「わぁ〜っ!話には伺っておりましたが、キリト様のお部屋は凄いですね〜っ!!」
「僕も初めて見たときは興奮しちゃいましたっ」
「……って」
自分の部屋で大はしゃぎする2人に、キリトは溜息をつくのだった。
「なんでこうなったんだ…」
事の起こりは数十分前…
「ところでキリト様は何故英雄譚が好きでいらっしゃるのですかっ?」
「え、」
それは俺とベルの稽古について来た春姫さんの質問からだった…。
なぜ稽古のことを知られているのかというと、つい三日前、稽古の終わりに偶にはとベルとジャガ丸くんを食べに行った時
「いらっしゃい…ま…せ?」
「「……っ!?」」
すっかり朝になっている時間帯。ジャガ丸くんの店員さんはヘスティア様がやっていたようだった…。
俺とした事が…失態だ…。
ヘスティア様は隣のおばさんに「少し抜けさせてくれないかい」と言って、ビクビクしている俺らへと歩んできた。
「あ、あの神様っ。これはですね…」
「まずあっちに行こうか?」
とベルの抗議を無理やりに遮り、人通りのいない路地裏を指差す。
その言葉に俺らは断る事などできないのだった。
「で、どういう事だい?」
顔はニコニコとしているが何故かものすごく怖い。俺たちは神の前ではごまかせない事はわかりきっているし、何より怖いので正直に話した。
「なるほど…。あのバレン何某にねぇ…っ」
今度はあからさまに怒り出している。その長いツインテールがウネウネと逆立ち始め、後ろには黒いものが出てきている…。
俺たちが冷や汗をかきまくる中、最後に大きな溜息をつき、ヘスティア様は目を閉じた。
「まー、キリト君に習えるならありがたいしね。バレン何某とやってないだけよしとするか…でもっ!」
「「は、はいっ!」」
「今まで隠してやってきた事は感心できないねっ、これはしっかりヘルメスにも話しておくっ!」
「はい…」
ヘルメス様よりもアスナ達の方が怖いな…。などと考えながら当分の間、叱られるのだった。
そんな訳で稽古の事を知った春姫さんが1日だけ見学したいと申し出てきたらしい。ベルは情けないところは見られたくないと思っただろうが、目を輝かせてお願いする春姫さんが頭に浮かぶ…。きっと断れなかったのだろう。
そのようにして稽古に来ていた春姫さんに尋ねられた質問に言葉が詰まった。
「確かに、僕は祖父に話してもらってたからで、春姫さんは外に出られない中で読んでたんですよね?」
「はい、たまに命様達が来てくれましたが、だいたいはそれくらいしか楽しみがなかったものですから」
そこまでいくと、2人の視線が俺に向けられた。
「お、俺は…、その…。近くに住んでたジイさんが、よく俺とサクに話してくれたんだよ」
「そっかー!」
「それは羨ましいですねっ!」
そう言って盛り上がってしまうこの状況に溜息が出た。
「あの〜、それで…キリト様。お願い事がございまして…」
そんな中、春姫さんが言いにくそうにもじもじしながら切り出してきた。
「?、なんですか?」
「…っ、あのっ!私もキリト様のお部屋に伺ってもよろしいでしょうか!?」
「えっ?……えぇえええええっ!?」
予想だにしなかった願いに仰天してしまう。でもよく考えたら春姫さんも好きなんだよな…。
プルプルと震えながら精一杯言い切ったという様子の春姫さんに断る事もできず、俺は頷いてしまうのだった…。
と、説明が長くなったが、そんな事があり今こうなっている…。
早速春姫さんは目を輝かせて本を漁っている。(何故かベルまで…)
「っ?キリト様これは?」
「あっ、春姫さんっ!」
初めてベルが来た時にも聞かれた質問。一冊の本に挟まっている三つ葉のクローバー。以前の俺の反応を知っているベルはアタフタしている。確かに、あれに少しでも触れられるのは気持ちのいいものではないが、過去から少しは乗り越えられた今なら普通に答えられた。
「ああ、貰い物だよ」
俺の返しにベルはキョトンとしているが、春姫さんも別の意味でキョトンとしている。
「貰い物、ですか…?」
春姫さんの持つクローバーを眺め、思い出す。
あの時の事を…
* * *
「うーん…」
「あー!全然見つからん!」
「ほらキリトっ口より手を動かすっ!」
「こういう時には張り切っきゃってさっ…」
「何か言ったっ?」
「何でもないデス…」
俺とマリーはサクがいないのを見計らって、いつものくつろぎ場より少し奥に入った場所であるものを探していた。それはサクの誕生日に渡すための四葉のクローバーだ。と言っても、『どうせ暇なんだからちょっとつら貸しなさいよ』というカツアゲのような誘われ方をして連れてこられたまでだ。
「…なかなか見つからないもんだな…」
「そういえば、ここら辺全然四葉ってないわよね…」
探し出して一時間近くは経つ、だが一向に見つからなかった。
「はぁー、なーマリー。やっぱりパイにしようぜ、美味しいしよー」
「あんたが食べたいだけでしょっ。……、このまま諦めてたまるもんですかっ!」
そうして探すマリー気づいたらもうドロドロだ。それでも頑張るのは今年から学校に入ってこようとしているサクへのお守りのためなんだいう。
「じー……」
「な、なによ…」
「いやー、愛のパワーはすごいなと思って」
「ばっ!そ、そんなんじゃないわよっ!」
そう言いながら真っ赤になった顔を背け作業に戻るマリーをもう一度笑ってから、俺も作業に戻った。
この作業は5日前から始めている。この国では四葉なんてものは見つけたら奇跡とまで言われるほど珍しいものだ。実際に俺はもうヘトヘトだった。
「なぁマリ〜」
「ダメよっ!」
そうしながら今日も日が傾き始めているのだった。でも今日はいつもより粘る。理由は、その肝心のサクの誕生日は明日だからだ。
必死なマリーの横顔を見て、俺も気合いを入れ直した。
「み、み、みつけたーっ!!」
「えっ!まじか!?」
それはもう、日が傾いて暗くなってきた時だった。ドロドロのマリーがクローバーの中から勢いよく飛び出した。その片手には四葉のクローバーがしっかりと握ってある。
「おー!やったじゃねえか!」
「ええっ、本当にありがとうキリトっ」
「まー俺はなにもしてないけどねっ」
「ふあぁ…。なんか見つかったら急に眠くなってきたわ…」
「じゃあ、おひらきにするか」
「ええ、おやすみキリト」
「ああ、おやすみ」
二人はヘトヘトになりながらも四葉のクローバーを見つけたのだった。
「ふっふふーんっ!」
「おや、マリーちゃん。今日はやけに機嫌がいいね」
「あ、おばさんおはようございます」
「何かあったのかいっ?」
「ふふふ」
そうしていつも以上のご機嫌でケーキ屋の仕事を手伝っているのだった。集合時間は午後1時だ、あと30分にまで迫ったのでもう家を出ることにした。
そのまま軽い足取りでいつもの場所へ向かったていく。
そして、街を出てすこしした時だった。
「おい。お前が持ってるのって四葉のクローバーではないか?」
「ーっ!」
振り返るとそこにはこちらを見てニヤニヤと笑っている3つ年上の男子が3人立っていた。
その格好はそれぞれが高級そうなものばかりだ。理由はこの街には言ってしまえば貴族のような位と、庶民がいる。庶民であるマリーたちは、苗字をつけることができないが一部にくらいの違う苗字を持つものがいるのだ。この3人もその分類で、ことあるごとに庶民であるマリーをからかうのだ。すると真ん中のレオスが口を開いた。
「四葉のクローバーだよな」
「はい、そうですが…」
マリーは嫌な予感が体を突き抜ける。でもここで逃げるなど庶民としては許されない。マリーは手に持つクローバーを強く握りしめた。
「四葉なんて初めて見たぞ。お前、どこで盗んできた」
「ぬ、盗んでなんかいませんっ!」
「嘘だな。そんな珍しいもの、お前のようなチビが見つけられるわけがない」
「盗んだものは募集しなくてはな」
「ちょっ、はなっ!」
レオスの両隣にいたムハロスとサリルがマリーを捕まえる。街の外は誰もいない。年上の、しかも男子の力に抵抗という抵抗ができずに手に握っていたクローバーが取られた。そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。
「か…っ、返してっ!」
「あん?なんだその口の聞き方はっ」
「うぐ…っ!」
ツインテールに縛った髪の片方を無理やり持ち上げられる。それでもマリーは顔を歪めながらもレオスの腕を掴む。
「返し、なさい…!」
「なんなんだ、こいつ…っ!」
そうしてレオスが腕を振り上げた
「マリー!」
「おいマリー!」
少し遠くから声がしてきた。レオスたちは軽く舌打ちをし、その場を後にするのだった。
マリーは座った体制で俯き続けた。マリーを呼んだ2人。キリトとサクは草や泥で汚れたマリーに駆け寄った。
「どうしたんだいマリー!」
「ちっ…またあいつらか…!」
両肩をつかんで心配するサク、なにがあったのかを悟って珍しく怒るキリト。その2人を見た瞬間、涙が溢れてしまった。
いくら気が強くてもまだ10歳になったばかり、あの3人組はマリーにとっても恐怖だった。
「ぅ…っ、ごめん…キリト…サク…っ、クローバー、取られちゃった…っ」
そう言って謝る少女にサクは言った。
「ありがとうマリー。君のことだから、最後まで取り返そうとしたんだろう。それでもう十分だ」
「…っ、でも…っ」
「あっ!」
そんな中、キリトはふと思いついた。そして走り出す。サクとマリーが不思議そうに眺めていると、キリトは帰ってきた。手には3つの三つ葉のクローバーが。
「よく考えたらさっ、俺たち3人で三つ葉のクローバーにピッタシじゃん!」
「「はっ?」」
わけが分からず2人の声が重なる、そして次には。
笑っていた。
「はははっ!理屈が無茶苦茶すぎないかキリト」
「ふふふっ、まったく…相変わらずね…っ」
「な、なんだよー。いい考えじゃん!」
「ははっ、まーそうだね、確かに僕らには三つ葉のクローバーが似合っている」
「だろっ、だからさ!これはサクだけにあげるんじゃなくてみんなで持ってようぜっ!」
「ふふっ、それじゃあプレゼントじゃなくなるじゃない」
「ふえっ?あ、そうだな〜じゃあ、ほいっ」
「えっ?」
そう言ってキリトはマリーの手へクローバーを手渡した。
「これは俺からマリーへのプレゼントだ」
そうしてキョトンとしたかおのマリーにクローバーを握らせる。察したのか今度はマリーがサクに手渡した。
「じゃあ私からはサクにプレゼントするわっ」
「な、なるほどね」
なんとなく理解したサクはキリトにクローバーを差し出した。
「キリト、僕からのプレゼントだ」
そうしてそれぞれにもらったクローバーを見つめ、そしてまた笑いあうのだった。
これはもう、プレゼントというより…そう、仲間の印のようなものだった。