戦う定め   作:もやしメンタル

21 / 33
20話《約束》

「ただいま春姫さん」

「あっ、皆様お帰りなさい」

「看病はちゃんとできたかい?春姫君?」

「はぅ!な、なんとか…」

僕らはまた【ヘスティア・ファミリア】に帰って来ていた。

神様の悪戯が入った質問にアタフタしている春姫さんの後ろには、窓から星を眺める少女がソファーに座っていた。

「具合はどうですか?…えーと…」

「アレシア」

「えっ?」

「私の名前」

「あっ、そっか。具合は?アレシアさん?」

「もう大丈夫」

「そうですか」

表情が変わらないアレシアさんだけど、それを聞き安心して笑みがこぼれたー

「だったらーー!!」

「うぐッ!?」

と、僕とアレシアさんの間に神様が乱入してきた。というより、僕にタックルをかまし突き飛ばしたのだが…

神様は両手を広げ、アレシアさんに言った。

「今日はもう夜だから明日!君もダンジョンに向けての買い物に付き合ってくれるかい?」

そうして神様はぐいっとアレシアさんに顔を近づけた。まったくひるんだ様子のないアレシアさんはコクリと頷くのだった。

「よーし決まりだ!それじゃっ、みんな寝よう!そしてアレシア君っ、ベル君に変な気は起こさないようにっ!」

「変な…気?」

「以上だ!」

一方的に仕切った神様の言葉でそれぞれが解散する。何か少し怒っている神様に声をかけようと思ったが、ヴェルフに一言「やめておけ」と言われた。向こうでは神様が「そりゃあ、誰にだって優しいけどさ…ボクにだって…」

とブツブツ呟いていた。

 

* * *

 

「これもだベル君!」

「は、はい…」

「ヴェルフ様、これも持ってください」

「うっ!おう…」

僕達は今、みんな揃っての買い物だ。荷物を全て僕とヴェルフが持つのでさすがにうんざり気味である。

「ん?」

僕の隣で歩くアレシアさんの足が止まった。その眼は一点を見つめている。

「どうしたんですか、アレシアさん?」

「あれ」

そうして指をさした方向には…

「ア、アイス屋さん…?」

「アイス…」

「えっ?もしかして知らないんですか?」

「アイス…」

もはや話が届いていないアレシアさんだった。僕がどうしようか考えていると「おーい!ベルくーん!」と神様が呼んでいる。僕は

「わかりました、買います…」

と折れたのだった。

 

 

 

隣ではペロペロとイチゴ味のアイスを食べるアレシアさん。その顔はなぜだか無表情なのに、嬉しそうだった。もしアレシアさんが獣人だったら、尻尾をブンブン振っていただろう。

買う物も買えた僕らは折角なのでと街を歩いていた。

「アレシア殿もダンジョンに潜るのだったら、防具だったりも買わなければ」

「そうですね、命様のを今のように借りるわけにもいきませんし」

「それはショッピングということですかっ!?」

憧れのショッピングに春姫さんは尻尾をブンブンと振っていた。

 

* * *

 

とある服屋にヘスティア、リリ、命、春姫、そしてアレシアは入っていた。女性のヒューマンが対象の服屋なので入りづらいと、ベルとヴェルフは店の前で待っていることになった。服屋といっても、ダンジョンでの戦闘用だ。動きやすさを重視してあり、防具などもしっかりと揃っている。

そんな中、ヘスティア達は次から次へとアレシアに服を着せていた。

模索すること約30分。

『おーーっっ!!』

全員の感嘆が重なり合う。

ヘスティア達が声を揃える中、アレシアはただ呆然と、自分の格好に見入っていた。

白い短衣に薄い水色のミニスカート、細い足には柔らかい亜麻色のロングブーツを履いている。

ひとつひとつはシンプルだが、その優しい色を基調とした姿は、とても愛嬌がある。

長い睫毛に大きなスカイブルーの瞳、小ぶりな鼻に整った唇、その髪のピンクは光で輝き美しい。

元の素材からして、アレシアは決して神に劣らない美しさだ。最高のできに一同は大満足なのであった。

このような経験のないアレシアの頬は僅かに赤く染まったのだった。

 

* * *

 

「ちょっと見に来てくれベル君!ヴェルフ君!」

「あっ、終わりまし…」

こちらを振り返ったベルは一瞬にしてフリーズした。30分も待ったことに愚痴を吐こうとしていたヴェルフも同じだ。先ほどよりも一段と美しさが増したアレシアに見とれてしまっていた。

「べルく〜ん?何ボーとしているんだぁい?」

「えっ?そ、そのっ」

「明らかに見入ってましたね、ベル様」

グイグイ迫ってくる神様とリリ、そして春姫さんもこちらをチラチラと見て尻尾をせわしなく動かしていた。

「確かに似合ってんなー!なぁ、ベル」

いきなり振られて神様達から逃げるようにヴェルフの元へ。

「う、うん。本当に綺麗です」

「本当?」

まるで初めての体験のようにアレシアさんがこちらを見つめる。僕はもう一度、微笑みながら返した。

「はい、凄く似合ってます!」

心なしか、少しアレシアさんの頬が染まった気がした。無表情だった彼女から、少しずつ色々な表情が見えきて、僕はなんだか嬉しかった。

 

* * *

 

帰ってから、すぐにみんなでご飯を食べた。今では僕と神様だけだった時とは比べ物にならない豪華さだ(といっても今もとてつもない借金で家計は危ないのだが…)。アレシアさんも一口食べた後、目を見開いてそれからの食べるスピードは恐るべきものだった。アレシアさんは何度か楽しく会話をしている時に、たまに遠くの方を見ている気がした。まるで僕らとは別の場所にいるかのようだったが特に尋ねず食べ終えた。

 

 

 

「んー…」

夜、明日のこともあってか、なかなか眠れずにいた。このままでは寝られないと思い、とりあえず水を飲みに部屋を出た。廊下を歩いて行くと、ふと目に留まった。

「アレシアさん?」

アレシアさんはまだこちらに気がついていないのか、気がついているのかわからないが、ただ月夜に照らされながら窓から空を眺めていた。女神を思わせる顔立ちが静まり返った月夜の下に照らされ、お風呂に入ったその髪はキラキラと輝いている。その姿はとても神秘的なものだった。僕は只々その一人の少女に吸い込まれていた。しかし、空を見上げるこの光景は二度目で、それに食事中のたまに見せた様子が気になり、ボーとしていた頭を振り切ってアレシアさんに歩み寄った。

僕が切り出すより早く、アレシアさんが視線は変えず空を見上げたまま口を開いた。

「こんなこと、初めてだった」

「…っ、やっぱりそうなんですか」

「うん」

「隣、いいですか?」

「うん」

それ以上は何も言わず、また静寂が訪れる。空は星が瞬き、無数に広がっている。三日月は優しく僕らを照らしていた。

「あの大きい光は何?」

「えっ?」

いきなりの衝撃発言に目がまん丸になった。アレシアさんはずっと空を見上げたままだ。

「ア、アレシアさん。月、知らないんですか?」

「そっか、つきって言うんだ」

アイスを知らないことも驚きだったが、その時とは比べ物にならない。

「か、形が毎日変わるんです。今は半分ですけど、まん丸になったりもするんですよ」

「形が…変わる…。見てみたい」

僕は今、初めて月を知らない人と出会ったのだった。でもその月を見る目はどこか懐かしそうで、そして切なそうでもあった。僕が首を傾げていると、くるのではないかと思っていた質問が…

「じゃあ、あの小さい光は?」

この人はどこで言葉を習ったのだろうと思えてしまうが、僕は答える。

「星って言うんです」

「ほし…」

「僕が元々いた村だったら、もっとたくさん見えるんですよ」

「数が違うの?」

その時アレシアさんは初めてこちらに振り向いた。いきなりのことにドキッとしてしまう自分がいる。

「み、見る場所によって違います。でも、どれも同じものですなんです、空は広がっていますから」

「そら?」

”よし、もう驚くのはやめよう”と僕は決心し、また答えるのだった。

アレシアさんは本当に何も知らないらしい。説明するたびに僅かだが瞳を輝かせ、僕の話に聞き入っているようだった。僕は他にも色々なことを話した。果てしなく続いていく青い海のこと。寒くなると降ってくる白い雪のこと。水一つない熱帯の世界、砂漠のこと…

その度にアレシアさんは何度も頷き、まるで祖父の英雄の話に目を輝かせていた昔の自分のようだと微笑みながら、いつしか自分も楽しくなり、時が経つのも忘れて二人で話していた。

ボーンと時計がなり僕はハッとする。見るともう12時だ。約二時間は話し込んでいたようだ。

「もう寝たほうがいいですね。アレシアさんも休んだほうがいいですよ」

アレシアさんはコクリと頷いた。「それじゃ」と背を向ける。

「ベル」

初めて名前で呼ばれ、またドキッとしながら振り向くと、アレシアさんは真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「また、話を聞かせて」

その言葉に、僕は微笑み小指を立てた。それにアレシアさんは首をかしげる。そして僕を真似して小指を立てた。

「何?これ」

「約束の印です」

「これが?」

「えっと、この小指を…」

そう言い僕はアレシアさんの指と自分の指を繋いだ。

「こうするんです」

「こうすれば、また聞けるの?」

僕はニカっと笑い、答える。

「はい」

「絶対?」

「はい、絶対です」

何か少し問い詰めるようなアレシアさんだったが、それを聞き、こんどは僅かではなくはっきりと

 

 

 

微笑んだ

 

 

 

 

「じゃあ、約束です」

「約束」

 

僕らは月夜に照らされながら、お互い微笑んだ。

 

* * *

 

霧がまだ晴れない中、冒険者たちは1人、また1人とダンジョンに足を向けていた。その中、【ヘスティア・ファミリア】はダンジョン前の噴水のそばで立っていた。

「おーい!アルゴノゥトくーん!」

そうしていると、アイズさんたちが歩いてきた。ティオナさんは大きく、アイズさんとティオネさんは小さく手を振っている。その隣にはロキ様もいた。

出発まであと10分、残すは【ヘルメス・ファミリア】のみとなった。

「今日はどうか、よろしくお願いします」

「うん!よろしくね!」

「よろしく」

「まったく、世話の焼けるドチビやわ」

「うっ、お願いしたのはこっちだ、何も言わないよ…」

今日は完全に神様が負けていることにロキ様はご機嫌のようだった。

それから待つこと約10分。もう出発の時間だがキリトたちが来ない。

「何してんねんっ、あの神は!」

ロキ様と神様が痺れを切らした頃。

「すまん!みんなー!」

と、飄々としたヘルメス様の声が聞こえた、と思った瞬間ー

「うわぁっ!?」

一瞬で目の前にキリトが現れた。汗だくで息も絶え絶えになっている。少し経ってアスナさんとアスフィさんも駆けつけた。二人もキリト同様疲れ切っている。疑問が絶えないが一番気になるのは…

「なんでキリト、ヘルメス様おんぶしてるの…?」

「ゼェ…ゼェ…、ま、まぁ。細かい事は…気にするな…っていい加減…降りてくださいっ!」

「わかった、わかった。ご苦労キリト」

「はあぁぁ…」

そうしてヘルメス様が降りるとキリトはアスナさん達と一緒にへたり込んだのだった。

「ど、どういう状況だい?」

「いやー俺が寝過ごしてなー。はっはっはっ!」

僕達は目を点にするのだった。

「はあぁぁ…しっかりしてくれヘルメス…。これで、みんな集まったね」

僕達は神様に向き直った。

「じゃあ、行ってきます!」

「どうか、無理だけはしないでおくれよ」

『はいっ!』

「いつでも引き返して来てええからな。気おつけてな」

「ガッテン!」

「わかったわ」

「うん」

「よーし、じゃあ後で色々聞かせてくれよーはっはっはっ」

『なんか、ウチだけおかしいような…』

 

 

それぞれ神様に見送られ。ベル達は、ダンジョンに踏み込んだのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。