアクションにラノス様はニヤッと笑った。やがて「今はそんなことに構ってられないんだが…」とヘルメス様は頷いた。

「よしでは決まりだっ!とここで内容だが。正直、正々堂々だと話にならないだろう」

「よく自信満々に言えるな」

「だから!そっちからは”キリト君一人だけと我らがファミリアの子達と”戦ってほしい!」

 

『…はぁああああああっ!?』

 

「これなら公平だろうっ!」

一瞬全員が犯人はラノス様かと思うが思いとどまる。それはありえない。つまり…

 

「何てタイミングが悪いんだ…」

 

これには項垂れるしかない。

現在ギルドにキリトはLv4として報告してある。そのキリトと、20人程のこの【ラノス・ファミリア】全員でかかればなんとかなる…ということなのだろう。いつもならそんなことへでもないだろうキリトだが今は状況が違う。しかし、ヘルメス様たちはそれを言えずに唸っている。何故ならここでキリトの【ステイタス】がないに等しいことを教えれば、一気にキリトの身に危険なことが相次ぐだろう。かといってこの『戦争遊戯』を断ることも…。

やがてヘルメス様は大きく溜息をついた後、答えた。

 

「わかった。受けるよ」

 

* * *

 

「だから悪かったってキリト〜」

「いいんですよ。どうせ自分はファミリアの情報>自分ですから」

「確かに酷いですよねヘルメス様。キリト君がどうなってもいいんですかっ?」

「だから話を聞いてくれ」

あれから、ラノス様が帰った後、ずっとこんな調子だった。

「あの、このままいっても正直キリトに勝ち目はないんじゃないですか?」

僕が質問すると。フィンさんが口を開いた。

「だから、我々の出番というわけでは?ヘルメス様」

「ご名答」

言おうとしていたのかフィンさんの言葉に乗っかるヘルメス様。それにみんなは首をかしげた。

「私たちの出番ってどういうことですか団長」

「我々がキリトの力を元に戻す」

「つまりは【フレイヤ・ファミリア】に向かってほしいんだ」

フィンさんの後にヘルメス様が続く。その言葉に僕は目を見開いた。

「【フレイヤ・ファミリア】って、本気?」

「何も戦いが全てじゃないだろう。まーでも向こうが従ってくれない時は頼みたいけどね」

「うへぇぇ…」

それぞれが険しい顔をする。場の空気はいいものではなかった。アスナさんはもちろん行く気のようだったが周りの空気に焦りの顔を浮かべていた。

 

「僕やります」

 

「っ!?」

「ベル君っ?」

気付いた時には僕は宣言していた。みんながこちらへ視線を向ける。

「正気かい?」

「だって、これで負けたらキリト。ラノス様に連れて行かれちゃうなんて、そんなの嫌ですっ。僕、これからもキリトとけい…じゃなくて、一緒にいたいんですっ!」

「わ、私もベル様の意見と同じでございますっ!」

「ベル〜っ!春姫さ〜んっ!」

力のこもった僕の演説にキリトは涙目になりながら、まるで拝むのような目で見つめてきていた。僕と春姫さんはその顔に笑いかける。アスナさんも「ありがとー!」と僕達の手を握るのだった。その光景にフィンさん達は溜息をついた。

「仕方ない…。ロキ、いいかい?」

「まーウチもあんな奴にキリト渡しとーないしな」

「団長が言うのなら」

「よーしっ。久しぶりに頑張るぞー!」

それぞれが腹をくくったのだった。

僕と春姫さんの前に神様が歩み寄る。

「まったくキミ達は…」

「えへへ…」

「すみません…」

「まーボクも同意見だけどね。でも、春姫君もだけど特にベル君は用心してくれよ」

「?、わかりました」

「フレイヤに見とれるなんて許さないからなっ!」

「は、はいっ!?」

最後はすごい勢いで顔を近づけながら念を押す神様に僕は押され続けるのだった。

 

「じゃあ、『戦争遊戯』は3日後だ」

「フィンー、アイズ達も呼んでいいよね?」

「そうするつもりだよ」

「キリト君頑張ってねっ!」

「なんとか逃げ切ってみるよ…」

「【ヘルメス・ファミリア】の恥にだけはならないでくださいよ」

「なんかアスフィ冷たくないかっ?」

「こんな騒動をまた持ってくるのがいけないんですっ!」

「す、スミマセン…」

「まあまあ、そう言ってくれるなよアスフィ」

「ヘルメス様もすぐに折れすぎですっ!」

「す、スミマセン…」

そんなこんなで作戦が決められていくのだった。

 

* * *

 

暗闇の中、『美の女神』は微笑む。

「ねぇオッタル。ロキの子達も一緒だけど、あの子が来るわ」

そう言い背後に立つ獣人の我が子に話しかける。その声は、まるで明日に迫った遠足の話をするかのようだ。

「予定通りです」

「ええ、これで久しぶりに…

 

あの子に”試練”を与えられるわ」

 

そうして【ヘルメス・ファミリア】にいる白髪にルべライトの瞳の姿を眺め。もう一度微笑むのだった。

 


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