戦う定め   作:もやしメンタル

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25話《アクシデント》

「そっか…、そんなことが」

「なんだか素敵ですね…」

 

誰にも話していなかったことなのに、何故か今普通に喋っていて自分に驚く。

2人は話を聞いた後、優しく微笑んでクローバーを見つめる。俺もつられてそこに目を向けた。

枯れて色が落ちてしまったているが。それは自分にとって一生忘れることのないものになっていた。このクローバーを見ると辛くなったりもするが、昔から俺はどうしてもこれを捨てることはできなかった。

 

* * *

 

話が終わった頃は未だ霧の晴れない天気となっていた。

「今日は霧が晴れないね」

「もうすっかり朝だと思うのですが…」

「そうだな…。まーいいっ、どうせなら途中まで送ってくよ。そのままダンジョンに行くから」

そうして僕らは、また外に出るのだった。

 

「だいぶ濃いなー」

「うん。春姫さん、気おつけてください」

「はいっ。…っ!あ、あの…、じゃあ…ベル様…」

「はい?」

急にモジモジとしだした春姫さんに僕とキリトは首を傾げて振り返った。

春姫さんはその後俯いていたが、やがてかおを赤くしながら僕と目を合わせた。

「その…、霧が深いのでっ逸れないように。手を握りまりませんかっ!?」

「い、いいですけど」

「ほ、本当ですかっ!?」

「ははん、そういうことか〜」

「?、何が?」

僕が未だにキョトンとしながら答えると、春姫さんは満面の笑みになった。そうしていると隣でキリトが手を顎に添えながら何かニヤニヤとしていた。僕が尋ねると「べ〜つに〜」と答えてくれなかった。

そうしてよくわからないまま、僕は春姫さんの手を握る。春姫さんは一瞬ビクッとしたが、すぐに遠慮がちに握り返し頬を染め、笑った。僕はその顔にドキッとしてしまう。

「おーいベル。想い人はどうしたんだ〜」

「う…っ!」

そうしてワイワイと話しながら歩いていく。気づけばそこは人通りの少ない道並みとなっていた。

すると今までニヤニヤとしていたキリトが表情を変えた。そのまま足を止める。

「…キリト?」

目の前の少年の顔には見覚えがある。そう、戦いの最中、あるいは前に見せるものである。いつも飄々としているキリトの豹変に一気に場の空気が変わった。

第1級冒険者であるキリトが知覚した何かに僕らも立ち止まった。

キリトが前方を睨みつけながら低い声音で告げる。

「誰だ、あんた」

「「えっ?」」

人がいるなんて全く気がつかなかった僕と春姫さんは動揺する。その中キリトは只々前を見据えていた。

やがて、霧の向こうから、影を払って何者かが歩み出てきた。

その姿はフードを被っていて、性別さえ分からないほどだ。そのフードは暗色で、身長は170ほど。いきなり現れたのは魔法だろうか。

その人物は歩を止めず。約二十Mほどの距離を残して、おもむろに。

トンッ、と石段に軽い音を鳴らして、かき消えた。

「ー」

次の瞬間、一つの影が僕の目の前に現れていた。

至近距離。

一瞬で食われた間合い。とんでもない『敏捷』能力。

目も、反応も振り切られた。

暗色のフードをなびかせ。携えた槍を静かに打ち出そうとする。

時を凍りつかせたまま、僕の脳裏に死の文字がよぎった。

「ーッッ!?」

「!?」

直後、真横から伸びたサーベルが目の前の相手を弾き飛ばす。

神速で抜剣された漆黒の剣が、とっさに構えられた槍をとらえ、盛大な火花を散らした。

時間を取り戻す。どっと汗を吹き出させる僕は、ようやく一連の攻防に唖然とすることを許された。

離れた位置に着地する相手に対し、剣を抜いたキリトは無言で一歩踏み出す。

次には両者疾走し、激突した。

「はぅっ!?どうなっているのですかっ!?」

慌てふためく春姫さんの声が響く中で、凄まじい剣戟の音がそれを塗り潰す。

速過ぎる!?

槍の軌道が、剣と思しき斜線の数が。

追えない、全然追えない、動きが全く捉えられない!

僕と春姫さんを取り残し、黒い影と漆黒の輝きが何度もなんども交差していく。

「ーっ」

その時。

キリト達が交戦する頭上で、四つ、小さな影が宵闇に揺らめいた。

人家の屋上に出現した影がたちは音もなくその場を飛び降りる。

剣、槌、槍、斧。

剣呑に輝く四つの獲物が、キリトの真上から急激する。

「キリト!?」

僕が叫ぶのとキリトの動きがブレるのは、同時だった。

フードの人物を一旦なぎ払い、直上より飛来する都合四つの奇襲を、大振りの斬閃一つで、まとめて叩き落とす。

とんでもない金属音が轟き渡り、僕の目はあらん限り見開かれた。

「ちッ……化物が」

間合いを置いて、フードの、今の声からして男が吐き捨てるように言った。

「……」

四人ともフードを纏っており、彼の仲間と見てまず間違い無い。

前方からキリトを囲む彼らは、間をおかず容赦無くキリトを挟撃した。

「ど、どうしますかベル様っ」

より一層慌てる春姫さん。

今の僕では到底叶わない身体能力を誇る五人の男達。恐らくは第一級冒険者を名乗ることを許された冒険者達は、それぞれの武器を振り回し並外れた連携を披露する。

そしてそんな第一級冒険者達の波状攻撃を、たった一人で凌ぎきる、漆黒の少年。

回避を用いないキリトの剣の動きは神がかっていた。

一本の剣が幾重もの攻撃を弾き返し、時には返しの刃となって相手の体を断ち斬ろうとする。あの相手に対して二刀流を使わずに戦っている。

あれが、【黒の剣士】。

視認することが叶わなくても、残像を残すその剣筋から、遥かかけ離れた高みを感じ取ってしまう。

次元が、違いすぎる。

(……ば、馬鹿!)

場違いなショックを受けていた僕は、はっと肩を揺らしそれまでの思考を放り投げた。

間抜けな面を晒してなにやってるんだよ!今はやらなきゃいけないことがあるだろう!?棒立ちしている暇があったら、キリトを助けなきゃ……!

「はぅっ!べ、ベル様!?」

「!?」

そうしてキリト達のところに向かおうとした時。動揺する春姫さんの声が。振り返ると、そこにはもう一人影が…

「しま…っ!」

僕らを飛び越えていった。

そして交戦を続けるキリトの背中に

右手を押し当てた。

すると周りの五人の動きが止まる。そしてそのまま姿が消えていった。

「また魔法…!?」

気付いた時にはもうその姿はなかった。

「キリトっ!」

「大丈夫ですかキリト様っ!?」

「…ああ」

剣を左右に振り払い鞘に収めたキリトが前方を見つめたまま声だけを返す。

あの時一人の人物がキリトに手を当てた時に何かをしたのかと思ったが、なにも異常は無いようだ。

「なんだったんだろう、今の…」

「闇討ち、でしょうか?」

「キリト、闇討ちされる心当たりある?」

「ん?よくあるぞ」

「「えっ!?」」

飄々と答えるキリトに僕と春姫さんは動揺を隠せなかった。

「や、やっぱりそれくらいになるとあるものなんだ」

「Lvは嘘こいてるのになー」

「はあぁぁ…」

「はぅっ」

笑い飛ばすキリトに、僕は溜息をつき。春姫さんはアタフタした。

「まっ、さっさと行こう。また来たら嫌だしな」

「うん、そうだね」

「わ、わかりましたっ」

そうして僕と春姫さんは未だ動揺を隠せない中、また歩き始めた。

「あの様子だと、あの人たちの狙いはキリトだったのかな?」

「うーん判断するにはまだ早いがな」

「あのっ、一度ヘスティア様に話した方が…」

「そうだな、はじめに狙われたのベルだし」

「キリトのことだって言うよっ」

「えっ、俺関係なく無いか…?」

「あるよ!」

「ありますっ!」

「うっ…!?」

キョトンとしたキリトに僕と春姫さんが詰め寄るとやがて、「わかったよ…」とキリトは溜息をつき承諾した。

こうしてキリトの行き先も【ヘスティア・ファミリア】となった。

 

* * *

 

何故だか俺はベル達と一緒に【ヘスティア・ファミリア】の前に立っていた。そしてそのまま中に入る。

「おーベル君、春姫くんおかえりー…ってキリト君?」

はじめに出迎へに来たのはヘスティア様だった。

今日はバイトがないのだそうだ。

「どうしたんだい?一体」

首を傾げるヘスティア様にベルが前に出た。

「あの、神様っ。話したいことがあって」

「…ムッ、わかった。まずはあがってくれ」

「ありがとうございます」

ベルの様子から表情を変えたヘスティア様は真剣だ。

はあぁぁ…ヘルメス様だったら”面白そうなことみっけたっ”みたいにニヤニヤすることだろう…

そんなことを考えて首を折る俺に三人は首を傾げた。

 

中に入るともうみんなが勢ぞろいだった。春姫さんは仕事に戻ると言って行ってしまったが。

「おっ、キリトじゃねーか」

「どうしたのですか?」

「いや、ちょっとな…」

そう言ってベルと目を合わせる。同時に頷いた。

「ヴェルフ達にも聞いてほしいことがあるんだけど」

「おう、構わないぞ?」

そうして俺たちは立ち話もなんだからと椅子に座った。

「それでなんだい?話って」

「はい、実は今日。帰りに一回【ヘルメス・ファミリア】によってから、帰ってきたんです」

「ヘルメスのところに?なんで?」

「それはー」

「大したことじゃないんです!はい!!」

答えようとしたベルの言葉を遮り、大声を上げる。英雄の本を見せるためなんて、絶対聞かれたくない!

「そ、そうか。ならいいんだが…。で、それでどうしたんだい?」

俺の勢いにみんな驚いているようで(アレシアは黙々とアイスを食べているが)、恥ずかしいことになってしまい俺は縮こまる。そんな俺を見て、ベルが説明する。

「それがその帰りに、闇討ちのようなものにあったんです」

『えぇぇぇっ!!』

一同が一斉に立ち上がり驚愕する(アレシアは未だにアイスに夢中)。それに俺とベルはビクッと肩を揺らした。

「なんで!理由はなんなのですか!?」

「理由はよくわから無いんだけど…」

「その時のことをもっと詳しく聞かせてください!」

「う、うん…」

そしてベルはその時のことを話した。第1級冒険者五人を相手取っていた俺に呆れと驚きの混ざった顔が向けられる。俺はどんどん小さくなっていった。話し終えると一同が考え込む。

「キリト様の背中を触ってということは、やはりそうすることが目的だったのでしょうか…?」

「でも、キリトはどうもしないんだよな?」

「ああ…」

「それに1発目はベルに向けられたんだろ?」

「う、うん」

「しかし、キリト殿の情報が第1級冒険者としか知らなかったら、実力をはかるためというのもあります」

「二人とも第1級冒険者だったら意味のないことだと思いますが」

「そ、それもそうですね…」

「う〜ん、さっぱりだな。やっぱりただの闇討ちか?」

その後も色々と話し合うが決定的な理由にはならなかった。

「でも、どちらにせよ第1級冒険者がいるファミリアは絞られるんじゃないかな」

そう俺がぽつりと言うとみんながバッとこちらを向く。

「それもそうだ!何と言ってもキリト君の背中を触ることができたほどだ!」

「Lv5か6くらいはあるかもしれませんね…」

「まず【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】は除外するとして…」

「残りは…」

『【フレイヤ・ファミリア】』

そう言ったヘスティア様は何故だかとても苦い顔をしている。何かあるのだろうか。そう思っているとヘスティア様が呟いた。

「やっぱり、ベル君が関係しているのか…?」

『えっ?』

「やっぱりってなんでですか?」

「えっ!?あ、いや!なんでもないんだ!」

ベルが尋ねるとヘスティア様は取り乱しながら、首と手をブンブンと振った。

俺たちは首を傾げたが、このままでは拉致があかないので一旦話し合いは切り上げられた。

「じゃあ、とりあえず俺帰ります」

「そうか、気おつけて…って言ってもそんな心配いらないかな」

そう言って俺は部屋のドアを開け…

その時、初めてアレシアが口を開いた。

「ぶつかる」

『えっ?』

「はぅぅぅっ!!?」

「えっ?」

バッシャーンと瞬間に倒れこんできた春姫さんを避けることができず、俺はそのまま春姫さんが盛大にぶちまけたお茶を浴びたのだった。

 

* * *

 

「すみませんっすみませんっすみませんっ!!」

「だ、大丈夫ですから春姫さん」

何度も高速で頭を下げる春姫さんにキリトは苦笑いしながら言った。

状況はこう、

キリトがドアを開ける向こうで、春姫さんはドアノブをつかむ前につまずいていた。本当ならドアに衝突するところだが、そのままドアが開き、目の前にキリトが…。ということらしい。

それを予知したアレシアさんって…。

避けることはできただろうがそのまま春姫さんを支えるために動けなかったキリトは、今は全身びしょ濡れだった。

「まったく気おつけてくれ春姫君っ!」

「はぅっ!す、すみません!」

「アレシア君はいつわかったんだい?」

「キリトが帰るって言ったあたりから」

「じゃあ教えてくれよっ!?」

「わかった」

そして、神様による説教が始まろうとしていた。

「だから大丈夫ですからっ、こんなのかえって着替えればすむことだし」

確かにこんな程度じゃ風邪はひかない…とは思うけど…。

「じゃあキリト、お風呂に入っていってよ」

「えっ?」

「そうですね。ちょうど朝風呂のために入れておいたお湯がありますし」

その言葉に神様もこちらに振り向いた。

「そうだね、じゃあついでにベル君も入っておいで」

「…はい、じゃあキリトこっち」

「あ、ああ」

朝の稽古でボロボロの僕は、いつもはダンジョンに行くから入らないお風呂へとキリトと向かった。

 

 

 

 

「へぇ〜っ、綺麗で広いなっ」

「お風呂には拘ったみたいだよ」

お風呂に入ったキリトは感嘆の声を上げる。その後に続いて入った僕は答えた。

そのまま二人でも十分余裕のあるお湯に浸かる。ちょうどいい湯加減がボロボロだった体を少し傷がしみるけど癒してくれた。

「「はあぁぁ…」」

同時に力の抜けた声が重なる。僕らはそのまま目を閉じた。

少し経って僕は体を洗うため、立ち上がった。キリトは目を開ける。すると、僕の体を見ていった。

「…ベル、傷だらけだな。なんか、スマン…」

「そ、そんなっ!僕が頼んだことだしっ!それに全部キリトがつけたのじゃないからっ!」

謝罪してくるキリトに僕は首と手をブンブン振った。

そうしてシャワーを浴びる。キリトはまだお湯の中だ。

そして洗い終わりキリトの方に振り返った…

「キリ……。ちょっ!えぇっ!?うわあっ!!?」

「っ!?ど、どうしたんだよっ!?」

あまりの驚きに足を滑らせ盛大にこけた。その音で目を閉じていたキリトは起き上がる。

「わーーっ!!お、起き上がらないで!!」

「えっ?なんで?」

「っ!?わ、わざとじゃないのっ?」

手で顔を隠しながら尋ねる。

「わざとって何が…って、えぇぇぇっ!?」

僕の言葉にまた尋ねようとしたキリトは自本の体を見下ろして、大絶叫した。

そう、今キリトはキリ子ちゃん状態なのだ。

「な、なんじゃこりゃーーっっ!!?」

そうして顔を赤らめるキリト改めキリ子ちゃん。

その姿を一度はっきり見てしまった自分の顔も真っ赤だった。

久しぶりに見たあの肌、お湯で濡れ体に張り付いた黒髪が少しばかり色っぽい。体はこれ以上ないほどの美しいラインを描いていた…

って何を思い返えしているんだっ!!

「と、とにかく元にと戻ってよっ!」

「……」

「ん?キリト…?」

「戻れない…」

「は?」

「体が、戻らないんだ…」

「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」

そうして顔を真っ青にするキリト、大絶叫を上げる僕はどうすることをできなかった。

 

 


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