俺たちは今、あの草原に座っていた。
あの後、連絡した大人達が駆けつけ、男どもは捕まった。
その時にはもうマリーはとても助かる状況ではなかった。
放心し、パンパンに泣きはらした目で俯くキリトとサク。そして大量の出血ですっかり青白くなったマリーに、誰もが言葉を失った。
それから二日たった今も、一向に胸の中にあいた穴は埋まらない。埋められるわけがない。
いや、埋めてはいけないのだ。
自分達が犯した過ちを、決して忘れてはならない。
「なんでこんなにも無力なんだ‼︎」
「サク…」
サクは立ち上がり、俺を見た。
その顔は、深い後悔と悲しみと、怒りに渦巻いている。
涙を流す彼は、こちらに顔を向けた。
「キリト、僕決めた」
サクの目は泣いているのに、何故そんなにもまっすぐで強い瞳をしているのだろうか。
「強くなる。もう大切な人を失いたくない。キリトは僕が守る」
その言葉に俺は目を見開いた。
いつだってそう、
いつだって俺の前にいるんだな、サク。
俺も立ち上がる。
「俺もサクを守ってみせる」
サクは微笑み、目の前の、マリーの墓を見つめた。
「マリーも言ってたけど、魔法に頼ってばかりじゃ駄目なんだ。頼った結果がこれだ。自分が強くならなきゃいけない。だから僕は、この魔法の力を……」
そしてまたサクは振り返った。
その顔は、笑っていた。
「大切なもののためだけに使うよ」
そうしてサクは小指を立てた。
「キリトもせめてその時は使ってくれないか?」
目を見開き、サクを見つめる。
そしてキリトは顔を引き締める。
自分達には、良くも悪くも、生まれ持った魔法がある。
それは時にして今回のように無力成り果てるのかもしれない。
でも、自分達の魔法で守れるものもきっとあるんだ。
なきゃいけないんだ。
そうして俺は、その小指に自分のを結んだ。
「ああ、約束する」
* * *
「はぁあああっ!」
俺たちは今、学校が終わると一緒に稽古をしている。
あの約束からもう3年。俺たちは13歳になった。そしてもう、この稽古が日課となっていた。
サクの鞘が真上から振り下ろされる。それを俺は鞘で防ぎ、ガラ空きの腹に蹴りを入れようとするが、それをサクは難なくかわす。
サクの成長は物凄いものだった。その実力は俺と同等か、それ以上もあり得る。
その時、街から鐘の音が聞こえてきた。
俺たちは鞘を下ろす。
「ここまでだな」
「うん」
「しっかしサク強くなったなー」
「キリトには敵わないよ」
そうして俺たちは稽古を終了し、ある場所へと足を向けた。
マリーの墓にへと。
2人で並んで墓の前に立ち、サクが持ってきていた花束をそこに添える。
「サクの成長にマリーはメロメロだな」
「そんなこと言うと、またマリーに追いかけられるよ」
「あれから3年間鍛えた俺の足をなめるな」
そうして俺たちは笑いあうのだった。
* * *
「あれがこの国の…くっくっくっ」
ある一人の神が少年を見つめていた。その目は、独占欲にかられた目だ。
「いかがいたしましょう。グラル様」
「そうだなァ、……よし。──この国、潰せ」
「かしこまりました」
徐々に国に闇が迫っていた。
* * *
ドンッと音がする。
「はあ……またあの儀式かぁ」
「仕方ないよ、出来るのはキリトだけなんだから」
俺は今日何度目かの溜息をついた。
年に一度行われる祭りと称された儀式。
その儀式をするのは、俺の役目だった。
稽古中、愚痴を吐く俺にサクは苦笑いしながらも付き合ってくれた。
ドンっとまた音がする。
もう鐘もなる時間だろう。稽古も、もうそろそろ終了だ。
もうすぐに迫る儀式に再び溜息を漏らす。
「「…?」」
その時、ある異変に気付いた。
サクも気づいたらしく、2人同時に動きを止める。
「ねぇ、キリト」
「ああ、変だ。鐘がならない」
鐘は日が暮れる時間帯に決まってなるはずだ。それが今日はならない。
瞬間、俺たちは何か嫌な予感が体を突き抜けた気がした。
「街に行ってみる?」
「そうだな」
そうして俺たちは、わずかな焦りを見せながら街に駆け出した。
* * *
「な…っ」
「そん、な…」
街に着くとそこは、荒れ果てていた。
炎が立ち上り、家が崩れている。
「うそだろ…」
さっきまで聞こえていたのは花火ではなく、爆発音だったのだ。
一体何がどうなっている?
「おぉ。そちらから来てくれたか」
「「ーっ!」」
突然目の前に神が現れた。
それに反射的に俺たちは後ずさろうとする。
しかし。
「逃がしはしない」
「「ーっ!?」」
いつの間にか、背後にはエルフの女性が立っていた。
その威圧感にキリト達は立ち竦む。
気づくと今度は男神の隣に、金髪の同い年くらいだろう少年が立っていた。
それと同時に、本能が無意識に警告している。
こいつら、ヤバイ…ッ。
「ここの人達は、戦う術が魔法のみでした」
「あんな長い詠唱、狙ってくださいって言ってるようなもんだ」
「「ーっ⁉︎」」
「まったくどうしようもなく無能な連中だったな。そう、他の奴らには興味なんてありはしない。あるのは…、エルフの魔力さえも超えるラウスの宝…」
「‼︎」
「キリト逃げて!」
「な⁉︎止めろサク‼︎」
俺たちはすべて悟った。
こいつらの目的は、強大な魔力。
俺だけが女になる理由は一つ、選ばれしものだから。
俺の魔力は国で最も強力だった。
その力は、破滅をもたらすほどのもので、なんでもラウスの言い伝えでは、数百年に一度あわられると言われている。
キリトの制止も聞かず、彼と同じ答えに至ったサクは飛び出す。
サクの足元に魔法円が広がった。
瞬間。
サクの腹は、金髪の少年によって、切り裂かれた。
「ーーーーッッ」
深く抉られた背中から、大量の血が噴き出す。
俺は両目をあらん限り見開いた。
「サクーーーーーーーッッ‼︎」
目をあらん限り見開き、視界が歪む。
あの時と、同じだ。
瞬間的に駆け寄ろうとするがエルフに捕まる。
「大人しくしていろ」
「離せ‼︎サク‼︎」
俺はまた失うのか。
また何もできないのか。
何も、守れないのか…?
いやだっ、それだけは‼︎
「「「ーっ!」」」
俺の足元に魔法円が広がる。
俺は詠唱を唱えるべく口を開い──
「ごめんね、キリト…」
血飛沫が、舞った。
「──…ぇ」
完全に停止する。
俺の足元から魔法円が消えた。
「サ、く…?」
そのまま膝から崩れ落ちる。
「残念だったなぁ。魔法は何も救えない」
サクは地面に倒れたまま動こうとしない。
ただ血だまりだけがどんどん広がってゆく。
届かない。
何もかも、届かない。
「あ、あぁあああッッ、あぁあッ!」
涙が後から後から噴き出してくる。
何もできない。
約束したのに、言ったのに。
サクを守るって。
「なにが、なにが…ッ」
なにが約束だ…!なにが…っ、なにが魔法だ…‼︎
呼吸が荒くなる。視界が霞む。頭がどんどんと白くなってゆく。
キリトはそのまま、意識を手放した。
* * *
眼が覚めるとそこは、馬車の中だった。
「大丈夫かい?キリト君」
そこには眼を弓のようにして微笑む神と隣に女性。それに、無表情の少女がいた。
「あいつらならいないぞ、うまく逃げ出したから」
「まったくヘルメス様は人使いが荒いです」
「まーそういうなアスフィ」
「ラウスはどうなった」
キリトの言葉に静寂が訪れる。
ヘルメスという神は笑顔を消した。
「全滅した」
あの時の光景が頭に浮かぶ。
何もできなかった。何が約束だ。
俺の目から涙が後から後から溢れてきた。
その時俺は、決めた。
俺はもう、全てを壊した魔法なんか。
大切な人を殺した魔法なんか。
魔法の力なんかで決して戦わないと。