「はぁっ、はぁ…っ」
目の前がふらつく、今もなお走り、戦い続けている第1級冒険者達は全くペースを落とさない。
ここで実力の差が大きく開いたのだった。集中力、スタミナ、何もかもが違いすぎる。前で戦う背中がとても大きなものに見えてしまう。
「くーっ!」
またもやモンスターが大量発生し、困難を招いていた。
瞬間、光の線が走った。モンスターが一気に吹き飛ぶ。僕らは呆然とそれを眺めていた。その原因は、キリト…
「一気にカタをつける!」
そう言った後「一旦抜けるぞ!」と地面を蹴りつけた。
その跳躍で一気に飛ぶ。「なっ、キリトっ!」アスフィさんの言葉より早く、駆け出す。アスナさんがため息をつくのが聞こえた。それからのキリトは他とはまさに次元が違った。その一振りはモンスターを蹴散らし、ダンジョンを揺らす。その勢いはこちらまで届いてきていた。その動きは殆ど目で追えるものではなかった。
これがLv7、いや、キリトの実力…
一気に戦況が変わったのだった。
* * *
「う、嘘…」
「ホントに来ちゃったよ…」
「い、行けるもんねー…」
「は、ははは…」
僕らは今、ある扉の前にいる。石造りのとても巨大な扉だ。
現在、64階層…。
キリト達、第1級冒険者の力は凄まじいものだった。
命からがらな部分もあったけど、こうしてここに立っている。
この扉を開ければ65階層。僕達はアレシアさんを見つめた。彼女は口を開いた。
「ここの扉は、十人の血液が必要。それがなければ扉は開かない」
「十人の意味がやっとわかったな」
「じゃあ、早速やろー!」
「はい…って、十人の血液ってことは、一緒に来てもらうのは九人でよかったんじゃないですか?」
「私じゃダメ」
「えっ?」
「おっ!ここに垂らせばいいのかな!」
僕とアレシアさんの間で交わされた会話は他の人には聞こえていない。僕は今の発言はどういうことか気になったがドアの前に立った。
ドアには10個の穴のようなものがある。きっとここに垂らすのだろう。自分の親指を噛むと、血が滲んだ。それぞれがほぼ同時に穴に血を垂らした。すると
「おわっ!?」
いきなり地面が揺れたかと思えば、それはドアが開く振動のようだった。その光景に力ずくじゃ絶対に無理だなと理解する。
そして僕らは中に入ろうとー
「待って」
不意にかけられた言葉にみんなが振り返る。その声の主のアレシアさんは前に出た。
「あなた達を呼んだのはこのドアを開けるため。もう関わらないほうがいい。みんな
逃げて」
『えっ?』
その瞬間、先ほどとはまた違う揺れが起こる。今度は本当に地面が揺れている。すると突如ー
『グルァアアアアアッッ!!!!』
「なっ!?」
「あれはっ!」
「竜…っ!?」
それぞれが獲物を構える。みんなの顔が厳しくなった。
竜のエレラルドの鱗はたやすく攻撃ができるものではないだろう。ギラギラと輝く目は、それだけで震え上がりそうになる。鋭い歯をむき出しにし吠えたてる。そして何と言ってもサイズだ。ゆうに十Mはいくだろう。その姿を見ただけで相当なモンスターだ。
「もう、頼みごとは済んだ。帰っていいよ」
「えっ!?もしかしてアレシアさんっ、会いたい者って…!」
「うん」
全員が驚愕する。キリトを除いた全員が…。
「初めて会った時から思ってたが、あんた
人間じゃないな」
『グルァアアッッ!!!!』
その瞬間に竜が襲いかかってきた。
全員回避する中、キリトはその攻撃に迎え撃つ。剣とヒズメが激しくぶつかり合い、火花が舞った。
キリトが僅かに押され、足で床を激しくこすり火花を散らしながら、キリトが後ろへ飛ばされた。
「嘘…っ!」
「ちっ、これはキツいわね…っ」
キリトに互角、もしくはそれ以上の竜の戦いぶりに、みんな動揺を隠せない。
竜の咆哮が響いた。
その時
「えっ!?ア、アレシアさんっ!?」
僕の隣から前に出たアレシアさんは、そのまま前へと進む。そしてドラゴンから五M離れた場所で立ち止まった。その片手を前に突き出し、その手から
紅蓮の炎を吹き出した。
「ーっ!!」
今までよりも威力のある爆発が起きる。だが…
『グルァアアッッ!!!!』
爆炎が吹き飛ばされ、ダメージなど全く受けていないような様子のドラゴンが。
そしてそのヒズメがアレシアさんに迫った。
「アレシアさんっ!!」
その瞬間、光が走る。その光、アイズさんはドラゴンのヒズメを剣で受けながした。攻撃の軌道が変わる。すぐにアスフィさんがアレシアさんを避難させた。
それを合図にティオナさん達も竜へ突っ込む。ティオナさんの大剣とティオネさんの二本の湾短刀がドラゴンへと振り上げられ、その脇腹を捉えた。が
「なっ!?」
「カッタっ…!」
『グルァアアッッ!!!!』
第1級冒険者の攻撃はその鱗にかなわなかった。それぞれが驚愕の表情を浮かべる。
次には
三人は竜の尻尾で吹き飛ばされた。
「これはまずいですね…」
アスフィさんが、汗を流しながら表情を険しくする。それもそのはず、あのメンバーが全く歯が立たなかったのだから。
「方法はある」
声のするほうに目を向けると、アレシアさんが前を見つめていた。
「方法、ですか?」
「やっぱり、やるしかない」
「なにを…?」
「私自身で【バルルーク】を封じ込める」
バルルークという言葉に一瞬反応が遅れるが、あの竜の名前だと気付き目を見開く。
「えっ!?そ、そんなことしたらっ!!」
「私は、そのためだけに生み出された」
「生み、出された…?ーっ!」
『人間じゃないな』
その瞬間、全てのつじつまがあった。
外のことをなに一つ知らない理由。魔法ではない力を出す理由。ダンジョンに一人であんな格好で倒れていた理由…。
「アレシアさん、あなたは……
モンスターですか…?」
「ベルっ!?」
「な、なにを言っているのですかベル様っ!?」
みんなの言葉に答えないまま、アレシアさんを見つめる。アレシアさんは相変わらず目を合わせず、ずっと今もなおキリトたちが戦う竜を見つめていた。するとその口が開いた。
「うん」
「ーっ!!」
驚愕に見舞われる、
こんなことがありえるだろうか。アレシアさんが、僕たちが今まで倒してきた、殺してきたモンスターだなんて。
呆然としていると、アレシアさんは竜、バルルークに歩み寄っていった。
「あ…っ!」
止めなくては、引き止めなくてはいけないのに。体が動かない…。
『あぁああああっ!!!』
アイズさん達が吹き飛ばされ、周りにキリト以外いなくなる。
「ーくっ!」
顔を歪めアスナさん達に一瞬目がいったキリト。バルルークはそれを見逃さず、口を開いた。全員が驚愕する。
瞬間、その口から紅蓮の炎が吹き出した。
キリトは剣で顔を覆いながら防御し、後ろに後退した。
バルルークの周りには誰もいなくなる。
アレシアさんは片手ではなく、今度は両手を前に突き出した。
その瞬間
『ーつ!!?』
地面から光が発生する。その光は、アレシアさんと竜を包み込んだ。
「だ…」
ダメだ、そんなことをしてはっ!止めないと、アレシアさんは恐らく、自分の命と引き換えにバルルークを食い止めるつもりだろう。
『私自身で【バルルーク】を封じ込める』
『そのためだけに、私は生み出された』
いつも無表情なアレシアさんは、その時。
悲しそうな顔をしていた。
自分の思い違いかもしれない。いつもとなんら変わりのない顔だったのだから。でも…でも…っ!
「ベル…っ!!」
「ーっ!!」
その声に正気に戻る。その声の主、キリトの自分を見つめる瞳は、真っ直ぐ、力強い。
そしてそのまま、キリトは叫んだ。
「お前はあの子をどうしたいっ!?」
「ーっ!!」
「相手がどんな奴でもっ!命張って!ボロボロになって!それでも仲間を助けるっ!
それが俺の知ってるベル・クラネルだっ!!」
「ーっ!!」
そうだ。なにを迷うことがあるか。一緒に笑って、冒険して…。僕は……決めたんだ………
大切なものは絶対に守ってみせるって!!!!
「おぉおおおおおおっ!!!」
瞬間、僕は駆け出した。
* * *
体の感覚が徐々に消えていく。目の前のバルルークは呻き声を上げながら苦しんでいる。
そう、これでよかった。
これだけが、私の存在する理由だったのだから。
もう…
「おぉおおおおおおっ!!!」
「っ!」
振り返ったそこにいたのは……
必死に手を伸ばそうとする少年。
「なんで…」
その少年には疑問を持ってばかりだ、尋ねてばかりだ。自分がモンスターだと告げた今になっても、この少年は私を救おうというのか。
「ベル。もういい、帰って。もう戦ってもらう理由なんてー」
「理由ならありますっ!!」
ベルは言葉を遮り、必死で叫んだ。
「あなたにいなくなって欲しくないですっ!!!」
「ーっ」
「それに約束したじゃないですかっ!またいろんな外の世界の話しようって!満月を一緒に見ようって!言ったじゃないですかっ!!」
その手は光の境界線を突き破った。目の前に差し出される。
「私は人間じゃない」
そう言うとベルは一度目をつむり、そして微笑み、答えた。
「僕の知ってるアレシアさんは。アイスが好きで、星空が好きで、僕の話す外の世界の話に目を輝かせるような、そんな純粋なアレシアさんです。僕、アレシアさんとお話しして、すごく楽しかった。時間がたつのも忘れて、あの時時計がならなかったら、一晩中話してたと思います。約束もですけど、僕自身……。もっとあなたといたいです」
その言葉に目を見開いた。ずっと生きている意味なんて死ぬことでしか見つけられないと思っていた。居場所なんてないと……。でもこの少年は、こんな私を、必要としているというのか。だったら、だったら私は……。
少し差し出した手をベルが掴み取り
「おぉおおおおおおっ!!!」
そのまま引き寄せられた。抱きしめた状態で後ろに倒れこむ。その瞬間、光が消え去った。
* * *
少年を見つめ、キリトは微笑む。
それでこそ、俺の知ってるベルだ。
「よっし!じゃあ、やりますかっ!」
「うんっ!」
「そうこなくっちゃね!」
「今度こそ殺す」
「はぁ…、まったくあなた達は…」
『グルァアアッッ!!!!』
「ーっ!!」
復活したドラゴンが襲いかかってきた。そこから目を離さない。僕には信頼できる仲間がいるっ!
そのままドラゴンはヒズメを振り下ろした。
目の前には今度はしっかりと踏みとどまる少年。
「キリトーっ!」
「へっ!これやっぱ…きついなっ!」
そう言ってキリトは剣を上になぎ払う。その反動でドラゴンは後ろに倒れこんだ。
「どうやらダメージは残ってるみたいだな…ベルっ」
「なに?」
するとキリトはいたずらっぽく笑い、言った。
「またでっかいのかましてやれっ!」
「ーっ!…わかったっ!!」
「よしっ!時間稼ぐぞっみんな!」
『おおっ!!!』
ドラゴンが立ち上がった、全員が駆けつける。
それぞれが獲物を構えた。
『グルァアアッッ!!!!』
「いくぞっ!」
みんながキリトに続く。
ドラゴンが振り下ろしたヒズメをキリトが受け止める。その横からティオナ、ティオネが獲物を叩き込んだ。
そしてその獲物は…
体に突き刺さった。
「おおっ!!」
「春姫ちゃんの妖術すごっ!!」
春姫の《ウチデノコヅチ》によって強力になった攻撃がドラゴンに突き刺さった。血飛沫が上がる。
そして苦しむ暇も与えず、これまた光を体にまとうアスフィが突っ込んだ。その足には光る羽が。
「フッ!」
『グルァアアッッ!!!!』
羽をまとった蹴りがドラゴンの目元に命中した。
目の前が見えずドラゴンがのたうちまわる。
その時、命は詠唱を唱え続けていた。
「【地を統べよ、神武闘征】」
命が目を見開く
「【フツノミタマ】!!」
ドラゴンを重力の結界が包囲する。そしてその体を閉じ込める。
その隙にヴェルフが2本目の魔剣を振りかざした。
「おぉおおおおおおっ!!!」
強大な炎が爆発し、ドラゴンが吹き飛んだ。
その後ろからアイズが飛び出す。
「【テンペスト】!」
するとアイズの体を風が包み込んだ。アイズはそのまま地面を蹴りこんだ。
風をまとったアイズは一直線にドラゴンに突っ込んだ。
バルルークは咆哮を鳴り響かせながら炎を吹き出す。その炎をアイズは
両断した。
そのまま胸元へ、真っ向勝負を仕掛けるアイズ。
繰り出した剣とバルルークのヒズメが激突した。
「いくぞアスナっ!」
「了解っ!」
同時にキリトとアスナが地を蹴る。
アイズの攻撃で無防備な背中に斬りかかった。
「「はぁああああああっ!!」」
その二本の剣は交差するような切り込みを深々と叩き込んだ。その攻撃でひるんだバルルークにアイズは一層押し切り、胸元へ切り込んだ。しかし振り払ったバルルークの尾に弾かれる。するとアイズはもう一度地面を蹴り、壁に飛び移る。そして、バルルークを見据えた。
せめて、魔石のありかを…っ
体にまとう風が暴風と化す。アイズは紡いだ。
「【リル・ラファーガ】!!」
壁を粉砕し蹴りつける。一直線に突っ込んだアイズはバルルークの胸元に切り込んだ。
そしてそこからわずかに光るもの…
魔石
「あった…っ」
アイズが目を見開く。それを察しアスフィが叫んだ。
「ベル・クラネルっ胸元を狙ってくださいっ!」
「はいっ!!」
鐘の音が鳴り響く。
キリトに言われベルが発動した【英雄願望】。その光はダンジョン中に光り輝く。
自分にはどうこう言う資格なんてないのかもしれない。
だけど、アレシアさんはもう
大切な仲間
あの月夜に見た笑顔を、もう一度。
みんなの思いを背負い、前へと進む。
憧れの人が今、目の前で見てくれている。
尊敬すべき師であり友が、信じてくれた。
僕は、前に進む。
絶対に約束を守ってみせるっ!!
「【ファイヤボルト】ーーッッ!!!!」
アイズさん達が回避する中
炎を纏った稲妻がドラゴンの胸元へ、バルルークは口を開け、炎をだそうとした。
「させるかよっ!」
その瞬間、たった一人退避していなかったキリトが常識離れした威力の上段蹴りをバルルークの顎にかまし、強制的に口を閉ざした。それにより、半分出していた炎はバルルークの口の中で爆発する。
自らの炎にダメージを受け、口からは煙を出し、白眼になるバルルークにベルが繰り出した【ファイヤボルト】が
直撃した。
大爆発が起こりダンジョンが揺れる。
そして、爆煙が消え姿を現したドラゴンの
魔石を打ち抜いた。
「やりましたベル様ーーーっっ!!!!」
「うぐっ!」
リリに抱きつかれ後ろに倒れる。
周りからは笑いが起こった。
「お、終わった〜」
「なんか凄く疲れたな…」
「だらしないよっ!…って言いたいけど私も疲れちゃったな」
周りが一気に和やかとなった。
「ちょっとごめん、リリ」
ベルはそう言って座り込んで未だ呆然としているアレシアに手を差し伸べた。
「約束、叶えましょう」
その瞬間、アレシアの瞳からは
涙がこぼれた。
「…?なに、これ…」
恒例となった質問に、ベルは微笑み、答えた。
「心がある証です」
* * *
夜、ベルとアレシアは以前と同じ場所から空を見上げていた。
その空には優しく輝く満月が。
「キレイ…」
月夜に映し出された少女は、目を細めた。
「ベル」
「はい?」
未だ満月を見上げながら、アレシアはふと言った。
「私、大切なもの。見つかった」
「えっ?」
その時、ダンジョンでのことが思い出される。
『アレシアさんにはいませんか?大切な人』
あの時返すことができなかった答え。それを今、アレシアは感じることができていた。
スッとベルに手を重ねる。その行動にベルは一瞬ビクッとしたが、振り払うことはしなかった。そんな少年にもう一度名前を呼ぶ。
「ベル」
「はい」
今度はしっかりとその目を見つめ、微笑んだ。
「ありがとう」