「はぁ…はぁっ…!」
目の前が霞む。
立っているのもやっとだ。
他のみんなも、もうボロボロだった。
先ほどティオナさんとベートさんが決着をつけて帰ってきてくれて大分持ち返したが、戦況は厳しいままだ。
でも戦う。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
リヴェリアさんの魔法が完成するまでっ!
「せぁあああっ‼︎」
「フッ!」
アスナさんとアスフィさんの獲物がモンスターの足を切り裂く。
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
「せーーのっ‼︎」
「フッ!」
ティオナさんとティオネさんがさらに切り裂く。
モンスターが跪いた。
その顔面ににベートさんが蹴りを叩き込んだ。
「オラァアアアッ‼︎」
モンスターが大きく傾く。
そこに、フィンさんが腕をつたり駆け上った。
その獲物がモンスターの目をとらえる。
『ガァアアアアアアアアアッッ⁉︎』
悶えるモンスターめがけ、ヴェルフが魔剣を振りかざした。
「らぁああああああああっっ‼︎」
「【吹雪け、三度の厳冬ー我が名はアールヴ】!」
その瞬間、光が駆け抜けた。
「おぉおおおおおおっ‼︎」
その漆黒の剣は、モンスターの胸元を深くえぐった。
そしてその瞬間、僕も駆け出す。キリトの攻撃に大きく体を仰け反らせたモンスターに突っ込む。瞬間、モンスターのハウルが連射される。僕はそれを一気に突っ切りやり過ごす。
地を蹴る。
片目を失った相手に向かって、僕はあらん限り二本の短刀を振りかぶった。
再び繰り出されたハウル。
そのハウルを、
キリトが斬った。
「行けっ!ベルッ‼︎」
「おぉおおおおおおおおおっっ‼︎」
僕は振りかざした短刀をモンスターに突き刺した。
『ガァアアアアアアアアアッッ⁉︎』
そのまま下に落ちながら体を引き裂いた。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】‼︎」
三度の吹雪。
キリト達が離脱する中、大気を凍てつかせる純白の細氷がモンスターに直撃する。やがてその体が凍結されていく──はずだった…。
「ーっ⁉︎」
「ふざけろ…」
モンスターはなおも起き上がった。
あのリヴェリアさんの魔法が効かなかった。
一気に絶望に包まれる
「あんなの、どうすればいいの…」
「ダンジョンでだってあんなのいないわよ…」
みんなが崩れ落ちる。
「ハッハッハッ‼︎どうする気だキリト!諦めるなら今のうちだぞ‼︎」
勝ち誇ったかのようにグラルが笑った。
みんなが歯を食いしばった、その時キリトが立ち上がった。
「?、キリト?」
するとキリトは、振り返りこちらを見た。
その顔は、微笑んでいた。
「俺さ、ずっと一人だって思ってた。だけど違ったんだな。こんな近くに…サクとマリーにも誇れるような。大切な人達がいたんだ。もう、俺は、迷わない」
「キリト…」
すると、キリトの体が光りだし、その姿は少女になっていた。
そしてその目は、強くまっすぐなものだった。
「みんな、時間稼ぎを頼みたい」
その言葉にそれぞれが目を見開く。
それはキリト自身の覚悟だった。
「やっと腹くくりやがったか」
そう言ってベートさんが口を釣り上げる。
「分かった」
アイズさんが頷き、歩き出す。
「キリトの事だ、何か策があるんだね」
「やってやろうじゃねぇか!」
「いっちょやりますかー!」
みんなもそれに続く。
アスナさんはキリトを見つめ、微笑んだ。
「キリト君。信じてるよ」
そういいアスナさんはモンスターへ足を向けた。
僕とキリトが向き合う。
「俺さ、ベル。前にも言った通り、泣き虫でも必死に戦うローレンが大好きでさ。みんなには笑われたけどやっぱり変わらなかった。俺にとっては、ずっとローレンが……サクが…英雄なんだ。それでな、この前の18階層でのベルを見たら、まるでローレンみたいで……サクみたいで…。俺…、凄く、嬉しかったんだ」
そう言って笑ったキリトの瞳から涙がこぼれた。
「頼んだ」
「うんっ!」
僕はそう言って駆け出した。
* * *
俺は目を閉じる。
『大切なもののためだけに使うよ』
『キリトもせめてその時は使ってくれないか?』
うん、約束したもんな。死んでも守る。
今こそが、その時。
今もみんなが戦うモンスターを見据え、キリトは詠唱を開始した。
「【その力は怒り、裁きを下す雷鳴】」
いつも一緒にいて、なんでも分かり合えた。
この上なく大切な存在だった。
「【その力は悲しみ、うち萎れていく心】」
でもすべて消えていった。
何度後を追おうと思ったか。
ずっと思ってた、生きる意味などないと。
「【その力は愛、包み込む暖かさ】」
でも、やっと気づけたんだ。今ある幸せに。
「【どうか力を与えて欲しいー愛する者を守る力を】」
もう、失いたくない。失わせない。
逆流する血を飲み下し、キリトは歌う。
「【すべてを受け入れ、請け負おう】」
何もできないままなのはもう十分だ。
その体はボロボロで、見窄らしいものだろう。
でも、ローレンは戦った。
マリーは戦った。
サクは戦った。
ベルは戦った。
だから自分は歌い続ける。
「【轟き、降り注げ】」
魔法円が金色に輝き拡大する。
あたりからは風が巻き起こる。
その姿はまさに──精霊。
「キリトっ!」
「っ!?」
莫大な魔力にみんなが気付く。従って、今もハウルを打ち放っていたモンスターも、強力な魔力の源へ振り返った。
全員の瞳は驚愕に見開かれる。
俺は、少しでも近づけただろうか。
たとえ笑われようとも、必死に戦った英雄に…。
俺を自分の身を顧みず助けた少女に…。
どんな絶望にも、前を向き続けた少年に…。
決して諦めず、憧憬に追いつこうとする少年に…
「しまった‼︎」
モンスターがキリトめがけハウルを打ち込んだ。
「キリト君ーーっっっ‼︎」
それは直撃し、大爆発する。
それぞれが限界にまで目を見開いた。
そしてその先、その爆炎の先にキリトは
立ち続けていた。
血反吐を吐こうとも。
骨が折れようとも。
キリトは歌を届ける。
そしてその唇が、魔法を紡いだ。
「【レビン・エアレイド】‼︎」
空の雲に穴が開き、そこからモンスターを包むほど巨大な稲妻がふり注いだ。
『いっけぇえええええええっっ‼︎』
「はぁあああああああああっっ‼︎」
次の瞬間、稲妻はモンスターを──打ち抜いた。
爆発が広がり、大地が揺れる。
叩き落とされた稲妻は辺り一帯を輝かせた。
そして最後には…、何も残っていなかった。
落とされた大地は深く抉れ、空は雲ひとつ無くなっていて、星空が瞬いていた。
グラルは、今の爆風で頭をぶつけ気絶していた。
離れて見守っていたヘスティア達にまで、その力は伝わるものだった。
すべてを滅ぼし、すべてを従えす.
これが…。
「これが、ヒューマンで唯一、生まれ持って魔力を持つ一族からの選ばれし──アルマティアの力」