「ここまでが、キリトの素性だ。さっきの奴らがそのキリトを狙っている奴らなんだ。俺たちはそれから逃げるためというのもあって、オラリオに来た」
話を聞いた僕達は、ただただ呆然とするしかなかった。
みんなの視線がキリトに向けられる。
キリトは俯きながら、ギュッと手を握りしめた。
「あいつらとは、俺一人で戦う」
「キリト君っ⁉︎」
「ちょっと待ってよ。一人って、何でそんなに?たった三人、いや二人くらい楽勝じゃん!」
「それは違うんだ」
ティオナさんの言葉をヘルメス様が否定した。それにフィンさんとリヴェリアさんが続く。
「確かに…。話が本当なら、幾ら何でも彼らだけで国を、たった一日で滅ぼすなんて不可能だ」
「強力な何かを持っている……という事か?」
リヴェリアさんの言葉に、ヘルメス様は頷いた。
「ご名答。正直、このメンバーでもどうなるか分からない」
「下手をすればオラリオも危ない。って事かい?」
神様の言葉を最後に、辺りを静寂が包んだ。状況はとても厳しいだろう。
その時、キリトが立ち上がった。
みんなが顔を上げる。
「…ずっと考えてたんだ。こんな事に俺以外の人をこれ以上、巻き込むわけにはいかない…」
「そんなことっ!」
「いくらキリトでも、一人で勝てるわけないじゃん!」
キリトは無理やりといった笑みを浮かべる。
「俺は大丈夫だ。こんなの、どうってこと──」
「何が大丈夫なんだよっっ⁉︎」
気がつくと僕は叫んでいた。
「僕も行くっ‼︎」
その言葉にキリトは目を見開く。
すると後ろからアイズさんが前に出る。
「そんな事、絶対にさせない。私も行く」
「ーっ!」
「俺は戦う前から逃げる奴になる気はねぇ!」
ベートさんの後にみんな頷く。
キリトは顔を歪ませ、俯いた。
「何で……止めてくれよっ‼︎もう、誰も…失いたくなんかないんだっ…!俺なんか…ただ災いの種にしかならないのにっ!本当はいる意味なんて──」
「そんな事ないよ」
その瞬間、震えるキリトをアスナさんが包み込んだ。
「私は。キリト君と出会えて、色々教わったよ。この世界の暖かさや美しさ……。悲しみしか知らなかった私に、何の感情も抱かなかった私に、キリト君は色々なものをくれた。悲しかったら涙が出るし、楽しかったら笑顔が出る。私、キリト君に恋してるんだって知って、すごく嬉しかったよ…。只々強くなるためだけに生きてた私に、キリト君が光をくれたの…。それにキリト君、魔法を使わなくても戦えるように、毎日すごく頑張ってた。私ずっと見てきたもん、それは無駄な事なんかじゃない、だから大丈夫だよ。それに、キリト君は──私が守るから」
その時キリトは、微笑みながら小指を立て、約束を交わす少年の姿が浮かんだ。
『キリトは僕が守る』
瞬間。キリトの瞳からは、涙が溢れ出ていた。
ずっと孤独だと思っていた。
寂しかった。
苦しかった。
でもこんな近くに、もういないと思っていた大切な人がいた。
「ーッ…ウッ…ウゥッ…」
静かにキリトは、アスナさんの腕の中で。
泣いた。
* * *
だいぶ落ち着いた。目はパンパンだろうけど、この際仕方がない。
「ありがとうアスナ、みんな」
俺はまっすぐに前を向き、立ち上がる。
「行こうっ!」
俺の言葉に、みんなが頷く。
そのまま俺たちは、被害が出る前に、【グラル・ファミリア】のもとへ駆け出した。
* * *
グラル達はさっきの場所からまったく動いていなかった。
俺が来ることを分かっていたのだろう。
「ほう、仲間を連れてきたのは以外だったな。まあいい。キリト、もう一度だけ聞…」
「お断りします。今来たのは、あなたを倒すためです」
俺はグラルを睨む。
グラルは残念そうにため息をついた。
「仕方ない、なら…奪うまでだッ‼︎」
その時に、初めに俺たちを転送魔法で連れてきたエルフの女がいないことに気がついた。
全身に嫌な予感がかけ向けた。
『グォオオオオオオオッッッ‼︎』
「「「「「ーッ⁉︎」」」」」
瞬間、目の前に現れたのは馬鹿でかいモンスターだった。
「まさかっ!これを転送してきたのか⁉︎」
『ーっ‼︎』
驚いている暇もなしに、【グラル・ファミリア】の団員達が突っ込んできた。
「「ーっ」」
一気に迫った間合い。そして獲物同士がぶつかり合う。
「なー⁉︎」
「おっも⁉︎」
第一に狙われたティオナさんとベートさんが目を見開く。
誰もがこの時に悟る。
この二人、第一級冒険者だ。
その光景にそれぞれが顔を歪める。
「モンスターだけでも相当ヤバいのにッッ」
「クソアマゾネス!口じゃなくて手を動かせッ!」
ティオナさんの嘆きにベートさんが苛立ちながらそう叫ぶ。
アイズさんがサーベルを抜きながら前に出る。
その時。
「クソがッ、お前らはさっさとモンスター倒しに行きやがれッッ‼︎」
「ここは私達に任せてよ‼︎」
その言葉にアイズさんが足を止め、僕らも停止する。
初めに動いたのは、同じファミリアである【ロキ・ファミリア】達だった。
すぐに彼らはモンスターにへと足を向ける。
その光景に我に返ったベル達【ヘスティア・ファミリア】もまた、それぞれ頷きあい、アイズ達の後を追って行った。
残された【ヘルメス・ファミリア】であるアスナとアスフィは、キリトを見つめる。
彼は目を見開いて歯を食いしばっていたが、やがて「ありがとう…っ」と此方に背を向けた。
「アスナ、アスフィ。行くぞ!」
「了解っ」
「団長は私なんですがね」
そうして彼らは地を蹴った。
* * *
僕はその光景を、只々目で追うことしかできなかった。
物凄いスピード、そしてコンビネーション。
あの2人のコンビは、きっとオラリオの中でもトップクラスだろう。
そう思いながら、僕は巨大なモンスターに向かって再び地を蹴りつける。
その大きさは、あの階層主を超えるものだ。
見開かれた赤い目。
歯は、刃物のような鋭さで、なんといっても数が多い。
二本足で立つその体は紫色で、ブクブクと膨れていた。
正直足が震えた。
でも、みんなが駆け出す。
だから諦めるわけにはいかないっ!
しかし、その瞬間
『ハウルッ⁉︎』
光が見えたと思うと、辺りに大爆発が起こった。
* * *
「クソッ、チョコマカと…!」
己の攻撃を素早くかわしていく少年、レーヌに痺れを切らすベートは顔を歪める。
「えいさーっ!」
ティオナの振り向いた獲物は、そのまま空を切る。
高速の斬撃がまったく命中しない。
「もーっ、当たったら一発なのに〜っ‼︎」
地面にめり込んだウルガを引っこ抜きながら、ティオナはそう言って頭をかいた。
渾身の一撃を見抜いて、受ける攻撃を最小限にとどめられている。
相手はエルフというだけあって、実に冷静な戦いぶりを見せていた。
苦戦する二人は意図せず再び合流し、背中を向かい合わせる。
「相手避けてばっかじゃん!戦う気あんの⁉︎」
「ねぇんだろうよッ。クソ腹立つ!ただの時間稼ぎってことかッ!」
苛立ちを見せる二人に、初めてレーヌ達が口を開く。
「真っ向からやっても勝ち目なんてないんでね」
「そもそも我らの目的はお前らを倒すことではない」
その言葉に舌打ちするベートは、次には笑った。
「「ーッ?」」
「おもしれぇ、やってやろうしゃねぇか。倒す気がねぇヤツらに負けるギリはねぇな」
「よーし!じゃあベート競争ねっ。どっちが早く仕留めるか!」
「上等だ」
瞬間、二人の目つきが豹変する。
「「え」」
まるで獲物を仕留める野獣のような相手に、レーヌとフーレはマヌケな声を上げる。
「よーい…」
ティオナの声とともに、二人は腰を落とす。
レーヌ達が汗を滲ませる中、アマゾネスの少女は舌を舐めた。
「どんッッ‼︎」
地を粉砕する。
「「ーッッ!?」」
一瞬見失うほどの加速度で突っ込んできたティオナ達は、そのまま渾身の攻撃を見舞う。
それぞれ回避することを叶わない中、己の獲物で受け止める。
しかし。
「ぐー⁉︎」
「おも、イッ⁉︎」
とても持ち堪えられない。
レーヌ達はそれぞれ別方向へ飛ばされる。
なんとか体制を整え、血を流しながらも顔を上げたレーヌは目を見開く。
そこには足を振り上げる獣の姿。
「オラァあああああッッ‼︎」
「ー⁉︎」
とっさに回避する。
しかし完全には避けきれず、レーヌはダランと右腕を力なく垂らした。
もう右腕は使い物にならない。
「さーて、どうするんだガキ?」
「よっとー!」
「う…⁉︎」
次々に繰り出される斬撃は一つ一つが信じられないほどの重さだ。
なんて破壊力…っ。
エルフは耐え切れず後方に飛ぶ。
しかし、相手のスピードが上回った。
「逃がさないよー!」
大切断。
「ぐぁあああああッッ‼︎」
左肩に大きく食い込んだ獲物に、フーレは意識が飛びそうになる。
視界が点滅しだすが、構わず彼女はさらに後方に飛んだ。
気づけばレーヌとフーレは合流しており、先ほどと真逆の位置につく。
そうしてレーヌ達はギリっとかおを歪めた。
「今まで手加減していたんですか…ッ」
「コイツら、化け物か…!」
「いくら第一級冒険者だったとしても、強さからして私達の方がLv.は高いと思うよ」
「戦う気がねーヤツらなんかに負けるかよ」
追い詰められ、成す術のない中、レーヌは口を開いた。
「なぜ、なぜファミリアの違う貴方達がキリトを守るのですか…?」
その質問に、一瞬静寂が訪れる。
だかそれは僅かの間だった。
「私キリト好きだもん!」
「あいつとは一度戦わねぇと気がすまねぇ」
あんまりにもアッサリした答えに、一度レーヌはポカンとする。
しかし。
「理由なんて、それだけでよかったんですね…」
そう言って、何故か泣きそうな笑みを浮かべるのだった。
「完敗です」