「はあぁぁ…」
月夜の光を見ながら、【ヘルメス・ファミリア】の副団長アスナは大きな溜息をついていた。
* * *
「はあぁぁ…」
夜と変わらずアスナは大きな溜息をついた。
「?、どうかしたんですかアスナ様?」
「えっ?あ、なんでもないよっ」
そんなアスナを見たリリが顔を覗いてきた。それにアスナは咄嗟に笑顔を作る。
そう、いまアスナは、今日は休みだというリリとたまたま会い、並んで歩いているのだ。
「そういえば、アスナ様がお一人なのって珍しいですよね」
「え、そうかな?」
「はい、いつもはキリト様と入られるイメージがありますっ」
茶化そうと思っていたリリだったが、「キリト君と一緒、ねぇ…。はあぁぁ…」という予想と違うリアクションが返ってきたのでキョトンとする。
「あの…、キリト様と何かあったのですか?」
「⁉︎ いやいや…っ、何も…」
否定しようとしたアスナだが。途中で考え込み、決心したようにリリを見た。
「リリちゃん!相談事があるんだけど!できれば【ヘスティア・ファミリア】の女の人全員に!」
「も、もちろん聞きますよっ…?」
「じゃあ今から行ってもいい⁉︎
「も、もちろんです…⁉︎」
物凄い勢いに押され、急遽予定が決まったのだった。
* * *
「お邪魔しまーす」
そうして着くとリリは「じゃあ、皆さんにお伝えしてくるので、上がっていてください」と言い行ってしまった。
リリが女性陣に頼みに行くと、全員が了解してくれた。
他には聞かれたくないのならと、ヘスティアの部屋で話すことに。
椅子やらを運び、「ちょうどクッキーがあります」「じゃあ紅茶も用意しましょう」といつの間にか女子会のようになっていた。
ヘスティアの向かいにアスナが座る。その顔はやはり晴れない。きっと本当に深刻なのだろうと、みんなと視線をかわし頷く。ヘスティアが切り出した。
「それでアスナ君、何を相談したいんだい?」
みんなが見守る中、アスナは俯いていた顔をガバッと勢い良くあげた
「キリト君が最近構ってくれないんですっ‼︎」
『え?』
瞬間、みんな目が点になるのだった。
* * *
「…つまり、最近キリト君がダンジョンやらにばかり行ってて全く恋人としての扱いをしてくれないと?」
「…はい」
俯くアスナに誰しもが言葉を失う。
「? ヘスティア様?」
そうしていると、ヘスティアは途端に立ち上がる。
それにそれぞれが首を傾げていると、彼女は無言で窓を開けに行き……
「リア充めーーーっ‼︎」
と叫んだ。
すぐに戻って席に着く。
「すまないね。それでどうしたらいいかということかい?」
とにこやかに言うヘスティアに一同が苦笑いした。
「でもそれは確かにアスナ殿が可哀想です」
「私も何かお手伝いできることがあるでしょうか…?」
「それをするのだったら、是非リリにも何かお手伝いして欲しいくらいですが…」
「はぅ!そ、それは…、わ、私も…」
「全く、世の男子は神でも子でもこれだから」
「神でも…。はぁ…、全くです。いつまでも子供扱いで…、自分のやっていることにも気づかないんですから」
「あーあの刀のことかい?あれは鈍感にもほどがあるね〜」
「リリだって妹扱いですっ、ムキーーっ!」
「ベル様には思い人が…。よ、夜を明かすことなら私にもっ!」
「だから春姫君!スキンシップはファミリアで禁止事項だっ!」
「まだ言ってるんですかヘスティア様‼︎」
「あ、あのー…。私の相談…」
エスカレートする女子会が収まるまで10分は掛かったのだった。
「ごほんっ!で、どうしようか」
「あ、あのっ!」
「うん?どうしたんだい命君?」
「その…、デ、デートに誘う、っというのはどうでしょうっ!」
顔を真っ赤にしながら言い切った命に、みんな「なるほど」と納得する。
「私もそれはいい考えだと思いますっ!」
「リリも賛成です」
「確かにそれで少しでもアピールできたら、意識してくれるかもね」
「デート…。わかりましたやってみます!」
みんなの意見を聞いた後に、そうしてアスナはグッと手を握り大きく頷いた。
そんな彼女にリリが微笑む。
「折角ですし、最後までお手伝いします」
「いいのリリちゃんっ⁉︎」
「サポーター君だけと言わず全員でお手伝いするよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
そうして、〈デート作戦計画〉を立て始めるのだった。
* * *
早朝にベルとの稽古から帰ってきたキリトを、頑張って早起きした甲斐もありアスナは見つけた。このタイミングでないと、すぐダンジョンに行ってしまうからだ。
「ね、ねえキリト君!」
「うん?どうしたアスナ」
声をかけられたキリトは、キョトンとアスナに振り返る。
視線を合わせられるアスナは、やがて胸の前で握っていた手をギュッと握り口を開いた。
「その…。今日お昼から一緒に買い物でもしない?」
「え、買い物?」
「たまには、休息も必要だよっ!ねっ!」
「…そうだな、久しぶりに行くか」
「うん!」
第一段階、クリア。
キリトがダンジョンに向かった後、アスナは外に出た。そこにはヘスティア達が。今日はみんな休みを取ったのだ。
「上手くいったかい?」
「はいっ!」
「おめでとうございますっ!」
「ここからが本番です」
そう言って一行が向かったのは服屋だった。
「やっぱりここは女の子らしさを出さなくてはっ!」
「う、うんっ!」
「これなんかどうだい!?フリフリがいっぱい付いているぜっ!?」
「えっ!?でも、わたしそこまでのものは…ちょっと…」
「わがままを言っている場合か‼︎女の子らしさを、だ‼︎」
「…っ!わ、わかりました!」
「このハイヒールなんてどうでしょう?」
「あ、歩けるかなぁ」
「乙女の使命だ!」
「〜〜っ!わかりました‼︎」
〜20分後〜
『おぉーーっ‼︎』
試着室から出てきたアスナはフリフリの付いた白いワンピースに髪には赤いリボン。耳にはハートのピアス、首には銀のペンダントを、そして赤いハイヒールを履いた格好になっていた。
「や、やっぱり。ちょっとやりすぎじゃ…」
「いいよ、いいよアスナ君!」
「これならキリト様もイチコロですっ!」
「か、可愛いですアスナ殿…!」
「わ、私もそう思いますっ!」
変更しようとしたアスナだったが。みんなの迫力に何も言えなくなってしまった。
観念したアスナは、最後に香水をつけ、集合場所の噴水に向かった。
* * *
胸に手を乗せ、やけに早い鼓動を抑える。時間の10分も早く来てしまった。
「おーい、アスナー」
すると、キリトが走ってきた。一様防具は外しているものの普段通りの格好のキリトに温度差を感じ赤くなる。
「ごめんアスナ。待ったか?」
「う、ううん。今来たところだよ」
「そっか。それにしてもなんか今日、雰囲気違うな。別人に見えたよ」
「そ、そうかな」
「じゃあ、行くか」
「うん」
そう言ってまず、ご飯を食べに行く二人。
そんな二人を影からヘスティア達は見守っていた。
『キリト君は”似合ってるよ”とか言えないのか⁉︎ベル君なら言うぞ‼︎』
『本当に女の子の気持ちがわかっていませんね』
『で、でもちゃんと10分前に来られましたし。きっと急いでダンジョンからいらしたんじゃないですかっ?』
『は、春姫殿の言うとおりですっ、だから落ち着いてくださいっ!』
そうして危なっかしくヘスティア達は尾行するのだった。
「やっぱ自然とここになるんだよなー」
「あはは…そうだね」
キリトとアスナは《豊穣の女亭主》に入っていた。
「ニャンだいお二人さん、デートかニャっ?」
「全く羨ましいのニャ」
ひとしきり揶揄われて、やっとのことで席に着く。
そうしていると、シルさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「ごめんなさい、キリトさんアスナさん。後で叱っておきますので」
「いえ大丈夫ですよ、このくらい」
「そうですか?フフッ。でもほんとラブラブですね〜。さすがゴールデンカップル!」
「「なんですかそれっ⁉︎」」
いつの間にかそんな名が付いていたことに同時に立ち上がる。だがシルさんは「息もピッタリっ!」とだけ言って笑うだけだった。
* * *
ご飯も食べ終わり、お店に行こうと歩いているとキリトがアスナを見ていった。
「アスナ香水つけてるのか?」
「う、うん。ちょっとね」
「そっか…」
『また指摘だけ!どうなっているんだ!』
『服の好みが違ったのでしょうか?』
『大丈夫でしょうか…』
「次は服ねっ」
「へいへい」
次にアスナは作戦通り服屋に行くのだった。
* * *
「これとかどう?」
「相変わらず赤と白の組み合わせが好きなやつだな」
「別にいいでしょっ……ふーん、つまりキリト君はこれが似合ってないって言いたいわけね?」
「そ、そんな滅相もございません。すごく似合ってるよ!」
「ふふん、ならよしっ」
『さ、流石は《閃光のアスナ》だね』
『やっぱりあのぐらい強引じゃないとダメなんでしょうか…』
『『ご、強引…』』
「じゃあ、今度はキリト君ね!」
「えっ⁉︎お、俺はいいよ…」
「だーめ!キリト君もちゃんとオシャレとかしなきゃ!いつも同じようなのじゃダメだよ!」
「うっ!わ、わかったよ…」
「よしっ!うーん……。あっ!これなんかどうかな!」
「はっ、派手すぎじゃないかっ…⁉︎」
「キリト君なら似合うよ〜!」
ゴンっ‼︎
『へ、ヘスティア様⁉︎』
『あまりのイチャつきにやられましたね…』
『そ、そんなに頭を打ち付けてはっ!』
そうして他にも色々と買い物をしたり、アイスを食べたりして、二人が出た時にはもう夕方になっていた。でも、少し物足りなさを感じるアスナだったが時間はどんどん過ぎていった。笑顔を作りキリトにアスナは話しかける。
「キリト君楽しかった?」
「おう、久しぶりに気晴らしが出来たよ。アスナは?」
「もちろんっ私…も……あれ?あの子って……」
そう言ってアスナの指をさした方をキリトが目で追うと、道端で座り込んで泣いている小さな男の子がいた。
「迷子、だよね?」
「だな、ちょっと行ってみるか」
「うん」
そうして二人は未だ泣き止まない男の子に近づきしゃがみ込んだ。
「ぼく、どうしたの?」
すると男の子は二人に気づき、顔を上げた。
「ヒック…ママが…うぅっ…」
「いなくなっちゃったのか」
「どうするキリト君?」
「探すって言っても……よしっ!ちょっと待ってろー」
そう言って男の子の頭を撫でた後、キリトは立ち上がった。
「キリト君?一体どうする…」
ボンッ‼︎
その瞬間キリトは一瞬で屋根に飛び乗り上へ上へと登っていった。
「ま、まさかキリト君……」
「お兄ちゃんすごーーいっ‼︎」
悟り呆れるアスナ、興奮する男の子。そして、驚きに口が開いてしまっているヘスティア達。
そんな中キリトは街を見渡せるほどの高さまで上がっていた。
「どれどれ〜…」
そうして、Lv7のキリトの視力は町中を見渡した。そんな時、何かを探すようなそぶりを見せる女性が一人。
「あれかな」
キリトが壁を蹴る。光のような速度でそのまま一直線に。地面に着地した。
「キャアアっ!」
「っと、すみません。もしかして男の子探してます?」
「えっ?は……はい」
「今迷子の子と一緒なんですけど。もしかしたらその子かもしれません。付いて来てもらえますか?」
「わ、わかりました……」
いきなり降ってきた少年に、いきなり尋ねられほとんど放心状態のまま了解したのだった。
「ママーーっ!!」
「本当にありがとうございましたっ、なんとお礼したらいいか…」
「いいんですよ、見つかってよかったです」
「はい、ほらサクお礼を」
「えっ」
ある少年と同じ名前に、関係ないと分かっても反応してしまう。
「?、どうかしましたか?」
「い、いや……何もっ。そうか、サクって言うのか…」
「ありがとう!お兄ちゃん、お姉ちゃん!僕もお兄ちゃんみたいにお母さん探しする!」
「あはは…」
「おう!頑張れっ、街の平和は任せたぞ……サクっ!」
「うん!」
そうして、二人と手を振り別れるのだった。
「まったく……またでたらめなことするんだから、キリト君は」
「まあまあ、見つかってよかったじゃないか」
「ふー。ま、それもそうねー…、っ、キャ…っ」
「おっと!」
最後の最後にハイヒールでつまずき転けそうになったアスナを、咄嗟にキリトが支えた。
一瞬固まったが、自然と笑いが込み上げてくるのだった。
帰り道、アスナはキリトにおんぶされていた。
「や、やっぱり歩けるよキリト君……」
「いいから大人しくしてなさい」
周りからは視線を感じ、「ヒュー」と口笛も吹かれたりしている中。キリトは恥ずかしがる様子もない。さっきのでヒールが取れてしまったアスナを裸足で歩かせるわけにもいかない、ということだろう。
アスナは少し顔を赤らめ、呟いた。
「ありがとね…、キリト君」
「うん?なんか言った?アスナ」
「ううん、何でもないっ」
やっぱり私はキリト君が好きだ。
キリトの肩に顔を埋め目を閉じる。その匂いはとても落ち着いて気持ちがいい。
「なあ、アスナ…」
「?、何?」
キリトの肩から顔を上げる。
「なんか、今日格好とか違ったし、香水とか付けてたけど、やっぱりなんかあったのか?」
「……。最近ね、キリト君と恋人っぽい事してなかったからイメチェンしてみたんだ。振り向いて欲しくて…」
こんな状況だからか、スッと言葉が出て。アスナ自身驚ていた。
「そっか…。ごめんな」
「ううん、勝手なワガママだもん」
静寂が訪れる。だがそれは心地のいいものだ。少し経った時、ふとキリトが口を開いた。
「今日のアスナもいいけど。やっぱり俺はいつも通りのアスナが好きだな」
「…っ、えっ」
いきなりの言葉に目を見開く。
その時、自分がバカだったと気づいた。一緒にデートしなくたって、ラブラブしなくたって、この想いが変わるはずなかった。だってあの時、約束したではないか。
いつまでも一緒にいようと…。
そしてアスナは今日一番の笑顔を見せ、二回目のお礼を今度はキリトに聞こえる声で口にした。
「ありがとう、キリト君」
こんなに心が温かくなったのはいつぶりだろうか。
そんな事を思いながら、アスナはまた肩に顔を埋めるのだった。
『どうやら、上手くいったようだね。キリト君もいいとこあるじゃないか』
『一時はどうなるかと思いましたよ』
『本当によかったです』
『アスナ様、嬉しそうでしたねっ』
『よしっ、僕らも帰るかっ!ベル君達が待ってる』
『はいっ!』
そうして、なんだかんだあったものの、一件落着。
デート作戦は終わったのだった。