「おーい!サクー!」
「わかってるよー」
草原の中、俺は後ろから歩いてくるサクを呼ぶ。そのブラウン色の髪の少年は呆れ顔で返事をした。とても10歳のする顔ではない。
ここは、ラウスという国。
住んでいるのはヒューマンだが、ここの住人はみんな、強さはバラバラだが魔法を使うことができた。
「キリトは学校がない時は元気だよねー、いつになったら魔法嫌いが治るんだい?」
「うるさいな、だって女になるんだぞ?絶対ごめんだね」
「女になるのはキリトだけだけどね…」
そう、俺は魔法が嫌いだ。
何故だか俺だけが魔法を使う際に女になってしまうのだが、それが嫌で、俺は最低限魔法は使わない。
そうしていると、街が見えてきた。その中は相変わらず賑わっている。
ラウスは魔法、しかも人によってはエルフをも超える力が使えるので、国としては栄えている。
そんな都市に向かって歩きながら、俺は拳を上にあげ叫んだ。
「いくぞー!美味しいパイを食べに!」
「大声を出さない」
ため息をつくサクは無視し、俺達は街へ向かった。
* * *
「おーキリト!サク!ウチのクッキー食べてくかい?」
「いいんですか!おじさん!」
「キリト、パイ食べるんじゃなかったの…」
街を歩いていると、いろいろな人からいろんなものがもらえる。サクは呆れているが、もらえるものはもらっておく。
そうやっていろいろなものを食べながら、お目当てのパイがあるケーキ屋に着いた。俺が勢いよくドアを開ける。
「おーい、マリー!パイくれー!」
そうしてキリトが叫ぶと、少し経ってトントンと足音が聞こえてきた。
そして
「うるさいわねキリトは!」
鮮やかな赤のスカートに白い上掛けを重ねた姿で、黒い髪をツインテールにしてある少女が顔を出した。
「こんにちわマリー。また来たよ」
「いらっしゃいサク、ゆっくりしていってね」
「なんか扱い違くないか!?」
サクには笑顔を見せるマリーに、キリトは抗議するが綺麗にスルーされる。
「ねっ、今日はパイ、外で食べない?」
「えっ、でもマリーお店は?」
「今日は午前までなのよ」
「ふーん。そんじゃそうするか、天気いいし!」
そうしてすぐに三人はパイをカゴに入れ、(強制的にキリトが持たされ)草原に向かうのだった。
俺たちは小さい頃からの幼馴染で、いつも遊んでいた。現に今も暇ができたのでマリーの店にパイを食べに来たのだ。
草原を少し進むと森が見えてくる。そこは丁度日陰があって気持ちがいい。俺たちのお決まりのくつろぎ場だ。
「どっこいしょー」
「キリトおじさんみたいだよ」
「まったくだらしないわねー」
「いちいちうるさいな」
俺は早速、カゴの中にあるパイを片手で掴み頬張った。蜂蜜の甘い味が口に広がる。
「ちょっと、フォーク使いなさいよ」
「別にいらないよ」
「汚いじゃない!」
「まあまあ、僕らも食べようよ」
「はぁ…、そうねっ」
サクになだめられたマリーが苦笑いして、自らの分とサクの分をカゴから取り出す。
そうして俺らはパイを食べ始めた。
「サクとキリトは学校どうなの?」
パイを黙々と俺が食べる中、そうマリーは尋ね、こちらに顔を向けた。それにサクは苦笑いを浮かべる。
「僕は相変わらずついていくのに必死だよ」
そんなサクに、すぐマリーはブンブンと首を振った。
「入れるだけの魔力があるのだけですごいわよ。私たちの誇りだわ」
「えへへ、ありがとうマリー」
そんなマリーの言葉に、サクがホワッと顔を綻ばせるすると、マリーの顔が一気に赤くなった。
「そ、そんなっお礼を言われることじゃないわよっ」
そんなマリーが面白くて、俺はその中に割って入りニヤニヤと笑う。
「おーおー、相変わらずのラブラブですなぁ。にししっ」
「うっ!うるさいわねキリト!パイ返しなさい!」
「それは勘弁…うわぁああ!」
「ははは…」
そうして、いつものように俺とマリーの鬼ごっこが始まるのだった。
その後も俺らはパイを食べながら話を弾ませた。
そんな中、マリーが急に深刻な表情となる。
「聞いた?またあったんだって。誘拐事件」
「ああ、女の子が狙われるっていうあの?」
「マリーも気をつけろよ」
「わかってるわよ!あ、それに最近って言えばお父さんが言ってたわ。この国は”魔法に頼りすぎてる”って」
マリーがパイを食べながらそう言うとサクがやがて答えた。
「確かに、学校でも体術なんて早々やらないな。全部魔法の勉強だ」
「やっぱり。お父さん言ってたもの」
「でも、どっかの誰かさんは逆に魔法を使わずに体術ばっかりだけど」
するとサクとマリーの視線がほぼ同時にこちらに向けられる。
その視線に俺はギョッとし汗を流した。
「な、なんだよっ、別にいいだろ」
「アンタの魔法嫌いは直らないわねー、せっかくかわいいのに〜ぷぷっ」
「おいマリー、今笑っただろ!」
「べ〜つに〜」
そのうち、もうすっかり日が暮れてきていた。俺たちはここでお開きにすることにしたのだった。
「マリー本当に送らなくていいの?」
「うん大丈夫。じゃ、またね。サク!」
「うん、また」
「なんでサクだけなんだよ!」
そうして俺とサクはマリーと別れた…。
* * *
「やっと終わった〜」
「大げさだなキリトは」
学校が終わり俺とサクは、帰ろうと支度をしていた。
その時だった。
「キリト君!サク君!ちょっといいかしらっ」
「「?」」
余裕のない担任の先生に俺たちは職員室まで呼ばれた。するとそこには、マリーの親父さんとお袋さんが座っていた。
嫌な予感が全身に走る。
俺たちに気がつくと、二人は勢いよく立ち上がる。すぐに泣きながらお袋さんが俺の肩を掴んだ。
「キリトちゃん達、昨日マリーと遊んだわよね!?」
「は、はい」
「そのあとマリーがどうなったか知っていないか!?」
「「えっ?」」
俺とサクは固まった。頭に一人で帰ったマリーが浮かぶ。サクが前に出た。
「マリーがどうかしたんですか?」
「帰ってきてないのよ。マリーが!」
「「ーっ!!」」
凄まじい衝撃が体をつき向けた。
そうして気づけば、俺たちはあの森にへと走り出していた。
* * *
あの時の帰りに何かあったんだ…っ!
事故か?迷子か?
森に向かって走りながら、俺はひたすらに考えを巡らせる。
そんな時、昨日の会話が浮かび上がってくる。
『聞いた?またあったんだって。誘拐事件』
まさか…っ!?
となりのサクも思い出したようだ。顔が真っ青になっている。
自分からも嫌な汗がどっと出だした。
俺たちは、その思いを斬り払うように、そのまま昨日の森に向かった。
「マリー!!」
「いないのかー!!」
俺たちは大声で叫び続ける。
返事はない。それでも俺たちは走り続けた。
「ーっ!」
一瞬、視界に入るものがあった。
それは、カゴだった。
「おい、サク!」
叫びながらカゴに近づく。
間違いない。マリーのだ。
「どうかしたっ?キリト」
息を切らしたサクにカゴを差し出す。そのカゴに、サクもすぐに気がつき目をみはる。
「これは…っ、マリーのっ!」
「やっぱりそうだよな」
「じゃあ、本当にマリーは…」
俺たちは絶望に包まれた。
あの時意地でも一緒に帰っていれば、こうはならなかったのだろうか。というかそもそも、あの時にパイを食べに行かなければ。
全部、全部俺たちの……
「探そう!」
サクが勢いよく立ち上がった。その瞳は真っ直ぐなものだった。
そう、サクは諦めてなんかいなかった。
「相変わらず、強いなサクは…」
俺も立ち上がる。
もう、迷いはなかった。
「行くぞっ!」
俺たちは駆け出す。
いつもそうだ。俺はいつも弱くて何もできない。でも、サクはどんな時でも諦めず、真っ直ぐで、強くてカッコよくて。
”まるで英雄だ”。
そんなサクに俺は、──憧れていた。
「「ーっ!」」
日が暮れだした頃に一つの洞窟から灯りがついたのを見つけた。
俺たちは顔を合わし、頷いた。
音を立てずに、ゆっくりと中に入る。
そしてそこには、酒を飲む男どもと、拘束されたマリーがそこにいた。
「いたっ!」
「どうする?大人を呼ぶか?」
「一応報告だけしよう。ここを離れちゃ間に合わない。伝達魔法使えるか?」
「うん。…僕たちでやるしか、ないってことか」
サクが深呼吸する。俺と同様、その恐怖は半端なものではないだろう。こんな実戦、初めてなのだから。
そしてサクは目を開いた。
「やろうっ!」
そうして俺たちは計画を早急に立て始めた。
* * *
「サク」
「わかった」
まず、サクが魔法を使い霧を生み出す。このぐらいは、詠唱はいらない。
「【ロス・セクィトゥル】」
「な、なんだ!?」
一帯に霧が包み込み、目の前が見えないほどのものになった。
瞬間。
「キリトっ」
「おうよっ」
俺は駆け出した。
例え見えなくても感じる、聞き取る。
魔法ばかりに頼らず、それ以外を身につけることは大切なのだと、その時になって俺はしみじみ感じた。
そうして俺はなんとかマリーの場所へ到着した。
マリーは性格通りの芯の強い女だ。この事態に感ずいてくれただろう。以前この魔法はマリーにサクが見せていたし。
目の前まできた俺は、次にマリーを担い……
「【ブラスト・オフ】」
「「「ーっ!?」」」
その瞬間、いままで張っていた霧が吹き飛ばされた。
体から嫌な汗が吹き出る。目の前のマリーも真っ青だ。
この中に、魔導士がいたのか…っ!
こんな事を考えもしなかった自分に怒りを覚えるが、今はそんな場合じゃない。
「なんだこいつ、くそっ!ガキがいっちょまえに助けに来たってか」
「お、なんかこっちにもいたぞ」
「くそっ離せ!」
「サク!」
「くっ!」
状況は最悪のものだった。俺は必死にこの場をどう切り抜けるか、頭を回転させていると、一人の男が叫んだ。
「魔法が使える女は高く売れるんだよ!体でも、武器としても使えるからなっ!!」
「ーっ!!」
俺はその瞬間、武器もなしに突っ込んでいった。
「ダメ!キリト!」
戦法も何もありはしない、只々怒りに任せてのものだった。
「ーかは…っ!」
「「キリト!」」
案の定、溝に蹴りを入れられ吹き飛ぶ。
俺は今まで味わったことのない痛みで悶えた。だが、男どもは待ちはしない。
「残念だったなぁ、王子様」
そう言って振り上げた剣を、振り下ろす。
次の瞬間、目の前が血に染まった。
だがその血は俺のものではなく、目の前に立ち塞がった……
マリーのものだった。
俺達は限界まで目を見開き、スローモーションとなる光景を。血飛沫をあげ、倒れこむマリーを、只々見ていることしかできなかった。
「「マリィイイイイイッッ⁉︎」」
俺は痛みなど忘れ駆け寄り、マリーを抱き上げる。
その体はみるみる血で染まっていった。
その大量の血に、俺はどんどん頭が真っ白になってゆく。
するとマリーが薄く目を開けた。
「ーっ!おいマリーしっかりしろっ‼︎」
「ごめん…ね…、私の…せいで」
「何言ってんだよっ!全部、全部俺の…っ!」
涙がマリーの顔に次々と落ちる。そんな俺の頬にマリーはそっと手を当てた。
「キリト…らしくない…じゃん。笑い…なさいよ」
そうして笑ったマリーの瞳からも涙が溢れていた。
「ごめんね…本当に…ごめん…ね」
「止めろって…‼︎」
男達の存在も気にせず、俺はただただマリーから流れる血を必死に抑える。
止まれ!止まれよ⁉︎
「止まってくれ‼︎」
ボロボロと涙が溢れる。
嫌だ、こんなの嫌だ…!
頭が混乱する中、1つの文字がジワジワと浮かび上がってくる。
『死』というワードが何度も何度も頭を横切る。
もしかして、マリーが死ぬのか?
もう、あのパイが食べれないのか?
もう、笑ったマリーを見る事ができないのか?
限界にまで瞳を開き、停止するキリトに向けて、マリーは力なく口を開く。
「キリト…アンタと…話すとね…心が暖かく…なった」
「な…んだよそれっ、止めろよ‼︎」
その体はとても冷たくなっている。無力な自分に、血が滲むほど唇を噛み締める。
泣き叫ぶ俺にもう一度微笑むと、マリーはゆっくりと、涙を流すサクを見た。
「サク…ずっと……、大好きだった」
その瞬間、マリーの手が俺の頬から力なく落ちた。